鉄道コム

2008/5/31  1:00

キハ56系 急行「狩勝」  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
昨日は時間が無かったので、非常手段で寝台急行「狩勝」をお届けいたしましたが、実はキハ56系の急行「狩勝」をアップする予定でした。順番が変わってしまったのですが、今日は懐かしの急行「狩勝」をご覧下さい。

昭和55年当時ですが、急行「狩勝」はDCが3往復、客車夜行が1往復設定されていました。このうちDC急行は、札幌〜釧路間を基本とし、下り夜と上り朝が帯広発着です。
釧路発着の1・6号は富良野駅にて富良野線直通の普通列車を釧路間で併結しています。
また、上り4号のみは根室〜札幌を直通としていました。これは、急行「ニセコ」の上り1本が根室〜函館に設定されていた頃からの名残で、札幌にて系統が分割されて「狩勝」となったものです。

当時はまだ石勝線が完成していない時代ですので、根室本線への列車は全て滝川経由となっていました。特急「おおぞら」も3往復しか設定がありませんでしたので、夜行含めて4往復設定されていた急行「狩勝」は、全ての列車にグリーン車も連結された、重要な幹線優等列車でした。


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昭和56年3月 根室本線 落合〜新得間にて

こちらはネガプリントからのスキャニング画像です。残念ながらブレてしまっていますが、キハ56形の213番ですね。
キハ56系はキハ58系の北海道版で、外観は窓が1周り小さいのが特徴です。また、グリーン車のキロ26はキロ28形のような2連の大窓ではなく、さらに1周り小さい1席1個の窓が特徴となっており、キハを含めて全て2重窓となっています。
キハ56形の200番代は最終増備車で、パノラミックウィンドウにスカート付きが特徴で、さらに写真では判りませんが冷房準備工事車でクーラー搭載予定箇所にフタがしてありました。※最終的には、廃車となるまで冷房化されることはありませんでした。


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昭和56年3月 根室本線 落合〜新得間にて

上の写真と同じ区間ですが、新得側からやや落合寄りの第1ターンとなる橋梁です。
こちらは番号が不明ですが、初期型のキハ56を先頭とする「狩勝」。全てが小窓で判り難いのですが、前から5両目のフレームギリギリに写っているのがキロ26形グリーン車です。


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昭和56年3月 「狩勝」の愛称サボ

なんでこんなサボの写真をリバーサルフィルムで撮っていたのか疑問だったのですが、よくよく考えて見ると車体色がクリームと赤のツートンではありませんので、どう見てもキハ22に取り付けられたサボと言うことですね。「狩勝」には基本的にキハ22は使用されていなかったと思いますので、おそらく富良野線からの直通併結車両を目撃した際に撮影したのではないかと思われます。


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昭和56年3月11日 函館本線 白石〜厚別間にて

同区間を撮影場所を探しながら歩いていた際に撮影したものです。コレは列車を撮るために待っていたのではなく、前を歩いていた親子が大変絵になるスタイルだったのと、そこに偶然この列車が通り掛かったので思わずシャッターを切ったことを憶えています。この写真がある意味初めて絵心のイメージが湧いて撮った写真じゃないかと思います。
なお、この写真、もしかしたら急行「大雪」かもしれないことをお含みおきください。
※編成的には「狩勝」で間違いないと思いますが・・・。

急行「狩勝」は、ご多聞に洩れず特急化の波に飲まれ、尚且つ石勝線の開業と言う一大プロジェクトのアオリもあって全て特急「おおぞら」に吸収・格上げされて消滅いたしました。
辛うじて根室本線の快速として「狩勝」の名前が残っていましたが、そこには急行時代の優等列車としての面影は残っていませんでした。

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2008/5/30  7:35

オハネフ12形 急行「狩勝」  客車 列車・車両(ブルトレ以外)
おはようございます。
昨日は体調が優れなかったため、更新せずに寝てしまいました。
準備していたネタがアップできなくなってしまいましたので、今日は1枚物です。

