鉄道コム

2007/11/23  20:55

平成19年11月23日の撮影:JR篇(富士ぶさ他)  写真撮影
今日は、以前からお約束しておりましたSwallow Angel様 http://do-raku-oyaji.cocolog-nifty.com/blog/ と「富士ぶさ&500系のぞみ」の撮影に行ってまいりました。また、今回の撮影にあたって、予てから是非1度お会いしたいと思っておりました「デザイン屋の日々」管理人のline様 http://diary.jp.aol.com/qegbrh4/ からお声が掛かり、実行2日前という突然のお知らせにも拘わらずご都合を付けてご参加いただき、3人で撮影に行くことができました。

本日の予定は非常に欲張りな内容で、田町駅で「銀河」の回送、500系「のぞみ9号」の撮影→辻堂又は茅ヶ崎で「富士ぶさ」の撮影→小田原・西馬込で500系「のぞみ」
の撮影という交通費も充分に使った少々贅沢でハードなものでした。
多少行程に変更がありましたが、ご報告の内容で明らかにしながらアップしていきたいと思います。

本日の撮影内容は非常にボリュームがありましたので、JR在来線、新幹線、私鉄、バスに分類して、4〜5回に分けてアップしたいと考えております。

今回は、その取っ掛かりとしてJR在来線「富士ぶさ」他をご報告いたします。

まずは「銀河」の回送なのですが、家を出遅れて目の前で電車を逃してしまい、その後東京駅に停車中の「銀河」を確認することができたのですが、目標の田町駅の手前の浜松町で、「銀河」の回送に抜かれてしまいました・・・。終了!
もう1分早く駅に着いていれば撮ることができたのに(泣)。

そして、サンライズが通ることを忘れていたので、回送を待って撮影。

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田町駅にて 「サンライズ出雲」「サンライズ瀬戸」の回送

あまりの寒さに手ブレしてしまいました・・・終了。

今日はどうも幸先が良くないようですな。トホホ。

次は「富士ぶさ」の撮影のために移動。後の500系「のぞみ」撮影の関係で、辻堂又は茅ヶ崎の駅撮りに限定されています。ただ、両駅とも撮影のために行ったことがなく、ロケーションは全く持って不明。運転台越しに駅を確認することに。
まずは辻堂駅・・・階段があってダメジャン・・・終了!。
したがって、茅ヶ崎駅しかなくなってしまいました。ここも正直かなり無理なロケーション。でも、平塚まで移動する猶予はないということで、無理矢理挙行。

こんな写真を撮りました。

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茅ヶ崎駅にて 217系湘南仕様

この車両はまだ撮ったことがなかったので、待っていて結果オーライ。


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茅ヶ崎駅にて EF210−3牽引のコンテナ貨物列車

EF210も興味の対象外であまり撮ったことはなし。まぁ、構図は悪いけど、良っか。


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茅ヶ崎駅にて EF6646牽引の「富士」「はやぶさ」

平成21年春のダイヤ改正で消滅することが決定的になってきた「富士」「はやぶさ」。今回の大目的のひとつ。
近来稀に見る最悪のロケーションにも拘らず、撮ってみたら意外と普通に見れる写真でした。ホント、意外だった。でも、何か変な影が映っちゃったな・・・。


小田原駅での500系撮影の合間に在来線ホームをウロチョロ。そしたら、こんなのが来ました。

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小田原駅にて 485系「せせらぎ」 

普段撮る気もしない車両ですが、「とりあえず撮っておく」精神が働いて撮っておきました。

休日のせいか、貨物列車が意外に通らなかったので、面白みに欠けました。
ま、目的外だから別に良いのですけれど・・・。

続きは夜中の更新で「新幹線篇」です。
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2007/11/23  0:31

モハ70系 両毛線(高崎にて)  旧型国電
3回連続でED75ネタとなってしまいましたので、今日は電車を。

先般、高崎駅における80系の写真をアップいたしましたが、今日は同じ日に撮った両毛線の70系の写真をお届けしたいと思います。
特に、今日はカラー写真をチョイスしてみました。

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昭和53年3月12日 高崎駅にて 両毛線 70系 (3枚とも)

