鉄道コム

2008/6/18  6:55

103系:ウグイス色のクモハ103の謎  その他電車
おはようございます。
昨夜は早く帰ってきたのに更新もせずに寝てしまいました。
出勤前に取り急ぎのアップになります。

昨日は京浜東北線の103系クモハ103をアップしたところですが、ちょっと雰囲気の違うウグイス色の103系の写真をアップしたいと思います。

ウグイス色といえば関東では山手線のラインカラーですが、その中でもクモハ103というと???なところがあります。山手線は10両貫通編成で、クモハ103というのは見た記憶が無いのです。

とすると、クモハ103でウグイス色があるとすれば横浜線の車両ということになるのでしょうか。ただ、横浜線の103系をジックリ観察したことが無いので、その真偽は分かりません。


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昭和55年 東北本線 矢吹駅?にて 側線に留置されるウグイス103系

昭和55年初頭、多分東北本線の矢吹駅だったという記憶です。
逆光で見づらい写真で申し訳ありませんが。
何故交流区間に103系が?という疑問については、仙石線の新性能化に伴った異動で、郡山工場への入場待ちであることぐらいは当時の私でも理解できていました。

ただ、翌々考えてみると、ウグイス色のクモハ103自体がどの辺りで使われていたものなのかが想像付かないのです。
側線には2編成停まっており、両方ともクモハ103入りの4両編成。手前の編成は、3両目のサハだけスカイブルーとなっています。

現在でしたら、旧所属表記なんかもちゃんとチェックしているのでしょうけど、まだ高校1年くらいで、そんなところまで気が回らなかったですね。
逆に、調べていなかったことで、今現在楽しむことが出来るのも妙な感じがします。
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2008/6/17  0:55

103系「京浜東北線」:クモハ103篇  その他電車
こんばんわ。

関西ではまだ元気で頑張っている103系ですが、東日本では仙石線の1編成を除いて壊滅状態となってしまいました。東海も全滅です。

関東では全廃となって久しい103系ですが、クモハ103という形式にこだわると、鶴見線にカナリヤ色の姿で奇跡的に最後まで残りましたね。

ここで、スカイブルー(青22号)をまとった103系というと、さらに20年以上遡る話となります。

関東で言うところのスカイブルーとなると、京浜東北線と横浜線のみの存在であり、殊に横浜線はウグイス色に統一されてしまったところから、京浜東北線の専用色というイメージがあります。
103系ではポピュラーなクモハ103でしたが、京浜東北線のATC化に伴って、中間に封じ込められるという事態が起きました。
そこで、ほんの一時期ではありましたが、「クモハ103のみを撮る」という行動を撮っていたことがあります。

ここでは、そんな写真をご紹介したいと思います。

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昭和53年頃 京浜東北線 西川口〜蕨間にて(再掲)

これは少し時期が外れてしまいますが、クモハ103を流し撮りした写真です。中学生の頃で、まだATCなんて影も形も無かった頃です。
前回アップしたときには気が付かなかったのですが、冷房改造されていないのにシールドビームに改造されています。京浜東北線の中では珍しい存在だったかもしれません。


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昭和55年頃 京浜東北線 西川口〜蕨間にて


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昭和55年頃 京浜東北線 西川口〜蕨間にて


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昭和55年7月 京浜東北線 西川口〜蕨間にて


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昭和56年頃 京浜東北線 西川口〜蕨間にて

なんかコメントを添えようと思ったんですが、なんか冴えない写真ばかりで入れる気がなくなってしまいました。あまりにも本数があるもんだからテキトーに遊んでしまっているし。

京浜東北線の103系は、7+3の10両又は貫通10両編成とされていましたが、蒲田区の検修庫が7両編成までしか入らないため、蒲田区と下十条区に7+3編成が配置されていたようでしたね。
クモハ103を含む3連は基本的には非冷房車で、7連の方にはまだらに冷房車が導入されていました。
ATC化に際して7連の内側クハと大宮方のクモハ+モハの連結位置を交換することによりATC搭載クハが両先頭に出ることになり、結果として低運クハやクモハが中間に封じ込められる形となりました。
低運クハとクモハは全てがATC非搭載のため、ATC化後は先頭に現れることはなくなってしまったのです。

