鉄道コム

2007/4/8  4:38

憧れの車輌たちVol20 (20系寝台:あけぼの・ゆうづる)  ブルートレイン:機関車・客車
お待たせいたしましたぁ〜。
本当に参りました。以前にもインターネットが繋がらなかったことがあったのですが、モデムをリセットしたら簡単に復旧したんですよね。今回はパソコン側の接続設定に問題があったようですが、結局何が問題だったのかわかりませんでした。この辺に弱いのはチョット辛いところです。

気を取り直しまして、昨日に引き続き「憧れの車輌たち」の第20弾にふさわしく、20系寝台客車の「あけぼの・ゆうづる」篇をお送りいたします。

「あけぼの」といえば古くから名のある寝台特急で、登場した時から20系寝台客車を使用した、東北本線の「はくつる」、常磐線の「ゆうづる」と肩を並べる東北の看板優等列車です。そして、最後の20系寝台として残っていたことでも有名ですね。
後年は、山形新幹線の工事により北上線を経由したり、現在のように名前は「あけぼの」でも実質は完全に違う列車を乗っ取った形で残っていますが、私のイメージではやはり奥羽本線経由の秋田・青森行きの特急寝台列車がふさわしいと思っております。(物理的に無理なのは分っていますが。)
「あけぼの」が最後の20系使用の寝台特急ということではありましたが、地方にまで撮影に行くのはまだ難しい年代でした。写真では上野・大宮駅で撮ったくらいしか残っておりませんが、写真をここにご紹介いたします。(相変わらずですが、技術的に未熟な時代ですので、構図、画質の見映えの悪さはご勘弁願います。)

クリックすると元のサイズで表示します
昭和54年頃 上野駅にて カニ21「あけぼの」
当時の客車特急は、荷扱いの関係で上野方に荷物車・電源車が連結されるように組成されていました。したがって、関東で電源車を撮影するには、夜発の列車を撮るしか方法はありませんでした。

クリックすると元のサイズで表示します
昭和53年頃 上野駅にて ナハネフ23「あけぼの」
20系の廃車が進み始めると、ナハネフ22の減少により普段関東ではお目にかかることのないナハネフ23が最後尾に連結されることが多くなってきました。ナハネフ21「日本海」以来のファンであった私には、これが待望の現象でした。

クリックすると元のサイズで表示します
昭和55年頃 大宮駅にて ナハネフ23「あけぼの」
20系晩年の頃。20系寝台車最後の定期特急として最後まで走り続けました。


一方、「ゆうづる」は北海道への接続夜行特急として「はくつる」を補完する形で誕生した寝台特急ですが、本家「はくつる」をはるかに抜く583系が3往復、20系が4往復の最大7往復が設定されていました。
本数はたくさんあった「ゆうづる」ですが、上野駅の到着は早朝で、当時中学生の私にとって、マトモな写真を撮りに行くことは大変困難でした。
駅撮りの写真しかお見せできませんが、私にとっては貴重なコレクションです。

クリックすると元のサイズで表示します
昭和51年頃 上野駅にて ナハネフ21とナハネフ22が並んだ「ゆうづる」
「日本海」以来久々に逢ったナハネフ21。上野駅19・20番線は5:30〜7:00まで「ゆうづる」のラッシュとなります。

クリックすると元のサイズで表示します
同日 ナハネフ22の「ゆうづる」のアップ。
この頃はこのようなセンスのない撮り方が多かったのが悔やまれます。ヘッドマークやヘッドサインに執着していたんでしょうね。

クリックすると元のサイズで表示します
同日 583系「ゆうづる」と並ぶナハネフ22「ゆうづる」
後半は、スピードの速い583系が20系の列車に追いつき、わずかな差で上野駅に相次いで到着します。この583系「ゆうづる」は、20系「ゆうづる」の実に1時間50分も後に青森を出発しています。(上野駅には3分差で到着します。)

