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2008/10/14  0:22

昨日の安中貨物 EF81133 存続の危機?!  写真撮影
こんばんわ。
突然ですが、Fe4撮影会続きの予定を変更して安中貨物の情報をお届けいたします。

昨日も早朝起きることが出来ず、撮影をしないまま鉄分が抜けてしまいました。が、そうともばかり言っていられませんので、夕方近くになってから、期限を切らせてしまった定期券の購入のついでに、安中貨物だけでも撮っておこうと思って出掛けました。

いつもは誰も居ない時間に1人だけ先客がいました。挨拶をして「安中貨物?」と聞くと、お兄ちゃんテツは、「今日は133号機が来るんですよ」。「へぇ〜、133号機が牽引しているなんて滅多にないよね?」。「そうですね、めずらしいですよね。」なんて会話をしながら、楽しみに待っていました。

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平成20年10月13日 東北本線 西川口〜蕨間にて EF81133牽引 安中貨物

今日は休日なので、タンク車のみの編成です。ヒサシ付きの133号機は、ブルトレ牽引には良く活躍していたカマですが、貨物列車を牽いているところはあまり見掛けたことが無いように思います。
情報を貰わなくても撮影できたわけですが、事前に教えてもらったので、結構気合いが入りました(笑)。

ここで、お兄ちゃんテツから聞いた情報ですが、どうもこの安中貨物がコンテナ化されるらしいと言うことだそうです。
タンク車とオトキ25000で構成されるこの列車がコンテナ化というのはどうも馴染まないような気がするのですが、何でも、タンクコンテナ化するとともに、鉱石分のオトキ25000の貨物は廃止されるということらしいのです。

その信憑性は裏付けが無いのでなんとも言えません。この記事を見た方が信用するかどうかは自己責任でお願いいたします。

その一つの信憑性を裏付けるものに、「コンテナ化の試験のためにコキを連結している」ということです。ちなみに、昨日は付いていませんでしたが・・・。

?! そういえば、先週の月曜日に風邪で会社を休んだ時、リハビリのために散歩がてらここに足を運びこんな写真を撮っています。

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平成20年10月6日 東北本線 西川口〜蕨間にて EF8178牽引 安中貨物

ご覧いただけば変化が判ると思います。機関車の次位にコキを1両連結しています。私も調子が悪かったので、回送貨車でも連結しているくらいしか考えていなかったのですが、専用貨物で安中直通の列車に、途中で解結が必要な貨車を連結しているのは不自然ですね。

ということですので、私的には非常に信憑性の高い情報だと思っております。
話ですと年内に現在の運行形態が終わってしまうのではないかということです。

この季節でも、我が家の近所では時間的に相当悪条件になってきました。
これからは常磐線方面で最後の雄姿を収めるようになりますか・・・。

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2008/10/13  17:17

Fe4撮影記 街で見付けたレアなクルマ マツダポーター  その他乗り物写真館
こんばんわ。
今日も順調にアクセスいただいております。ありがとうございます。
時間があったのでレアネタを1つご紹介させていただきます。

中央本線鳥沢駅から撮影地に向かう途中、と言っても殆ど駅に近いところなんですが、懐かしいクルマを見付けました。

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平成20年10月11日 鳥沢駅近くにて

マツダポーターキャブという軽トラックです。
このクルマは、約20年間このスタイルのまま生産されており、地方の農作業現場ではどこでも見ることの出来た車種ですが、さすがに生産中止から20年弱経っており、今では廃車体くらいしか見ることは出来なくなってきました。
パレオくんのような目がパッチリしたお顔は、おじさんたちには忘れられない印象があります。

今回の撮影では結構旧型の車体を目にすることが多く、テツ以外でも楽しむことが出来ました。もう一つあるので、それはまた別の機会に。

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2008/10/13  1:50

Fe4撮影記 鳥沢鉄橋で臨時快速!  写真撮影
こんばんわ。
今日は昨日の疲れが回復せず、朝は感じにKO状態でした。起きたら8:30。夜行の上りも「EL&SL奥利根」も終了済みの時間。
そして、今日も晩飯の買い物&支度が遅くなってこんな時間に・・・これじゃまた今日も寝たきりかな。