70系電車は、言わずと知れた横須賀線用の電車として登場しました。
晩年は70系のみの編成が多く見られましたが、登場時は既存の戦前型車両との混結が前提でもありましたので、横須賀線時代にはあまり統一されたキレイな編成は見られなかったようです。
地方に転出後は小単位(4両編成など)で組成されたケースが多く、この場合は比較的整った編成で運用されていました。それでも、中京圏における中央西線、関東では中央東線、関西では阪和線など、5〜8両で組成された列車は、戦前形やモハ73形、80系改造のクハ・サハとの混結が多く見られました。

両毛線では、基本的にクハ76+モハ70+モハ70+クハ76の整った編成が多かったですが、一部の編成にサロ85改造のクハ77という珍車もいました。

この写真を撮った頃も、そろそろ70系の引退が見え始めていた頃でした。
母親の実家に行くとき小山駅を通ると、東北本線から少しずれたホームに4両で小休止している70系を良く見かけましたね。

この頃はあまり走行写真を撮ることはなかったので、今となってはもっときれいな写真を撮っておきたかったと思います。
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2007/11/22  1:12

ED75番外編(1号機・501号機)  国鉄・JR機関車(交流・交直両用型)
今日もしつこくED75を選んでみました。

今日ご紹介いたしますのは1号機と北海道用の501号機です。
といいましても、残念ながら現役時代の写真ではありません。その辺りは、画像ごとに経緯を記したいと思います。

まずはトップナンバー1号機です。

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平成2年2月18日 福島駅にて撮影

写真は、既に廃車となって保存されているED751です。
1号機は量産ナンバーを語っていますが、資料によると1号機と2号機は試作機とのことです。1号機と2号機は外観も多少違い、1号機は鋼体の裾までフラット(一枚板のように段差がない)であるのが特徴です。
昭和38年12月30日落成の日立製、新製当初は勝田区の配置で、昭和42年に内郷区、昭和59年に長町区の配置となり、昭和62年2月7日付で廃車となっております。
活躍期間が23年少々と、現在も活躍するED75と比較すると、意外に短命だったことが判ります。
この写真を撮ったときは、保存を前提に保管されてはいたものの、落ち着き場所が定まらず、あちらこちらに移動させられていました。たまたま板谷峠の撮影の帰りに福島に降り立ったときに捉えたものです。
現在は、落ち着き先がやっと決まり、ED711やED771、ED781とともに保存されているのはご存知のことと思います。


次に501号機です。

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実は、これは私が撮った写真ではなく、実兄が撮影したものです。私は501号機の活躍を見たことはありません。(あったかもしれませんが、記憶にも記録にもありません。)
実兄は鉄ではありませんが、私のためにわざわざお土産に撮ってきてくれました。
501号機は北海道専用機で、1番代1両の希少種です。
昭和41年9月30日落成の三菱製。新製配置は札幌運ですが、落成直後の40日間は福島機関区に貸し出しによる配置となり、実際に札幌運に移動したのは昭和41年11月11日となっています。昭和43年8月1日に岩見沢に移動、昭和62年に廃車となっています。(廃車月日不明)
他のED75と比較して、主回路機器、制御方式・制御装置が変更、パンタなどを除く特高機器が極寒対策のため室内に入るなど、外観も大きく異なります。また車体長も300mm長くなっています。ED76500番代がSG(蒸気発生装置)を装備しているのに対し、北海道では唯一暖房装置を持たない電気機関車でした。
※側面が写っていないのが残念です。
現在も小樽交通記念館に収蔵され、屋外展示が行われている幸せ者です。
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2007/11/21  0:40

ED75牽引の貨物列車(重連篇)  国鉄・JR機関車(交流・交直両用型)
交流機のシリーズは不人気と決め付けていたのですが、昨日は何だかすごいアクセスでしたね。ED75はまだ現役車種だから人気があるのでしょうか?

