鉄道コム

2007/11/7  1:00

EF5889(茶塗装:お座敷篇)  EF58のアルバム
最近、段々自分ネタに飽き気味になってきてしまい、「皆さんはどんな思いで見ているんだろうか」などと疑問を感じています。まだまだ写真はたくさんあるのですが、どうもまとまりがつかなくなってきてしまったようです。ぼちぼち新たなネタのスキャニングもやっていますので、どうか見守っていてくださいマシ。

今日も疲れでアタマの中がまとまらない状態なので、パック(89)だった行けるかな?
と思って用意してみました。

89号機は、昭和31年8月3日に産声を上げた日立製です。新製当初は東京機関区の配置で、後に「青大将塗装」となって「つばめ」「はと」なども牽引した経歴を持っています。
宇都宮運転所が最後の配置区で、東北本線を中心に長らく働き続けてきました。同所のEF58最後の工場入場車として大宮工場で整備を受けた際、最後の機会ということもあり、粋な計らいで茶色塗装で出場しました。これで89熱に火がついてワケですね。

説明はこの辺にして、画像をご覧ください。
今日は、品川区のスロ81系お座敷列車と、恒例沼津の12系お座席客車を牽引するシーンです。

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昭和60年1月 東北本線 蕨駅付近にて EF5889+81系シナ座


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昭和61年2月12日 東北本線 東鷲宮〜栗橋間にて EF5889+81系シナ座


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昭和62年3月19日 両毛線(区間不明)にて EF5889+81系シナ座

こちらの3枚は品川客車区所属のスロ81系を牽引するシーン。旧型客車は電気機関車からの暖房電源を取る必要があるので、牽引機するには北関東以北は全て電機暖房装置を搭載している必要があります。この客車と荷物列車の運用が、EF58の寿命を延ばしていたと言っても過言ではありません。
3枚目の写真は珍しく両毛線に乗り入れたシーン。両毛線は元々客車列車が走ることは無いので、EF58の入線も含めて貴重なシーンです。


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昭和60年1月 東北本線 与野駅にて EF5889+12系ヌマ座

次は、沼津機関区所属の12系お座敷客車です。過去ログでも述べましたが、12系である以上牽引機を選ぶ理由は無いのですが、何故かこのヌマ座はかなりの確立でEF58が牽いていたような気がします。

89号機については、他号機と比較して枚数がありますので、分割して4回くらいに分けてお届けしたいと思いまます。経歴や形態等のネタも追々載せて行きたいと思います。
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2007/11/6  0:55

ED75牽引「ゆうづる」  ブルートレイン:機関車・客車
久しぶりの交流機牽引のブルトレ写真です。

最盛期は583系3往復、客車4往復の計7往復の設定と隆盛を極めた東北・常磐特急「ゆうづる」。
しかし、東北新幹線の開業により東北の夜行列車は一気に衰退し、最後は「ゆうづる」も25形客車2往復を残すのみとなりました。
寂しくなる一方で、ファンを喜ばせた出来事、それがヘッドマークの復活でした。

当時、SLの写真に夢中になっていた私は、ミーハーな特急列車の撮影はほとんど行っていなかったのですが、ある一報により気が変わり、写真を撮りに行くことになったのです。それは、青函トンネルの開業に伴う新規の札幌行き寝台特急の設定に伴う「ゆうづる」の振り替えでした。つまり、発展的解消と言えど、「ゆうづる」は廃止になってしまうということです。

当時、このPC「ゆうづる」にED75重連がよく充てられていたことが話題になっていたため、夜明けの撮影の難しい関東は切り捨て、東北まで出掛けていきました。


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昭和62年8月初旬 東北本線にて(撮影地不詳) ED75716牽引「ゆうづる3号」


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昭和62年8月初旬 東北本線にて(撮影地不詳) ED75729牽引「ゆうづる1号」

