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2007/10/17  0:50

EF58146(宮原区の原形機:補機に助けられ・・・)  EF58のアルバム
今日はEF58に戻ってみたいと思います。

今日のネタは、宮原区に配置されていた146号機です。

138号機から151号機までは、昭和32〜33年に掛けて148号機を除き宮原区に新製配置されました。
当初の形態はほぼ同じものであったと思われます。その後、所々の号機が宇都宮や竜華へと抜けて行き、連番の体制がくずれ、さらにその移動した先ではその地域にあった改造を受けてしまっています。
そして、宮原区に残ったカマたちは、ほとんどがHゴム改造を受けずに、比較的原形の美しい姿で最後まで残りました。

その生え抜き原形機の中でもこの146号機は、西日本地区に珍しく最後まで原形エアフィルタのまま活躍した名機と言えるでしょう。最終期に原形小窓、原形フィルタで残ったカマは他には存在しなかったようです。ちなみに、宮原区の生え抜きですので、寒地仕様はなく、パンタグラフはPS15を搭載していました。

では、そんな彼の活躍のシーンです。

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昭和57年10月4日 山陽本線 瀬野〜八本松間にて

荷物列車を牽引する146号機。この日は編成が長かったのか、EF61200番台の補機が連結されていました。瀬野八では何本かEF58牽引の荷物列車を撮影しましたが、どの列車も補機は連結されておらず、この写真が唯一キャッチしたものでした。Sカーブで、運良く補機を捉えることができました。


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昭和57年10月6日 名古屋駅にて 休憩中の146号機

写真を整理していた初めて判ったのですが、上の写真を撮った翌々日、帰り道に行程の都合で名古屋に寄った時に撮った写真で、まさか同じ146号機とは思いませんでした。もちろん、この頃EF58に関する知識などそれほどありませんので、ただ撮っただけなんですが。
上の写真が正面になってしまい、原形フィルタであることの判別がつきませんが、偶然にも撮った2枚目の写真のお陰で、その美しいサイドの姿を捉えることができました。

最後まで残り、その時代に「最も美しい」と評判だったカマが、今手元の写真として残っていたことを嬉しく思います。
ちなみに、昭和58年10月現在ではまだ宮原区に在籍していますが、末期(昭和59年)には下関区へ転属したようです。
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