鉄道コム

2007/10/8  1:27

EF58117・119(残念だった宇都宮ノーマル機)  EF58のアルバム
昨日は、カテゴリ整理でご迷惑をお掛けいたしました。また、1日のアクセスとしては最高の数字をいただきまして、大変感謝しております。これからもよろしくお願いいたします。

さて、今日はEF58シリーズに戻りまして、宇都宮運転所で活躍したノーマル機の中から、最期まで活躍できずに惜しくも廃車となってしまった、117号機と119号機の画像をご覧いただきたいと思います。

形態的に申し上げますと、詳しくは判らないのですが、側面エアフィルターがヨロイ戸になっていますので、関西方面からの転属車と思われます。正面窓はHゴム化されており、オリジナルな姿ではありません。パンタグラフは、写真を見る限り117号機はオリジナルのPS14、119号機はPS15化されています。ただし、両機の撮影時期に2年ほど差がありますので、117号機のパンタが最期までPS14のまま存置されていたかどうかは定かではありません。


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昭和54年8月 東北本線 尾久駅にて 12系を牽引する117号機

私が撮影した記録の中では唯一と思われる117号機の写真です。
前述のとおり、写真ではPS14を装備しており、この点だけがオリジナルな雰囲気を持っていました。
EF58の写真はかなりの枚数を撮影していますが、地元で長く働いていた割には、あまり逢わなかったのが不思議なカマでした。


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昭和56年 東北本線 南浦和〜蕨間にて 上り急行「八甲田」を牽引する119号機(再掲)

過去ログ急行「八甲田」でご紹介いたしました写真の再掲になります。
119号機も117号機と同様改造箇所が多く、パンタもPS15化されており、オリジナリティは全くと言っていいほどありません。
写真は、既に12系化された後の「八甲田」で、ワサフ8000型もスニ40型に変更されており、EF58牽引としては晩年に近い頃となります。


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昭和56年 上野駅にて 隅田川〜品川間の荷物列車を牽く119号機

時代が前写真と一緒ですので、形態は変わりません。
この3両編成の荷物列車は、東京機関区のEF15が牽引していた有名な列車で、いつの間にか宇都宮区のEF58に運用が変わってしまったようです。
当該列車は隅田川発ですので、当然常磐線経由となるわけですが、同機には常磐線用の無線アンテナが装備されていないようですので、現在の基準ではまず有り得ない運用と考えられます。もっとも、この時期から直ぐ後には、新幹線工事の関係で秋葉原〜東京間がスルー運転できなくなっていますから、短期間の暫定的措置ではないかと思われます。


宇都宮運転所では、114号機と116号機が最期まで活躍した110番台機で、117号機と119号機は残念ながら57・11改正で運用を離脱し、昭和58年度くらいには廃車されてしまったようです。
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2007/10/7  10:30

今日も撮影(蕨〜西川口)  写真撮影
昨日、「EL&SL奥利根」を撮りこぼしてしまったので、また今日も出かけてきました。

撮影は、平成19年10月7日、東北本線 蕨〜西川口間にて

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1発目 209系 京浜東北線 北行電車

乗るときは比較的当たることが多いのですが、撮影の時にはなかなか来てくれない曲者です。後追いだけど撮ってみました。この車輌も2〜3年後には転属とのこと。


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2発目 EF81138牽引「あけぼの」

昨日失敗したのでリベンジのつもりで。今日は旨くいったと思ったのですが、アップにしてみたらまた写りが甘い。なんでだろ〜。カメラとの相性が悪いのかなぁ〜。


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3発目 485系「フェアーウェイ」

前に同じアングルで撮ったものが、ビームに掛かり失敗したのでこちらもリベンジ。今日は引き気味にアングルをとり、列車も引っ張りました。何とか成功です。


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4発目 485系「宴」

昨日「宴」が来たので、今日も何か来るのではないかと一服して待っていたら、また今日も「宴」が来ました。時刻表にもダイヤ情報にも運転予定が載っていないようなのですが、何に運用されているのでしょうか。

