鉄道コム

2009/3/31  6:52

桜とC622  蒸気機関車
おはようございます。
ちょっとブログアップを飛ばし過ぎてダウンしちゃったみたい。昨夜の記憶がありません。おまけに寝坊。

時間が無いので季節モノを1枚だけ・・・



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平成14年3月31日 梅小路機関車館にて

ちょうど7年前の今日ですね。従姉妹の結婚式にお呼ばれして奈良まで行ったとき、帰りに梅小路機関車館に寄りました。京都には何度も行ったことがありますが、同館を訪れたのは初めてでした。
ちょうど桜が満開で、良いところに出くわしましたね。閉館前の最後のイベント。C622とD51200の重連運転。桜並木の間を力強く走ってきます。

C622はSLに興味の無かった私から見ても、昔から憧れた機関車でした。

本線を爆走する姿を見ることは出来ないんでしょうか・・・。
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2009/3/30  1:36

Fe4撮影記(中央線その3):サクラを求めて勝沼へ  写真撮影
こんばんわ。
先々週の春本番の暖かさが吹っ飛んでしまったような1週間でした。今も空気が冷え込んでいて、真冬のような寒さですね。

そんな中、lineさんシービーさんと3人で、サクラ満開を求めて勝沼ぶどう郷駅へと向かったわけですが・・・

木によっては2分咲き、殆どの木々は0.1部咲きと言うくらい寂しい状況でした。

※撮影は、平成21年3月28日、勝沼ぶどう郷駅構内及び駅付近にて。

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115系長野色 548M

勝沼ぶどう郷駅の甲府寄りからのショットです。
ご覧のとおり、非常に良い形でカーブしており、目立つ障害物もありません。車両にカブってしまうサクラの木も、車両の上から大きくバックを飾ってくれますので、大変良いロケーションとなっています。ただ・・・肝心のサクラは殆ど咲いていません。


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E257系「あずさ17号」

下り列車はアウトカーブでやや直線気味になりますし、光線も逆光になってしまうのでイマイチです。下り坂でスピードも速いですし、この構図も精一杯で撮った感じです。


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351系「スーパーあずさ18号」

本来あまり興味のある形式じゃなかったのですが、カーブを高速で華麗に走る姿を見ていると、何故かカッコ良く見えてしまいます。カーブがキツいので最後部まで入らないのが残念ですが、光線状態も良く、非常に良いロケーションです。バックに写っているのは中央アルプスでしょうか?残雪もあって良いですね。


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貨物の通過まで時間があるので、駅外を散策することにします。駅の通路には手差し式の看板がありました。昔は地方の駅に行くと、通路や改札の近くにこのような形式の看板を良く見たものですが、駅が近代化したりして、段々このような媒体も見られなくなってきました。


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中央本線はかなり高い位置を走っているため、駅前の道路からは甲府盆地を見下ろすように見ることが出来ます。
逆光の風景の中を、一際強い光を放つ風景が美しく、思わずシャッターを切ってしまいました。見た目ほどは美しく表現できないのが大変残念です。光っているのはビニールハウスなんでしょうかね?


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保存機 EF6418

勝沼ぶどう郷駅前には公園スペースがあり、直ぐ線路下にはサクラの木に見守られるようにEF64が飾られています。非常にキレイに整備されており、順光のロケーション、サクラの花が美しさを演出します。
私らとほぼ同年代のカマですが、まだ現役で走っている同形式がある中で、まだ新しい部類と思っていた同機が静態保存されるなんて、自分の歳を感じてしまいます。

入場券や帰りの乗車券を買ったりして、いよいよ貨物の通過時間になりますので、再びホームに戻ります。


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EF200−19牽引 タンク貨物列車

ほんと、サクラが満開だったらどんなに素晴らしい絵になっていただろうと思うと残念です。それでも、晴天に恵まれたので非常に良い絵を撮ることができました。
この列車も最後部まで写し込めませんでしたが、後部にはコンテナ車も連結されています。25‰ほどの勾配の連続になりますが、もの凄いスピードで駆け上っていきました。


