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2008/7/6  1:05

飯田線 旧型国電 80系 (その1)  旧型国電
こんばんわ。
この時間になってやっと耐えられる暑さというか。それでも今晩は寝苦しそうです。

さて、今日は懐かしの旧型国電、80系の画像をご覧いただこうと思います。
季節的事情もありますので、夏場に撮影したものだけをチョイスしてみました。


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昭和56年7月21日 為栗〜温田間にて

この写真は、高校の時初めて本格的に旧型国電の撮影に行き出した時のものです。
初めての飯田線で何処で撮影したら良いものか分からず、こんなに奥まで来てしまいました。天竜川沿いの急峻な場所で、しかも一番本数が少ない区間だったので、あまり成果は得られなかったような気がします。これがある意味その後の飯田線行脚の引き金になったかもしれません。このあと、大糸線→身延線と旧国を訪ねる旅が続きました。


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昭和57年8月10日 撮影場所不明

この撮影のときの行動の記録が無くて、詳細な場所が判りません。が、おそらく飯島〜上片桐の間くらいではないかと思います。


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昭和57年8月10日 撮影場所不明

こちらも同区間内でしょう。朝早い時間だとい思いますが、天気も良くなく、夏らしい雰囲気は伝わってきませんね。


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昭和57年8月10日 大沢信号場にて

初めて訪れた大沢信号場。時刻表に載っていないので、信号場があることは知りませんでした。
この写真は、信号柱に上って撮っています。何故怒られないかって?頼まれたからです。
撮影に行った時に運転主任氏に声を掛けられました。私も国鉄職員だったので話も弾み、何でも間もなくCTC化工事が始まり信号場が無人になってしまうとのこと。記念になるように、信号場の全景を撮ってくれたらとの依頼を受け、このようなアングルで撮ったわけです。


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昭和57年8月10日 大沢信号場にて

運が悪く、写真を撮っていた時に来た2本の列車はいずれも80系でした。本当は戦前型が撮りたかったんですけどね。
この写真、右側通行になっているの解かります?この信号場は、本線と待避線の配線になっていて、交換する時しか上下の区別がされていないんです。ですので、交換・退避のないときは上下関係無く本線上に停車し、タブレットの授受を行って発車していくのです。


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昭和57年8月10日 撮影場所不詳

これもねぇ、何処の駅かわからないのですが、多分、撮影の帰りに駒ヶ根駅辺りで乗り継いだ時に撮ったのではないですかね。
80系と165系の交換風景。今ではどちらも無いですね。急行は「こまがね」か「天竜」か。今となっては判りません。


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昭和57年8月10日 伊那松島駅構内にて

これは帰りがけに伊那松島区へ寄ったときに撮ったようですね。窓から嬉しそうに顔を出すなっちゅーの。


飯田線には結構な回数通っていますので、80系の写真も数多くあります。ただ、夏の絵が少ししかなかったので、秋、冬、と季節を考えながら続きをアップしたいと思います。


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