ま、そういうことでしたら、いつもは毎日方向性を変えてアップしているところですが、連チャンで行ってみましょうか。
ということで、今日はED75の重連貨物篇をお届けいたします。

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昭和58年10月5日 東北本線 黒磯駅にて 貨物発着線に停車中のED7583他重連貨物

これは、東北本線黒磯口の旧型客車がなくなる頃、客車を撮るために訪れたときの写真です。
本線とは言えど、普通列車の本数は少ないので、合間にこうやって貨物なども撮って暇つぶしをしておりました。
この写真は上り発着線ですので、重連貨物の到着直後の写真です。まだ59・2の貨物大合理化の前ですので、雑多な貨車が長々とつながっており、往年の本線系貨物列車を髣髴させる編成で大変好感が持てます。


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昭和59年10月14日 東北本線 矢吹〜泉崎間にて ED7516先頭の重連貨物 

こちらは、59・2ダイヤ改正直後の写真です。コンテナ輸送が貨物輸送の中心となり、2軸貨車による貨物列車が激減しました。ご覧のようにコンテナ車が主力となり、魅力のある重量貨物列車が少なくなってはきましたが、まだこの頃は緩急車の連結廃止前でしたので、重連の後にコキフ50000形が連結されています。やはり車掌車が付いていると、貨物列車の編成が締まります。


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昭和62年8月 東北本線(多分渋民辺り) ED75143先頭の重連コンテナ列車

以前アップした「ゆうづる」を撮った場所です。この頃はEH500なんて影も形もない頃ですから、一部のEF81を除いてED75の天下です。来る列車来る列車みんなED75です。現況しか知らない若い世代の人から見たら羨ましい状況なのでしょうね。
でも、同じものばかりだと、結構飽きが来るんですよね。


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平成7年2月3日 磐越西線 磐梯熱海〜中山宿間にて 磐越西線唯一の重連貨物

ED77の時代からなくなりそうだけどなくならない1往復の貨物列車。磐越西線専用のED77も、客車列車の消滅により、1往復の貨物だけに専用機関車を置くのは不経済だったのでしょう。軌道整備を実施して、ED75が入線できるようにしてまで、ED77を廃車にもって行きました。私の嫌いなJR貨物色。ED77の時代にこんな写真を撮っておきたかった。


他にも写真はありそうなのですが、今のところプリントされているのはここまでです。貨物篇はモノクロネガからの発掘を待って再出発しましょう。今度は客車篇をお送りする予定です。(気長にお待ちください。)
 
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2007/11/20  19:31

感染性の胃腸炎ですと・・・  
昨日から胃の痛み方がおかしく、今日も治まったり突然痛くなったり。
午後からどうしてもやらなきゃいけない仕事を片付け、速攻で病院にいきました。

感染性の胃腸炎ですと。私は医者じゃないので良く分かりませんが、簡単に言うと「胃にくる風邪」なんでしょうね。

帰りの電車の中では、今まで無かった喉の痛みも少し出てきたようなので、やっぱり風邪なんでしょう。

週末、といっても、金曜日は撮影を控えているので、何とか回復せにゃならん。

悲しいのは、消化のいいもの以外食べないように!
うどんかお粥だね。うどんは良いにしても、お粥ってあまり好きじゃないんですよ。

まあ、痛いのは自分だから、早く治るようにということで、医者の言うことは聞きましょう。

原因といえば、多分一昨日の撮影でしょう。非常に風が強く吹いていたので、ウィルスを含んだ大量のホコリを吸った可能性があります。

皆さんも、風の強いときや乾燥しているときは、面倒でもマスクをしましょうね。
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2007/11/20  9:31

ED75牽引の貨物列車(単機牽引篇)  国鉄・JR機関車(交流・交直両用型)
昨日朝からの胃痛に悩まされ、今日は大事をとって午前中休業です。
熱もあったのですが、何とか下がったようで、一体風邪なのかそれとも違う病気にでもなったか。週末の撮影予定を控えてちょっとビビッています。

そんな体調の事情で更新が遅くなってしまったのですが、今日は、ED75牽引の貨物列車の写真をアップしたいと思います。

ED75は東北地方の交流区間独特の形式ですが、羽越線や磐越西線・仙山線など、比較的早いうちから別形式が走っている線区もありましたので、東北本線・常磐線・奥羽本線の米沢以北など、今にして思えば結構限られた範囲での運用でした。
その後、ED77やED78の廃車により、磐越西線や仙山線にも入線しています。羽越本線は、交直流の車上切替えの関係か、電化当初からEF81が活躍していたようです。

今から考えると、余り貨物列車の写真は撮っていなかったようなのですが、手元にあるプリントからスキャニングしたものをご紹介いたします。


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昭和59年10月14日 東北本線 矢吹〜泉崎間にて ED75704牽引 ワム貨物列車


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昭和61年9月9日 奥羽本線(撮影地不詳) ED75700番代牽引 小貨物列車