撮影地は、確か厨川〜好摩の辺りだったと思います。
「ゆうづる」としてはもう既に晩年と言える頃で、編成中には「北斗星」に転用される客車が一部分に組み込まれ始め、編成の揃っていた銀帯オンリーの0番台車から、金帯3本を巻いた500番台の混成へと編成美が乱れていきました。

実はこの写真。心の中では「撮りに行っていないことになっている」のです。
この年の梅雨はダラダラと長く、関東〜東北地方では8月に入ってもまだ続いていました。あまりにも天気がグズついていたので、そのイライラから一緒に同行していた友人と気まずくなり、終始いい加減に撮っていたのです。そんな状態だったので、いつ撮りに行ったとか、何処で撮ったかとか、そんなことどうでも良かったんです。でも今になったら困りましたけど(汗)。
結局、そんな最悪のコンディションの中で、来て欲しかった一般型や1000番台は来ないし、重連もないし、帰ってきてからもしばらく腹が立っていたことを思い出してしまいました。

しかし、その後「ゆうづる」が「北斗星」に編成をそのまま引継ぎ廃止となるまで撮影する機会には恵まれず、皮肉にも最初で最後のPC「ゆうづる」のヘッドマーク付き写真となってしまいました。
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2007/11/5  1:45

ED76500番台+50系51形(その1)  国鉄・JR機関車(交流・交直両用型)
今日は、北海道電化区間で活躍していたED76形500番台の画像をお届けいたします。

元々のED76という形式は、昭和40年の九州熊本電化に際してED72形の改良増備機として誕生しました。
そして、昭和43年の北海道初の電化区間となる小樽〜岩見沢間電化に際し、客貨両用の牽引を主眼において誕生したのがED76形500番台です。メカ的なことは私は良く理解できないのですが、B-2-Bという軸配置の特徴を除けば、実質的に別形式と言える機関車だそうです。
電化当初の昭和43年に501〜509号機が、翌44年の旭川電化開業に際し510〜522号機が誕生しています。

今回ご覧いただく写真は、活躍晩年に50系51形を牽引していた頃の写真です。

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平成元年7月3日 札幌駅にて ED76510


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平成2年9月6日 函館本線 豊幌〜上幌向間にて ED76510


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平成2年9月6日 函館本線 豊幌〜上幌向間にて ED76521


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平成2年9月6日 函館本線 豊幌〜上幌向間にて ED76522


ほとんど同じく間で撮影したもので、北海道特有の直線区間、変わり映えのしない51形客車なので、絵的には面白みに欠けます。
元々電化区間であっても電車の供給が追いついていなく、電化区間外から乗り入れてくる列車は客車又は気動車ですし、電化区間内のみの普通列車でも、気動車編成が多く走っていました。
昔は通勤時間帯の長大編成に客車が使用されていましたので、ED76500が活躍する場面は多く見られたようですが、711系の増備や721系の誕生と電車の両数が増加してくると、年式の新しい50系客車とはいえ、たちまち運用から外されるようになり、晩年は通勤時間帯にホンの数本が残るのみとなってしまいました。

同じような写真しかありませんが、いずれ(その2)をお届けしたいと思います。
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2007/11/4  15:03

DD51 2 (ブログ「デザイン屋の日々」さまから)  国鉄・JR機関車(ディーゼル)
私がいつもお邪魔しておりますブログ「デザイン屋の日々」管理人のline様のコメントより、大変貴重な写真のご提供をいただきましたので、ここにご紹介させていただきたいと思います。

先日、北上線を走る20系客車を使用したDD51牽引の「おが」に関する記事をアップいたしましたが、これに関連して、line様より男鹿線を走るDD512牽引の旧客時代の急行「おが」の画像を紹介されました。

写真の構図も然ることながら、状況の描写が大変すばらしく、いつもはヨダレをたらしながら拝見しているのですが、今回は鳥肌が立ってしまいました。


とにかく写真を1度ご覧ください。
※下のURLをクリックした後、記事下方のコメント欄「キハ181つばさ」への回答コメントに表示されているURLをクリックしてください。

line様「デザイン屋の日々」 http://diary.jp.aol.com/qegbrh4/83.html#comment

男鹿線を走るDD51の2号機が旧客編成を牽く画像ですが、座席車に続きB寝台・A寝台・座席車1両(指定席車)という編成で、荷物車が連結されていないことから、紛れも無く急行「おが」であることが判ります。
当時の編成を知る者にとって、写真1枚から1つの列車を判別することができる大変すばらしい構図に感動いたしました。
そして何より、牽引機が2号機であることです。

実は、ここにこの写真をご紹介させていただいた理由はもう1つあります。
この写真を見て、何か気が付かれたことはありますでしょうか?