シマリの悪い解説ですが、写真もあまり良いものが無かったのでご容赦下さい。

過去ログで、京浜東北線から流れていったスカイブルーの青梅線の記事をアップしています。
よろしければどうぞ。→ http://diary.jp.aol.com/marutetsu/437.html
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2008/6/16  0:59

24系25形 寝台特急「つるぎ」  ブルートレイン:機関車・客車
こんばんわ。

今日は1枚ネタですが、寝台特急「つるぎ」の写真をアップいたします。

寝台特急「つるぎ」は、昭和47年10月に誕生した20系寝台客車により誕生しています。大阪〜新潟を結び、米原経由で運転されていました。
湖西線開業とともに同線経由に変更となり、昭和51年に24系25形に置換え、平成6年12月に廃止となるまで変わらない運行形態が続きました。

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昭和55年8月 東海道本線 神足(現長岡京)〜山崎間にて

いつもアップしている写真の区間ですが、オハネフ25の0番代で編成された「つるぎ」を捉えたものです。

私的には「つるぎ」のヘッドマークは好きなデザインでしたが、やはり取り付け省略の期間が長かったため、目にすることはありませんでした。
その後は関西を訪れる機会が無く、走行距離の短いことも災いして、なかなか撮りにくい列車でしたね。
結局、実車を目にしたのはこのときが最初で最後でした。

寝台特急「つるぎ」は定期廃止後も臨時列車として運転が組まれましたが、平成8年度を最後に運転されることはなくなりました。
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2008/6/16  0:23

父の日かぁ  
昨日は世間一般に父の日だったんですね。すっかり忘れてました。

昨夜もマイ娘。と一緒にフロに入って、日付が変わる前にこんなの貰っちゃいました。

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毎年なにかお菓子を貰っているんですが、イチゴ系のチョコが好きなのを知っているんで、マイ娘。も気を使っているんですね。

いつまで続くのかな・・・。
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2008/6/15  1:00

6/14 「北陸」も「あけぼの」もレアガマだった日  写真撮影
こんばんわ。
昨日は20系「あけぼの」をアップした後に突然の睡魔に襲われ、風呂にも入らずにパソコンの前の床にクタバッていました。気が付いたら4時20分。
EF8181「あけぼの」の走る日だからと身体が痛いのをこらえつつ、風呂を沸かして朝風呂浴びて、撮影に出掛ける事にしました。

ちょっとノンビリし過ぎて出遅れてしまい、「能登」は間に合わず。「北陸」からの撮影開始となります。
いつものポイントに着くと順光側に既に2名の先客が。失礼な言い方ですがウザかったのでポイントを変え、初めてのポイントへ行ってみました。
※撮影は、全て平成20年6月14日(土)、東北本線 蕨〜西川口間にて


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「北陸」のアングルを決めて構えていたら、突然背後から襲われました。
TOYOTAトレインでEF210が牽引しています。新しい車両にはあまり興味を持ちませんが、コンテナ列車でもこれだけの編成美を持っている列車も珍しいですね。
下り列車に極めて不利なアングルだったので、今度はちゃんと撮ってみたい列車です。


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再び「北陸」のアングルを決め込んでいたら、わずか数分でまた背後から襲われました。
Ef651119牽引のタンク専用貨物でした。ナンバープレートもオリジナルの希少なカマです。後ろ向きだと邪魔な箱があって、まともなアングルにならないのですが、取り敢えず撮っておきました。非常に残念な構図です。


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やってきましたお目当ての「北陸」。明るさが十分だったので画質優先で安心してシャッターを切ったのですが、微妙にブレてしまったようです。油断しました。
今日のカマはEF641031で、電車回送用に双頭連結器を持つレアなカマ。やっと「北陸」で撮ることができました。連結器だけではなくスカート周りのジャンパで無骨な表情が好きです。

列車の動きに耐えない場所なので、蕨駅寄りに移動し、昨年撮ったことのあるアングルに場所を変えることにしました。


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まずやってきたのが、ナント183系の修学旅行列車でした。田町車が上野方面へ行くのは珍しいと思ったのですが、ダイヤ情報で確認してみたら早朝に何本か設定されているんですね。編成の半分くらいに生徒が乗車していましたが、この時間に通過ということは相当早い時間に集合して乗ってくるんですから、乗っているみんなも大変ですね。東京から新幹線か、はたまた羽田から飛行機に乗って旅立つんでしょう。若いって良いな・・・。