撮影を切り上げて普通列車を待つ間、一服がてら東京寄りの喫煙所へ。こちら側は恐ろしいほど架線柱が立っていて全く絵になりません。ただ、悲しいことにこの辺りのサクラは3部咲きくらいになっているんですよね。
なんか列車が通れば望遠でぶち抜いてやろうかなんて思っていたのですが、残念ながら、私らが乗る列車の接近が入ってしまいました。ホームの中寄りに移動を始めると、反対線に通過の放送が・・・慌てて歩いてきた方向に走って戻り、カメラを出しながらズームを入れながら、そしたら「スーパーあずさ」でした。


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351系「スーパーあずさ19号」

こんな感じをイメージしていたのですが、あまりにも時間が無さ過ぎて、ダメダメ写真になってしまいました。かなりトリミングして誤魔化しています


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6両編成の先頭の停止位置にちょうど立っている111kmのキロポスト。初め見たときは『なんで点線が書いてあんだろ?』と思ったのでが、「111」だったんですね。
それより、左に写っているホースは私らが乗る列車で、写真なんて撮ってる場合じゃないんです。
この列車で3人は東京方面に帰りながら、最後の撮影現場に向かいます。

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2009/3/29  19:02

Fe4撮影記(中央線その2):大月でEH200&富士急  写真撮影
こんばんわ。本日3本目の更新です。

中央快速、中央線各停を乗り継ぎ、1人で大月へやってまいりました。
途中、『次は四方津に停まります。』という放送を最後に、電車の中での記憶はありません。なんか懐でメールを受信する音が聞こえたのですが、意識がもうろうとしていたようで。何となく周りが静かなようすに異変を感じ、車窓を見るとどこかの駅に停車中。
ドアが閉まっているし、『どこかな?』と思ったら、何と「おおつき」の4文字が。慌てて立ち上がったら、向かい席に足を伸ばして寝ていたのが仇となり、右足が痺れてしまって全く感覚がない。左足だけでケンケンするようにドアを手で開け、車外へと出ました。特急待ちの長時間停車と、金町のHさんからのメールで乗り過ごしを避けることが出来ました。

足の痺れが収まるまで、喫煙所にて一服。やっと少しずつ感覚が戻ってきたので、取り敢えず改札へ。富士急の電車が停まっていたので、これの発車を撮るために初狩方向へと歩きました。


※撮影は、全て平成21年3月28日、大月駅構内にて。

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富士急 1208

歩き始めて直ぐに踏み切りの警報機が鳴り、発車の放送が・・・近くの駐車場を失敬して撮りました。殆ど駅撮りです。


初狩駅寄りの歩道橋に乗り、構内の様子を見ていました。風があるし、冷たいのなんのって・・・。
あまりにも列車が来ないので諦めようとしたら、轟音と共にEH200がやって来ました。

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EF200-16牽引 上りタンク貨物

風が冷たくて体温が直ぐに奪われてしまう感じ。10分待っても何も来ないので駅に戻ろうと思ったのですが、時刻表を見ると上りの富士急が来そうだったので、少し待ってみることにしました。

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富士急 1307

先程撮ったのは4連でしたが、今度のは2連でした。分散型のクーラーを積んだ編成で、富士急では2編成のみの貴重品です。

ここで一旦駅に戻り、lineさんシービーさんを出迎えます。ちょうど2人が乗っている「かいじ105号」が到着するところでした。ちょうどホームを歩いていたら、直ぐ先のドアから2人が降りてきました。なんで2人とも顔が赤いねん!

ホームで一服してから大月駅で食事を摂る予定とのこと。その前に富士急で硬券入場券があるのではないかということで窓口に。ちょうどJRの特急列車が到着したところで激混み。「フジサン特急」が発車するということなので、2人を連れて先程撮影していた場所に戻りました。

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「フジサン特急5号」

元国鉄165系改造の「パノラマエクスプレスアルプス」に使われていた車両で、廃車と共に富士急に譲渡されました。
このフザけた絵がねぇ、個人的には許せません!