さて、昨日は予告編で寸止めした形の状態で終わらせていた撮影記ですが、どうしたものか・・・。というのも、この鳥沢の鉄橋、スケールが大き過ぎてさらに足場が結構限定されているため、アングルの自由度が低いのです。
しかも、朝の下り臨時列車の時間が近接しているため、対岸と行ったり来たりなんてことも四十路を越えたおじさんには至難の業であります。
さらには、到着の遅れたシービーさんを除いて3人とも同じような場所で撮っているので、ネタカブりは必至なのです。
撮影センスの抜群な事務局長のlineさん http://diary.jp.aol.com/qegbrh4/ 、言葉を自由自在に操って編集することが出来るSwallow Angelさん http://do-raku-oyaji.cocolog-nifty.com/blog とは絶対に見劣りしてしまいますから。この時間になっても良いアイディアが浮かばないので、何となく並べるくらいしか能がない私でございます。

ということで、取り敢えず形式ごとに順番で並べてみます。
※撮影は、特記以外、平成20年10月11日、中央本線 鳥沢〜猿橋間にて


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115系 スカ色6連 1457M

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115系 長野色6連 529M

中央本線のこの辺りの普通列車は、この2通りの115系で運用されています。長野車は貫通6連ですが、スカ色の豊田車は3連と3連×2の6連があります。以前はスカ色の貫通6連もあったような気がするのですが、今回撮影していた限りでは無いようです。


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185系田町車 下り「はまかいじ」

臨時列車の先陣は、田町の「踊り子」用185系7連を使用した横浜発の臨時特急「はまかいじ」です。JR化後の新型車や183・189系の臨時程度しか車種の無い中央本線で、東海道スジの形式が乗り入れる唯一の例。すっかり臨時特急の定番になった感のある「はまかいじ」ですが、運転形態は異色であり、貴重です。


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189系あずさ色 「ホリデー快速河口湖1号」

臨時の2番バッターは、こちらも臨時列車の定番となった「ホリデー快速河口湖1号」。新宿から終点の富士急河口湖まで特急料金無しで特急車両に乗れる貴重な列車です。
相変わらず「モモずきん」のステッカーが貼られていてうっとうしいですね。この列車は運転日が安定しており、臨時列車というより土休日定期列車と言って良いくらい運転されています。


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183・9系国鉄色 「ホリデー快速河口湖3号」

こちらも同じ河口湖行きのホリデー快速ですが、1号と全く性格が異なります。
車両は田町車の国鉄色を使用し、運転区間は大宮〜武蔵野線経由で富士急の河口湖までとなります。1号は定番でヘッドマークが用意されていますが、3号は運転日がかなり少なく、ヘッドマークも用意されずに「快速」表示のままとなっています。

ちなみに・・・

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平成18年10月22日 富士急 河口湖駅電留線にて

ちょうど2年前に富士急の河口湖駅で撮った「ホリデー快速河口湖」号の2本並びです。
左側の大宮発着3・4号は現在と同じですが、右側の新宿発着1・2号は189系のあさま色が使用されていました。この頃はヘッドマークは用意されていませんでした。


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215系 「ホリデー快速ビューやまなし」

こちらもすっかりと定番になりました、オール2階建て車両の215系を使用した「ホリデー快速ビューやまなし」号。ホームライナー用として定員確保を目的に開発された車両が本来の目的にはあまりマッチしなかったようで、本業を殆ど特急形車両に任せて山までアルバイトにやってきます。
でも、運転本数や特急退避の関係で不便な普通列車に比べれば、週末だけでも料金不要で到達速度の速い快速列車は有り難いことですね。

