鉄道コム

2007/12/8  2:00

D51498 冬の磐越西線 (平成12年)  蒸気機関車
たまには蒸気機関車をアップしておかないと、ネタを出し切ったところでSL写真館になってしまいそうなので、久しぶりに蒸気機関車シリーズをアップしたいと思います。

復活したD51498が、平成2年に初めて冬の磐越西線電化区間で走るようになりました。イベントのSLは、週末観光用であっても熱効率が落ちる冬場は運転しないのが通例です。この常識を打ち破るかのように、以降毎年冬の磐越西線電化区間を走るようになりました。

運転初年度は事前のPRが無かったので、運転したことは友人から聞かされました。そして、「10年間走らせる」という話を聞き、以後毎年冬に磐越西線へと足を運ぶことになります。

今日アップする写真は、いきなりなんですが、晩年の頃の写真になります。
いずれは全部の期間をアップしようと思いますが、準備に時間が掛かりそうなので、順不同でアップさせていただきます。


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平成12年2月5日 広田〜東長原間にて 東長原駅進入のお立ち台から


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平成12年2月5日 磐梯熱海〜中山宿間にて 旧中山宿駅スイッチバック通過のシーン


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平成12年2月6日 広田〜東長原間にて 会津盆地からの連続勾配を行く


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平成12年2月6日 磐梯町〜更科(信)間にて 磐梯山をバックに築堤を行く


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平成12年2月6日 関戸〜猪苗代湖畔(臨)間にて 磐梯山をバックに雪原と化した田園地帯を行く


蒸気機関車の写真はできればもっと大きく掲載できるブログにしたかったのですが、使い分けをするほどの余裕も無いのでご勘弁を。

この写真を撮った頃は非常に仕事の激しいセクションにいて、2年間ほど撮影に行くことができませんでした。その後、比較的安定した仕事のセクションに転属されたのですが、今度は膝を壊して歩くのもままならなくなってしまい、下半身に体力を要求される雪中撮影を断念せざる得なくなりました。
その後間もなく、定番であった磐越西線での冬の運転が新潟に復活したC57に変わってしまい、それきりSL撮影自体も関東の域を出なくなってしまいました。

ダイヤ情報を見ていたら、来年の2月9〜11日の3日間、また冬の磐越西線にD51498が走るようですね。もしほかに予定がなかったら、久しぶりに撮りに行こうか・・・。
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2007/12/7  7:20

クモハ41ほか配給列車:新前橋区  旧型国電
昨夜は早々にダウンしてしまい更新できませんでした。出勤前に取り急ぎアップしておきます。

現代では、電車の要検・台検・全検などを行うために工場へ入場する際、編成単位でまとまって回送される場合が殆どですが、昔はM’Mユニット以外は様々に付け替えが行われていたため、クハやクモハ、中間M’Mユニットのみを牽引車により回送するシーンが多く見られました。
特に、M’Mユニットを組まない旧型国電は、単車での回送が当たり前でした。

過去ログの中で、新前橋区のクモヤ90がクハ165を回送するシーン http://diary.jp.aol.com/marutetsu/374.html をアップしたことがありますが、旧型国電で似たようなシーンがありますのでご覧いただきたいと思います。


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昭和51年頃 東北本線 蕨〜西川口間にて

ハーフサイズで撮影した写真のため鮮明ではありませんが、窓越しに映る車内の様子からクモハ41と思われます。そのあとに、クモニ13とクモル23が連結されています。
当時、関東北部でスカ色のクモハ41と言えば、吾妻線用に限られていると思われます。その昔は日光線にもありましたが、比較的早くに115系化されていますので、新前橋区のモノに間違いないと思われます。
後に続くクモニ13とクモル23は新前橋区の配置はありませんので、大井工場から新前橋区へ配給運転した際、帰路にクモハ41の入場車を連結したものと推測されます。

配給列車は比較的休日運転が少ないので、子供の頃もなかなか見る機会は少なかったように思います。
冒頭でもお話したとおり、現代では編成ごとの入場が殆どですから、このような珍ドン編成も古き良き時代を象徴するシーンであったと言えますね。
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2007/12/6  0:32

DD51牽引貨物列車:北海道夏篇  国鉄・JR機関車(ディーゼル)
さあて、以前に予告しておりましたDD51シリーズの準備が徐々にですが整ってまいりました。北海道篇が準備できましたので、ボチボチとアップして行こうと思います。