私の知る限り(というか、私が知らなかっただけかも)、DD51の初期車は、試作車の1号機から19号機までは正面の白線が直線で結ばれており、ナンバープレートの部分はグレーになっている筈です。これは、DD51初期車の外見における最大の特徴と思っております。
このことについては、過去ログにも掲載しておりますので、ご覧いただければお解かりいただけると思います。 http://diary.jp.aol.com/marutetsu/img/1190041424.jpg

この2号機の写真をじっくり拝見させていただくと、ナンバー上を横切る線が不安定で、さらに注意深く観察すると、左右のライトの下辺を結ぶ辺りに直線の塗装痕のようなものが伺えます。ですので、何らかのきっかけで強引に塗り替えたのではないかと想像することもできます。

2004年12月号の「鉄道ピクトリアル」誌でDD51が特集してあり、詳細な解説資料が掲載されていますが、2号機の塗色に関する記事が見当たらないことから、いつ頃からいつ頃まで、或いは昭和60年8月15日付で廃車になるまでこの標準塗装であったのか謎であります。

私は個々の車輌の調査・研究をするほどの技量も知識もありませんが、今回この貴重な写真をご提供いただき、大変勉強になりました。
また、line様のブログ「デザイン屋の日々」 http://diary.jp.aol.com/qegbrh4/では、私と同時期またもう少し前の時代の写真を、私の写真とは比べ物にならない、すばらしい構図で紹介されております。
ご覧の皆様も、ぜひお尋ねになってみて下さい。オススメです。
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2007/11/4  2:20

EF58152・153:宇都宮区のヒサシ兄弟  EF58のアルバム
間が開きましたので、EF58ネタにしたいと思います。

今日ご紹介いたしますのは、晩年を東北本線で過ごした上越仕様の152号機と153号機です。
この両号機に関しては、残念ながら詳細な資料がありません。したがって、わかるところだけ情報提供したいと思います。

152号機・153号機とも上越仕様車で、ツララ切りを装備していますが、宇都宮区配置に当たってホイッスルカバーは外されたようです。
パンタグラフは標準のPS15、エアフィルタは原形のようです。デフロスタについては、写真で見る限り昭和55年の頃には装備されていないことから、これ以降取り付け工事が施工されたものと思われます。
運転席の窓については、152号機が比較的早いうちにHゴム化されたのに対し、153号機は原形のまま残っていました。
いずれの事項についても最晩年の形態を示す写真が残っていませんので、153号機のHゴム化やエアフィルタの改造については不明です。

では、まず152号機の写真から。

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昭和53年10月頃 東北本線 蕨〜西川口間にて EF58152牽引の旧型客車列車

ピンは甘いわ遠いわで判りにくい写真ですが、この時代は精一杯の写真ですのでご勘弁を。東北本線の普通客車列車が全廃となる直前の画像です。
知識は足りないのですが、夕刻であることから考えて、宇都宮止まりの上り124列車から宇都宮発上野行きの回送48列車のスジとなる、毎日運転の送り込み回送と思われます。昔の時刻表によると、ゴールデンウィークに快速列車48レとして時刻表にも掲載されておりますので、郵便車は営業のまま、客車は締め切り扱いの「荷物列車」として運転されていたようです。

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昭和55年8月13日 上野駅にて 455系と並び出発を待つ152号機