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「あけぼの」の12分前に通過する「成田エクスプレス5号」。こちらは貨物線の線路を走りますので、予め別のアングルを設定して準備します。
バックでは蕨駅前の再開発が始まっており、2年以内には景色も変わってしまうのでしょう。そして253系N’EXも・・・。


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「あけぼの」の前走りとなる185系14連の回送列車。253系N’EXが成田から撤退すると、こちらの185系にも何らかの動きが生じる予感がします。


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そして、やって来ましたEF8181牽引の「あけぼの」。5分くらい遅れていたようで、京浜東北線とカブらないかヒヤヒヤしました。
前回は同機を反対側から撮影してブラしてしまったので、今回がリベンジとなります。
「北陸」の画像がややブレの傾向にあったので、念のためISO100に設定、1/1000を確保してシャッターを切りました。


ということで、昨日は約40分の撮影で終了です。どちらもレアガマだったので満足して帰りました。そして、安心して二度寝しましたとさ、メデタシ、メデタシ・・・。
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2008/6/14  0:17

20系「あけぼの」:総集編 カニ21・22 ナハネフ22・23  ブルートレイン:機関車・客車
いやぁ〜、失敗しましたよ。
昨日アップしたトラコレ改造作品がナント800アップ目だったんです。鉄ネタじゃないヤツになってしまった。ショックぅ〜!

ということですので、記念すべき801アップ目として、今まで大事に温めておいた20系「あけぼの」の総集編をド〜ンと一気にアップしちゃいます。


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昭和53年3月20日 上野駅にて カニ21(再掲)

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昭和55年8月13日 上野駅にて カニ21

まずはカニ21です。20系の中でもっともポピュラーな電源車。
上野方に連結されているので、この顔を撮るためには夜の上野駅に行かないとなりませんでした。中学2年生になって、やっと夜の出歩きができるようになりました。
下の写真はお盆の入りですね。ホームは夜行急行の自由席に乗るための帰省客でごった返しています。こんな状況は、東北新幹線の開業する昭和57年まで続いていました。


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昭和51年頃 東大宮操車場構内にて 洗浄線入れ替え中のカニ22(再掲)

再掲の写真ですが、フィルムスキャンからやり直して見ました。色が良く落ち着きました。それにしてもカニ22と高二区EF58の組み合わせ。違和感ありありです。


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昭和52年頃 東北本線 蕨〜西川口間にて カニ22をサイドから

「あけぼの」には、標準型のカニ21以外にも、オリジナルのマニ20やこのカニ22が共通運用で組まれていました。私のバヤイ、20系の流美なスタイルよりも、この無骨なスタイルのカニ22が大好きでした。
特にサイドから見た場合、屋根が低くなっている分、車体が長くスマートに見えます。
私的には、20系の中でも一番秀逸なデザインだと思っています。


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昭和52年頃 上野駅にて ナハネフ22 「あけぼの」の並び

昭和50年代の上野駅では、上信越・高崎線が上のホーム、東北線は地平ホームの仕切りがありましたが、いくつかの例外もありました。下りの「あけぼの」は地平ホーム発ですが、上りは高架ホーム着で、時間が近いため隣同士で並ぶシーンが毎日展開されていました。
おそらく、早朝の地平ホームは、常磐線の夜行列車が多数到着しているため、本数の多い東北スジの夜行を飲みきれなかったんでしょうね。その割には「越前」が地平ホームに到着していたりしましたが・・・。


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昭和52年3月頃 上野駅にて ナハネフ22とナハネフ23の並び

この頃になると、20系の特急列車からの撤退、急行への格下げ、状態の悪い車両の廃車など、動きが顕著になってきました。それが影響してか、本来は中間に封じ込められて、首都圏では末端に顔を出すことがなかったナハネフ23が付属編成にも登場するようになりました。
この頃日常的に見ることが出来たのは青森区のナハネフ21くらいのもので、「ゆうづる」や「日本海」にしか見ることが無かったように思います。


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昭和52年3月頃 上野駅にて ナハネフ23(再掲)

上の写真のナハネフ23をチューボーカットで撮影したもの。
ナハネフ21「日本海」に逢って以来、この顔の虜になってしまったつばさ。嬉しくってこんなドアップで撮ってしまいました。
しかも、このピンク色に染まったテールマークに極限の魅力を感じました。


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昭和55年頃 大宮駅にて ナハネフ23(再掲)