札幌〜釧路間は、古くから需要があっていわゆる『全車指定制』の急行列車が走っていました。古くには変遷のある列車ですが、昭和50年代は急行「狩勝」を名乗っていました。

北海道ワイド周遊券という、北海道フリークには便利な周遊券があり、20日間有効で急行自由席車も乗り放題だったため、「各方面への移動は夜行急行で!」というのが当たり前だった時代、この夜行「狩勝」だけは全車指定のため別に急行券・指定席券、或いはグリーン券や寝台券とともに急行料金を別途取られてしまうという意味で、大変使いづらい列車でした。私的には移動の必要性に迫られて、「狩勝」時代に1度だけB寝台車に乗ったことがあります。


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昭和56年3月 撮影場所不明 オハネフ12 急行「狩勝」

札幌駅で他の急行待ちの時に撮ったものか、釧路からこの列車に乗る時に撮ったものか、記憶が曖昧です。
この写真は記念的に撮ったものではなく、元ナハネ10の改造車であることが判った為に慌てて撮ったものです。洗面所の明かり窓が横長ではなく大型であることから容易に判断できるのです。
昭和40年代、増大する寝台需要に対応してスハネ30など旧型車によりB寝台車が増備される中、普通車の緩急車を連結しない列車が設定されるようになったため、中間寝台車である初期のナハネ10に車掌室や緩急設備を設け、全てのナハネ10が緩急車化されました。その後、冷房設備の需要から冷房化改造され、重量が増してオハネフ12になったわけです。この大型の明かり窓も初期車の名残です。

写真を撮った当時、本州では10系寝台車の淘汰が既に進んでおり、10系寝台車そのものが希少になりつつある頃で、初期の10系寝台車に逢えたことが非常に嬉しかったことは記憶しております。ストロボを焚いてしまったのは、ホームがあまりにも暗かったのと、運転には支障の無い中間だったからと判断したからだと思います。※今だったらこのような状況でももちろん炊かないでしょうけど。

その後14系化されたり、名称が急行「まりも」になり、さらには特急化されて「おおぞら」、また特急「まりも」に愛称が戻ったりと目まぐるしい変遷がありましたが、とうとうこの夏の運転を最後に廃止されるされてしまうとのことです。

急行寝台列車「狩勝」は、そんな歴史を刻んできた特急「まりも」のルーツともいえる列車なのです。
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2008/5/29  3:07

489系・583系「しらさぎ」:総集編  特急型電車(交直流・交流)
こんばんわ。
今日は、過去ネタと合わせて、特急「しらさぎ」の総集編です。

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昭和52年3月30日 名古屋駅にて クハネ581「しらさぎ」(再掲)

もーまんさんの田舎へお泊りに行った際に名古屋駅で撮影したものです。581・583系で撮った唯一の「しらさぎ」。中1の時ですから、かれこれ30年前になります。
京都に583系が残っている折、現役で居るうちにオリジナル塗装を復活させて、是非再現して欲しい列車です。


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昭和55年8月 東海道本線 木曽川〜岐阜間にて 貫通型「しらさぎ」

山陰の撮影に行く際に、同区間においてEH10などを撮りに立ち寄った時に撮ったもの。形式はチョット判りませんね。「しらさぎ」だと金沢区の運用だと思いますので、489系の確率が高いと思います。


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平成3年2月11日 名古屋駅にて クハ489−0番代「しらさぎ」(再掲)

こちらも過去ログでアップした写真。乗り継ぎの際に名古屋駅で撮影したものです。


特急「しらさぎ」と言う列車にあまり縁がなかったようで、国鉄時代に3回ほど北陸に行っているにも拘らず、富山近辺が活動の拠点であったために北陸本線内で撮った写真が1枚もありませんでした。
今となってはもう少し粘って撮れば良かったとも思うのですが、イラストマーク自体を嫌っていたのと、その都度撮影の対象が別にあったため、いつも目標から外れていたようです。当時は485系は全国で活躍している形式でしたから、希少価値も見出せなかったのでしょう。
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2008/5/28  0:40