お盆の多客シーズン真っ盛りの上野駅。455系は山形・会津若松から到着した「ざおう6号」「ばんだい10号」。152号機牽引の列車は「津軽3号」と思われます。時刻表によると、この並びはありえない筈なのですが、番線変更があったのかもしれません。
EF57の引退後、EF58が最も活躍していた時期といえるでしょう。

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昭和56年5月 東北本線 蕨〜西川口間にて EF58152牽引「八甲田」 (再掲)

12系化された後の上り急行「八甲田」。12系9連で上野方にスニ40を連結しています。以前はワサフ8000を連結していましたが、12系化とほぼ同時期に置き換えられたと思われます。


続いて153号機です。

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昭和52年 東北本線 大宮駅にて 153号機牽引の上り「八甲田」(再掲)

こちらは旧客時代の急行「八甲田」。この当時はワサフ8000の他に、さらに郵便車が連結されています。電気暖房を必要とする旧客時代の、もっともEF58が力を発揮していた時代の1コマです。

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昭和52年8月 東北本線 蕨〜西川口間にて 12系臨時急行を牽く153号

ピンボケ写真で恐縮です。上りの臨時急行列車と思われますが、資料が不足しており詳細は不明です。当時、12系臨時列車の場合は、東北急行が6連+6連の12両編成、上越線は9連が一般的でした。写真は12系8両編成であり、東北本線の急行列車として考えるのは非常に不自然なため、ひょっとすると、信越からの臨時急行を高崎から牽いてくる臨時運用に借り出されたことも否定できません。とにかく、なぞの列車です。


ここまで、その形態が酷似していることから兄弟扱いで紹介してきました。
確かに、152号機が昭和33年3月27日、153号機が同年4月6日に東芝製で新製されたので、出生こそ兄弟といえますが、新製配置に関して調べると、152号機が高崎第二区、153号機が宇都宮区と、いきなり全く違った道を歩んでいます。
したがって、152号機は上越仕様として誕生し、後に宇都宮区で活躍した経緯は解かりますが、新製当初から生え抜きの宇都宮っ子の153号機がどの時点で上越仕様になったのか、或いは初めから上越仕様として誕生し予定変更で宇都宮区に配置になったのかは不明です。また新たな資料がありましたら、その辺りの詳細を掲載したいと思います。

※ 152号機は昭和58年2月18日、153号機も同年3月11日付で廃車となっています。
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2007/11/3  1:23

EF66牽引:「さくら」  ブルートレイン:機関車・客車
こんばんわ。

このところの仕事が結構激しくって、思いっきりバテてしまっています。せっかくの休みも終わるの早いんですよね。
取り敢えず、ダウンするのはブログをアップした後ということで・・・。

今日は久しぶりのブルトレシリーズで、EF66牽引の「さくら」をご紹介したいと思います。

皆さんご存知でしょうから、今日は特に語りません。

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昭和62年2月14日 東海道本線 三島〜函南間にて EF6647牽引の上り「さくら」

「富士」「はやぶさ」のロビーカー連結による重量増に対応するため、苦肉の策として始まったEF66によるブルトレの牽引。これに合わせて「あさかぜ」「みずほ」とともに、「さくら」もEF66が牽引するようになりました。
また、同時に「さくら」のヘッドマークの図案も変わり、花びらの周りが緑色に変わっています。


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昭和62年2月15日 東海道本線 真鶴〜根府川間にて 俯瞰で捉えた「さくら」

この頃は既にSL撮影に目覚めていたので、このような俯瞰写真を好んで撮りました。ただ、ヘッドマークも良く見えなきゃ牽いている機関車の番号すら判らないので、余りブログ向きじゃないんですね。


EF66になってからのブルトレメインの撮影は、この時1回きりです。いつもそうですが、「もっと撮っておきゃ良かったなぁ〜。」
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2007/11/2  1:45

板谷峠の赤い機関車(その3)  国鉄・JR機関車(交流・交直両用型)
今日は板谷峠のEF71・ED78シリーズの第3弾で、冬の板谷峠「赤岩」篇をお届けいたします。