本当は一気に全部アップしてしまおうと思ったのですが、重た過ぎるのでこの辺にしておきます。
せっかくの雄大なスケールの景色ですが、撮影を始める直前に雨が降り出すという始末。画質は落ちるしコントラストも曖昧、シャッタースピードもままならないと良いことはありません。これが真っ青な青空だったどんなに素晴らしかったことでしょうか。

では、またの続きを・・・

鉄道ブログランキング ← メチャクチャ落ち込み中。よろしくお願いします。
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2008/10/12  20:11

知らなかった・・・こんなところにC11型コンテナが・・・  写真撮影
こんばんわ。
本日、Fe4撮影会の記事をアップいたしましたが、撮影の最後にこんなレアなものを発見いたしました。

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国鉄のコンテナ輸送が波に乗り始めた頃、大量に使用されたC11型という一般のコンテナです。
分割民営化の頃には現役で残っていたものもあったようですが、C12型が台頭するようになり、急速に姿を消していったと記憶しています。

今は塗装こそ本当に無色な状態となっておりますが『国鉄コンテナ』という文字もはっきり残っており、大変貴重なものであります。

良い状態とは言えませんが、復元が可能ならば、鉄道物流の貢献者として鉄道博物館に収蔵して欲しいものですね。

しかし、右の方に62570と書いたキロポストが立っているのですが・・・これってどういうことでしょうかね?

鉄道ブログランキング ← 今日はどん底状態です(泣)。お願いしますよォ〜。
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2008/10/12  13:02

Fe4撮影記 早朝の高尾駅集合  写真撮影
こんにちわ。
昨夜は遊び過ぎで帰着が遅くなり更新できませんでした。

参加できるかどうか心配していた体調も急速に回復し、寝不足ながらも参加することが出来ました。5時起床を予定していたものの二度寝して40分の寝坊。それでも急いで支度し、予定の電車に間に合わすことが出来ました。

蕨を出発する時間は貨物列車と上り夜行のラッシュ時間。普通なら早めに起きてこれらの列車も片付けていくところですが、もうこの季節では明らかに無理であろう明るさに、きっぱりと諦めて電車に乗ります。

京浜東北→武蔵野線へと乗り継ぎ、西国分寺駅へ。晴れるとの予報だったのにここで雨が降り出します。
そして、集合場所である高尾駅に到着。乗り継ぎを調べて来たのですが、早朝の本数の少なさのせいでしょうか、1本早い中央線の普通列車に間に合う時間でした。かなりの空き時間が出来たので、朝食を摂るために高尾駅で下車します。

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今日の1発目はいきなりバスです。
多摩バスが居たので撮ったのですが、帰ってきて良く見たら、「多摩バス」と書いてあったと思われる位置に「西東京バス」のシールが張ってあるようです。バスコレのシークレットで初めて多摩バスと言うのを知ったのですが、どうも既に営業譲渡してしまったようです。これはこれで歴史の変わり目を見たようで、チョット得した気分。

早速駅前のマクドナルドに入って、久し振りにフィレオフィッシュのセットをオーダー。440円になっていましたが、以前買ったときは税込み380円くらいだったと思うので、結構値上がりしたんですね。

そして悲劇が襲います・・・。

何となく手がべたつく気がしたのでトイレで手洗いをしようと思ったのですが、フリーパスをポケットにしまったあとにズボンから「ベタッ」というイヤな感触が・・・。
後ろ側で良く見えなかったのですが、ある位置を触ると、「ベタッ、ベタッ」となんか触る。その「ベタッ」の匂いを嗅いでみたら、なんとはちみつじゃござんせんか。誰かが椅子の上にこぼしたのをそのままにして、私がそこに座ってしまったようです。

これから長い1日が始まるというのに、なんと幸先の悪いブルーな出来事。タオルを濡らしてズボンを拭いてみたものの、ベタベタ感が付きまといます。天気が悪いもんだから乾くのも遅いし・・・。