身延線 旧型国電 モハ62系  旧型国電
こんばんわ。
大宮ネタが取り敢えず終わりましたので、懐かしネタに戻りたいと思います。

モハ62系ってご存知ですか?
モハ73系(旧63系)の下回りに、無理矢理113系のボディーを載せたアコモ改造車です。同類には仙石線で活躍し、最後には103系新性能化されたモハ72970番代があります。
103系のボディーを載せたモハ72は、4ドア車だったせいか970番代と73系を名乗ったのに対し、身延線で活躍していた3ドア近郊型に形態が変わったためか62系という形式を名乗っています。※制御車はクハ66、電動車はモハ62。

身延線にはあまり撮影に行くことができなかったので、残っている写真は少ないのですが、ひとまずご覧下さい。

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2枚とも 昭和56年7月2日 身延線 鰍沢口〜落居間にて


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2枚とも 昭和56年8月21日 身延線 西富士宮駅にて


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昭和56年8月21日 身延線 柚木駅にて

※撮影地を訂正いたしました。

ご覧いただいて判るとおり、詳しく見てみないと113系と一見区別が付きません。
ただ、厚い旧型国電の台枠に無理矢理接合する関係で、車体裾が絞られて、さらに直線部分があることが特徴です。

旧型国電が終盤を迎えており、貴重なクモハユニ44や低屋根クモハ、2ドア車のオリジナルクハ47など、魅力的は車両が活躍していましたので、戦前型廃車後も残ると言われた62系にはまず興味がありませんでした。
なぜこれらの写真が残っていたかといえば、編成数が少なかったなりにも115系が導入されつつある中で最後まで生き残ったため、この車両に当たる確率が高かったのでしょう。
今となっては、サイドから台車の特徴を生かした写真を撮っていなかったのが非常に悔やまれます。
いつもそうですが、後の祭りとなる前に、現役時代に少しでも多く押えておきたいもですね。
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2008/5/27  22:30

JRおおみや鉄道ふれあいフェア2008:JRバス関東篇  バスの写真館
こんばんわ!
今日はイマイチつまらない内容のネタですみませんでした。

さて、予告してから遅れてしまいましたが、同フェアで恒例となりつつあるJRバス関東の展示です。

昨年は2台の出展でいずれも高速バスだったのですが、今回は2台の出展ですが一般路線バスが展示されました。


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路線バスはいすゞエルガのノンステップ車で、まだ納品されたばかりの新車のようでした。こちらはシービーさんと乗ってみました。
新型なので撮り急ぐ車種でもないのですが、実はこんな注目点もあるのです。

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字幕車ではこうも行きませんが、デジタルだといろんな表示が随時出来るのです。
ただ、以前のバスネタでも申しましたように、電光掲示はシャッタースピードを遅くしないと字が切れてしまって何が表示されてるのか判らなくなってしまうんですね。
展示場所が新幹線の高架下で暗いため、ちょうど良く写ったしだいです。


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もう1台は昨年と同じく三菱ふそうのエアロキング、2階建てバスです。
こちらは相変わらず人気ですね。車内見学の列が切れないので、後部の2軸車輪を入れて撮ることは不可能です。このバスに関しては、東京や新宿で狙っていた方が良い写真が撮れるかもしれません。
しかし、一同、何を見ているのでしょうか?画像をチェックするまで判りませんでした。


バスの展示コーナーでは、先日アップしたバスコレクションを始め、バス停板や方向幕なども販売しています。
バスオタちゃんはあまり知らないのでしょうか、人だかりは全くと言って良いほどありません。バスのイベントなんか行くと大変な行列ができたりするのですが、ここならゆっくり選べますし、穴場だと思います。私はお金が無いのでバスコレしか買いませんでした。