久し振りに撮ったナハネフ23「あけぼの」でしたが、異常なほど真っ赤なテールマークに違和感を感じました。もっとほんのりした色だったような・・・。
朝6時くらいで真っ暗なところを見ると、冬場に撮った写真のようですね。


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昭和55年3月 青森駅にて ナハネフ23

こちらは初めての北海道撮影行で乗り継ぎの際に撮影したもの。青森着の「あけぼの」は、途中秋田駅で付属編成を落としてきますので、必然的にナハネフ23が顔を出すことになります。逆にナハネフ22は撮影できないと言うことですね。
写真のテールマークはひらがなが白地、ローマ字が赤地でガチャ目になっています。ひらがなの方は書体がおかしいので、盗難にでもあって手作りで作ったものでしょうか?だとしたら悲しいことですね。


こうして見ると、一番撮影できた筈のナハネフ22が殆どありませんでした。「いつでも撮れる」ヤツはいつもこうなっちゃうんですね。

「あけぼの」の20系は昭和55年10月まででしたので、最後まで残った特急運用ではありましたが、私的にはそれでも高校1年生だったことになりますから、有名撮影地などで走行写真を撮ったりするのは厳しい状況でした。
結果的に駅撮り写真ばかりとなってしまいましたが、大好きな20系客車を間近で見ることが出来て、記録に残すことが出来ただけでも満足に思います。

過去ログで、EF651000番代牽引「あけぼの」 http://diary.jp.aol.com/marutetsu/756.html をアップしています。また、同記事に板谷峠の「あけぼの」もリンクが貼ってありますので、よろしければご覧下さい。

久々20系、感動したよ!と思った方はランキングもお願いいたします。
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2008/6/13  0:55

国鉄 ED62型 直流電気機関車(その1)  国鉄・JR機関車(直流型)
こんばんわ。
昨日は久し振りに低調なアクセス数でした。あまりキハ82系は興味ないのかな?そんなことも無いと思うのですが。その割には沢山のランキングポイントをいただきまして誠にありがとうございました。

さて、今日は直流電気機関車シリーズで、飯田線で活躍したED62の写真のうち、昭和56〜57年に撮影したものを(その1)としてお届けいたします。

国産初の新性能直流型電気機関車と言えば、過去ログで既にご紹介いたしましたED60 http://diary.jp.aol.com/marutetsu/667.html となりますが、ED60が平坦地用なのに対し勾配抑速ブレーキを付加して勾配線用として誕生したのがED61です。
中央本線で貨物用として活躍していたED61は、大型強力勾配機EF64の登場により活躍の場を失ったわけですが、これを飯田線の旧型貨物機の置換え用として転用したのがED62です。飯田線への入線に際しては、線路に掛かる軸重の関係により中間台車1軸を追加改造し、形式もED62と改められました。18両全機が改造を受け、飯田線に集中配置されました。(晩年は大糸線でも使用されたようです。)

では、飯田線で最後の活躍していた頃のED62の写真をご覧下さい。

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昭和56年11月22日 飯田線 野田城〜東上間にて ED62牽引貨物列車

豊橋口の貨物列車です。シャッタースピードは稼げているはずなのですが、何故か先頭がブレてしまっていて番号が解読できません。何となく、現在保存されている17号機のように見えます。


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昭和56年11月23日 飯田線 伊那松島駅構内にて ED622単機

伊那松島区に寄ったとき、偶然居合わせた2号機。パンタを上げていたので出区待機中でしょうか。停車中の写真でも、パンタを上げているだけで表情が活きてきますね。
この写真では、足回りの様子も判りやすく撮ることができました。


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昭和57年8月10日 伊那松島駅にて ED629牽引 上り貨物列車

伊那松島駅に侵入する上り貨物列車。駅の辰野寄りで、右側に見えるのが伊那松島機関区です。
何故かこの9号機のナンバーは、他車と違って非常に窮屈な配置になっています。


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昭和57年8月10日 飯田線(撮影区間不明) ED625牽引下り貨物列車

飯田線では、このような可愛い編成の貨物列車がやたらあったような気がします。中には緩急車(車掌車)1両のみなんていうのもありましたね。


貨物の大合理化に伴い、ローカル線における貨物輸送は殆ど撤退しました。
飯田線では一部JR化後まで残りましたが、私は旧国が全廃になってから1度も行っていません。

ED62はまだ数枚写真が残っていますので、また日を改めてアップするとこといたします。


飯田線といえば旧国だけど、コイツも忘れられねぇよな〜、と思ったオジサンと、
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2008/6/12  1:11