ここで一旦家に引き上げ、朝食を摂ってから再度お出掛け。


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5発目 EF6019牽引「EL&SL奥利根」

昨日は撮り忘れて寝てしまったので、眠気を我慢しつつお出掛けしました。この列車に関しては、同業者が他に6人もいました。私はギリギリの現地入りだったので、遠慮して上の方からさりげなく撮りました。
旧色に戻ったEF6019号機。ヤッパリこれですね。できればシールドビームもやめて原形ライトにして欲しいですね。501号機の特急塗装も復活して欲しい・・・。

EF6019に関する過去ログ → http://diary.jp.aol.com/marutetsu/119.html


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ラスト6発目 185系「おはようとちぎ2号」

初めて撮った「おはようとちぎ」。名前が気に入らん。最近こんなのばっかでイヤです。特急の品格が無くなりましたね。個人的な趣味の問題ですけど。
現在は東北スジの特急が東海道の編成を使用していますが、かつて走っていた新特急「なすの」は新前橋区の編成でした。塗装もそうですが、何となく「とちぎ」ってイメージとはミスマッチな感じがします。

架道橋の通りが多くなってきたのでこれにて終了です・・・あっ!今日は「カシオペア」があったんだ・・・orz.
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2007/10/7  1:40

401系・415系 常磐線 (赤電時代)  その他電車
今日は何にしようか迷ってしまい、更新が遅くなりました。
機関車ばかり続いているので、お口直しに電車にしたいと思います。

ある程度の年齢の方はご存知だと思いますが、昭和59年以前、常磐線における415系を含む中距離電車は交直流色のローズピンクで、地元の方からも「赤電」と呼ばれ親しまれてきました。

私個人的には、交直流色は大好きなのですが、ことこの常磐線中距離電車に関しては、ローズピンクの特に色褪せた色は、余りにも暗く地味で、そんなに好きな部類には入りませんでした。

したがって、この「赤電」時代の写真は非常に少ないのですが、何枚か撮影したものがあるのでアップしたいと思います。

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昭和54年3月頃 上野駅にて 折り返し準備中のクハ401低窓車(再掲)

過去ログでもご紹介いたしました。401系登場時から活躍していた車輌です。地味な「赤電」群の中で唯一関心があったスタイルで、近郊型でありながら153系初期車と同じマスクを持った異端的なスタイルが好きでした。
後にシールドビーム化されたものや、遅くまで生き延びた初期車は新色になったものも存在しました。


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昭和53年頃 上野駅にて 415系と115系の並び

今は無き上野駅19番線・20番線の並び写真です。20番線115系初期車は、おそらく東北本線の列車です。昭和57年頃までは、高崎線の列車が高架ホーム、東北本線の列車が地平ホームと、比較的うまく区別されていました。
115系は非冷房車ですが、415系はもちろん冷房車です。モノクロなのが残念ですが、古き良き時代の上野駅の雰囲気が伝わると思います。


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昭和57年10月12日 常磐線 荒川沖〜土浦間にて 415系8連の普通列車

初めて本格的な常磐線の撮影に行ったときの写真です。当時の目的は、「ゆうづる」「みちのく」「ひたち」などの特急とEF80牽引の普通列車や貨物でしたので、415系など「赤電」は、この時代ですら撮影の対象になっていませんでした。


その後、昭和60年の科学技術博覧会(いわゆる「つくば万博」)の開催に合わせて、つい最近まで存在した白に青帯のおなじみの塗装に変更され、さらに7両編成の増備・組替により15連化も実施され、「赤電」は消滅することとなりました。


過去ログ 常磐線の415系新塗装車 → http://diary.jp.aol.com/marutetsu/246.html

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2007/10/6  14:11

今日の撮影(蕨〜西川口)  写真撮影
昨夜からブログアップで寝不足のついで、居眠りから目が覚めたら「あけぼの」が来る時間になっていたので、先週雨模様で良い写真が撮れなかったのを思い出し、朝からチョットだけ行ってみました。