今日は、その中から北海道で夏場に撮影した写真をお送りいたします。

大好きなDD54やDF50の実物を見ることのできなかった私としては、非電化区間における大型幹線機であるDD51がディーゼル機関車の拠りどころとなってしまいました。非電化区間では撮影の際の障害物が少なく、地方のため景色の良いところを走っていますので、絵にもなりやすいからたまらないのです。

今回お送りいたします写真は、DD51を撮影するために渡道したわけではなく、復活したC623の撮影の合間、つまり、運転日と運転日の谷間に撮影に赴いたものです。


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昭和63年6月24日 室蘭本線 有珠〜長和間にて DD511046牽引 コンテナ列車

これは、以前ご紹介いたしましたDD51牽引「北斗星」の待ち時間に来た貨物列車を撮ったものです。「北斗星」の標準色重連も良いですよ! → http://diary.jp.aol.com/marutetsu/108.html


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平成2年9月9日 室蘭本線 旭浜〜静狩間にて DD511153牽引 コンテナ列車

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平成2年9月10日 室蘭本線 崎守〜黄金間にて DD511158牽引 コンテナ列車

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平成2年9月10日 室蘭本線 崎守〜黄金間にて DD51牽引 ワム貨物列車

こちらはC623の運転日の中休みの日に撮りに行ったもの。もちろん、「北斗星」やキハ183系の「北斗」も撮りまくりました。

この時代は、既にJR化後であるため、車扱い貨物など殆ど存在せず、コンテナかワムの直行くらいでした。DD51牽引に限らず、貨物列車は雑多な形式を混ぜて長大な編成で走っている方が絵になりますね。大型のDD51ならばなおさらです。

今後もDD51シリーズは続きます。お楽しみに!
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2007/12/5  21:08

EF58170のプロフィール追記  EF58のアルバム
本日アップいたしました竜華区のEF58170号機の記述について、プロフィールが洩れていました。
下記のとおり追記いたしましたので、ご参考にどうぞ。

                            記

こちらは、竜華区ではラストナンバーとなる170号機です。
170号機は、昭和33年4月10日落成の東洋電機・汽車会社製。新製配置は沼津区で、米原区→宮原区→竜華区と移動しています。車両形態は竜華区の基本形態ですが、170以降ですので、側面機械室の中央3枚窓のうち1枚だけがHゴムとなっており、趣を異にします。ゴハチの中では珍しく、ヘッドマークステーが無いのも170号機の特徴です。
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2007/12/5  20:36

EF58149・170(竜華のゴハチ)  EF58のアルバム
今日はゴハチで参りましょう。

EF58といえば、東海道・山陽の荷物列車、東北・高崎・上越線の客車・荷物列車を牽引しているイメージが非常に強いのですが、旅客列車で言うと意外にも最後に運用が残っていたのは紀勢本線・阪和線の列車でした。この運用には、当時の竜華機関区のEF58がその任にあたっていました。

全国的に見ても直流機の牽く客車列車はここでしか見られなくなりましたので、もちろん貴重な存在ではあったのですが、改造だらけの竜華機関区のEF58はあまり人気があったようには思えませんでした。強いて言えば、先般アップいたしました66号機くらいなものでしょうか。(過去ログ参照。 http://diary.jp.aol.com/marutetsu/397.html )

昭和58年10月現在、竜華機関区には、39・42・66・99・139・147・149・170号機の8両が配置になっていました。なお、昭和59年9月現在においては、44号機が宮原区より転入、149号機は一足早く休車になっていたようです。

私がEF58の写真を撮りに行った際、66号機以外にも2両のEF58を撮ることができたのでご紹介したいと思います。

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昭和59年7月6日 紀勢本線 見老津〜周参見間にて

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昭和59年7月6日 紀勢本線 南部〜岩代間にて

まずは、149号機です。149号機は、昭和33年2月27日東芝製。初期配置は宮原区ですが、その後の経歴は資料が無いため判りません。形態は、白Hゴム、エアフィルタのヨロイ戸化されています。耐寒設備は搭載されていません。
他号機と足並みを揃えることができず、一足先に廃車になってしまったようです。



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昭和59年7月6日 紀勢本線 朝来〜紀伊新庄間にて


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昭和59年7月6日 紀勢本線 岩代〜南部間にて

こちらは、竜華区ではラストナンバーとなる170号機です。
170号機は、昭和33年4月10日落成の東洋電機・汽車会社製。新製配置は沼津区で、米原区→宮原区→竜華区と移動しています。車両形態は竜華区の基本形態ですが、170以降ですので、側面機械室の中央3枚窓のうち1枚だけがHゴムとなっており、趣を異にします。ゴハチの中では珍しく、ヘッドマークステーが無いのも170号機の特徴です。