今回のイベントは昨年よりやや盛り上がりに欠ける点は否めませんでしたが、レアなEF65535や1001が展示されていたのは大収穫でした。できれば1001号機も架線のあるところで通電して展示して欲しかったですね。535号機との並びでも良かったような気がするのですが、パニックの防止策だったのでしょうか。

後気になった点が1つ。会場からはるか離れたところにガスタービン動車試験車のキハ391系がかなり色褪せて留置されていました。鉄博に収蔵しないまでも、車両的には貴重な生き証人ですので、是非整備してキレイな姿にお目に掛かりたいものです。

また来年のフェアも期待したいものですね。その時はFe4+?でテツ集会を開催と行きたいところです。足掛け4日間お付き合いいただきありがとうございました。
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2008/5/27  10:30

JRおおみや鉄道ふれあいフェア2008:トラバーサー篇  写真撮影
えー、昨日は寄り道をしたらすっかり遅くなってしまいました。
死にそうなほど眠いので、今日はお茶濁しのような話題ですが、興味があったらお付き合い下さい。

テツの皆さんは、「トラバーサー」くらいはご存知だと思います。
浅いテツの方のために申しますと、工場など限られた敷地の中で、車両を水平方向に移動させるために使う移動機械です。ポイントを使って移動するとなると、転線の距離が長くなり、必要以上に広大な敷地を確保しなければなりません。特に工場の場合、上屋(建物)が必要となりますので、できるだけコンパクトにまとめる必要があります。
「トラバーサー」を設備することにより、ポイントの設置が不要となり、平行移動することによって工場内の何処の位置にも素早く転線することが出来ます。

今回は【動画】で撮ってきましたので、ご覧いただければイメージが湧くと思います。

時間は4分程かかりますので、時間のある方にオススメします。

また、移動時の音楽が大きく鳴りますので、深夜帯はボリュームを下げてご覧下さい。


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2008/5/26  1:10

JRおおみや鉄道ふれあいフェア2008:EL一挙公開篇  写真撮影
こんばんわ!
昨日は沢山の方からポイントをいただきありがとうございました。
それにしても大変なアクセス数で驚きましたよ。一体何があったんでしょう?と言う感じです。

さて、今日は続きで、展示されていた電気機関車篇を一挙にアップいたします。

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ED751015

まずは交流機代表のED75です。ちなみに昨年は1034号機でした。
EH500の登場により大幅に数を減らしています。ですので、今このような状態で整備されているということは、続行を約束されていると言うことなので嬉しい限りですね。


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EH500−13 金太郎のロゴ

ED75にとって最強の脅威となるEH500型。昨年度は2両(2組)出演でしたが、今回は13号機のみ。分割されて連結部が見えるように配置されていました。
あまり良いアングルが取れなかったので、ロゴのみの撮影としました。いつも来ていただいている金太郎さんへのプレゼントです。


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EF651075

こちらは展示外車両。ここには去年も車両が居ましたね。貨物色はあまり興味が湧きません。やっぱり似合わないよな。


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EF651117

こちらは整備が始まったばかりと思われる1117号機。台車が抜かれて、良く見ると屋上モニタがなく、雨漏りする状態になっています。塗装の剥がれも目立ち、修繕は大変そうですね。


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EF651095

たまたま通り掛かったらいきなり通路が通行止めとなり、一体何が始まるかと思いきや、展示されていた1095号機に吊架用具を付け始め、吊り上げるやいなや、空中移動を始めました。
昨年は展示車両が多かったため、このようなことはできなかったのかもしれませんが、いやいや、重たいのが解かっているだけに迫力ありましたね。