撮影は、平成19年10月6日、東北本線 蕨〜西川口間にて

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今日はEF81137牽引の「あけぼの」。良く撮れたと思っていたが、確認してみたらすごい手ブレ。また明日リベンジか・・・。


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後部24系の「あけぼの」。立ち位置から後も撮れそうなので試しに・・・。ブルトレのこの後姿もだんだん貴重になってきました。


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先週はトラブって撮れなかった485系快速「フェアーウェイ」。今日は何とかうまく撮れました。たまには新潟色が来てくれないかなぁ。


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485系「宴」。撮影は終了なのだが、何となく一服しながら立っていたら、何か遠くに怪しい影が・・・。コイツでした。「あかべぇ」と同じ時間の回送スジでしたね。
正直、これが「フェアーウェイ」と同じ485系とは思いたくないです。姿を変えても生きているだけマシか・・・。


今日の撮影は以上 ・・・ あっ!「EL奥利根」を撮るの忘れた!

やべっえぇー、ヘタこいた・・・ 

ズクズン ズクズン ズクズン ズクズン

ズクズン ズクズン ズクズン ズクズン

今日はやりません。
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2007/10/6  2:10

国鉄 EF70 交流型機関車  国鉄・JR機関車(交流・交直両用型)
EF58が続いていますので、今日は交流型機関車「EF70」をご紹介したいと思います。

EF70は、北陸本線において活躍していた初の交流型量産機「ED70形」の後継機(1200t貨物列車牽引対応)として、昭和36年に誕生しています。
それまでの交流機は、D形で直流機F級の牽引性能を発揮するということから、本線仕様でもすべてD形級で製造されていました。しかし、連続勾配の長い北陸トンネルでのD形級による性能試験の結果、初めてF形級の交流機が開発されたとされています。

EF70は、大きく分けると一般型及び高速仕様の2種類があり、さらに一般型は1次形(ヘッドライトがセンターに1灯)と2次形(2灯シールドビーム)に分けることができます。高速仕様の1000番台は、20系寝台車やコキ10000形の牽引に対応しています。

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昭和58年4月15日 富山第二機関区にて 入換中のEF708号機とお休み中の1007号機

1度も写真を撮ったことがなかったEF70の最期を撮りたくて、富山まで行ってきました。当時、私は国鉄職員でしたが、EF70の運用など全然知らなかったので、行きの普通列車に乗務していた車掌さんに話しかけられた時、何気なくEF70の話をしてみました。すると、「富山駅から機関区職員専用の送迎マイクロがあるから乗っていけば」というお話を聞き、恐る恐る乗ってみたんです。そしたら、見事に富山第二機関区の中にまで入ってしまいました。バスの中でお話した方(多分機関士さん)が、時間があるから案内してくれるというので、有難く監視についていただき写真を撮ることができました。
ただ、既に末期ということもあって、この2台しか見当たりませんでした。


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昭和58年4月15日 富山駅にて 普通列車の牽引機付替え中のEF709

帰り道に富山駅で出逢ったシーン。当時は未だ普通列車の本数が少なく、結局客車列車にはこの1本しか逢うことができませんでした。

北陸本線では、客車列車は50系化されずに電車化されたため、比較的遅くまで旧客を見ることができましたが、その分、EF70の引退を早めてしまったとも言えます。

この当時は、北陸本線での活躍末期でもあったため、1次形はシールドビーム2灯化されており、オリジナルのスタイルを見ることができなかったのが残念です。


EF70 うんちくメモ

昭和36年末〜落成  1次形 1〜21  2次形 22〜
          
1000番台改造車  2次形 22〜28  1001〜1007

九州転属(昭和55年) 61〜81

昭和60〜61年 全廃    
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2007/10/6  0:52