20系「ゆうづる」は、東海道の「はやぶさ」「富士」「出雲」の24系25型化により押し出された形で、この写真を撮った後、早々に24系24型化されてしまいました。


いつも質の悪い写真ばかりで恐縮ですが、今の中学・高校生のように質のよいカメラを持つことができない時代でしたから、これもやむを得ないのでしょうね。自動露出のカメラでさえあまりなかった時代ですから、オートフォーカスを含めたフルオートのカメラを親に買ってもらえる今の若者をうらやましく思います。
こんな写真が続くとは思いますが、しばらくはお付き合い願います。
コメントもお待ちしておりますので、ご遠慮なく入れてください。広告主体の管理者さん以外は必ずご返事いたします。
0

2007/4/8  2:20

お待たせしております。(インターネット復旧)  
こんばんわ。

実家から帰ってきて更新を始めようとしたら、インターネットが一部のサイトしか接続できなくなり、「またモデムの不調か」かと思いつつリセット作業等行っていたら、完全に接続できなくなってしまいました。23:30から間もなく約3時間。パソコンの設定などあちこちいじってはみたもののどうにもならず途方に暮れていたところ、突然ハードディスクの轟音と共にセキュリティが稼動しだしました。ということは繋がった?!

やっと繋がってくれました。でも、何で急に繋がったのか訳がわかりません。なので、また不安なのですが・・・。

これから本日分の更新を致しますので、しばらくお待ちください。本当だったらもう寝る頃なのに、また生活のリズムが乱れそうです。トホホ・・・。
0

2007/4/7  18:15

バスネタ 国際興業バス 全部いすゞキュービック1  バスの写真館
こんにちわ。

昨年のことですが、いすゞのキュービックバスにハマってしまい、地元国際興業バスの写真を撮っておきました。まだこのブログを始める前でしたのでそのまま眠っていたのですが、画像の縮小編集が終わったのでアップいたします。

国際興業バスにつきましては、バスマガジンという雑誌に在籍車の一覧が載っており、バスに詳しくない私ですが、かなり詳細な情報が載っているので重宝しています。その辺のデータもあわせて掲載しておきます。

クリックすると元のサイズで表示します
平成16年11月4日 赤羽駅東口 8038 赤羽営業所所属 94年式

クリックすると元のサイズで表示します
平成16年11月4日 赤羽駅西口 8040 赤羽営業所所属 94年式

クリックすると元のサイズで表示します
平成16年11月4日 赤羽駅西口 8072 赤羽営業所所属 95年式

クリックすると元のサイズで表示します
平成16年11月4日 蕨駅西口 8091 戸田営業所所属 95年式

クリックすると元のサイズで表示します
平成16年11月4日 赤羽駅西口 9004 志村営業所所属 96年式

94年式の都内配置車はメトロ窓の中ドア4枚折戸の仕様で、95年式の銀サッシ窓車と比較して逆に近代的に見えます。


国際興業バスは会社事情でほとんどいすゞバスを導入しております。そのため、私の地元ではキュービックバスをたくさん見掛けるのですが、都営バスや都内各私鉄系バス会社でほとんどのキュービック車が姿を消してきており、1枚窓+セーフティウインドウの特徴ある姿が貴重になりつつあります。

続きがありますので、鉄道関係の更新とタイミングを図ってアップします。
0

2007/4/7  1:40

憧れの車輌たちVol19 (20系寝台:日本海・あさかぜ・瀬戸)  ブルートレイン:機関車・客車
こんばんわ。更新が遅くなってしまいました。

今日は久しぶりに憧れシリーズをお届けいたします。早いもので第19弾になりますが、ずっと暖めてあった20系寝台客車です。
私が小学校高学年の頃、まだ「ブルートレイン」という言葉が世に知れ渡る前のことです。青に2本の白い線の入った客車があることは知っていました。しかし、早朝に到着する夜行列車の写真を撮るといった行動はあまり許される時代(年齢)ではなかったので、私の知っていたブルーの客車は、臨時急行に使用されるようになった12系客車だったんですね。「寝台特急」というものは時刻表の中の列車であり、実物を見るものだという感覚がなかったような気がします。
しかし、衝撃はある日突然訪れました。何度か紹介させていただきましたが、小学校5年生のとき、初めて大阪で見たブルートレインだったのです。早朝に九州から続々到着するブルトレは、「カッコイー」以外の何者でもありませんでした。建築限界ギリギリの大きな車体と、12〜15両を連ねる長大な編成は、静粛ながらもすごいオーラを発しているように感じ取ったのでしょう。(今の私が考えた表現で、当時は「オーラ」なんて言葉は世に生まれてませんから。念のため。)
次々と到着する列車の写真を撮ったのですが、機関車ばかり撮ってしまい、しかもヘッドマークが付いていないなど、散々な結果が残っているだけです。でも、その中で一番強烈なインパクトがあったのがこれなんです。

