鉄道コム

2008/10/6  16:18

記事訂正:オエ6182  気動車(急行・その他)
本日未明にアップいたしました記事の中で、『正式な所属は高崎客車区のようです。』という表記をいたしましたが、本車の車体に「高崎第二機関区」と明示されていることから、守備範囲は間違いなく高崎第二機関区と思われます。

あるサイトで「高崎客車区所属」という資料を見て記載してしまった訳ですが、管理と実際の所属関係は相違している可能性も無きにしもあらずということで、この点に関しては不明でしたのでご了承下さい。

なお、本車両はJRには継承されなかったようです。
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2008/10/6  2:39

救援車 スエ309 オエ6182  客車 列車・車両(ブルトレ以外)
こんばんわ。
昨夜、熱を測ったら平熱より結構高めでした。あまり熱があるような自覚がなかったのですが、通りで何をするにもダルイし眠いと思ったら、そういうことですか。
で、起きたらこんな時間ですよ。この分じゃ今日の仕事は休みかな・・・。

意識ももうろうとしてて、何をアップしようか考えがまとまらないのですが、何となくボーっと見てて中途半端なネタを探しました・・・何言ってんだか良くわかんない。

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昭和54年頃 東京機関区にて スエ309

17mの戦前型客車を改造種車とした救援車スエ30です。元は何だか良く判りませんが、当時、首都圏ではなかなか見ることの出来ないダブルルーフ(二重屋根)車で、湘南電車や横須賀線に乗る度に見えたので非常に気になっていた存在でした。
公開などでもまず出てくることがなく、電車の窓から写真を撮るという強行策で撮ったものです。今の車両だと難しいですね。
この車両は、運良く横川の鉄道文化むらで保存になりました。記事によると、元スニ308らしいですね。


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昭和60年3月30日 高崎第二機関区にて オエ6182

ところ変わって、こちらは高崎第二機関区の一般公開で展示されたオエ61です。正式な所属は高崎客車区のようです。
戦前の17m木造客車の台枠を延長の上、20mの鋼体化車両とした60系の波及車です。窓配置からして、元オハニ61の改造車でしょう。

これら救援車というのは、列車事故や線路災害があったときに出動する客車で、事故・災害現場で使用する機材などを積載した特別な車両です。備えとしては常に置いていたわけですが、実際にはそんなに事故とか災害があるわけではありませんので、古い客車の使いまわしで足りたのでしょうね。殆どは実際に使われないまま廃車になってしまったものが多いのではないでしょうか。

地味な存在ですし、機関区や客車区の奥や隅にいて撮りづらい車両でしたので、あまり撮ることは出来なかったです。そういう意味では、私的には貴重な記録です。

あ〜ぁ、私にも救援を・・・ 鉄道ブログランキング
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2008/10/5  1:02

昨日の「あけぼの」 EF8180  写真撮影
こんばんわ。
昨日は調子が良いんだか悪いんだか分からないうちに1日が終わってしまいました。

金曜日は早寝してしまったので、昨日の朝は6時に起きてしまい、しかも余りにも良い天気なので、「あけぼの」だけ撮りに行くことにしました。
※撮影は、全て平成20年10月4日 東北本線 蕨〜西川口間です。


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185系 回送

185系の上野駅送り込み回送です。「あけぼの」の5分前くらいに通るので、露払い列車と思っております。
この辺りでもかなり厳しい時間になってきました。その中でもこの一部分はたまたま周辺に高い家がないため日が当たってくれます。
線路への置きピン、置き露出だとかなり露出オーバーになってしまいますので、これでも−1段の補正を行っています。それでも正面は眩しいくらいに光っています。


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EF8180牽引 「あけぼの」

そして「あけぼの」がやってきました。
このところ天気が悪くてパスしたり、せっかく行ったのに大幅な遅れで撮れなかったりとアクシデント続きだったので、田端か青森か分からなくなってしまいました。
昨日はラッキーなことに80号機星ガマでした。81号機ではなかったものの、多分「あけぼの」の牽引で撮ったのは初めてだと思いましたので良かったです。
−1と1/3で撮りましたが、このくらいでちょうど良かったです。光も強く当たってくれたので、珍しくブレないで撮ることができました。