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富士急 1308

先程撮影した編成がまだ駅に残っており、行先が「三つ峠」行きとレアな表示になっていたので撮ってみました。ちょうどJR側に長野色の115系も来たので、コラボりました。

食事しないと次の行動に差し支えるので、駅前を散策することに。あまり良いお店が無いようで・・・。駅前真正面の不二家(ペコちゃんの)で「テリヤキ丼599円!」に釣られて入ってみました。

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フォークが大きめのヤツなので判りにくいかもしれませんが、かなり大きな器です。ボリュームタップリでサラダも比較的大盛り!
これにさらに紅茶が付いて599円!安いですね。味はそこそこといった感じで、これでコーヒーにチョイスできればもっと良かったんですけど。値段:量で文句無く合格点です。

おなか一杯になった3人は、目的地である勝沼ぶどう郷を目指します。

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2009/3/29  13:47

消える一つの歴史・・・喫煙コーナー  写真撮影
こんにちわ。
今回は番外編をアップいたします。

都心にお勤めの方や喫煙者の方はご存知かと思いますが、この3月31日を最後に、首都圏のJR駅構内が前面禁煙となり、喫煙所・喫煙コーナーが撤去されることになりました。
私も愛煙家は自負しませんが、タバコを吸いますのである程度のショックは受けております。
普段の通勤では1時間程度ですので、家を出てから会社に行くまで途中でタバコを吸う必要はありませんが、困るのは自宅から都心へ出て私鉄や地下鉄に乗り換える場合、乗換駅となる主要駅で一服できなくなってしまうと、やはり「我慢」を強いられることになりますね。
特に、近年駅撮りをするようになったので、目的となる列車までの待ち時間に一服できないのは非常にキツいです。もう、駅撮りをすることも無くなってしまうかもしれません。

私が国鉄に居た時代は、ホームの柱ごとに吸殻入れが付いていたものですが、喫煙者のマナーの悪さや禁煙ブームも手伝って、喫煙コーナー化、そしてホームの端へと追い遣られるようになりました。

そんな喫煙コーナーがもう直ぐ無くなることもあり、鉄道施設の一部であったこの風景を残してみようと思い、ついで的ではありますが撮ってみました。


※撮影は、平成21年3月28日です。
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西国分寺駅上りホーム 立川寄り 中央快速線 201系T7編成と・・・


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新宿駅3・4番線ホーム 渋谷寄り 湘南新宿ライン E231系と・・・


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新宿駅1・2番線ホーム 渋谷寄り 埼京線 205系赤羽行きと・・・


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赤羽駅1・2番線ホーム 上野寄り 京浜東北線 北行209系と・・・


吸殻入れの形はその時代ごとに姿かたちを変えてきましたが、おそらく鉄道ができたころからずっとあった風景だったのでしょう。
私も高校生から社会人になった頃まではタバコの煙が大嫌いで、まさか自分がタバコを吸うようになるとは夢にも思わなかったものです。それでももう25年も吸っているので、そろそろ止め時なのかもしれないな・・・そんな思いでこの風景を刻んできました。

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2009/3/29  1:34

Fe4撮影記(中央線その1):寝坊して201系  写真撮影
こんばんわ。
昨日はFe4-1のメンバーで、久し振りに撮影会に行ってまいりました。
今回も事務局長lineさん企画の基に、中央線のサクラをコラボするという企画。大月駅に12時半「頃」集合ということで、今回はかなりゆっくりなスタートとなります。

私的には集合時間までフリーなので、ホリデーパスの特権を活かし、早朝に「あけぼの」を撮って、横浜線で205系のヘッドマーク付きを撮って、「ホリデー快速ビューやまなし」に乗って、大月駅についたらゆっくりと富士急の写真を撮って・・・

なんて予定を考えていたのですが、目覚ましで予定の時間から20分経過して起きたものの、寝不足が祟って起き上がることができず、そのまま二度寝・・・目が覚めたのは8:30になってしまいました。

出掛ける支度をして、みんなにポチ回りして、トイレに入っていたら「北斗星」の通過時間ギリギリに・・・朝食も摂らずに慌てて出掛けたのですが、線路を目前にして「北斗星」が華麗に通過して行きました。

