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2007/10/11  22:03

EF58100号機に関する記事の加筆・訂正について  EF58のアルバム
本日アップいたしました「EF58100号機」に関する記事につきまして、その後、EF58に関する新たな資料を発見したことにより、補足しなければならない事実が出てきましたので、加筆させていただきました。

内容は・・・

 昭和59年時点において下関区には20両を超えるEF58が配置されており、その中にナント100号機も含まれておりました。
 当時の状況については全く記憶が無いのですが、EF62導入までのつなぎとして、各区から寄せ集めたのではないかと思われます。
 したがって、記事後段の小郡駅に留置になった経緯はあっさりと解明する事になりました。つきましては、この記事の加筆を持ちまして訂正させていただきます。

といったところです。内容を知っていながら歯がゆい思いで記事をご覧いただいていた方には大変申し訳ありません。なかなか詳細な資料が無いもので、いつも片手落ちな記事になってしまいますが、どうぞご勘弁くださいませ。
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2007/10/11  1:03

EF58100(関西の1番人気車)  EF58のアルバム
今日もEF58シリーズで、EF58の削減当時、関西で1番人気だったとされる100号機をご覧いただきたいと思います。

当時の雑誌では、宮原機関区に17両配属されていたEF58のうち、101号機が人気ナンバー1だったと書かれています。

確かに、この100号機は原形小窓のままでしたので、形態的には人気があってもおかしくないのですが、当時の宮原区には他の原形小窓機が複数配置されていたため、私的には理由が理解できません。ちなみにこの100号機、形態的には原形小窓だけがオリジナルで、エアフィルターはヨロイ戸式、パンタはPS15であり、これと言って特徴的ではないと思いますが・・・。

ま、取り敢えずあまり良い写真ではないのですが、ご覧ください。

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昭和53年8月5日 東海道本線 真鶴〜根府川間にて 荷物列車を牽く100号機

写真は広角で撮ってかなり小さいため、トリミングアップしています。
有名撮影地である白糸川の鉄橋を渡る100号機の牽く荷物列車。後に連なった多数の荷物客車が古き良き時代を物語ります。未だこの頃は、EF58がなくなるなんて夢にも思わなかった頃です。


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昭和59年8月19日 山陽本線 小郡(現:新山口)駅にて 側線に留置中の100号機


こちらは悲しい写真です。59年2月の改正(貨物の大合理化)で余剰となった電機たちが、限りなく長い縦列で留置されているシーンです。この列には、主にEF60の1次・2次車、EF61が連結されており、何故か下関方の1両だけがEF58でした。それがこの100号機だったわけです。

しかしこの100号機、宮原区の所属ながら何故こんなに離れた小郡駅に留置されていたのでしょうか?地元でも解体待ちをするところはあるでしょうに。59・2のダイヤ改正で東海道・山陽の荷物列車はすべてEF62化されましたので、何らかの列車で下関まで牽引し、そのまま小郡に回送されてきたと考えるのが自然かもしれません。

以前アップしたDD51の初期型があつみ温泉駅に留置されているシーンがありましたが、その後には長岡区のEF58が何両か留置されていました。当時は、改正のたびに地方の駅でこのような風景を見掛けることができましたが、普段見れないものが見れたという喜びの反面、去っていく者が立ちすくむ光景は余りにも寂し過ぎました。


【追加記事】
 その後、EF58に関する資料を発見いたしました。
 その記述によると、昭和59年時点において下関区には20両を超えるEF58が配置されており、その中にナント100号機も含まれておりました。
 当時の状況については全く記憶が無いのですが、EF62導入までのつなぎとして、各区から寄せ集めたのではないかと思われます。
 したがって、記事後段の小郡駅に留置になった経緯はあっさりと解明する事になりました。つきましては、この記事の加筆を持ちまして訂正させていただきます。
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