クリックすると元のサイズで表示します
昭和49年8月 大阪駅にて 青森から到着したナハネフ21「日本海」

図鑑に載っていた絵で20系の形はわかっていたのですが、このナハネフ21(又は23)は関東では中間に封じ込められてしまっており、まずこの顔を拝むことができませんでした。そんなことで、初めて見た同車のあまりのカッコよさに、たちまち20系が好きになってしまったのです。そして「日本海」というネーミング自体も大好きになりました。

それから20系客車に着目するようになり、徐々に写真を撮るようになっていくわけですが、まだ写真代が高かったので、あまり撮ることはできませんでした。そして中学生になり行動範囲が広がってきた頃、東海道のブルトレに転機が訪れ、「富士」「はやぶさ」「出雲」が24系24型に置き換えられてしまいました。残念ながらこれらの20系時代を撮ることができなかったのです。

それでも、皆さんご存知のとおり、「あさかぜ」と「瀬戸」は比較的遅くまで残ってくれたため、その姿を押さえることは十分にできました。

クリックすると元のサイズで表示します
昭和53年頃 東京駅にて カニ21「瀬戸」

クリックすると元のサイズで表示します
昭和53年頃 東京駅にて ナハネフ22「あさかぜ」

クリックすると元のサイズで表示します
昭和56年8月 東京駅にて カヤ21「あさかぜ51号」


50.3改正では、山陽〜九州間の寝台特急の廃止や東海道〜九州間の車輌置き換えもあり、20系が余剰気味になり斜陽の気配を感じさせることになりますが、一方では「ゆうづる」の増発や「安芸」「北星」「北陸」という急行から格上げされた新たな寝台特急の誕生、急行「銀河」への特急寝台車の充当など、明るい話題もありました。次回以降、東北方面の20系をご紹介することに致します。
0

2007/4/6  12:15

続新宿バスネタ(小田急・都営・その他)  バスの写真館
こんにちわ。昼休みを利用してアップさせて頂きます。

昨日の続編です。簡略ですがご勘弁を。
撮影は、いずれも平成19年4月1日です。
クリックすると元のサイズで表示します
新宿西口にて。小田急のツーステップバスです。形式とかよく分からないのが困ったものですが、意外と新宿界隈でもツーステップ車が見られるので、今のうちに撮っておいた方がよいかと思って収めておきました。

クリックすると元のサイズで表示します
新宿西口にて。こちらは西武バスですが、これもツーステップ車のようです。

クリックすると元のサイズで表示します
新宿西口にて。これは都営バスです。極めてたくさん在籍するノンステップ車ですし、特に興味があったわけではないのですが、PASMOのマスクをしていたので時節ものとして撮っておきました。

クリックすると元のサイズで表示します
市ヶ谷付近にて。中央線&サクラの写真を撮っていたとき、あまり見かけないバスなのでパチリ。横に運用区間と思われる地名が書いてあるのですが、あまり脈略のない地名なので謎めいています。今度調べておこっと。

というところで、昼休みに失礼しました。昼食食べてきま〜す。
0

2007/4/6  7:09

昨夜はすみません  
おはようございます。

いつも夜中0時くらいに更新することにしているのですが、このところの睡眠不足が祟ってしまい、うかつにも寝てしまいました。

今日は新宿のバスネタの続きと、明日分の更新準備作業を予定しておりますので、どうぞお楽しみに。

毎日見ていただいている方、楽しみにされていた方、誠にすみません。
0

2007/4/5  20:50

新宿バスネタ(関東バス・京王バス)  バスの写真館
こんばんわ。

つい先程帰ってきたのですが、電車が遅れて参りました。まったく、最近良く遅れるんですよね。乗務員がいないってどういうこと??