ガッカリしながら蕨駅に向かうと、良いタイミングで電車が来ました。南浦和で武蔵野線の階段を登って行くと、なんとMT64のモーター音が聞こえるじゃないですか
なんと「臨時」のヘッドマークを掲げた489系が颯爽と目の前を通過して行きました。ここでも美味しいネタを撮り逃してしまいました。

西国分寺駅での乗換ついで、立ち食いで天玉うどんをいただき、下りホームに向かうとテツが1人。『何か来るのかな?』と思う間もなくオレンジの電車が・・・。

ホーム端に辿り着くまでもなくカメラを取り出し、先着テツの姿が映りこまないようにシャッターを切りました。

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平成21年3月28日 西国分寺駅にて 201系 T7編成

この日初めてのラッキーポイントでした。

この後、快速→普通列車を乗り継ぎ、待ち合わせ場所である大月へと向かいます。

今回は目が疲れてしまったのでこの辺で・・・続きは・・・夕方にでもアップするかも?

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2009/3/28  1:14

EF62牽引 急行「越前」  国鉄・JR機関車(直流型)
こんばんわ。
今日は早起きしなきゃいけないので、取り急ぎ過去ログから整理して急行「越前」の写真をアップいたします。

「越前」は、上野から信越本線経由で福井まで運転された、北陸急行の中では1番距離の長い夜行急行でした。編成は、荷物車、A寝台、B寝台、グリーン車、普通車自由席で、普通車指定席は連結されていません。こちらも途中直江津まではEF62が牽引しています。
「越前」は夜行列車でありましたが、上野着が7:05と比較的ゆっくり到着するため、冬期においても上野口での撮影が可能な列車でした。特徴としては、私の知る限り近代化更新後の旧型客車で統一されており、荷物車もパレット積み対応のマニ37(青)で、EF62の前面警戒色以外すべて青で統一されていたイメージがあります。


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昭和55年10月頃 蕨〜西川口間にて EF6223牽引 上り「越前」


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昭和57年5月頃 浦和〜南浦和間にて EF6222牽引 上り「越前」


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昭和57年11月13日 上野駅にて EF6237牽引 上り「越前」到着

この区間において、定期列車でEF62を見るとことが出来たのがこの「越前」と夜行急行「妙高」のみでしたが、「妙高」は駅撮りも出来ないほど早朝の到着時間であったため、実質的に写真に撮ることが出来たのはこの「越前」だけでした。

「越前」は上野〜福井間を信越本線経由で設定されていましたが、昭和57年11月の上越新幹線開業じに上越線経由であった「能登」の廃止により、運転区間を金沢で打ち切りされた挙句に愛称まで乗っ取られてしまうことになります。
その後「能登」は14系化を経て、長野新幹線開業で廃止となった横軽を通過することが出来なくなり、再び上越線経由の夜行電車急行として復活を果たしています。

私的には地味な存在であった「越前」でしたが、その経緯から考えてみると、現在残っている「能登」は元来の夜行急行「能登」ではなく、この「越前」の血筋である考えております。

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2009/3/27  6:32

お座敷列車 スロ81系 グリーン帯時代  客車 列車・車両(ブルトレ以外)
おはようございます。
昨夜は急な眠気でダウンしてしまったので、今日は早朝アップになってしまいました。
時間が無いので、今日は1枚モノになります。



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昭和51年 東京駅にて スロ81系 お座敷列車

私が中学に上がったばかりの頃の写真だと思います。
当時はまだ、お座敷列車の配置というのは極限られた客車区にしかなく、目にするのも珍しかった時代でした。
スタイル的にはグリーン車のスロ62系と変わらない外観であり、判断するには窓から見える障子くらいだったですね。

当時の配置状況からして沼津区の「いこい」かと思われます。この後直ぐにグリーン帯が塗装省略になり、まるで普通列車然とした姿になってしまい、さらに品の無さに嫌気が差したのか、ブルトレのようなクリーム2本帯へと発展して行きます。

詳しくは良く憶えていませんが、全国でもいち早く沼津区に余剰12系を改造したお座敷車が誕生し、品川区へ転属。品川区へ12系改造のジョイフルトレインが配置になると、水戸区へ転属と流転した車両だったと思います。

写真は指が入ってしまい、ハーフ判特有の画像の悪さで見苦しいですが、気になるのは牽引機のEF58です。
良く見るとヒサシがついており、浜松区の区名札が見えます。詳しくは知りませんが、当時の浜松区で原形小窓車の配置があったことを知りませんので、もしかしたら原形大窓のEF58だった可能性があります。
それにも拘わらず、当時はEF58は両数が多くてさほど興味も無かった時代。客車の写真しか撮っていませんでした。
結局、その後EF58の原形大窓車は東京区の61号機と竜華区の66号機しか撮っていませんので、非常に貴重な機会を逃したことになります。悔しいです!

