鉄道コム

2009/4/13  23:03

新宿西口夜景 近鉄バス 三菱エアロキング  バスの写真館
こんばんわ。

昨日は接続が悪くてアップできなかったので、今日は遅出ししておきます。


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平成21年4月9日 新宿西口 高速バス発着所にて

近鉄バスの三菱エアロキングです。ちょくちょく見るバスなのですが、いつもすれ違いだしカメラも毎日持ち歩いているわけでもないので、なかなか撮る機会がありません。

仕事帰りでちょっと遅くなったのですが、ちょうど停まっていたんで携帯で撮りました。
手ブレしているわけでもないのですが、なんかピン甘でダメですね。夜景なりの良さもあるのですが、ヨ○バシカメラのネオンが目立ちすぎて邪魔です。
やはり、ちゃんとしたカメラで昼間に押さえておきたいバスです。

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2009/4/13  0:35

09/04/12 今日の「あけぼの」も茶ガマ  写真撮影
こんばんわ。
昨日の夕方から管理ページに一切繋がらない状態となり、ブログの接続すらムラがある状態。ご覧いただいている皆様もアクセスがしづらかったのではないでしょうか?
今コレを打っていても正常に作動するのか疑心暗鬼になるほどレスポンスが悪いです。果たしてアップできるのかな?コメントもはじかれてしまうような状態で、返事が遅くなってしまい申し訳ありません。


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平成21年4月12日 蕨〜西川口間にて

「能登」から撮るつもりだったのですが起きることができず、「あけぼの」も通過1分前に到着するという慌しさ。先客にもーまんさんがいて撮影場所が競合。
天気の悪さもあってこんなアングルに・・・1/200秒というキツさもあって、プチ流し撮りとなりました。また茶ガマです。

ダイヤ改正以来、寝坊とダイヤ乱れでほとんど遭遇できない「あけぼの」ですが、標準色のEF64は未だに遭遇したことがありません。「北陸」にも0番代は運用されているのでしょうかね?

「北斗星」はカシガマだったらしいですね。せっかくシービーさんから電話&メールをいただいたようなんですが、ちょうど爆睡中だったらしくまったく記憶がありません。シービーさん、申し訳ございませんでした。m(_ _)m

ちゃんとアップできるかどうか分からない状況なので、今日はこの辺で失礼いたします。

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2009/4/12  1:16

クハ481−1500番代「やまびこ」  特急型電車(交直流・交流)
こんばんわ。
昨日は寝不足で起きられなくて、せっかく天気が良かったのに夜行列車を撮りに行けず。しかも、その後サクラを撮りに行こうと思っていたのですがヤル気が出ずに断念。風も適度に吹いていて、きっと桜吹雪が見れたのだろう・・・。

今日は早起きして夜行列車を撮りに行こう!と思ったのですが・・・どうも朝のうちは天気が良くないようです。最近ずっとチグハグな日が続きます。

ま、それはそれとして今日の分をアップします。


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昭和56年 東北本線 蕨〜南浦和間にて


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昭和57年6月 大宮駅にて

北海道初の電車特急「いしかり」の781系化により北海道を追われた四つ目の1500番代は、初期の配置区である青森運転所へと里帰りし、この「やまびこ」以外にも、「はつかり」「ひばり」「いなほ」に運用されるようになりました。

いずれも共通運用であったため、いつ、どの側に連結されているかは全く分かりませんので、シャッターを押した時に何が連結されていたかと言う感じでしたね。で、まあ偶然にもこの2枚が写っていたというわけです。

様々な列車での活躍を見た気がする1500番代でしたが、北海道を追われたのが昭和55年、この「やまびこ」が新幹線開通により廃止されたのが昭和57年ですから、この姿を見ることが出来たのはたった2年だけだったんですね。

イラストマークの違いだけではありますが、こんな姿も貴重な過去の記録であることには代わりありません。

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2009/4/11  20:00

新宿西口ロータリー夜景 都営バス 日野ブルーリボン  バスの写真館
こんばんわ。
先日、久し振りにさくらやに行く途中、西口のロータリーを通り掛かったら日野ブルーリボンがいました。

携帯しか持っていなかったので、厳しい条件の中撮ってみたんですが・・・


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平成21年4月6日 新宿西口ロータリー


広角側しか無い携帯で、遠景はキレイかな?と言えるものの、記録として番号も分からないのは難点ですね。
やはり携帯はスナップ程度で、記録写真はちゃんとしたカメラを使いたいものです。

