鉄道コム

2007/10/21  19:00

青梅線の青い103系  その他電車
今日は時間ができたのでもう一発アップいたします。

青梅線から101系が撤退し始めた頃なのでしょうか、青梅マラソンの記念切符が発売になるということで、わざわざ青梅まで出掛けて行ったことがあります。
当時はまだ記念切符というのが鉄道趣味の主流の中にありましたので、近場だと買いに行ったものですが、今になって考えてみると、何の記念になるのか良く分からず、宝箱の肥やしになっているようなものが多数あります。

それはさておいて、この時初めて青梅線に乗ったわけですが、青梅に着いていきなり目に入ってきたのがこの景色です。

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昭和53年2月19日 青梅駅にて 電留線に停車中のスカイブルー103系

休日ですが、青梅マラソンの開催日ともあって、直通青梅行きの電車は満員状態。東京からの直通電車はオレンジの101系や103系ですので、終点の青梅に着くまでこのいじょう事態に気が付きませんでした。線内の折り返し電車は、来る電車来る電車ほとんどがスカイブルーの103系でした。京浜東北線住民の私からすれば、ここまで来てこの色?という感じでしたね。

当時、未だ103系は新型電車と認識されていた時代ですから、103系には特段の興味もなく、写真を撮るなんてことも滅多になかったのですが、「色違い」「混色」といった変わり事になんとなく目敏い少年でしたので、写真を撮っていた次第です。

東日本では103系もほぼ全滅してしまった現在、こんな写真も貴重な思い出の一つに一つとなってしまいました。
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2007/10/21  1:20

EF58103(宇都宮仕様に整形されたカマ)  EF58のアルバム
今日はゴハチシリーズです。

EF58は全国の直流区間に配置されていたため、気候や運行路線に合わせた様々な仕様があることはご紹介して参りましたが、車輌の広範囲な転属によりその姿を変えてしまった者たちも少なくありません。

今日ご紹介いたします103号機は、新製当初から米原→下関→米原→宇都宮と広い範囲で移動した車輌で、米原区の標準形態である「原形小窓・ワイパーカバー付き」から、宇都宮区の標準形態である「Hゴム・ワイパーカバー無し・デフロスタ取付け」といった変化を見せてくれた数少ない車輌でした。

では、その変化をご覧ください。

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昭和52年8月 東北本線 蕨〜西川口間にて 普通客レを牽引する103号機

この写真はピンボケで非常に分りづらいかもしれません。画像をダブルクリックして拡大していただくと「原形小窓・ワイパーカバー付き」でデフロスタが未だ装備されていないことが辛うじてお判りいただけるのではないかと思います。

この昭和52年の夏季輸送というのは、EF57が年度前半に休車・廃車となり、全国から早急に代替車を集めなければならないほど客車による臨時急行が運転されました。そんな状況でしたので、おそらくこの103号機も入場→整備など行っている時間もなく、転属してきたままの仕様で運用に入らざる得なかったのではないでしょうか。
ちなみに、次位に連結されているオハニ61かスハニ64と思われる客車は、当時首都圏では見ることができなかった車両で、何故この列車に連結されて上京したのか謎ですが、大変貴重な記録だと思います。


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昭和60年3月 東北本線 北浦和〜与野間にて 重連単機回送の次位に連結された103号機

この列車は、局報で当時では珍しく重連が組まれるということを嗅ぎ付け、単機回送ではあったがわざわざ撮影に出掛けて撮ったものです。
半逆光でスキャニング画像ではナンバーすら見えなくなっていますが、末期の頃の103号機です。
Hゴム化されデフロスタが装備されていることがお判りいただけると思います。これが宇都宮区の標準形態で、ある意味あまり面白みのない形態になってしまいました。
ちなみに、宇都宮区にやってきたときは、既にヨロイ戸化・パンタのPS15化は行われていた後のようでした。

この103号機は、宇都宮区の牙城を最後まで守った精鋭の1台でありました。
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