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平成2年2月18日 奥羽本線 赤岩駅にて EF717牽引のコンテナ貨物

まだまだ坂の入り口とばかりに、長いコンテナ貨物を単機で軽快なスピードで通過して行くEF71。かなり勾配はきつい筈だが、まだ力に余裕があるように見えた。


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平成2年2月18日 奥羽本線 赤岩駅にて ポイントセクションを通過するEF716牽引コンテナ車

こちらもコンテナ列車。複雑に組まれたスイッチバックの要であるポイント上を、轟音をたてて且つ軽快に上っていく。スイッチバックを通過すると直ぐトンネルに突入する。


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平成2年2月18日 奥羽本線 赤岩駅にて EF715牽引臨時急行

東北新幹線開業後もまだ一部客車臨時急行が運転されていた。赤い機関車にはブルーの客車も良く似合う。


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平成2年2月18日 奥羽本線 赤岩駅にて スイッチバック上のEF71+50系

50系が2〜3両と超軽量になってしまった普通列車。当然、機関車には余裕がある筈だが、ゆっくり、そして力強く、抵抗器の轟音を響かせながら構内を往復して、さらに待ち受ける急勾配の本線へと進んで行った。


板谷峠の入り口「庭坂」を出ると、最初のスイッチバック「赤岩」があります。ここから4駅連続のスイッチバックが始まります。
昔の配線図を見ると、4つの各駅ともすべて行き止まり方式のスイッチバックで、特急でも貨物でも通過することは出来ず、正に4回続けてスイッチバックを繰り返しながら峠を越えていたようです。
その後、各駅に通過線を設置し、特急や貨物列車はスイッチバックせずにスムーズに通過できるようになりました。これで相当な時間短縮が出来たことと思います。

写真を撮影したのは真冬の2月。気温はかなり低いですが、「板谷」「峠」と比較すると気温がかなり高く感じ、ご覧のとおり積雪も余りありません。
順番的には一番最後に訪れた「赤岩駅」でしたが、真冬の厳しい撮影の終わりを癒してくれるように、暖かく迎えてくれた駅でした。
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2007/11/1  1:26

485系「ムーンライトえちご」:新潟色キター!  写真撮影
いつもは古い写真なのですが、今日は新着ネタを。

写真撮影に行ったわけではないんです。

残業でチョー遅くなってしまい、眠たいのを我慢しながら新宿駅で埼京線を待っていると、遠くに白幕を出した「新潟色」が・・・。
初めは「回送」だったので「臨時かな?」と思ったのですが、どうもヘッドマークが回っている様子。そしてブルーの字幕になったので「ムーンライト」に間違いないと確信し、大量の帰宅客の波に逆らって中央線ホームへと行きました。

実は、「ムーンライトえちご」を撮ったのは初めてなんですよ。走っている時間帯が悪いですからね。残業帰りに電車の窓から見たことは良くありますが、今日は電車の乗る前に気が付いたので、思わず撮りに行ってしまった次第です。

撮影は、平成19年10月31日 新宿駅にて。
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発車最後尾のクロハ481−1029。


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1500番台の生き残りクハ481−1508。


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方向幕も記念に。1両分の方向幕に「全車指定席」の表示が・・・。

いや〜、久しぶりの新潟色・1500番台にウキウキしてしまいました。近所を毎日通っている列車ですが、なかなかお目に掛ることができないんですよね。

485系の塗色変更車は基本的に邪道だと思っていますが、この「新潟色(昔は上沼垂色と言っていたような・・・)」だけは色彩的に好感を持っているんですね。具体的には何故だか説明できませんけど。

今おそらく国鉄色の1編成が検査に入っているということだと思いますので、今度の土日のどちらかにはフェアーウェイの運用に入る可能性が高いですね。近くだし早起きして撮りに行っちゃおうかな・・・。

編成図

←新潟

クハ481-1508 + モハ485-1074 + モハ484-1074 + モハ485-1082 + モハ484-1082 + クロハ481-1029
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