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2009/3/26  0:29

国鉄時代 489系300番代 「白山」  特急型電車(交直流・交流)
こんばんわ。
以前から何度か信越・北陸特急「白山」の写真をアップしてまいりましたが、今日はまだアップしていなかった489系非貫通型の写真をアップいたします。
過去ログは、こちらからご覧下さい。


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昭和51年 大宮駅にて クハ489-300番代

色調がおかしくてスミマセン。オートハーフで撮った写真っていうのは大概において変な色に退色してしまっています。
53・10改正以前の文字マーク時代です。


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昭和52年 上野駅にて クハ489-700番代

定番の高架ホームで撮った「白山」。6・7番線では「とき」と並ぶシーンが有名ですが、こちらは8番線側ですね。9番線に停車中の高崎線普通列車との並びとなりました。デカ目の115系も今となっては懐かしいですね。


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昭和54年 蕨〜西川口間にて クハ489-700番代

こちらは53・10改正後にイラストマーク化された「白山」。毎度ながらの定点写真です。


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昭和54年8月 上野駅にて クハ489-300番代

こちらは、上野駅到着後、『据付け』と呼ばれる上野〜秋葉原間の電留線に引き上げる「白山」を撮影したもの。181系「とき」や189系「あさま」など、高架ホーム発着の電車は尾久客車区に引き上げずに、同区間の電留線に引き上げるパターンが多かったですね。


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昭和56年 蕨駅にて 489-700番代「白山」と 165系「よねやま」のすれ違い

ちょうどピッタリとすれ違いましたね。165系は編成が写っていませんが、列車番号から急行「よねやま」であることが判りました。
東北・上越新幹線の開業前は、優等列車街道(過密地帯)の同区間でありましたから、このようなすれ違いは茶飯事だったでしょうね。今では優等列車がほとんどなくなってしまいましたが、その分普通列車の本数が格段に増加したため『カブった!』ってことは未だに良くありますが(笑)。


本数的には3往復(廃止末期は2往復)走っており、「白山」の写真を捉える期間は少なくなかった筈ですが、何故か200番代も含めて、写真を撮った枚数は極端に少ないような気がします。ボンネット車が好きだったということもあるのでしょうが、実際の運用数もボンネット型の方が多かったのではないかという気がしてなりません。

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2009/3/25  0:47

磐越西線 ED77牽引 旧型客車&臨時急行篇  国鉄・JR機関車(交流・交直両用型)
こんばんわ。今日もいつもながら遅い時間になってしまった。

さて、今晩のネタはED77。いつもこうしたマイナーな機関車をアップするとアクセス数がグ〜ンと落ちるんですよね。でも、今日のはまあまあ良いネタなんで、折角だからジックリ見ていってちょうだいな。


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昭和57年3月21日 磐越西線 翁島〜更科(信)間にて ED7712牽引 旧客普通列車

この頃はまだ50系が入線していませんでしたので、普通列車は全て旧型客車の編成でした。まだクルマの免許を誰も持っていなかったので、翁島〜磐梯町間10kmを完全踏破しました。道無き道を線路沿いにひたすら。
3月とは言え会津性気候の地域ですから、まだ雪も残っていますね。ただ、この日は残念ながら冷たい雨が降りっぱなし。同行した3人で凍えながらひたすら歩きました。
途中、更科信号所では、見るに見かねた珍客に同情したか、熱いお茶をご馳走になりました。この時、既に臨時雇用員として国鉄の研修期間であり、実習を兼ねて大宮操車場で働いていました。こういうところでも職員であるだけで色々面倒見てもらえたんですよね。有難いことです。