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平成2年7月1日 東北本線 矢吹〜泉崎間にて ED75120牽引 車扱い貨物列車


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平成2年7月1日 東北本線 高久〜黒磯 ED75143牽引 コンテナ貨物列車


EH500の進出により確実に両数を減らしているED75。貨物塗装など食指を動かさなくしている要因もあるのですが、私的には生まれたときから縁があるといっても過言ではないカマですので、非常に強い思い入れがあります。
ED75は、他に「重連貨物篇」「50系客車篇」「旧型客車篇」がありますので、随時アップしていきたいと思います。
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2007/11/19  1:32

浜川崎散歩と西馬込で新幹線  写真撮影
昨夜、食事のあとにアップしようと思っていたら、やはり睡眠不足が祟って寝てしまいました。
遅くなってしまいましたが、日替わりのこの時間にアップしておきたいと思います。

昨日、わざわざバスコレを買いに行ったのも、この週末にSwallow Angel様( http://do-raku-oyaji.cocolog-nifty.com/blog/ )と500系の雄姿を撮りに行きましょうとの話から、ロケハンを兼ねるという目的があったのです。
ですので、寄り道しながらの帰りとなったわけです。

本当は、上りの「ふじぶさ」の撮影から入ろうと思ったのですが、バスコレのあまりの人手に購入に時間が掛かってしまい、全く間に合いませんでした。ここは開き直って、久しぶりの浜川崎で一服しとくか・・・。

いきなりですが、浜川崎駅のトイレです。
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2時間も並んだりバスの写真を撮っていたりしたので、とりあえずトイレへ。
浜川崎駅のトイレは、南武線浜川崎支線のホームに入って、直ぐ左のホームから下りたところにあります。なんでこんな写真を撮ったかといいますと、今時の駅で男女別の無いトイレが珍しかったからです。地方のローカル駅ではありがちですが、政令指定都市のなかにある駅ですからね。ま、苦情も来ないのでしょうけど。


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ついこの間、NHKの深夜番組で鉄道マニアを極めた人たちの異様な雰囲気をもった番組をやっていましたが、そのうちの女性マニアで、駅の枯れ池の写真を撮っている人がいました。なんでも、「枯れ池」だから水が入っていないのが良いんだとか。ここ浜川崎駅にも昔から池がありますが、水道からチョロチョロ水を流しっ放しにして、きれいな水がたまっていました。


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205系になってからの初めての鶴見線。真剣に撮る気も無かったのですが、ブレるわ傾くわ。本当に写真の腕も落ちましたな。中判カメラの安定さに馴れてしまったんで、軽いカメラは逆に難しい。


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クモハ204−1001。こちらも205系になって初めての撮影。なんか、本当に時代が変わりましたな。
ちなみに、17m時代 → http://diary.jp.aol.com/marutetsu/195.html
こちらは101系時代 → http://diary.jp.aol.com/marutetsu/197.html

こんな新しげなゲテもの電車も、20年位したら旧型電車とか呼ばれてもてはやされるのでしょうね。

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今日は、この1001番編成と1002番編成が走っていました。私は往復ともこの1001番に乗りました。1000番代とはいえ、1番はやはり得した気分?


ここで浜川崎駅と別れを告げて、次へ向かうのは「西馬込」。何ヶ月か前に鉄道雑誌で紹介されていた新幹線の撮影ポイント。とりあえず三田で早めの昼食をとり、久しぶりの都営浅草線に乗って西馬込に到着。
頭の中に入れた地図を頼りに行ったら、チョット道を間違えましたけど、10分くらいで到着。何となくピンと来ない景色だったのですが、望遠レンズで覗いて見るとなるほど、結構カッコ良く撮れる場所であることが確認できました。

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こんな感じなんですけど、厄介なことがあって。足場は道路なのですが、如何せん道が狭い上に急坂。車が来るたびに避けないといけないので、シャッターチャンスに車が来ないことが条件です。三脚を使うのは困難。オマケに、柵の部分が工事中で、工事が終わった後、どのようになってしまうか心配されます。


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こちらは海側から撮った写真です。超望遠が必要なので、柱の間隔が目障りになります。防音壁が高いので、下り列車よりも上り列車の後追いの方がスッキリ撮れます。
こちらは車の往来が多いのですが、道幅が広いので、気を付ければゆったり撮ることができます。
500系を待っていたのですが、何故か定時から1時間待っても結局来ませんでした。ダイヤが乱れていたのでしょうか?オマケにドクターイエローが通ったのですが、私は反対方向からの500系接近に備えていたので、気が付いたときにはもうシャッターが間に合いませんでした(T。T)。