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EF65535 & EF5893 の並び

今回のメインでしょうね。先般引退した535号機と常連のEF58青大将の並びです。


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EF5893 「つばめ」

この祭りでは常連の93号機。今回は上野方がマークなし、東北側に「つばめ」のヘッドマークが掲げられました。さすがに通電はされていません。


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EF65535 「さくら」

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EF65535 惜別マーク

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EF65535 マークなし

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EF65535 東京区 区名札

今回の目玉となったEF65535。ヘッドマークは前後に「さくら」と「惜別」が付けられ、13時を境に前後を入換えるという力の入れ様です。
「さくら」は現役時代にあったとしても、「惜別」マークは貨物運用のためその道に詳しいファンしか撮れなかったことを考えると、今回の展示でこの「惜別」マーク付きを初めて撮った方が多い筈。JR側の心配りには感謝するばかりです。


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ED6217 & EF651001 の並び

鉄博に近い側にも屋外展示がありました。こちらには事前予告の無かったEF651001が居ました。このカマも先般惜しまれつつ引退しました。私的には500番代よりもこちらの1001号機の方が馴染みもあり、親しみを感じます。
ED62も常連になりましたでしょうか。ただ、具体的保存の話も無く、今後の対応が気になります。


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EF651001 「あけぼの」

この1001号機を見て何か違和感を感じたのですが、家に帰ってきて画像を見たら、スノープラウが付いていないんですね。馴れの問題でしょうが、私的には見慣れていないので何か気持ち悪いです。
結果的にJRになってからは、この「あけぼの」のヘッドマークを付けて走ったことは無かったのではないですかね。スノープラウも付いていない同機にとって、「あけぼの」のフリは貴重な姿ですね。

東北時代の1001号機 → http://diary.jp.aol.com/marutetsu/634.html

枚数は多く撮りましたが、今回は展示車数自体が昨年に比べると大幅ダウン。しかし、昨年は鉄博収蔵車の展示がメインだったようなので、比較は酷でしょうね。
それでも、今回はヘッドマークを付替えたり、走行クレーンを稼動させたりと大変楽しめました。来場者数も多過ぎなかったので、気分的には楽に回れたし、楽しめました。
来年の開催も期待したいと思います。

バス篇が残っていますので、できれば今晩帰宅後にアップしようと思っております。
また、昨日も沢山の方にご訪問いただきありがとうございました。御礼申し上げます。

2007年の同フェアの様子はこちらにまとめました。よろしければご覧下さい。
http://diary.jp.aol.com/marutetsu/174.html
http://diary.jp.aol.com/marutetsu/176.html
http://diary.jp.aol.com/marutetsu/177.html
http://diary.jp.aol.com/marutetsu/178.html
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2008/5/25  18:05

JRおおみや鉄道ふれあいフェア2008:はたらくくるま篇  その他乗り物写真館
寝不足で昼寝したら爆睡してしまった・・・夜が心配。
恒例の昼間のアップはその他ネタ。今日はフェアの中でもはたらくくるまの展示があったのでご紹介したいとおもいます。

昨年の展示では見た記憶すら残っていなかったのですが、軌陸車があったので写真を撮ってきました。

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一般的には空中作業車という部類に入りますが、コレはパンタグラフまで装備しており、一体どんな種類の工事に用いられるのか良く分りません。説明をおいていただけると助かりますね。
それにしても、全部装置を延ばされてしまうと結構な高さがあり、広角の利かないデジカメにはキツイですな。


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こちらは機材運搬車のようです。赤色灯が搭載されているので、緊急自動車の指定を受けているようですね。

これら2台とも軌陸車のため、車輪が出て軌道上を走行することが可能ですが、外観からは車輪の様子を殆ど窺うことが出来ず、あからさまには軌陸車であることが分りませんでした。
以上2台とも三菱ふそうのキャンターです。


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こちらは、構内で見付けた展示とは一切関係ない車両ですが、あまり外では見ることが出来ないので撮っておきました。こちらはただの自動車で、軌陸車では無いようです。
何故かこちらも三菱ふそうのキャンターでした。


