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2008/9/13  6:11

485系「やまばと」 総集編(貫通型・非貫通型)  特急型電車(交直流・交流)
おはようございます。
今日は、以前一通りアップいたしました上野〜山形間の特急「やまばと」のうち、その後のフィルムスキャンから発掘した写真を含めて貫通型・非貫通型を一挙に掲載いたします。

まずは、53・10改正以前の字幕時代です。

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昭和51年頃 上野駅にて クハ481−300代

上野駅15・16番線で並ぶ「やまびこ」と「やまばと」。上野駅黄金時代と言える頃ですね。昼頃から夕方までは、上野発と着の列車が各ホームで交錯し、どこのホームに行っても特急列車が停まっているような状況でした。まだチューボーの頃、上野駅を走り回っていました。


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昭和52年 東北本線 宇都宮駅にて(再掲)

宇都宮駅を通過中の非貫通型「やまばと」。この頃は仙台運転所持ち及び青森運転所持ちなので300番代ですね。


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昭和52年1月 東北本線 大宮駅にて(再掲)

こちらも青森持ちでしょうかね。貫通型の「やまばと」です。新幹線高架橋のない大宮駅は、今では想像できないほどスッキリしています。


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昭和53年9月 東北本線 蕨駅にて(再掲) 

イラストマークが使用されている貫通型の「やまばと」です。
過去ログでも述べましたように、53・10ダイヤ改正からは「やまばと」の運用が全面的に秋田運転所へ移管となり、一方、ヘッドマークのイラスト化も同時であったため、本来「やまばと」のイラストマークは1000番台車にしか存在しない筈です。しかし、改正1ヶ月くらい前にはヘッドマーク交換の準備が始まっていたため、わずかな期間ではありましたが、200番台貫通型の「やまばと」にイラストマーク掲示列車が存在しました。
画像は悪いですが、そんな貴重な1コマです。


以下は53・10改正以降の写真です。

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昭和56年頃 東北本線 蕨〜西川口間にて

秋田運転所持ちとなり、1000番代のみの変化のない編成になってしまいました。それでも食堂車を含む12連は、今から見れば堂々とした特急列車らしい編成ですね。
秋田持ちの485系は、初めからグリーン車が6号車に組成されていました。


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昭和56年1月5日 東北本線 豊原〜白坂間にて(再掲)

本数が少なかったこともあり、地方での撮影記録は余りありません。雪景色を行く「やまばと」はこの1枚だけで、私的には貴重な記録です。


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昭和57年1月4日 東北本線 ???

東北の撮影に行った際、どこかの駅で通過待ちの際に撮影したものですが、どこの駅か全く記憶がありません。パンタが2丁とも上がっていますが、延伸された部分以外ホームが低くなっていますので、交流区間の可能性が高いようです。


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昭和60年1月5日 東北本線 古河〜栗橋間にて(再掲) 

東北新幹線が開業してからも、大宮暫定開業に伴う乗換え不便対応として、上野発の「やまばと」「つばさ」が各1.5往復づつ残されました。
東北新幹線の開業直前から食堂車ははずされ、さらに9連へと編成が短縮されています。

そして、この写真を撮影してまもなくの昭和60年3月、東北新幹線上野開業時に福島接続の特急はすべて愛称を「つばさ」とされてしまい、長らく奥羽特急コンビで活躍した「やまばと」の愛称は一足先に消滅することとなりました。

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