それにしても、まだ貴重な古いバスが残っています。久し振りに本腰据えて都営バスを撮りにでも行きましょうか・・・。

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2009/4/11  1:51

非冷房時代の営団地下鉄6000系  列車・車輌カタログ(私鉄)
こんばんわ。
昨日はアクセス数が少ない中、沢山の応援ポチをいただきありがとうございました。私的には何よりも励みになりますので、引き続き応援して抱きますよう、よろしくお願いいたします。

先日、兄弟ブログの『マル鉄コレクション館』で「営団地下鉄 昭和44年発行 券売機券 赤坂見附から30円」という地下鉄の切符の話題をアップしたところですが、せっかくの機会ですので、昔の千代田線6000系の写真をアップしたいと思います。


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昭和56年5月頃 常磐緩行線 新松戸駅にて 営団地下鉄 6015&6115


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昭和56年9月頃 常磐緩行線 我孫子駅にて 営団地下鉄 6026

いずれも昭和56年で、営団地下鉄時代の6000系です。東京メトロに株式会社化され、非常用ドアに取り付けたマークも変わってしまったため、今となっては懐かしいですね。

常磐緩行線との相互乗り入れを行っていた千代田線ですが、国鉄103系1000番代が使用されていた時代ということもあり、冷房化率は0%でした。この頃は、常磐快速線ですら殆ど冷房車はなかったと記憶しています。

クーラーの載らない屋上は非常にスッキリしていて、一際スマートに見えます。勿論、夏場はどうしようもない暑さだった筈ですが、当時ではそれが当たり前だったわけで、苦痛でも無かったんですね。京浜や山手でも、冷房車が来れば「ラッキー!」って程度のもんでした。

昭和59年に国鉄が203系を導入するようになると、冷房を搭載していることが当たり前のような時代ともなり、6000系も冷房改造が施行されるようになりました。

初登場から40年を迎えた6000系。未だに廃車もなく元気に活躍しており、スタイリングからも古さを感じさせない優れた性能を発揮しています。しかし、そんな彼でも、長生きするために時々に微妙に姿を変えながら頑張っているんですね。

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この写真を見ていて思うのは、兄弟のように共に働いてきた103系1000番代。遥か昔にたった1枚撮っただけで、活躍シーンを全く記録することが出来なかったのが心残りです。
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2009/4/10  1:18

C58363 旧客時代のパレオ  蒸気機関車
こんばんわ。

今日は久し振りにSLネタです。
今となっては懐かしい域に入ってしまった感のあるC58パレオエクスプレスの旧型客車牽引時代の写真を集めてみました。


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昭和63年3月21日

C58363が車籍復活し、初めてパレオエクスプレスとして走り始めたのが昭和63年3月15日ということらしいです。さいたま博覧会の開催がきっかけとなったようです。まさに運転開始間もない頃の姿です。
火室扉の「PALEO EXPRESS」という表記はまだ装着されておらず、テンダ側面にデカデカとサントリーウイスキーのマークみたいな装飾が施されていました。


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昭和63年5月5日

初めてのGWを迎えたパレオ。子供の日にちなんでか、ヘンテコなヘッドマークを付けて走りました。当時はガッカリしたものですが、ヘッドマークの装着が稀なときでしたので、今となっては貴重なシーンです。


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平成2年4月30日

この頃は、火室扉に「PALEO EXPRESS」という表記が入り、テンダーのマークと合わせて非常に目立ちましたね。SLファンには非常に不評でした。


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平成4年4月5日

この頃になると、テンダーの派手な装飾が外されています。ファンの不評に応えたものでしょうかね。これにより、サイドからの写真が非常に見映えする用になりました。旧型客車との組み合わせが良いですね。


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平成4年4月5日

上の写真の返し列車です。
秩父鉄道は片勾配なので、返しはまず煙が期待できません。なので、殆ど片道しか撮らずに帰って来ました。このときはたまたま桜並木を見つけたため、珍しく撮ってみた次第。天気が悪くてね、絵にはなりませんでしたが、サービス煙?で応えてくれました。


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平成5年5月16日

結婚後に初めて女房を連れて出掛けたときの写真。適度な撮影場所が見つけられなかったのですが、大量の煙で助かりました。出来れば後の鉄塔が煙でカブって貰いたかったんですけど・・・横風が少し強かったようで・・・。