結局500都合2時間弱粘っていたのですが、目的は達成できず。週末の撮影に賭けるとします。


帰り道にこんなところを発見!
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写真では何のことか分からないと思いますが・・・。

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22%だって。
千分率にすると220‰。当たり前ですけど。
日本の鉄道の最急勾配が大井川鉄道井川腺の90‰ですから、そのスゴさが分かりますよね。アプト式でも無理な坂です。
坂道が全く無いところに住んでいますので、こりゃスゴイな・・・なんて思ったのでした。


「ふじぶさ」や500系「のぞみ」は撮れない、ドクターイエローは撮り逃すなど、消化不良の多い1日でしたが、大変参考になったことも事実です。週末の撮影ではスムーズに動けるよう計画を立てたいと思っております。
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2007/11/18  18:25

ちゃんとバスだって撮りました(鶴見臨港・川崎市営)  バスの写真館
私は遠くまでバスコレを買いに行って、GETして満足するようなバスコレオタではありません。せっかく家族サービスを免除されて家を出てきたのですから、せめて交通費の元を取るぐらいの行動をせにゃ罰が当たるってもんです。

ただ、普段縁のない地域ですから、どんなバスが何処を走っているかすら全く分からないので、とりあえず営業所内を見渡して・・・。

そしたら、こんなのがいました。

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通称「銀バス」と呼ばれているらしく、鶴見臨港バスの復刻塗装らしいです。色気は無いけど、味わいのある塗装ですね。逆光で正面なのが残念。何でも、もう少し粘っていれば撮影会をやってくれたらしい・・・残念・・・。
写真は日野ブルーリボンで、今回のバスコレのプロトタイプとなるバスも残存しているようなんですが、残念ながら見ることができませんでした。

そしてこちら。

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まだ発売になって間もない、日野ブルーリボンシティのハイブリッドバス。ピッカピカです。でも、新しいものに興味の涌かない私ですので、1枚とって終了。


そして、この鶴見臨港バスの営業所のチョット先に、川崎市営バスの浜川崎バス停(回転所兼用)がありました。ここに、いすゞキュービックを発見。もちろん撮りました。

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ガードレールがチョット邪魔をしていたので、公式側と非公式側を撮っておきました。
客窓の高さと正面の印象が何となくアンバランスなので、開いているドアから中を覗いて見ると、ワンステップ車でした。
私が今まで撮って来た国際興業や都営では見かけないタイプなので「へぇ〜」って感じでした。それにしても運転手さん、そんなに睨まなくても・・・。

本当はもっと写真を撮っていたいところですが、まだこの後の予定もあることですし、ここで浜川崎営業所を後にします。
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2007/11/18  0:35

EF5871・84(20系寝台特急を牽く)  EF58のアルバム
58シリーズ中盤が過ぎまして、段々特徴のあるカマもいなくなってきましたので、今日は列車種別に着目してアップしたいと思います。

昭和50年3月、新幹線博多開業による大改正が実施され、山陽方面の特急・急行を中心に大幅な動きがありました。
この動きに連動して、山陽からの24系が東海道へ移転。さらに押し出された東海道の20系を活用して、それまで急行寝台専用列車として走っていた東北本線の急行「北星」と金沢行きの同じく寝台専用列車「北陸2号」を特急に格上げすることになりました。

まだ当時の新型の直流機はEF651000くらいしか走っていなく、おそらく組合対策もあったのでしょうが、急行時代に引き続き両列車ともEF58が充当されていました。
この頃になると、全国的にもEF58が牽引する定期特急は同時期に登場した「紀伊」「いなば」、山陽の「安芸」くらいしかなくなっており、EF58ファンにとってこれらの特急の誕生は非常に嬉しかったのではないかと思われます。
しかし、悲しいかな、国鉄の体質がどんどん荒んできていた頃であり、これらの優等列車の先頭にヘッドマークが付くことはありませんでした。

したがって、私もEF58自体を撮ることに面白みは感じられず、終始客車の20系の写真撮影に専念していたのですが、ホンの数枚ですがEF58を撮ったものがありましたので、ご紹介したいと思います。

