鉄道コム

2007/10/13  18:05

新幹線はやっぱり 0系!(品川界隈にて)  その他電車
こんばんわ。

風邪もただいま小康状態で、治ってはいないけどいつもみたいに悪化しないという、過去にあまり例がない症状です。皆様にご心配させ、またお見舞いのコメントをいただいてしまい、大変申し訳なく思います。寝たきりというわけでもなし、特に出かける用事もないので、ブログに使う写真を整理しながらまったりと休養させていただきますので、どうぞご安心くださいませ。

このところEF58シリーズを重点にお届けしておりますが、皆様の飽き具合も深刻になってきそうなので、裏では別方向の車輌写真の準備を着々と行っております。
今日は、その中から東海道新幹線を颯爽と走っていた0系の写真をお届けしたいと思います。

基本的には、在来線特急を廃止に追いやる原因の「新幹線」を敵視していましたので、まず過去記録でも写真にほとんど撮ったことがありません。精々「○○系が無くなる」くらいになって撮りに行くかどうか。しかし、新幹線に関しては、そんな内容の話には動じませんでした。なので、本当は1枚も無くてもおかしな話ではないのですが・・・ありました。

むかしむかし、ブルトレなどの撮影に行った際に何となく撮っていたもの、「流し撮りの練習」と称して撮っていたものが数枚ありましたのでアップしたいと思います。


クリックすると元のサイズで表示します
昭和53年9月 田町駅にて 大窓の0系編成

夕方のブルトレ撮影の際に撮っていた写真。普段は撮らないのに、待ち時間が暇だったんでしょうね(笑)。性能の良くないレンズで撮っていたので、解像力も悪いし、夕方だったのでブレて鮮明には写っていませんでした。
(ネガカラー写真)


クリックすると元のサイズで表示します
昭和55年頃 品川駅にて 300mmレンズによる流し撮り実験。

品川駅で臨時列車などを期待して張り付いていたときに、やはり暇と見えてこんな写真も撮っていました。自分でも驚くほどピタリ止まっている写真で、画像では分かりにくいですが、表示の小さい形式−番号も見事に止まってハッキリ見えます。(ちなみに22−81となっています。)
このころは視力もそんなに悪くなかったので、300mmレンズを手持ちで振り回してバシバシ撮っていました。今では絶対に不可能ですが・・・。
(エクタクロームからダイレクトプリント)


クリックすると元のサイズで表示します
昭和56年9月 品川駅にて 小窓の後期0系

こちらも暇つぶしの流し撮りでしょうか。上下にブレてしまい成功といえる写真ではありませんが、小窓車であることは判りますので、まぁ何とか・・・といったところでしょうか。
(モノクロネガTry-Xから紙焼き)


敵視していた新幹線ですから、いつでもゴロゴロたくさん走っていた0系ですから、撮っていなくて当たり前なのですが、日本を、いや世界を代表する車輌だったと考えれば、今になって「もっとカッコ良くと撮っておけば良かった」なんて思ってしまいます。
100系もスタイルは良かったし、500系も近未来的なスタイルがカッコ良いと思いますが、東海道新幹線はやっぱり「0系」・・・なんですね。
0

2007/10/13  1:45

EF5888・124(可変式スノープラウ装備車)  EF58のアルバム
タモリ倶楽部を見ていて更新が遅くなってしまいました。

今日は、またEF58に戻ります。

今日ご紹介いたしますのは、東京機関区所属で2両存在したスノープラウ装備車の88号機と124号機です。

東京機関区のEF58は、その運用エリアから基本的に暖地型が配置されていました。、例外として、上信越・北陸方面の雪害時における東海道経由迂回列車の運転を想定、その際の関が原通過を考慮して、常時2両の寒冷地仕様車を配置していました。その中で、その2両に指定されていたのが88号機と124号機でした。

共通仕様は、正面Hゴム窓、原形エアフィルタ、PS15パンタグラフで、ともに排雪向きを変えられる可変式スノープラウを装備していました。可変式スノープラウは、上越仕様のそれとは違い、天地方向に高さがあるため、スマートなスタイルの上越仕様車に比べ、ややゴツいイメージがあります。

クリックすると元のサイズで表示します
昭和52年 上野駅にて 単機回送で上野駅に現れた88号機

当時、上野〜東京間の回送線が生きていたため、上野駅では東京区のEF58やEF15ちょくちょく目にすることがありました。
中古の一眼レフを買ってもらい、確か最初に通したフィルムだったと思います。マニュアルカメラなので、イマイチ露出調整とか良く分からなくて、暗い画像になってしまいました。


クリックすると元のサイズで表示します
昭和56年1月 上野駅にて 現金輸送車マニ30とシナ座(81系お座敷)を牽く88号機(再掲)

以前、過去ログで「現金輸送車:マニ30」の項でご紹介いたしました写真の再掲です。
この頃もまだ、上野〜東京間はつながっていたようですね。品川客車区から尾久客車区への回送と思われます。現金輸送車とお座敷・・・異色の組み合わせですね。


クリックすると元のサイズで表示します
昭和54年8月 品川駅にて 客車区構内で入換運転中のEF58124単機

品川駅のホームにいると、結構色々な車両・列車を見ることができました。特に東北線沿線で生まれ育った私からすれば、東海道を走っている列車はどれでも目新しかったので、1日中いても飽きませんでしたね。
124号機は、最末期はHゴム化されてしまったようですが、写真は未だ原形小窓で大変美しい姿をしておりました。

両機の外観上の決定的な違いは、88号機がツララ切り装備で、124号機は元々暖地型だったことですね。88号機は、上越仕様化されたカマでありながら、何故か124号機と同様にホイッスルカバーが付いていません。比較的未改造で取り付けたままの車輌が多かったのですが、やや珍しい形態といえるのではないでしょうか。

結局、私が物心ついた頃から、鉄道が何日間も止まるような大豪雪はなく、北陸急行が東海道経由で運転されたという記憶はなく、常備されていた割りに本来の活躍はできなかったようです。
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