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209系 京浜東北線

東北本線のサイドに当たる光がキレイだったので京浜東北線で試してみましたが、補正を直すのを忘れたためにどす黒くなってしまった・・・。


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E233系 京浜東北線

今度は補正を−2/3にしてみたのですが、全く光りませんでした。少しの時間ですが、太陽の角度が変わってしまったようです。
しかし、それにしても新車が増えてきましたね。209系や同500番代は、できるだけ早いうちに納得できる写真を撮影された方が良いですよ!


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昨日はわずか30分弱で退散。帰り掛けに線路の光が余りにもキレイだったので切り取ってました。この辺りで秋の色を見つけるのは難しいですね。

昨日が壊滅状態でした。
今日こそはよろしくお願いいたします。→ 鉄道ブログランキング
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2008/10/4  17:15

EF58132・133 補足画像  EF58のアルバム
今日、体調不良のため医者に行ってきたのですが、やはり風邪をひいてしまったようです。
喉が痛いだけで熱も無く鼻水も出ないですし、喉の痛みも普通は急激に重たくなったりするのですが、ちょっと痛いくらいで中途半端です。

そんなんで、仕事の疲れもあって出掛けるのも面倒、特に今週は臨時列車の運転も無いので、新ネタが出来ません。
大宮操車場のネタを3日間続けてアップしたらアクセス数も急激に落ちたので、カンフル剤としてゴハチネタを入れておきたいと思います。

過去ログ http://diary.jp.aol.com/marutetsu/405.html で『EF58131〜136(上越形ノーマル機)』というのをアップしたことがあるのですが、このとき132号機の写真がありませんでした。今年の年頭に大量のスキャニングをした中から132号機を発見することが出来ましたのでご紹介したいと思います。合わせて、133号機も出てきましたので追加画像としてアップいたします。

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昭和56年12月 東北本線 蕨駅構内にて EF58132牽引 荷物列車

ブレちゃって判りづらいですが132号機です。ピンも来ていないかもしれません。
高崎二区のカマとしては何ら特徴のない純粋な上越形ですね。上から撮ったので、屋上に常磐線用の列車防護無線アンテナが付いているのが確認できます。
高崎二区のEF58は、この1年後には2機を除いて廃車となっていますので、ほぼ終焉に近い頃の写真となります。


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昭和54年3月 東北本線 川口駅付近にて EF58133牽引 臨時急行列車

133号機の牽く12系客車を使用した臨時急行で、影の長い時間帯から推測して急行「佐渡54号」かと思われます。
上越新幹線が開業するまでは、比較的電車化の早かった上信越急行でも若干の客車を使用した急行列車が運転されていました。
川口駅東口の開発も行われていないので、空が広く見えますね。当時、駅前の高い建物と言ったら○井くらいでしたね。画面右端に見えるの第一勧銀のマークも懐かしいですね。半分に掛けていると、ハートチョコを思い出します。(←貰ったことがないので自分で買って食べた。)


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昭和55年 東北本線 蕨〜西川口間にて EF58133牽引 荷物列車

こちらも133号機の追加画像です。フィルム現像を自分でやった結果、焼き込み過ぎてメチャクチャ高コントラストの荒れた画像になってしまいました。
この目線の高さからも、常磐線用の無線アンテナは目立ちますね。

並べてしまうとパッとしない高崎二区のゴハチ。しかし、アレだけの両数を抱えていながら保存機が無いのは悲しいことですね。

今日は爆裂危険状態です。よろしこお願いします →  鉄道ブログランキング
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2008/10/4  7:50

大宮操車場 ハンプ入換の情景 貨車散転篇  大宮操車場
おはようございます。
昨夜は体調不良のため、更新せずに寝てしまいました。仕事中から喉がいがらっぽく、今でもチョット痛いです。どうも風邪っぽい。今年は夏風邪を引かなかったので、今になって来てしまったかという感じです。
コメントのご返事が遅くなってしまいましたが、この記事がアップしておりましたらボチボチ進めさせていただきます。申し訳ございません。