SL+旧型客車という、SL派からすれば最高のシチュエーションの筈なんですが、電化区間で架線柱の間隔が短くうっとうしい、装飾が派手で目立ち過ぎ、といったことから結果的にはあまり訪れなかった秩父鉄道。
平成5年の写真を最期に、もう16年もパレオを撮りに行っていません。最大の要因は12系化されたことで写欲を削がれてしまったこと。そして、各地でSLが復活したため拠点が薄まったことでしょうかね。そして、子供が生まれてからは出歩く時間すら削られてしまいました。

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2009/4/9  1:16

小野田線本山支線 クモハ42005  旧型国電
こんばんわ。今日は起きてます。

しばらく旧型国電ネタから遠ざかっていましたので、1回完結ネタになってしまいますが、小野田線本山支線のクモハ42をご紹介したいと思います。


※撮影は、全て昭和57年10月5日です。

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雀田駅にて

本山支線は単線1閉塞のみで、1両のクモハ42が往復するだけの路線でした。
早朝に宇部新川駅を出発し、直通で長門本山駅へ。そのまま午前中に7往復を運転します。小野田線との分岐点となる雀田駅から終点の長門本山駅は2駅間でわずか2.3kmという短さ。

土曜のいわゆる半ドンの日は13:30から1往復の電車がありますが、この日は土曜日でないため運休。クモハ42は雀田駅で16:30までパンタグラフを下ろして昼寝。夕方と夜に合わせて6往復して1日の運転を終了します。

写真は夕方の運転のためにやっと起きたところ、といった具合です。


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風情のあるサボと形式表記

サボはプラスチック製のようですね。
この日の登板は005。本山支線用として001、005、006の3両が用意されていましたが、001はちょうど幡生工場に入場していたようでした。


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クモハ42の検査表記類とお顔

こちら2位側のお顔ですね。長さのあるホロ枠が特徴で、私的にはこちらのお顔が大好きです。ただ、このまっ黄色のお顔はファンの間ではあまり好かれていなかったみたいです。ちなみに、引退末期の頃は、この警戒色は撤去され、茶色一色になりました。


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長門本山駅にて

終点の長門本山駅は、突き当りの道路を挟んで直ぐに海になっていたようです。折り返しまであまり時間が無かったので、海を見る余裕がありませんでした。
写真左手前にはコスモスが写っているようですが、悲しいかなモノクロで撮ってしまったため、せっかくの季節感を台無しにしてしまったようです。


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長門本山〜浜河内間にて

長門本山駅を発車したクモハ42005。奥に見えるのが長門本山駅です。
電化区間において架線柱というのは処理に困るもんですが、構図的には邪魔な架線柱も、木製の架線柱はローカル然とした雰囲気を十分に醸し出してくれました。
「ワンマン」表示も無い時代ですので、オリジナリティもタップリですね。


茶色の関西急電から始まり、横須賀線ではスカ色に変身して颯爽と駆け抜け、また茶色に戻ってローカルでノンビリと余生を過ごしていたクモハ42。
旧型国電にあまり興味を示さなかった私でしたが、GMのクモハ43のキットを見つけて以来、小窓の行列が壮観なスタイルに惚れこみ、このクモハ42系が大好きになりました。
特に、両運転台で貫通幌受けの長いタイプの重厚さが大好きで、とき間に合わずして見ることが出来なかった飯田線のクモハ42に思いを馳せ、意地でも逢いたくなって、山口線の撮影に合わせて立ち寄った次第です。

その後は山口線の12系客車改造により写欲を失い、以来訪れることがなくなってしまいました。
しかし、旧型国電への憧れを誘ったクモハ42は、死ぬまで忘れられない存在でありつづける筈です。

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2009/4/8  6:36

番号不明のEF15  国鉄・JR機関車(直流型)
おはようございます。昨夜は早くに寝てしまったので、早起きアップです。

今日のネタはEF15です。が・・・・番号が不明で画像が悪いんです。
本来ならアップを見送るような内容ですが、貨物列車として捉えれば懐かしい編成ですので、ぼんやり見ていただければ・・・。


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蕨〜西川口間にて 

撮影時期すら不明。ブレていなけりゃサイドの番号で判る写真なんですけどね。ステップの白塗装から東京機関区であることが判ります。何となく中央3連窓が白っぽく見えるので、201号機ではないかな?という気がします。