竜華区のEF58は、全般的に白Hゴム、エアフィルタはヨロイ戸化されています。
パンタグラフは39〜44号機がPS14、66号機以降がPS15を搭載しています。
39号機と66号機はツララ切り装備で、66号機は原形大窓、139号機はツララ切りなしの原形小窓です。
そして、何といっても最大の特徴は全てのカマがシールドビーム化されていたことでしょう。シールドビーム+白Hゴムでは、当時人気がないのも当然という感じでいた。
ただ、全国的にも珍しく、定期の貨物運用もあったようですね。


このときの撮影は2日間あったのですが、66号機、149機、170号機の3種しか捉えることができませんでした。比較的運用が堅く、8両も在籍していた割りには多くの号機を捉えることができず残念でした。

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2007/12/4  0:17

キハ82系「おおとり」  特急型気動車
今日は久しぶりの82系気動車特急「おおとり」の写真をご紹介したいと思います。

皆さんご存知かとは思いますが、北海道で最後のキハ82系定期特急であり、全国で最後の食堂車連結特急でした。また、晩年は千歳空港に近い札幌中心の特急網の中で、最後まで函館〜網走を走破していた北海道における最長距離特急でもあります。

過去ログで掲載した写真と、新たにスキャニングした写真を織り交ぜてご紹介いたします。

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昭和56年3月11日 函館本線 大麻〜厚別間にて(再掲)


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昭和56年3月11日 函館本線 白石〜厚別間にて(再掲)


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昭和58年9月7日 函館本線 大沼駅にて(画像加工)


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昭和58年9月7日 函館本線 大沼〜大沼公園間にて


キハ82系「おおとり」は、昭和39年10月1日、「おおぞら」に続く北海道2番目の特急列車として誕生。昭和61年10月末にキハ183系に置き換わるまで、最後の食堂車連結気動車特急でもありました。
1日1往復のみの体制は営業当初から廃止になるまで堅持され、「おおぞら」や「北斗」のように増発、編成増強されることなく、オホーツクと合わせて食堂車を含む7両編成と、比較的地味に、しかし、長距離ランナーとして地道に活躍していました。
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2007/12/3  0:35

715系1000番代(583系の末路)  その他電車
現在でも人気が衰えていない583系寝台特急電車。JR西日本では塗色変更されたものの6編成60両が現役で走っており、JR東日本においては動態保存張りに6両編成ではあるものの仙台と秋田で計12両を保有してします。特に、秋田車は波動用としてサロを含む9両編成を配置し、検査満了で廃車となるべきところを6両編成と縮小しながらも見事に継続運転させております。

本来の寝台特急としての役割を終えてしまった583系ですが、新幹線の相次ぐ延伸・開業により活躍の舞台が縮小されてしまったのは時代の流れ、こればかりは止むを得ないことでしょう。

そんな581系や583系たちが、第2の人生を送った経歴として刻まれたのが715系への改造でした。715系の0番代は九州地区、耐寒設備を装備した1000番代が東北南部〜仙台地区に配置されています。

583系大好き人間としては、このような改造をされてしまうことに対し嫌悪感を隠せないところですが、そんな最後の頑張りを見守るのもファンの役目と思ったこともありました。

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昭和60年9月10日 東北本線 豊原〜白坂間にて 715系4連

先頭のクハ715は、元クハ581。2扉化のうえ一部窓のサッシ化など行われていますが、原形の面影をたっぷり残しています。


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昭和62年6月14日 東北本線 白坂〜豊原間にて 715系4連

こちらは、黒磯方の先頭クハ714。サハネ581へ新製運転台を取り付けた改造車です。
写真では判り難いかもしれませんが、改造当初の塗装はクリーム1号(横須賀線のクリーム色)と緑のラインでしたが、後に455系東北色と合わせクリーム10号(アイボリー)に変更されいます。手前から3両は旧塗装のクリーム1号ですが、最後部クハ715の1両と何故かクハ714の全面だけがアイボリーに変更されており、塗色過渡期の様子を見せ付けております。


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平成2年7月1日 東北本線 高久〜黒磯間にて 715系4連

私が最後に撮った715系。こちらは全て新色に変わっています。


715系については、九州地区の0番代も東北地区の1000番代も含めて、客車や気動車の普通列車を駆逐するために活用されたもので、急行列車の削減により余剰となった455系や475系の普通列車化改造が終わるとアッという間に引退となってしまいました。
東北地区に関して言いますと、旧型客車を使用した普通列車を50系化をせずに直接駆逐してしまった715系であり、455系であった訳ですが、旧型客車も583系も455系も好きな私の胸中が、非常に複雑な思いであったことは想像していただけることと思います。