タモリ倶楽部で鉄道博物館・・・来週も続く  
タモリ倶楽部を見ていて遅くなってしまいました。

本当にロケに行っていたんですね。

交通博物館時代とは違い、実車の多さ、車内や運転台まで入れるとは・・・これは開館から相当な期間にわたって混みそうですね。オープニングはパニックでしょうな。

また来週に続くらしいので、楽しみが増えました。普段あまりテレビ見ていないからな・・・。
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2007/10/5  23:32

タモリ倶楽部で鉄道博物館?  
こんばんわ。

今帰ってきて新聞を見たら、「タモリ倶楽部」で”完全版鉄道博物館”と題が打ってありました。予告を見ていないので分かりませんが、楽しみ〜。ひょっとしてロケに行ったのでしょうか・・・。

鉄道博物館に関係ない内容だったら・・・(怒)
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2007/10/5  0:55

EF58131〜136(上越形ノーマル機)  EF58のアルバム
こんばんわ。
今日は、高崎第二機関区で最期まで定期運用に就いていた上越形のノーマル機のうち、最後まで残った130号機から続く、131〜136号機を一挙にご紹介したいと思います。

高崎第二機関区配置のEF58は、すべて上越仕様となっていますので、ヒサシ(正式にはツララ切りと言っておきましょうか)・ホイッスルカバー・薄型のスノープローを装備し、正面窓はHゴム化、パンタグラフはPS15となっています。また、東日本地区配置の車輌は、関西から転入してきたものを除き、基本的に原形の側面エアフィルターとなっています。

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昭和56年5月 東北本線 南浦和〜蕨間にて 荷物列車を牽く131号機

突然背後から来たので、しょうもない構図になっております。高い草もカブっていますし・・・。どアップになったおかげで、番号だけはハッキリしています。


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昭和53年頃 大宮駅にて 12系を従えて停車中の133号機

特急列車を撮影中に来た12系を牽引する133号機の図。本来この9番線は東北本線の番線になりますので、高崎線の列車ではなく東大宮操車場への回送列車ではないかと思われます。
夕暮れの大宮駅。ホームの青森方には屋根が無く、隣には貨物の群線があった頃。新幹線がある現在とは想像もつかないほど様子が変わってしまいました。


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昭和55年10月 東北本線 蕨〜西川口間にて 急行「鳥海」を牽引する134号機(再掲)

過去ログで「鳥海」を特集したときにアップした写真です。かなり晩年の頃となっていますので、3両目の荷物車はマニ36からマニ50に置き換わっています。最後尾まで写っていないのが残念なショットでした。


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昭和56年2月 東北本線 蕨〜西川口間にて 大宮工場からの出場車を牽引する135号機

都会の雪景色を行く135号機牽引の回送列車。マニ37+マヤ34+スハフ12+マヤ34+スハフ12・・・といった面々を無造作に連結した珍編成。確か、平日の夕方に設定されていたスジの列車だった、と記憶しております。


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昭和56年9月 東北本線 南浦和〜蕨間にて 12系臨時急行を牽く136号機

12系客車を使用した臨時急行「佐渡」ですかね。上越新幹線開業前ですので、最大級に優等列車が走っていた頃で、臨時列車のシーズンともなれば客車急行も設定され、EF58が登板する場面も多く見られました。


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昭和57年1月 東北本線 蕨〜西川口間にて 定番荷物列車を牽引する136号機

高ニ区EF58が牽引する荷物列車の晩年の頃。後ろの方に未だマニ36やマニ60が連結されており、よき時代の荷物列車を髣髴させるシーンです。


残念ながら132号機の写真が見つかりませんでした。今後見つかるようなことがあれば、改めてアップすることにします。
東北本線の荷物列車にまで活躍した高崎第二機関区のEF58たちですが、この写真の後、昭和57年11月のダイヤ改正では90号機と130号機を除いてすべてが引退してしまうという、EF58の勢力図さえ塗り替えてしまう程の大転機が訪れるのでした。
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2007/10/4  0:18