そんな悲劇に襲われながらも集合時間に・・・。
集合に使われた列車は115系スカ色でした。他のメンバーが見当たらないので、取り敢えず集合場所から逆方向に歩き、喫煙所で乗車前の一服。


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高尾駅にて 1453M 

集合場所となった、河口湖行きのスカ色6両編成の普通列車。最近はメンバーの写風を見習って、駅風景的な写真も撮るように心掛けています。車両だけではなく、乗客の服装や髪型、駅から覘く駅周辺の建物・広告、そして空の見える広さまでは時代を映す主役であると考えるようになったからです。

さて、集合となる先頭車両で事務局長のlineさん http://diary.jp.aol.com/qegbrh4/ 、広報部長のSwallow Angelさんと無事合流、空いている中程の車両へ移動して無事?出発となります。なぜこの時点でFe3で出発したかは、Swallow Angelさんのブログ http://do-raku-oyaji.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/1011-2c0a.html に事情が紹介されておりますので、そちらをあわせてご覧くださいませ。


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鳥沢駅にて 1453Mと1456M 

最初の目的地である鳥沢駅に到着いたしました。ちょうど我々が乗ってきた1453Mと、上りの1456Mがすれ違いとなりました。どちらも貴重なスカ色の115系です。
鳥沢駅はホームの幅も狭いため、両方の列車を同時に収めることが出来ました。

駅からプチトレッキングにより、有名撮影地である鉄橋へ到着します。天気はぐずついているものの、初めて見るスケールの大きい実物は感動モノですね。
移動の途中から雨が降り出し、天気予報とのギャップに軽い怒りを覚えます。


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中央本線 鳥沢〜猿橋駅間にて 115系長野色 1455M

写真枚数が多いので、こんなところから撮っています!的なサンプルをアップします。
鉄橋の下に見える道路を対岸の山の上から降りてここまで上がってくるわけです。日頃運動不足のオジサンテツにはちょっとキツイ道のりですね。

取り敢えず今回は予告編ということで。続きは追々と。

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2008/10/11  0:16

DD51 標準色重連牽引 「北斗星」  ブルートレイン:機関車・客車
こんばんわ。
過去ログ http://diary.jp.aol.com/marutetsu/108.html でもご紹介させていただきましたが、同じ場所・同一アングルですが、焦点距離違いの写真をスキャニングいたしました。

前回はプリントからのスキャンですが、今回はネガスキャンですので、多少印象が異なるかもしれません。

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昭和63年6月24日、函館本線 長和〜有珠間にて

撮影の内容などは過去ログをご覧くださいませ。

やっぱり標準色がええのぅ〜。 鉄道ブログランキング

今日は早朝お出掛けなので、これにて失礼しま〜す。
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2008/10/10  22:51

懐かしの「ふれあいみちのく」  客車 列車・車両(ブルトレ以外)
こんばんわ。
今日もまた残業で遅くなりました。不調に慣れてしまったのか、頭がフラフラするのに起きていられます。これってかなりヤバイのではないでしょうか?
明日はいよいよ撮影日、なんとか体調を持ち直したいものです。

今日はそんな状態なので寝る前の軽めのアップで、「ふれあいみちのく」をご紹介いたします。

それってなぁに?って言う人のために、「ふれあいみちのく」とは国鉄末期の頃に作られた12系客車改造のお座敷列車だよ、展望室付きだよ、ということだけお教えしておきます。


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平成2年10月21日 陸羽東線 立小路〜羽前赤倉間にて DE10牽引「ふれあいみちのく」

見えねーじゃネーか!と怒らないでください。コレは、D51が陸羽東線に走ったとき、SL用のアングルとして山に登ったものです。30分か1時間ぐらい掛けて登ったような記憶があります。
せっかくの大俯瞰アングルだったのですが、逆光だったのが災いしてあまり良い映りにはなりませんでした。
この「ふれあいみちのく」は盛岡鉄道管理局の車両だったので、あまり上京することも無く、首都圏では撮りづらかったですね。現実、関東では1枚も撮ったことが無かったので、偶然に来た非電化区間を行く同列車を撮れたことはラッキーでした。