キハ82系「おおぞら」:総集編 その1  特急型気動車
こんばんわ。
昨日は60000HITを達成いたしました。たくさんのご来場ありがとうございます。
ネタはまとめ切れなくて苦労はしていますが、持ち写真を全部アップするつもりでがんばっていますので、これからも応援の程宜しくお願いいたします。

さて、今日はキハ82系でも行ってみましょうか。ということで、一番撮影枚数の多い「おおぞら」をアップいたします。

「おおぞら」は、キハ82系を使用して昭和36年10月に誕生した北海道初の特急列車です。運転区間は函館〜室蘭本線・千歳線経由〜旭川でした。
昭和37年に旭川編成に釧路編成を併結開始。「おおぞら」の原形が出来上がります。一旦は旭川編成が無くなり、釧路編成単独となりますが、その後再び復活したことがあります。
昭和47年から3往復体制となり、しばらくこのスタイルで推移しましたが、昭和56年に石勝線が開通、函館〜札幌間が「北斗」と分離されるなどの変遷があります。

私が北海道に渡ったのは未だ石勝線が開通する前でしたので、函館本線滝川から根室本線富良野を経由して釧路へ至るルートを通っていました。
季節はずれの写真ですが、キハ82系「おおぞら」の第1回目をご覧下さい。


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昭和55年3月9日 函館駅にて

高校1年生の時、北海道に渡って初めて出逢ったのがこの「おおぞら1号」でした。「はつかり」1M〜青函1便を経て1Dへと、往年の優等ルートがつながっていました。
しかし、ストロボは焚いちゃいかんでしょ。


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昭和55年3月 札幌駅にて

最初に北海道に行ったときは、どこで撮ったら良いのか全く要領がつかめず、殆ど駅撮りだったような感じです。ローカル線の乗りつぶしをやっていたわけでも無し、昼間なにをやっていたのか殆ど記憶がありません。


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昭和56年3月11日 函館本線 大麻〜厚別間にて

翌年の同時期に再度北海道を訪れています。すっかり冬の北海道の魅力に取り付かれてしまいました。
この時は前年の経験を生かして、駅間でも撮影するようになっています。
写真は珍しくキハ82をダブルで連結した編成。私が滞在している間、この編成が組まれたまま運転されていたようでした。


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昭和56年3月11日 函館本線 白石〜厚別間にて(再掲)

こちらも架線下を行く「おおぞら」。直線区間を遠慮の無いスピードで疾走していきます。ファインダーを覗きながらも、車体に舞う雪煙に感動したものです。


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昭和56年3月17日 根室本線 富良野駅にて

新得での撮影が終わって札幌へ向かう途中、遅れてきた「おおぞら」とすれ違いました。
写真は普通に撮っていますが、振り返ると私たちの乗った列車が走り出してしまい、友人と二人で列車を追いかけて飛び乗って事なきを得るという危うい場面がありました。
自動閉塞なので、「おおぞら」と同時ベルで発車してしまったようです。いやぁ〜、車掌さんにマジで怒られましたよ。
今では富良野駅へ「おおぞら」どころか特急すら通りませんから、思い出とともに貴重な写真となりました。

キハ82系「おおぞら」総集編の第2弾は、また別の機会にお送りしようと思います。第2弾は非電化区間の走行写真を中心にご覧いただく予定です。

次回も楽しみだな。別のキハ82系も見たくなってきたぞ。
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2008/6/11  1:00

EF65 500番台 「みずほ」:総集編  ブルートレイン:機関車・客車
こんばんわ。
このところ電車特急が多かったので、久し振りの昔のブルトレネタです。
今日はEF65500番代牽引の「みずほ」をお送りいたします。過去にも同じネタをアップしていますが、フィルムスキャンにより新たな画像が出てきましたので、総集編として再度アップいたします。

なお、以下の登場経緯については、記述を変えるわけにも行きませんので、過去ログのまま再掲させていただきます。

「みずほ」は、不定期の夜行特急列車として旧型客車で設定されました。その後定期列車に格上げとなり、さらに20系寝台車化されました。
当初は、東京〜熊本・大分を結んでおりましたが、東京〜大分間が独立したのは以前「富士」の時の記したとおりです。
その後しばらくは東京〜熊本間を結ぶ寝台特急として、14系寝台車14両編成がすべて終点の熊本まで運用されていましたが、昭和50年3月ダイヤ改正において「はやぶさ」の長崎行きを引き継ぎ、東京〜熊本・長崎間の多層建て列車に変わりました。