1度だけ奥羽本線の庭坂〜福島まで実車に乗車したことがあるのですが、座席に座った雰囲気は往年の特急583系そのものでした。むしろ、少し車内が明るく感じましたね。2重窓の中に人工芝を敷き、人形を飾ってあったアイディアには感心したものです。

北陸本線の残党419系がいつもで持つのか想像がつきませんが、実車が残っているうちに是非訪れたいと思っています。
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2007/12/2  21:05

夜の王子駅前:都営バスを撮る  バスの写真館
先週の金曜日、仕事としては珍しく出張が入り、夜の部もあったので少し遅い時間の帰りとなりました。

永田町から東京メトロ南北線に乗り、王子駅で京浜東北線へと乗り継ぎとなりますが、乗換えの通り道でロータリーに目をやると都営バスがずらり。
普段は夜の撮影しづらい時間帯でバスの写真を撮ることはないのですが、ちょうど帰宅時間に当たったこともあってか、ツーステップ車(簡単に言えば古いバス)がやたら沢山出入りしているので、写真を撮ろうという気が起きてしまったのです。しかも、アルコールも入っていなかったので元気もありましたもので・・・。

で、こんな感じで撮ってまいりました。

撮影は、平成19年11月30日 19:40〜20:10 王子駅前ロータリーにて

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北営業所所属 C233 日産車

まず目に飛び込んできたのが日産のツーステップ車。あまり好きなバスではないのですが、このタイプもそろそろ引退の時期に掛かってきますので、今のうちに押えておかなくては。
北営業所にはまだ数が多いらしく、撮影中も一番多く出入りしていました。


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杉並営業所所属 B718 日野ブルーリボン

そして、次に目に入ったのが日野ブルーリボン。私の大好きな車。B番代ですので、来年3月くらいから引退が始まるものと思われます。都営バスの同車の写真をあまり撮っていないので、強引に撮ってしまいました。でもブレた・・・。

さらに、千住営業所のB番代車の三菱エアロスターを目撃したのですが、停車位置が悪く、出発の際にも信号待ちなしで出て行ってしまったため、写真に撮ることができませんでした。


そして、運が良ければ三菱エアロスターが来るかもしれないと、ロータリー入り口にある歩道橋の上から監視してみました。

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北営業所所属 E371 日産ツーステップ車

しかし、来るもの来るものいすゞエルガとこの日産車ばかり。お目当ての車両は来ませんでした。
写真の日産車はE番代車で、1枚目と同じようですが増備車らしいです。


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北営業所所属 三菱エアロスター

お目当ての車両が全く来ないのですが、歩道橋の上でジッと道路を眺めていると、変質者か自殺願望を持った中年サラリーマンに間違えられそうなので、取り敢えず写真を撮っていることを主張するため、無駄でもシャッターを切ってみました。

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北営業所所属 いすゞエルガ

これなんかいい加減に撮った割りに、行き先が結構マトモに止まっていて、我家の女房もキレイと感心していました。

王子駅前は殊のほか暗く、今回アップした写真は全て0.4秒というスローシャッターで、とても正常な描写をする状況ではありませんでした。
もう絶滅したと思っていたエアロスターMP618がいると分かった以上、明るい時間帯にまた来るしかありませんな。
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2007/12/2  1:56

久しぶりの都電荒川線  写真撮影
私の所属している事業課で毎年1回広報誌を発行しているのですが、今年度のプロジェクトの中でこの広報誌の表紙に「日暮里・舎人線」と「都電9000形レトロ電車」を使ったらどうかという案が浮上していました。
東京都交通局のHPを見ると、「日暮里・舎人線」は全ての建設・試運転・検査等が終わり交通局に引き継がれるまでは、地下鉄建設の所有財物となっているらしく、試運転の状況把握や撮影が困難であることが判り、時間的に無理と判断いたしました。
そうすると、もう一つの候補として上がっている都電荒川線のレトロ電車の写真を何としてもゲットしなくてはいけないのですが、夏休みの時期くらいから私の仕事が1年で一番忙しく、なかなか実行に移すことができないでいたのです。しかも、何故か週末は天気の悪い日が多かったですよね。

原稿の締め切りの猶予もなくなってきた11月、また交通局のHPを見ると、レトロ電車が毎週日曜と祝日に定期運転を行う由、先週の3連休最後の日曜日に撮影を挙行した次第です。