で、どんなんだか全然判らねーや!と言う人のためにこちらもどうぞ。

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昭和62年12月12日 東北本線 盛岡駅にて

青函トンネル開業後、初めての渡道の際に盛岡駅で新幹線から「はつかり」に乗り継ぐ際に偶然捉えたものです。カマは付いていないので、帰着して留置されていたのか、これから運用に入るのか良く分からない状態で停まっていました。
お座敷列車としては、洋風でもなく和風でもないような、ちょっと理解に苦しむ塗装でしたね。私的には好きでも嫌いでもなかった存在でしたが、滅多に見ることが無かったので、珍しい存在であったには違いません。

あまり馴染みの無かった「ふれあいみちのく」ですが、地元のファンの方の思い入れはどうだったのでしょうね。


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2008/10/9  22:45

秋味の飯田線 51系  旧型国電
こんばんわ。
まだ風邪が治りましぇ〜ん。皆様にはご心配お掛けいたしまして誠に申し訳ございません。
また、お見舞いのポチもいただきましてありがとうございます。
取り敢えず更新だけはしておきますね。

しかしまぁ、過去ログ見たら旧型国電を随分アップしましたなぁ。飯田線以外は粘着していなかったのですが、自分でも感心するくらい撮っていたんですね。飯田線ネタもまだ結構残っているんですよ。スキャンしたのは全部アップいたしますので、暫くお付き合い下さい。

で、今回も秋味の飯田線で、戦前型51系をアップいたします。来年の秋物はこれでなくなっちゃいますな。


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昭和56年11月22日 飯田線 江島駅にて クモハ54

秋の朝、柔らかい日差しにつつまれて・・・なんていうとマトモですが、実は結構寒かったりします。


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昭和56年11月22日 飯田線 江島駅にて クハ68

2両編成は絵になる。とは言いつつも、飯田線としては一番インパクトがない編成でした。
でも、このウネウネ感はどうでしょ?


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昭和56年11月22日 飯田線 東上〜江島間にて クモハ51200番代

ススキ・・・ザワワ・・・ザワワ・・・ザワワ・・・

先頭のクモハ51は元クモハ43の3扉化改造車。2両目のクハ68も元クロハ69の3扉化改造車です。


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昭和56年11月22日 飯田線 東上〜江島間にて クモハ54+クハ68

またしてもインパクトの無い編成。思いっきり遊んでみた・・・。
これがなかなか良い映りしちゃったんですよ。リバーサルからスキャン、無加工です。
真っ青っていうのはこういう色のことを言うんでしょうね。


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昭和56年11月22日 飯田線 撮影場所不明

辰野か駒ヶ根に近い方に移動して夕方撮った写真。天気が悪くなっちゃってました。残念。


飯田線の秋特集は終了かな。
如何でしたか?秋、感じられましたか?

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2008/10/8  0:35

秋色 磐越西線のキハ58系  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
皆様からお見舞いのコメントをいただきありがとうございます。残念なことに回復の兆しが見られません。せっかくの秋のイベントの始まりである3連休を迎えようとしているのに、この調子では寝たきりになりそうです。

で、今日も何のネタにしようか考えていたのですが、アタマの中が混乱していて考えがまとまりません。ネタはまだまだあるのですが、冬ネタが多いもので悩みます。

そんな具合ですので、今日は軽く2枚だけ秋の風景をご紹介いたします。

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昭和61年11月22日 磐越西線 喜多方〜山都間にて

キハ58系5両編成です。標準色だけの5連というのは今だったら垂涎のシチュエーションでしょうが、分割民営化前ではこれしかなかったんです。当たり前の日常の風景だったんですね。
普通列車で5連は珍しいかもしれませんので、もしかしたら快速「あがの」かもしれません。
SL写真の有名撮影地での図でした。(この頃はD51も未だ復活していません。)