まぁそれはさておき、食事前にバスネタを流しておきます。今回は、新宿西口ロータリーで捉えた「関東バス」と「京王バス」です。恒例により、バスの知識はありませんので、適当なコメントだけ付すこととしま〜す。

撮影は、すべて平成19年4月1日、新宿駅西口です
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
まずは「関東バス」で、富士重工製7Eです。ここで何回か撮影をしていますが、3ドア車にはあまり逢ったことがないような。ということで、同じラッピングまでしているし、あまり食指が動かなかったのですが、3ドア車が好きなので撮っておくことにしました。
後にファンサイトで調べてみたのですが、上の写真はオートマティック、下の写真はマニュアル車で、共にアイドリングストップ付きらしいです。特に下の「1501」は、たった2台しか導入されなかった大変貴重な車であることがわかりました。
できればラッピング・・・取って欲しいですね・・・。


クリックすると元のサイズで表示します
次は「京王バス」です。相変わらずノンステップ車が多勢を占めます。これは「PASMO」のラッピング車です。自社カードを売る都合もありますから、積極的に導入したらしく、数多く目撃しました。

クリックすると元のサイズで表示します
新宿ではあまり見なくなった低床ツーステップバスで、しかも電鉄塗装です。一時期全く目撃しなかったのですが、3月になった位からちょくちょく目撃するようになりました。ひょっとしたら、MP218を全く見なくなったので、同車と交代してしまった可能性もありますね。

クリックすると元のサイズで表示します
こちらは委託運行による「OZONE」(おおぞね)のミニバスです。新宿らしくCNGを搭載しています。バンダイ「ワーキングビークル」のミニバスでシークレットしても採用されたバスです。(私は当てられなかった。)

クリックすると元のサイズで表示します
こちらも委託運行による「ヒルトンホテル」の送迎バスです。これも京王バスの運行です。こちらも日夜を問わずかなり頻繁に走っているので、「OZONE」と同じくキャッチするのは楽なバスです。

今回はもう一度「京王バス」のMP218を撮りたくて寄ったのですが、1時間近く張っても全く見ませんでした。やはり、他社と同じくもう交代の時期だったのでしょうか。とすれば、前回同じ場所で2台の「MP218」を撮ることができたのは、非常にラッキーだったのかもしれません。
0

2007/4/5  0:00

C623 (復活したマンモス機:続編)  蒸気機関車
こんばんわ。

今日は久しぶりに蒸気機関車シリーズで、「C623(復活したマンモス機:続編)」をお届けいたします。

多くは申しません。憧れの蒸気機関車No.1のC62の復活晴れ姿です。ベストショットは既にお届けしておりますので、まだアップしていなかったカットを年代別に何回かに分けてお送りしたいと思います。


今回は、昭和63年の写真からです。

クリックすると元のサイズで表示します
昭和63年6月27日 函館本線 小沢〜倶知安間にて

クリックすると元のサイズで表示します
昭和63年6月27日 函館本線 小沢〜倶知安間にて

クリックすると元のサイズで表示します
昭和63年6月27日 函館本線 余市駅発車

クリックすると元のサイズで表示します
昭和63年6月28日 函館本線 倶知安〜小沢間にて
有名な羊蹄山バック。でも、羊蹄山も富士山と同じで、なかなか山頂まできれいなその姿を見せてくれませんでした。この写真はまだマシな方ですね。

昭和63年からしばらくの間は、小樽〜倶知安間の運転でした。のちにニセコに延長されるようになっています。
北海道での本格的SL撮影は初めてだったので、撮影適地が良く分からず、倶知安〜小沢間という過去経験のある場所で手短に済ましてしまいました。その後の撮影では、SL撮影にめっぽう詳しい友人と行動したので、段々と撮影地の領域を広げていくことになります。