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昭和62年4月5日 磐越西線 翁島〜更科(信)間にて ED7713牽引 50系普通列車

時は変わって国鉄が分割民営化されてわずか5日目。そう、国鉄をクビになって5日目なのに、既に撮影に出掛けていたんですね。新しい仕事もわけ分からず、そんな気楽では無かったと思うんですが・・・。
列車は既に50系化され、急行列車の削減により余剰となった455系が大挙として押し寄せ、客車の普通列車もたった2往復のみの設定となってしまいました。確か貨物列車も残ったのが1往復のみで、ED77も半数が廃車になっていたと思います。


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昭和62年4月5日 磐越西線 翁島〜更科(信)間にて ED7712牽引 12系臨時急行列車

サボが入っているので、臨時急行かと思われます。まだこの時代でも客車の臨急があったのですね。まだスキーがブームだった頃でもありますので、春休み期間中くらいまで臨時急行が設定されていたのかもしれません。
一世を風靡した冬のD51でも有名な撮影場所ですが、私はその前からこんなところまで行って写真を撮っていたのですね。


ED77はそれほど多くは撮っていないですが、東北地方の中では比較的手軽な場所だったので、交流機の走行写真としてはED75と同じくらい撮っているかもしれません。しかし、何故か12号機の縁が強く、やたら多いのが気になります。
残念なのは、私がここを訪れるようになった頃には試作機で外観も特徴のある901号機が既に廃車となっており、実物を見ることが出来なかったことですね。くやしいから、マイクロエースで製品化されたときには予約で買っちゃいました

これで多分、ED77は最後のアップになるかと思います。過去ログも収録してありますので、『マル鉄アーカイブズ(機関車形式別さくいん)』から是非ご覧になってみてください。

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2009/3/24  1:08

国鉄 キハ181「やくも」:駅撮り篇  特急型気動車
こんばんわ。
昼間は暖かいですが、さすがに夜になってくると冷え込みますね。またストーブを点けています。サクラはどんな感じでしょうか。

さて、まだネタは沢山あるのですが、選抜に迷う日が続き先行きも段々心配になってきました。今日はこれまで暖めていたネタの中から、懐かしいキハ181系時代の「やくも」のうち、駅撮りシーンを拾ってアップします。

昭和55年、伯備線及び山陰本線の一部が電化し、新幹線岡山開業以来、陰陽連絡の大役を担うことになった特急「やくも」が381系化されることになり、「つばさ」以来のキハ181系ファンであった私は一大決心の末、友人を引き連れて山陰へと旅立ちました。
過去ログにおけるEH10や、関西特急の撮影もこの旅程における一連のものとなっています。旅費を節約するため、当時165系の「大垣夜行」から普通列車の「山陰」を乗り継ぎ、初めて山陰本線へとやってまいりました。


※撮影は、全て昭和55年8月です。
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松江駅?にて

移動中に逢ったのか、シチュエーションを良く憶えていません。高架ホームになっているようなので、大きな駅ですね。旧客の窓から撮った「やくも」、今となっては貴重なシーンです。


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出雲市駅にて

1日の撮影を早めに終え、夕方からは上りの「山陰」に乗るため、出雲市駅でひたすら時間を潰していました。夜までですから、結構長い時間を掛けて撮影したはずなのですが、写っている列車は「やくも」と「おき」だけ。旧型の普通列車とか全然撮っていないんですよね。この辺はDD51も1000番代ばかりだったので、イマイチ興味が湧かなかったのかもしれません。


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出雲市 レンガ庫

出雲市駅の構内にはレンガ庫があり、ここで気動車がお休みしているようです。
この「やくも」は増結用なのか、顔だけ出している姿は、穴から顔を覗かせている「どぜう」にも思えます(笑)。

当時、ディーゼル特急唯一のL特急であった「やくも」ですが、それでも今ほどは運転本数がなかったので、あまり効率良くは撮れなかったような記憶があります。
駅撮りも取り敢えず撮っただけという感じで、精彩に欠けますね。でも、高校生ですからこんなもんでしょ。

走行写真篇も数枚ありますので、いずれの機会にアップしたいと思います。

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