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平成2年10月8日 磐越西線 区間不明 

こちらはJR化後の写真です。原版はブローニー6×6判です。
キハ58系の標準色と私の大嫌いな新潟色との混結です。ホント、センスがないですね。
DD51を主たる目的で撮りに行きましたので、キハ58系の写真は少なかったようです。

そういえば、DD51の写真は紹介しちゃったんだっけ・・・。

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2008/10/7  22:27

20系寝台急行列車「新星」  ブルートレイン:機関車・客車
こんばんわ。
アタマが1日中ボーっとしたままで、熱も下がらず体調がすぐれません。
今日は大丈夫かな?早めにアップして寝ることにします。

さて、今日のネタは急行「新星」で、20系時代晩年のものをお送りいたします。

「新星」は、上野〜仙台間を結んでいた寝台専用急行です。編成は盛岡行きの「北星」に比べてこぢんまりしたものでしたが、それでもA寝台車を含む寝台専用列車として高級感がありました。
しばらくは10系寝台編成で組成されていましたが、寝台特急「ゆうづる」の14系・24系化により捻出された20系を使用するようになり、「天の川」と並んで上野口初の20系急行となっています。

上り上野着が極めて早朝なので、走行写真は撮っていませんでしたが、上野着の姿を何枚か撮っていましたのでご紹介したいと思います。

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昭和52年頃 上野駅13番線にて ナハネフ22

20系化間もない頃の写真だと思います。左側に写っているサロ455?にまだグリーン帯が付いています。
20系化最初の頃は、最後部はナハネフ22がほとんどでしたが、ナハネフ21と交互に連結された時期がありました。テールサインは終始「急行」の表示だったのが残念です。


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昭和57年11月6日 上野駅13番線にて EF58117牽引

終焉間近の「新星」。57・11改正での廃止がアナウンスされており、早朝から撮影に出たときのものです。
このころはまだEF58が活躍しており、当たり前のように急行列車に使用されていました。本来、20系を牽引するにはブレーキの増圧装置が必要でしたが、カヤ21に改造されてからは牽引機を選ばなくなりました。


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昭和57年11月6日 上野駅13番線にて ナハネフ23

上野駅に到着した直前に撮ったものでしょう。ホームを歩く「新星」から下車したサラリーマン風の男性の姿が見えます。
どの程度の乗車率があったのかは不明ですが、仙台という土地柄、ビジネス客の利用はあったのでしょうね。


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昭和57年11月6日 上野駅13番線にて ナハネフ23

どうも上の写真と同じもののようです。推進回送の準備が整って、引っ掛け式のヘッドライトが付け終わっています。
晩年の頃には20系の淘汰がかなり進んでおり、ナハネフ21の姿を見ることはなくなり、ナハネフ22も少なくなってきたようで、このナハネフ23を見る機会が多かったように思います。


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急行「新星」の横サボ。愛称名を装備しない急行列車では、このような横サボが唯一の証人となりますね。あとはホームの案内板ぐらいでしょうが、なかなか都合の良い所にないもんなんです。


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昭和57年11月13日 尾久客車区にて ナハネフ22他

廃止2日前の「新星」編成。洗浄線で身体をキレイにしてもらっているのでしょうか。
こうした日常の光景も、明日はラストラン。もう2度とここへは戻って来れなくなるんですね。

東北新幹線の大宮暫定開業後も半年間生き長らえた「新星」でしたが、上越新幹線開業前日の昭和57年11月14日をもって廃止となりました。

今では上野〜仙台間をわずか1時間半で結んでしまうわけですから、わざと6時間掛けて寝る時間を確保する列車が必要であるという持論には無理がありますよね。
でも、この頃は特急列車で4時間掛かってしまったわけですから、寝ながらでも午前中の会議に間に合わせるという、ビジネスには欠かせない列車であったのでしょう。


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