さて、昨日の続きで、今日はいよいよハンプ(小高い丘)から貨車を転がします。これを『散転』と言います。大宮操車場で言うと、大宮操車場のほぼ真ん中辺りにある東西(上下本線)にある発着線に到着した列車から、本務機関車を切り離し、同時に貨車間に繋がっているブレーキ用のエアホースを全て外します。
単独の束となった貨車は、大宮方に連結された入換機(DE10又は11)に牽かれ、ハンプの引上げ線(ほぼ大宮駅に近いところ)へと連れてこられます。

ここから、上野方面に向かって推進により貨車を押し出し、後は必要なところで連結器を外され、バラバラにされた貨車は下り坂を勝手に転がって行くことになります。これを『散転』と言います。


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照明塔の上から大宮駅方向を一望した写真です。
左上の奥に見えるのが暫定開業した東北・上越新幹線の大宮駅です。外回りで歩いて15分くらい掛かります。
左側の屋根が掛かっている部分で、入換手がブレーキの検査と予め手渡されている『分解表』を元に切り離しを行います。

ブレーキ検査は、手ブレーキの利きの有無を調べます。ブレーキの利かない(壊れているなど)貨車を坂から転がした場合、下で受け手となる入換手が飛び乗ってブレーキを掛けても止めることが出来ないわけですから、激突や脱線といった重大事故に繋がる恐れがあります。よって、これを防止するために行われるものです。


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この場所がブレーキ検査と切り離しを行うセクションで、阪阜(ハンプ)部の1セクションですが、通称『山』と言われています。
ここで切り離された貨車は、ひたすら坂を転がって、下に待つ広大な群線へと流れ着くことになります。


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散転は、上下列車とも別の作業ダイヤで動きますので、上りから引き上げて下りへ流す(東北線から高崎線へ、或いはその逆)といった協調作業以外は、上り班と下り班との連携はありません。全く別と言っても良いでしょう。
ただし、作業の開始時間は休憩等の都合もありますので、写真のように上下同時に散転されることが多いですね。ちなみに、右側が上り列車、左側が下り列車です。
写真のホキ2200なんかも、確か全廃になってもう見られなくなったのではないでしょうか。


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上の写真の位置から上野方向を見た写真です。この写真を見る限りでは、大した勾配には見えませんよね。詳しい落差は分かりませんが2階建ての屋根の高さまではありませんから、せいぜい5m程度ではないでしょうか。
しかし、甘く見ては行けません。坂を転がる距離は実質100m強ぐらいでしょうから、40‰以上あるということになります。ノーブレーキでここを転がってくる貨車は40km/h以上のスピードになります。

このように、切り離されて自由運動になった貨車は、速度を制御する装置『カーリターダー』で速度を落とされながら、自分の決めれた群線へと落ちていくわけです。もちろん、勝手には止まってくれませんので、ここで私の仕事である入換手の出番となるわけです。

多分、殆どの皆さんは入換の経験が無いでしょうから、文章を読んでいても疲れてしまうと思います。よって、ここで一旦切らせていただいて、間隔をおいてアップして行こうと思います。

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2008/10/3  1:20

大宮操車場 ハンプ入換の情景 引上げ篇  大宮操車場
こんばんわ!
昨日は沢山の方々からお祝いのメッセージをいただきありがとうございました。
このブログを立ち上げた時はアクセスも非常に少なく、止めてしまおうか思ったときもあったんですが、こんなに沢山の方と触れ合えるようになるとは思いませんでした。
このことを励みに、これからも頑張っていきたいと思います。

本当はサラッと全体の流れをご紹介しようと思っていたのですが、今日も遅くまで残業していたのでヘトヘトです。今にも寝てしまいそうな状態。なので申し訳ありませんが、細切れのアップとなってしまいますことをご了承くださいませ。

