鉄道コム

2007/12/1  14:10

平成19年11月23日の撮影:バスネタ  バスの写真館
Swallow Angel様 http://do-raku-oyaji.cocolog-nifty.com/blog/ 、line様 http://diary.jp.aol.com/qegbrh4/ とコラボで500系「のぞみ」や「富士ぶさ」の撮影に行ってから早や1週間が経ってしまいました。

撮影の状況については既にお伝えしたところですが、まだバスネタについてご報告しておりませんでしたので、1週間遅れになってしまいましたが、ここで一つアップしておきたいと思います。

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平成19年11月23日 小田原駅前にて 伊豆箱根鉄道 ノンステップバス

初めて撮影した伊豆箱根鉄道のバス。地方都市でもノンステップ化が相当速く進行しているようです。私的には古いバスを撮りたかったのですが、派手なライオンズカラーがより近代化を象徴しているように感じます。


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平成19年11月23日 小田原駅前にて 箱根登山鉄道バス 日野ブルーリボン トップドア

こちらも初めて撮影した箱根登山鉄道のバス。後姿を見て思わず走って撮りに行きました。日野HUブルーリボンのしかもトップドア車。都心では見られないタイプです。以前ご紹介いたしました「群馬サファリパーク」の園内バスと同じタイプと思われます。
写真を撮っていた時には気が付かなかったのですが、ドアの前に車掌さんらしき女性が立っています。もしかしたら乗車券を立ち売りしているだけかもしれませんが、関東では珍しい光景で、懐かしさを感じさせました。

撮影の際には、お2人に荷物を見てもらってしまい、すみませんでした。バスの場合は事前情報もないので、撮影には重たい荷物は邪魔になりますね。
このほかにも、富士急行の日野RJ車(バスコレでプロトタイプとなったバス)も来たのですが、停車位置が悪かったので撮りませんでした。
時間があればもう少し駅前で張っていたいところですが、殊のほかハードスケジュールだったために、これだけしか撮れませんでした。バスは鉄道に比べて世代交代が早いため、できるだけ記録にとっておかなきゃ、と思うのでした。
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2007/12/1  2:10

EF58牽引 急行「津軽」:84・89・154号機  EF58のアルバム
EF58シリーズは、いつもは号機別にご紹介しておりますが、今日はその中でも急行「津軽」を牽引しているシーンを抜き出してアップしてみたいと思います。

若い方たちは、急行「津軽」というと485系や583系を使用していた時代しか知らない方も多いのではないかと思いますが、我々の世代からすれば、寝台車と普通車を備えた典型的な夜行客車急行列車であり、さらに上の世代の人たちは、東北地方から東京で一肌上げた人達が乗る夢多き列車で、別名「出世列車」と呼ばれていました。

客車時代は2往復が設定され、いずれも上野〜青森間を結んでいました。
編成は、荷物車+グリーン車+A寝台+B寝台+普通車指定席+普通車自由席と全ての用途を備えた列車でした。※1往復は荷物車とグリーン車の間にハザ+B寝台×2を連結。

基本は全てが旧型客車でしたが、客車の老朽化や新型客車の活用により、10系寝台車+12系客車→20系寝台客車→14系座席車→14系寝台客車+12系座席車と、その状況はめまぐるしく変化していきました。

客車時代の直流牽引機は専らEF57とEF58の独壇場であり、私的にはEF57のほうが好きでしたが、私が写真を撮り始めてからの活躍は非常に短い期間でした。よって、EF58牽引のシーンの方が多く、写真も安定して撮れています。

では、画像をご覧いただくことにいたします。

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昭和57年5月 東北本線 南浦和〜浦和間にて EF5884牽引「津軽2号」

写真は10系寝台+12系客車の時代。上り2号は秋田回転のB寝台車が2両多く連結されています。オール旧型時代の「津軽2号」は、郵便車やグリーン車も連結されており、あらゆる用途を備えた急行列車でしたが、時代を追うごとにモノトーンな編成になってしまいました。上り2号は、寝台車が4両も連結されているだけまだマシな方だったと言えます。


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昭和57年11月6日 上野駅にて 青森から到着したEF5889牽引「津軽2号」

こちらも上の写真とほぼ同じ頃ですので、形態的にはあまり変わりありません。しかし、旧型客車が急行から全て撤退するダイヤ改正の直前であったため、写真では判りづらいですが、A寝台車は既に編成から外されてしまったようです。
現在判明している私の写真の中で、唯一の一般塗装時代の89号機を捉えた写真です。茶色時代に比較すると、極めて地味と言うか普通のゴハチの一員だったことが窺えます。
そして、隣の14番線には「新幹線リレー号」が停車しており、急行列車の時代に終わりを告げるシチュエーションを演出していました。


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昭和60年1月5日 東北本線 栗橋〜東鷲宮間にて EF58154牽引「津軽」

昭和58年7月のダイヤ改正で1往復が廃止、同時に20系化された「津軽」。ナロネ21を改造した自由席車ナハ21を3両連結してグレードアップを図りましたが、自由席車が少ないことから苦情が殺到、間もなくオール14系座席車に変わります。しかし、今度は寝台車が連結されていないことへの不満が出てきたため、14系寝台車を併結することとなりました。
写真は、そんな過渡期を越えた14系寝台車+座席車の時代で、結局は、この姿が最後の客車急行「津軽」となり、後に電車化→臨時列車化→廃止という運命を辿ることになりました。

154号機のスペック

宇都宮運転所に最後まで残った精鋭のうちの1台。同区の標準的な形態で、正面窓はHゴム化、デフロスタ付き。エアフィルタは縦型の原形。上越仕様の形態は一切なし。パンタグラフはPS15です。
昭和33年4月17日、東芝製。新製配置は東京区で、長らく東京で勤めた後、宇都宮区へ転属。EF58の中では珍しく移動が少なかった号機でした。



84号機と89号機については、既に過去ログに掲載してございますので、興味がございましたら以下のリンクからご参照ください。

 84号機 → http://diary.jp.aol.com/marutetsu/477.html
 89号機 → http://diary.jp.aol.com/marutetsu/462.html
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