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今回は、なぜか大宮消防署のPRコーナーがあって、消防車が1台来ていました。
まあ、私的には消防車も撮影の対象ですし、空作(空中作業車)と言うのも滅多に撮ることができませんのでラッキーだったかなと。これも作業台を延ばしていますが、写真は撮りづらかったですね。
母体は日野レンジャーで、88ナンバーから推測するとかなり古いタイプ。私的には持って来いの車両でした。欲を言えば、この間国道17号で浦和消防署前を通った時、前2軸のはしご車がいましたので、できればそいつを連れて来て欲しかったですね。
さいたま市消防局さん、次回は宜しくお願いいたします。

以上、「はたらくくるま」をご案内いたしましたが、くるまに興味の無い方はスルーしてくださいね。
JRバス関東も来ていましたが、カテゴリ違いなので別枠で明日にでもアップいたします。
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2008/5/25  2:00

JRおおみや鉄道ふれあいフェア2008:EC・DL篇  写真撮影
こんばんわ。
昨日5月24日は「JRおおみや鉄道ふれあいフェア」が開催され、大宮工場が一般開放されました。
昨年度も訪れており、過去ログでもご紹介させていただいておりますが、今回もネタ探しのため行って参りました。昨年は1人でのレポでしたが、今回はFe4のメンバーであるシービーさんと2人で訪れています。

写真枚数的にもボリュームがありますので、今回も5回くらいに分けてご紹介させていただきます。
第1回目は、電車とディーゼル機関車をまとめてみました。

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天気予報では朝から雨ということですが、今朝は強烈な日当たりで暑苦しくて目が覚めました。雨どころか、雲は多いものの晴れ間も出ており、雨の降る様子はありませんでしたね。雨が降るとどうしてもテンションが下がってしまいますから、コレ幸いと出掛けていきました。シービーさんとは移動状況をメールでやり取りし、大宮駅1・2番線の喫煙所で集合。無事に正門へ辿り着きました。

去年は鉄道博物館への収蔵車両を一堂に介していたため展示車両数が多かったのですが、今年はそれと比較してしまうのは酷ですが、車両数はかなり少なくなっています。
ただ、電車に関しましては、去年はクモハ40073の1両だけだったのですが、今回は房総地区からお客さんが来ておりました。

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左から、257系500番代、255系、185系。

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房総特急用255系

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185系「特急」表示

展示場所が狭いので、いずれも先頭車のみの展示です。まぁ、あんまり好きな車両というわけでもないので取り敢えず撮って終わり。185系だけ「特急」のヘッドマークを掲出していますが、今までこのマークで走っている姿は見たことがありません。この辺りは粋な演出ですね。


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今回の試乗列車はE233系1000番代。普段通勤で乗っているので別にどうってことは無いのですが、今回は運転するたびにありえない行先表示を掲出しているので面白かったと思います。ただ、LED表示はスローシャッターでないと写し込めないため、ファン泣かせな装置です。この先一生苦労させられるんでしょうね。

続いてディーゼル機関車篇です。

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DD51856

整備中のDD51型です。こちらの建物はJR貨物の所管となる「JR貨物車両所」のため、機関車のみの展示となっています。
この塗装のDD51の実物を見るのは初めてでした。基本的に塗色変更車は興味が湧かないので、撮ろうと思ったこともありません。で、コイツはどこのカマだと思って調べたら、なんと愛知機関区所属のようですね。わざわざ名古屋から検査にやってくるとは、国鉄時代では考えられないですね。


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DE101546

こちらは何の点検中でしょうか。それともこれからでしょうかね。小奇麗ですが、あまり手を付けられていないようでした。
ちなみに、こちらも愛知機関区の所属のようです。DD51と一緒にやってきたのでしょうか?