久しぶりだったので何処のロケーションが良かったかなんて忘れていますし、出庫の時間が15時近いので大変困難を極めました。14時半を回る頃には光線が明らかに弱くなってきており、街中は既に建物に光線が遮られ、とても撮影に適した状況ではなくなりました。でも、ここまでお金と時間を掛けてきたのですから、諦めて帰るわけにも行かず、取り敢えず撮るだけとっておこうと。

撮影は、全て平成19年11月25日です。
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7013 宮ノ前〜熊野前間にて

宮ノ前で下車して熊野前方面へ徒歩にて移動。少し広めの駐車場の前で、やっと陽が当たる場所を発見、リハーサルのショット。


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9001 宮ノ前〜熊野前間にて

そして本番。対向車の隙間を狙って、約1両分しかない日なたで収めなければいけないのも至難のわざ。オマケに架線柱と柱をガードする巨大なバンパーが条件を悪くしています。シャッタータイミングもリハーサルの方が良かった・・・。


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7030 東尾久三丁目〜熊野前間にて

さらに熊野前を通り越して、東尾久方面へ移動。しかし、やはり日なたは見つからない。もう16時にも近いので、マトモな写真は諦めました。シャッタースピードもかなり落ちてきたので、感度を200に上げリハーサル。またもや7000形。


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9001 東尾久三丁目〜熊野前間にて

そして本番。リハーサルでは車体優先の構図としましたが、どうせ映りは期待できないので、開き直って電車のレトロさと斬新な形のマンションのアンバランスさを掛け合わせて見ました。


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9001 熊野前電停にて

夕暮れ的風景に光るテールランプに心を惹かれ、走って追いかけました。信号待ち、熊野前停車と停まってくれるも、逃げるわ逃げるわ。最後は尾久橋通の下から最大限の望遠でショット。


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7022 熊野前電停にて

全ての撮影が終わった帰りがけ、ホームで電車を待っていると、突然コイツが現れました。初めは違和感があったのですが、何でだか気が付きませんでした。
そうだ、今時こんな塗装があるわけない!気が付けば対面の電停を発車。信号も開通。慌ててカメラを取り出し、何とか写真に撮ることができました。
後日、交通局のHPで確認すると、1両だけ昔の黄色塗装に戻して走らせているとのことでした。こっちの方がラッキーでしたね。

結局、表紙の写真に使えそうな感じの写真ではありませんでしたね。鮮やかさがありません。まだPTのメンバーには見せていないので採否の状況は分かりませんが、東京都交通局さんから写真を借りてくる段取りも考えておかなきゃ。

3連休3連荘お出掛けの最後を飾るお話でありました。
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2007/12/1  14:10

平成19年11月23日の撮影:バスネタ  バスの写真館
Swallow Angel様 http://do-raku-oyaji.cocolog-nifty.com/blog/ 、line様 http://diary.jp.aol.com/qegbrh4/ とコラボで500系「のぞみ」や「富士ぶさ」の撮影に行ってから早や1週間が経ってしまいました。

撮影の状況については既にお伝えしたところですが、まだバスネタについてご報告しておりませんでしたので、1週間遅れになってしまいましたが、ここで一つアップしておきたいと思います。

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平成19年11月23日 小田原駅前にて 伊豆箱根鉄道 ノンステップバス

初めて撮影した伊豆箱根鉄道のバス。地方都市でもノンステップ化が相当速く進行しているようです。私的には古いバスを撮りたかったのですが、派手なライオンズカラーがより近代化を象徴しているように感じます。


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平成19年11月23日 小田原駅前にて 箱根登山鉄道バス 日野ブルーリボン トップドア

こちらも初めて撮影した箱根登山鉄道のバス。後姿を見て思わず走って撮りに行きました。日野HUブルーリボンのしかもトップドア車。都心では見られないタイプです。以前ご紹介いたしました「群馬サファリパーク」の園内バスと同じタイプと思われます。
写真を撮っていた時には気が付かなかったのですが、ドアの前に車掌さんらしき女性が立っています。もしかしたら乗車券を立ち売りしているだけかもしれませんが、関東では珍しい光景で、懐かしさを感じさせました。

撮影の際には、お2人に荷物を見てもらってしまい、すみませんでした。バスの場合は事前情報もないので、撮影には重たい荷物は邪魔になりますね。
このほかにも、富士急行の日野RJ車(バスコレでプロトタイプとなったバス)も来たのですが、停車位置が悪かったので撮りませんでした。
時間があればもう少し駅前で張っていたいところですが、殊のほかハードスケジュールだったために、これだけしか撮れませんでした。バスは鉄道に比べて世代交代が早いため、できるだけ記録にとっておかなきゃ、と思うのでした。
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