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2009/3/2  0:30

485系200番台貫通型「いなほ」:総集編その1  特急型電車(交直流・交流)
こんばんわ。
昨日はまったりな1日でした。こんなことで良いのか???
今日から3月、月初の仕事は忙しい。年度末も掛かってきたことだし、どうなりますか。

さて、こちらはこちらで平常どおりの運転をします。久し振りの電車特急で、上野〜秋田・青森を結んでいた特急「いなほ」の485系200番代貫通型、文字マーク時代をその1としてアップいたします。
ちなみに、過去ログ『485系「いなほ」:上野時代総集編 非貫通型』はこちらをご覧下さい。


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昭和51年 上野駅にて

上野駅19・20番線で583系「みちのく」と顔を揃えた「いなほ」。昭和53年10月のダイヤ改正まで長く見られた風景です。確か、「やまびこ」からの折り返しのため、上越線経由の特急ながらも地平ホームから発車していました。


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昭和52年 西川口〜蕨間にて

下りの「いなほ」号です。併走する京浜東北線の103系低窓クモハも今や懐かしい思い出。


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昭和52年 東十条〜赤羽間にて

現在の埼京線側から撮影したもので、高架化される前は、赤羽駅の東十条寄りに踏切があり、安全に撮影することが出来ました。奥の土手が京浜東北線の線路です。


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昭和52年 蕨〜西川口間にて

定番の場所での写真。この頃の東北特急は、「あいづ」を除き全てが12連又は13連。全ての昼行特急は食堂車を連結・営業しており、特急列車としての貫禄を備えていました。


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昭和53年3月12日 新前橋駅にて

新前橋駅構内を通過する特急「いなほ」。現在では昼行全ての特急が停車する新前橋駅ですが、当時は1本も特急が停まることはありませんでした。

この文字マーク時代に撮影した「いなほ」は何故か貫通型ばかりで、非貫通型の写真は殆ど残っていません。おそらく、青森運転所配置の車両は貫通型が多かったのではないかと思われます。昭和53年10月以降は485系1000番代の増備がかなり進んだようで、秋田運転所の本格稼動することになります。これにより、「いなほ」の秋田回転及び「つばさ」「やまばと」の全列車が秋田運転所持ちとなり、非貫通型が台頭することとなっていきます。

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