今日は、引上げシーンをご覧いただきたいと思います。
ターミナル間の直行列車(急行コンテナ列車や専用貨物列車など)は北の玄関である大宮操車場すら通過してしまいますが、通常の車扱い貨物は基本的にこの大宮操車場に停車して、入換によって次の行先に都合の良い列車に編成されます。

流れを簡単に申しますと、

@本線到着→本務機の切り離し

A入換機(大宮操の場合はDE10又はDE11)の連結、貨車間のエアホースの切り離し

B阪阜(ハンプ)への引上げ

C散転→坂の上から方向別に貨車の切り離し・連結をする

D阪阜(ハンプ)の群線から方向別入換又は駅別入換への引上げ

E方向別入換又は駅別入換から列車への組成

F入換機により出発線への転線

G出発線でエアホースの連結及び本務機の連結

H発車

と言う感じになります。この間、全ての作業を経由して出発するまでは相当な時間が掛かりますから、貨物輸送が如何に時間が掛かるものであったか想像がつくと思います。
現在、コンテナ中心の貨物へと体制を変えたのは、できるだけ入換をなくして拠点間をより早く移動し、小回りは自動車に頼るということで、時間と人員コストを減らすために他ならないわけです。

本来説明するならば、ホースの切り離しのシーンとかも撮っておけば良かったのですが、こういった作業は部署別に分業されているため、私の部署から出向くにはそれなりの苦労もあったことから、残念ながら撮っていません。
というわけで、引上げのシーンを撮ったものがありましたのでご覧下さい。


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DE1140の牽引する下りハンプへの引上げ列車です。
ハンプの高さはそれほどではありませんが、やや勾配のかかった線路であることがお判りいただけると思います。
今や貴重な存在となったDE11で、しかも思いっきり初期車です。ちなみに、DE11は入換専用機として製造され、本線上で客車を引く可能性は皆無ですから、おそらく走行写真を捉えることは非常に難しい機関車だったと思います。
次位に連結されたワキ5000も今や希少派でチョーレアな貨車です。


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こちらは、DE10533が牽引する上りハンプへの引上げ列車です。
やたらタンク車ばかりで編成されていますが、車扱い貨物ですので形式はバラエティーに富んでいますね。
大宮機関区のDE10は2桁の初期車が主でしたが、500番代も何両かいたようです。
バックに写っている583系は何でしょう?今見ると気になります。

これらの写真のように、到着した列車は全てハンプから切り落とされ、次の目的地へと仕分けがされます。
次回は、ハンプから転がり落ちる貨車(散転)のシーンをご紹介したいと思います。

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2008/10/2  1:58

10万HIT達成記念新企画 「大宮操車場」ハンプ入換  大宮操車場
こんばんわ!


100000ヒット達成


いやぁ、ありがとうございます。ブログを始めてほぼ20ヶ月、まさかこんなにアクセスをいただけるなんて、誰が予想したでしょうか。
ここまで続けられたのも、このブログに遊びに来ていただき、応援のメッセージやランキングポチをいただいた皆様のお陰でございます。

数えてはいませんが、アップした写真も3000枚は超えているのではないですかね。ストックしているネタは段々少なくなってきましたが、新規の撮影も含めるとまだ暫くは行けそうですし、スキャンを見送っているネタも少々ありますので、時間を見ながら作業をしていきたいと思います。


さて、そもそもこのブログを立ち上げようとしたきっかけは、跡継ぎの期待が出来ない我家で、今まで私が生きてきた証でもある鉄道写真や切符など、私が死んだ時に全部燃されて灰になっては勿体無いし私が可哀想過ぎるので、どこかでこれらの資料をばら撒きたいと言う想いからでした。

そして、ブログの題名やコンセプトを考える時、私が国鉄職員だった特権を前面に出せば、ブログを見てくれる人が多くなるかな?と思っていたんです。
でも、実際にはこの1年8ヶ月の間、殆どそのような機会も無く過ぎてしまいました。
そのようなことをしなくても大勢の方が集まってくれたからに他なりません。