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DE101663

こちらは現在バラバラ中。ですが、このとなりのコーナーにパーツごとの車体があり、ピッカピカに塗装が出来上がっていました。お陰で工場の中はペンキ臭いことッたら・・・。
ちなみに、新鶴見機関区の所属で川崎派出在籍となっています。

今回はディーゼル機関車は3台だけ。工場内も昨年より寂しく感じました。電気機関車の方が多いのは、時代の趨勢というところでしょうか。

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帰り道であったSuicaペンギン。写真を撮るために追いかけました。
途中で子供に引っ掛かったりしていたのですが、何やら早く帰りたいらしく、かなり慌てているようでした。しかし、如何せん足が短いため、走っているのに思うように進んでいないようです。今日は暑いし、中の人も大変でしょうな。

電気機関車篇は明晩、バスやトラック篇は日中にアップする予定ですのでお楽しみに!
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2008/5/24  1:27

EF58 5 : 最後の鋳鉄製先台車装備車  EF58のアルバム
こんばんわ。
今日は何と4ヶ月ぶりのEF58シリーズです。
結構頻繁にEF58の写真をご紹介してまいりましたが、今年1月にHさんからフィルムスキャナをいただいて以降、フィルムスキャンをするに連れEF58写真がバンバン出てきてしまい、収拾が付かなくなって先送りとなっておりました。
一通りスキャンも収束し、今日は資料を調べる時間も出来たので久々のアップとなります。

で、今日のネタは鋳鉄製先台車を装備して一際目立った存在であった5号機です。


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昭和54年8月頃 品川客車区構内にて

初めて逢った5号機。この頃は鋳鉄製先台車とかいった興味は無かったように思います。ただ単に1ケタのEF58に逢えただけで嬉しかったことを憶えています。
電柱の支線が非常に邪魔な構図ですが、特徴のある先台車がくっきりと写っており、今となっては良かったと思います。


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昭和56年8月21日 東海道本線 函南〜三島間にて 

こちらは5号機の牽引する荷物列車です。日本を一周した「駅(station)号」が運転されたとき、待機中に来た荷物列車を偶然撮影していたものです。
東北本線では最若番でも50番代以降くらいでしたから、1ケタというだけでバンザイな状況だったのです。ただ残念なことに、半逆光だったため特徴のある先台車があまりよく写っていなかったですね。


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昭和58年6月29日 浜松工場留置線にて

そして、3回目として最後に逢ったのが浜松工場で解体待ちをする5号機でした。
折りしも飯田線の80系や戦前型旧国の大部分が廃車となるため浜松工場に送られた情報を聞き、飯田線撮影の帰り道に同工場の留置線に寄った際、偶然にも留置されている同機を見付けました。
同留置線には80系やクモニ83100、合の子流電のクモハ53007など多数の飯田線引退車が留置される中、このEF58の姿を見つけた時にも時代が大きく変わっていることを痛感しました。ちなみに、一緒に手を繋いでいるのは1号機です。

5号機についてはあまり詳しいスペックが判りませんが、昭和22年7月17日に日立で落成、沼津区に配置となっています。その後の経過は不明ですが、私の知る限りは浜松区の配置が続いていたようで、昭和59年1月6日廃車となっています。休車になってからはかなり長い期間に亘って留置されていたようですね。
外観から推測すると正面窓のHゴム化、エアフィルタのヨロイ戸化が施工されており、耐寒装備はありません。車体更新後はSG(蒸気暖房発生装置)を搭載、パンタグラフのPS14と鋳鉄製先台車については生涯原形のままであったようです。

鋳鉄製先台車は、この5号機の他に28・29・30・45号機に施行されており、いずれも日立製です。28〜30号機は昭和53年〜54年にかけて廃車されており、45号機だけは東海道荷物列車のEF62への橋渡し役として下関区に転属、5号機よりも遅くまで活躍していましたが、昭和56年に廃車となった他のEF58の先台車と交換されてしまったため、5号機が最後まで残った鋳鉄製先台車装備車となっていました。
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