「みずほ」も他の九州特急と同様に、EF58、EF60500番台、EF61と牽引機が移り変わり、そしてこのEF65500番台が東海道ブルトレのエースとして牽引することになりました。


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昭和52年3月30日 名古屋駅にて EF65529牽引「みずほ」


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昭和52年 東京駅にて EF65529牽引「みずほ」


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昭和52年 東京駅にて EF65527牽引「みずほ」(再掲)


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昭和53年8月5日 東海道本線 真鶴〜根府川間にて EF65500(番号不明)牽引「みずほ」


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昭和53年8月 東京駅にて EF65530牽引「みずほ」(再掲)


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昭和53年9月 東京駅にて EF65529牽引「みずほ」


時代が時代だけに、映りが良くないのが残念です。
ヘッドマークは2種類あって、金・銀・緑の配色のものと、白地にベージュっぽいモノトーンのものがありました。前回はモノクロのみで判り難かったですが、今回はカラーが出てきましたので違いが判りやすいと思います。

画像を整理していて気が付いたのですが、なぜ半分が529号機なんだろうかと。縁があるにしても偶然にしても凄過ぎます。

私が写真を撮るようになってからは、客車は既に14系化されていました。ブルトレ機の代表とも言えるEF65500番代が、20系を牽引している写真を撮りたかったです。

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2008/6/10  0:45

183系0番台「あやめ」:総集編  特急型電車(直流)
こんばんわ!
昨日は沢山の方からお情けポイントをいただきまして、誠にありがとうございました。心より御礼申し上げます。

さて、0時過ぎたらやたらまたAOLが重たくなっているちょっと心配なのですが、寝る時間を確保するために急いでアップさせていただきます。

Fe4のメンバーであるSwallow Angelさん http://do-raku-oyaji.cocolog-nifty.com/blog/ が「あやめ」&水郷←(勝手にネーミング)にお出掛けになって最新情報をアップされているので、便乗して昔の183系時代の特急「あやめ」の写真の総集編を組んでみようと思ってしまいました。

と企画したものの、いざ探してみたら、いや〜無いこと無いこと。本数も少なかったせいかろくな写真がありゃしません。が、中途半端に放っておいても仕方が無いので、超駄作ながらチューボー写真をアップいたします。


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昭和51年頃 錦糸町駅にて(再掲)

過去ログで「しおさい」と合わせてご紹介した時の写真です。ポケットカメラでの撮影で、おそらく中1になったばかりの頃に撮った写真ではないかと思われます。
原版はカラーですが、見るに耐えない変色によりモノクロ化いたしました。ショーボー顔負けの写真でございます。


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昭和52年頃 東京駅地下ホームにて 「わかしお」&「あやめ」

私の記録の中では殆どなかった東京駅地下ホームでの写真です。1眼レフに切り替わって、スローシャッターの仕組みを覚えたころでしょう。
こんな古き良き時代の写真がプリントもされずに残っていたなんて。当時としては重要視されていないシチュエーションだったのでしょう。新たに発掘した写真でした。


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昭和55年冬 総武本線 佐倉駅にて

トワイライトな佐倉駅での写真。大回り乗車中でしょうね。高校生の時に何回か遊んだことがあります。
本来ならオレンジ色の夕焼けシーンが、怪しいピンク色に染まっているのはサクラクローム(後のKonica)初期製品らしい発色です。今だったらクレームものでしょう。
ピンも来てないし、ご紹介するような写真ではありませんが、数が少ないので強引に載せてしまいます。

・・・・って、これだけなんですけど。
如何せん出逢うきっかけが少なかったのと、当時、特急らしさを感じなかったのか、本当に撮っていなかったですね。房総特急には力を入れていなかったのが見え見えです。

過去ログで房総特急をアップしたことがありますが、他の特急についても発掘写真が出てまいりましたので、いずれ時期を見計らって列車ごとに総集編を組もうと思っております。


過去ログで、「しおさい号・あやめ号 特急列車運転記念乗車券」の記事をアップしていますので、興味がありましたら合わせてご覧くださいませ。 → http://diary.jp.aol.com/marutetsu/621.html

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