EF58129(「瀬戸」牽引?+謎の大窓車)  EF58のアルバム
今日は、東京機関区配置の129号機のご紹介です。

129号機は、東京機関区の標準スタイルとなっており、パンタグラフはPS15、正面窓はHゴム化されています。側面エアフィルタだけは、東京区スタイルの原形縦型です。

つまり、東京機関区の中ではこれといった特徴が無い、私的には「地味なカマ」な感じでした。

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昭和52年ごろ 東京機関区にて

これは、東京機関区の一般開放の際に撮った写真です。当時、同区がどの程度このような催しを実施していたのか不明ですが、あまり鉄道機関の車庫や工場の開放といった行事はなく、大変珍しいことだったように思います。

ま、そんなことで、タイトルに掲げた「瀬戸」もただヘッドマークを付けて展示しているだけで、私の知っている限りEF58が特急「瀬戸」を牽引したことは無いと思います。

それよりも、写真右手奥に写っているEF58の方がすごく気になります。原形大窓のヒサシ付きですので、かなり番号的には限定されてくると思うのですが、何せ古い時期のものなので、後にHゴム化されてしまったカマの原形時代かもしれませんので、特定することはできません。私自身もゴハチ知識はあまりございませんので、悪しからずご了承願います。

そんな「地味め」な129号機は、このあと写真に撮ったことが無かったので、比較的早い時期に転配又は廃車されたものと思っていたのですが、マイ教科書によると、ナント昭和58年10月時点でも東京区に生き残っていたらしいのです。

EF58「踊り子」や81系お座敷列車、東北方面用の臨時車輌の回送など、数多く撮影をしましたが、本当にただの1回も逢うことはありませんでした。
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2007/10/3  1:10

EF58143(シールドビーム2灯になる前)  EF58のアルバム
またEF58です。

あまりEF58ばかりアップしているせいか、あまりアクセス数も伸びなくなってきました。

でもそんなのかんけーねぇ〜!でもそんなのかんけーねぇ〜!

でもそんなのかんけーねぇ〜!
     はいっ!おっぱっぴぃー!

いや、いいんです。いずれ全部アップする予定ですから、やりつづけますよ。

今日は宮原機関区に配属されていた143号機をご紹介いたします。

手元の資料によると、143号機は昭和58年度時点においてシールドビーム2灯化されていたらしいです。写真も掲載されていました。宮原区では、101号機及び138号機にも同様のシールドビーム化の改造が施されていたとあります。
それ以外の形態としては、東海道形では当たり前のヨロイ戸形エアフィルタに、パンタグラフはPS15化と標準化されたスタイルですが、原形小窓は廃車になるまで守り続けたようです。
そして、資料には記述が無かったのですが、ワイパーが窓の隅に設置された形態で、他のEF58と比較して形態的には希少性があるようです。たまたまブルトレ塗装時代の同車の写真を雑誌で見つけたのですが、この取り付け方は昔から変わっていないようです。他車でも気が付いたら今後は記述の対象としたいと思います。

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昭和56年8月21日 東海道本線 沼津? 12系を牽いて停車中の143号機

身延線の旧国の写真を撮りに行ったときに偶然撮っていたものです。撮影場所の詳細な記録が無かったのですが、おそらく沼津駅ではないかと思われます。
写真は前述したとおりのスタイルをした同機ですが、この時点においては未だシールドビーム2灯化されていません。

宮原区のEF58は、昭和59年2月改正時における荷物列車の電暖化・EF62化の影響で全廃となったようですので、シールドビーム化の詳細は分かりませんが、せいぜい改造後2年くらいで廃車になってしまったと思われます。そういった意味では、原形ライトの写真よりも最後期のシールドビーム2灯の姿の方が希少だったかもしれません。 
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