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昭和52年頃 蕨〜西川口間にて

2ケタ番号車のようですが、朝日の逆光でサイドが潰れ、デッキが正面のナンバーに掛かって見えません。50番代っぽいですけど。


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昭和52年頃 蕨〜西川口間にて

こちらは、サイドがせっかくキレイに写っているのに、ピンボケで番号が不明になってしまったタイプ。こちらも東京機関区、2ケタ番号車のようですね。


昔の写真からスキャンしたものは、ピンが甘いとかブレているということで番号不明なものがあります。記録としては役に立ちませんが、印象としては古き良き時代を映し出しているので、なかなか捨てられない写真なんですよね。

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タグ: EF15

2009/4/7  0:33

国鉄 旧型客車 スハニ64  客車 列車・車両(ブルトレ以外)
こんばんわ。
昨日は良いネタだと思ったのに・・・


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昭和53年頃 東北本線 黒磯駅にて スハニ642143

客荷合造車だとオハニ61が有名ですが、オハニ61を電暖化した際に重量が変わり、結果として新形式が与えられたのがスハニ64です。暖房方式以外はオハニ61と何ら変わりません。

昭和50年代、客荷合造車は亜幹線での使用が殆どであり、需要の多い東北本線では珍しい存在だったと思います。
毎年数回、母親の実家へ行く際に急行に乗ったり普通列車に乗って行ったりしましたが、黒磯口ではホンの数回しか見たことがありません。
そういう状況の中で、たまたま旧型客車を撮りに行ったときに偶然にも居合わせたので、非常にラッキーだったと思います。

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2009/4/6  16:51

485系「やまばと」 総集編(クロ・クハボンネット型)  特急型電車(交直流・交流)
こんばんわ。
また2日間の休みが終ってしまい、忙しい1週間となりそうでガッカリ。

さて、過去に何度かアップしたことのある特急「やまばと」ですが、フィルムスキャンから得たボンネット型の追加写真をまとめてアップし、総集編:最終回としたいと思います。
※過去ログ『485系「やまばと」 総集編(貫通型・非貫通型)

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昭和48年頃 蕨〜西川口間にて クロ481(再掲)※トリミング処理

上野〜山形・会津若松間の気動車特急として誕生した「やまばと」ですが、奥羽本線の電化により会津若松編成を分離の上、483系化されて晴れて電車特急としてのデビューとなりました。
483系登場当初は、481系と同様にタイフォンがスカート部に取り付けられていました。そして、東北特急にはクロ481が登場し、上野方に連結されるようになり、「やまばと」は12連になってもこのような編成が見られました。
しかし、東北地方を走行するためにスカート部への雪の付着が問題となり、タイフォンのボディー側への移設工事が行われるようになり、その後の増備車は全てボディー部への取り付けとなって新製されています。この写真を撮った頃には既にボディー側にタイフォンを設置された車両を見た記憶がありますので、写真の旧タイプも最期の頃であったと推測されます。


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昭和51年頃 上野駅にて クハ481(再掲)

この頃は既にタイフォンの移設工事も終っており、前出のような旧タイプの車両を見ることはありませんでした。
「やまばと」の車両は全て仙台運転所持ちであり、山形方の車両は殆どがボンネット車で組成されていました。


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昭和52年頃 大宮駅にて クハ481(再掲)

陽の向きと座席の向きから見て、午後の上り「やまばと」でしょうか。この頃から既にボンネット車が好きだったようで、クロの外れた上野方の車両は撮らず、仙台方のボンネット車ばかり撮っていたようです。


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昭和52年頃 上野駅にて

上野駅地平ホームでの1コマ。16番線にクハ481−200番代の「ひばり」。そして、15番線にはボンネット型の「やまばと」が停車しています。東北・上越新幹線の開業前、上野駅の特急黄金時代とも言える頃ですね。「ひばり」の方は、連結器カバーから見て青森運転所の編成のようです。


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昭和52年頃 大宮駅にて クハ481

この列車も、陽の加減の感じからして3枚目の写真と同じ運用のようですね。プリントすると先頭が切れてしまうほどギリギリのフレーミングなので、プリントにしていなかったようです。


「やまばと」は昭和53年10月のダイヤ改正から秋田運転所持ちとなってしまった関係で、その後の活躍も続いたボンネット型が使用されることが無くなってしまい、魅力が大幅にダウンしてしまった列車と感じます。その時点でまだ中学2年生でしたので、残念ながら大変記録が少ない列車でした。

当時から3往復しかなく、やや地味な存在であった気がしますが、東北ボンネット車としては唯一残っていた4文字列車でもあり、トータルバランスの整った列車として思い出深い特急です。

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