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昭和52年頃 大宮駅にて EF5871の牽引する20系「北陸」


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0昭和52年頃 大宮駅にて EF5884の牽引する20系「北星」

2枚ともかなり薄暗い時期の撮影ですので、おそらく冬休みに撮ったものではないかと思われます。ヘッドマークが付いていないことから、後に20系化された急行「天の川」や「新星」と区別が付かないところが悲しいです。
青大将や特急色をまとい、ヘッドマークを輝かせて東海道・山陽を往来したかつての栄光は消え去り、人気がありながらも極めて地味な人生を送ることになってしまったEF58が、今でも不憫に思えてなりません。

一応スペックをご紹介しておきます。

71号機
昭和29年8月27日に川崎車両製で落成。初期配置は浜松区。その後の動きは資料が無いためで不明です。
晩年は長岡区に配置となっておりますので、上越仕様でツララ切り及びホイッスルカバーを装備しています。パンタグラフはPS14で、この時点ではまだデフロスタは装着されていないようです。フィルタの形状等については、写真が不鮮明なので残念ながら特定できません。廃車は昭和56年6月9日。

84号機
昭和30年3月12日に三菱製で落成。初期配置は浜松区。こちらも詳しい資料が無いため動向は掴めませんでした。形態は一般的な更新改造を受けており、特殊な装備は無いようです。パンタグラフはPS14で、同様にこの時点ではデフロスタは装着されていないません。フィルタの形状等については、こちらも写真が不鮮明なので残念ながら特定できません。廃車は昭和58年12月6日と最後までは残れませんでしたが、比較的遅くまで持ち堪えていました。

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2007/11/17  16:10

東京機関区の異端児 EF1530  国鉄・JR機関車(直流型)
今日は活動ネタののアップでしたので、時間にまかせて古ネタをアップしておきます。

今日ご紹介いたしますEF15の30号機は、最終配置が東京機関区で、首都圏の貨物列車の牽引を中心に活躍していました。
EF15の製造年次は、製造メーカーに番号をあらかじめ割り振っていた中で、製造の一時中断により番号順ではなくなってしまい、非常に複雑になっています。
初期車のうち第一次生産となったのは、1〜8と16〜33号機で、初期配置又は初期配置後直ちに上越地区又は福米地区の山男仕様となり、いずれもEF16への改造経歴があります。
しかし、その中で29号機と今日ご紹介いたします30号機だけはEF16に改造された経歴を持たない異端児であったわけです。その関係で、EF16の経歴を持たないこの2両は、1次形で生産の遅れた2次生産車と合わせて、砂箱が1輪に1個の特殊な形態をしています。
さらに、この30号機については、生面窓のツララ切りが、大勢の弧を描く形状ではなく角張ったスタイルをしており、顔の印象がかなり異なっているという特徴があります。この形状は、以前ご紹介いたしましたEF13の5号機と酷似しているようです。

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昭和52年頃 上野駅にて 隅田川〜品川間の荷物列車を牽引する30号機

この2枚は、同じ日に撮ったものなのか、別の日に撮ったものなのか良く判りません。ただ、同じ焦点距離のカメラを2台も持っていませんでしたので、別の日の可能性が高いと思うのですが、とにかく良くこの運用に入っていたのを覚えています。

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昭和52年頃 東京駅にて 153系急行と並ぶEF1530

写真が劣化しているため、画像が悪くてスミマセン。やはり、隅田川〜品川間の荷物列車を牽引している30号機です。この角度ですと、辛うじて砂箱が1個しかないのがお判りいただけると思います。他の上越仕様のいかつい顔付に比べ、花田お兄ちゃんのような愛嬌のある顔に感じます。

私自身が写真を撮っているときは、同機が東京区生抜きと思っていたのですが、意外にも配置移動の経歴がありましたので記しておきます。

データ
昭和22年 9月30日 三菱製 新製配置 水上機関区
昭和24年 4月10日 高崎第二機関区へ移動
昭和33年 8月 9日 新鶴見機関区へ移動
昭和38年 3月12日 宇都宮機関区へ移動(借入れにより37.8.11より在籍)
昭和43年10月 9日 再び新鶴見機関区へ移動
昭和47年 3月15日 東京機関区へ移動
昭和54年 5月 7日 廃車
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