0

2007/4/4  20:57

久しぶりにバスネタです(ハム太郎ほか)  バスの写真館
こんばんわ。

気が付けば半月もの間、バスをほったらかしにして古い鉄道写真プリント及びのスキャニングに専念しておりました。最近撮影したバス画像が溜まってしまいましたので、久しぶりにバスネタを投下したいと思います。

クリックすると元のサイズで表示します
平成19年3月23日撮影。まずは、三菱エアロキングの小田急バスです。
通勤中にたまに見るのですが、ほとんどが歩いている最中なので、なかなかしっかり撮ることができなかったバスです。この日は仕事帰りに歩道を歩いていたら偶然私を追い越してきたのですが、そのまま行ってしまうと諦めていたところ、信号に引っ掛かって停まってくれました。しかし・・・あまりの暗さでデジカメのオートフォーカスが定まらない間に次々と自動車が来てしまい、シャッターを切った瞬間にタクシーが後輪2軸を隠してくれました。なんということを・・・。

クリックすると元のサイズで表示します
平成19年3月23日撮影。同時に、目の前にこのバスが信号待ちで停まりました。型式は良く分からないのですが、あまりにもインパクトのあるデザインだったのでシャッターを切りました。トラ招き??「トラベルイン」って旅行会社ですかね。その後も数回、同じような時間に目撃しています。

クリックすると元のサイズで表示します
平成19年3月23日撮影。富士急の「ハム太郎」バスです。
1ヶ月くらい前に1度目撃して、何とか撮りたいと思っていたのですが、偶然見つけたのは夜の帰宅時間。ヨドバシカメラの前なので人通りが多く、正面側から撮るのはまず不可能。仕方なく後から撮影しました。でも後にも大きな「ハム太郎」がいたので、資料的には良かったかもしれません。昼間に前から撮っておきたいです。

※個人的に「ハム太郎」は可愛くて好きです・・・いい年こいて・・・。
1

2007/4/4  1:55

ローカルな風景 第13回 (宗谷本線:南稚内〜抜海)  ローカルな風景
身近ネタだけでは消化不良になってしまいそうなので、眠さを我慢してローカルな風景シリーズをお届けいたします。

第13回目は、「宗谷本線」です。

宗谷本線は、北海道最北の地「稚内」に届く唯一の路線となってしまいました。現在でこそ「スーパー宗谷」など特急列車が走っていますが、その昔は急行「宗谷」「天北」「礼文」「利尻」といった急行列車が各一往復走っているだけでした。ただ普通列車で見てみると、その本数の少ない状況は今も昔もあまり変わらないようです。(といっても、C55などが走っていた時代のことは知る由もありませんが。)

第9回でお届けした「天北線」と同じときに、この宗谷本線にも訪れています。南稚内に程近いところですが、街を一歩出るとこんな原野になってしまいます。またそこが北海道の魅力なんですけどね。では、写真をどうぞ。


撮影は、いずれも昭和63年6月26日、宗谷本線 南稚内〜抜海間にて
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
14系急行「利尻」 (2枚とも) 
ヘッドマークが付いていないのが寂しいですが、北海道のはチョット大き過ぎですよね。これはこれでいいのかな。

クリックすると元のサイズで表示します
キハ53501 キハ56の両運改造車のトップナンバーが来ました。「本線」ですが、普通列車はほとんど単行のようでした。

クリックすると元のサイズで表示します
こちらはキハ22の単行列車。北海道にはキハ22が良く似合います。さすがにこの頃は既に標準色はありませんでした。

クリックすると元のサイズで表示します
14系急行「宗谷」。 「利尻」「天北」と共通運用のため、それぞれ片道は昼行急行であるにも拘らず寝台車を連結していました。また、増結でもオハネが連結されることがあり、凸凹の面白い編成が見られました。

※「ローカルな風景第9回(天北線)」で掲載した写真もご覧ください。

もう、20年近くこのあたりに行っていませんが、おそらくあまり変わらない風景なのではないでしょうか。でも、「スーパー宗谷」のような新型気動車が走っている絵ですと、あまり「ローカル」な雰囲気は出ないかもしれませんね。

しかし、このブログを始めてから気が付きましたが、「天北線」や「興浜北線」などが一発変換しなくなっており、時代の流れを感じます。 
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