しかし、このまま放っておいては、当初のコンセプトが崩れてしまうことになるので、スキャンの準備もできているし、100000HITをきっかけとして始めようと思ったのです。


それがこの大宮操車場です。

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初回なので、画像をクリックするとかなり大きくなるようにセットいたしました。

現在は、さいたま新都心として開発され、新駅の設置、国の合同庁舎やさいたまスーパーアリーナなど、高層の建物により大発展した地域です。しかし、その実態は、見渡しても端の見えない広大な操車場でした。

私は、この写真の手前に大きく広がる群線を所管する阪埠(ハンプ)部に所属し、画面の右半分に属する下りハンプの構内入換手として働いていました。

この写真1枚でも、説明するには相当な時間が掛かってしまいそうなので、組織や施設、構内の様子、車両など、今後アップするごとに少しづつ解説させていただこうと思います。

ちなみに、写真は群線の大宮寄りに建っている照明塔によじ登って、上野方面に向かって撮影いたしました。もちろん無許可です。


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この写真を使って説明させていただきますと、○の付いた位置まで上っています。命綱なんて持っていませんから、もちろん素上りです。さすがに一番上まで行くとかなり細くなっているので、怖くて行けませんでした。

このシリーズは不定期となりますが、カテゴリを一番下に作りますので、ここを見たときに出来るだけ話が解かりやすいようにアップして行こうと思います。

今後もお付き合いの程、よろしくお願いいたします。 鉄道ブログランキング
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2008/10/1  1:32

EF80牽引 14系季節急行「十和田」  国鉄・JR機関車(交流・交直両用型)
こんばんわ。
寒いくらいの気候になってきましたね。いよいよ今日から衣替えとなります。夏物ご苦労様でしたということで。

順当に行けば、今日で100000HITを迎えることになると思います。最近のアクセス数が凄くて、自分自身でも怖いくらいです。何か記念ネタも考えておかないといけませんね。

さて、このところ上野駅フリークと化しているFe4のメンバーですが、私的にはチューボーの頃から高校まで上野駅に張り付いていたのでおびただしいほどのネタはあるのですが、社会人になってから走行写真も撮影している列車が多く、列車単位のご紹介ですと、上野駅だけで完結するようなネタは限られてきます。

そんな中で、やっと見つけました。過去ログで『20系寝台急行「十和田」』  http://diary.jp.aol.com/marutetsu/660.html という、やはり上野駅20番線で撮影した写真記事をご紹介いたしましたが、14系「十和田」の写真もありましたので、本日ご紹介したいと思います。


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昭和57年11月 上野駅13番線にて EF8021牽引 14系「十和田」

長躯青森から到着した「十和田6号」です。もちろん牽引機はEF80です。
57・11改正直前の「十和田」は、12系の定期、20系の定期、そして14系の季節列車がありました。14系季節もいわゆる学校で言う休み時期は殆ど運転されており、北海道の旅行などでは重宝した列車でした。私も2度目の北海道の帰りにはこの「十和田」で帰ってきた経験があります。

発着番線は、上野駅における新幹線工事の影響で、改正ごとにちょくちょく動いていたようですが、末期の頃は13番線だったようです。
写真では10時近い時間なので周辺は明るいわけですが、13番線は常磐快速の11・12番線に覆われて非常に暗いです。
この写真も1/30とかのスローシャッターを切っている筈ですが、写っている人物みんながみんな動いていなかったようで、非常に明るい場所で撮った写真のように写っているのが笑えます。

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こちらの写真は、入口やサボ周辺を撮影したものです。新幹線開業直前はこのような写真を撮っていました。
昭和57年に撮ったものですが、上の写真と同一日か、確証はありません。というか、撮った記憶すら実はありませんでした。

全国的に急行列車に使用されるようになった14系座席車ですが、最初の頃は随分格落ちしたという印象が強かったです。ただ、電車が中心・特急が中心になりつつある当時の国鉄としては、余剰車両の最大の活用策ということだったのでしょう。

上野駅はなんの列車でも似合う駅なんですね。特に客車列車は哀愁を誘い、そして旅情も誘ってくれるんです。

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