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2009/6/26  0:10

ローカルな風景 第39回 (阿武隈急行:非電化時代末期)  ローカルな風景
こんばんわ。
昨日は既報の通りバタバタしてしまい、鉄分的記事をアップできませんでした。
また、常連様にはご心配をお掛けしてスミマセン。その後は落ち着いているので、今晩は大丈夫のようですね。

さて、今日は早めにテツネタを準備いたします。

阿武隈急行ってご存知ですよね?福島駅から東北本線を迂回するように槻木駅へと至る交流電化の路線です。
昭和47年4月1日に国鉄丸森線として開業した路線で、当初の目的は東北本線の勾配区間の緩和を狙って計画された路線と言うことです。路盤は完成に限りなく近い状態まで工事されていましたが、東北本線の複線化により計画が頓挫、槻木駅〜丸森駅間が開業したのみの盲腸ローカル線として運行されていました。
その後、第1次特定地方交通線として廃止承認が承認され、昭和61年6月30日をもって廃止となっています。

しかし、福島・仙台の近郊区間としての活用、阿武隈川の観光開発としての利用を見出していた福島・宮城両県は、同線を生かした上で建設途中の路線を全通させ、第3セクターとして再出発させることとなりました。
延伸区間の建設中は、国鉄時代の丸森線部分をそのまま引き継ぎ、特別な塗装を施したキハ22により運行を開始、転換からちょうど2年後の昭和63年7月1日、全通とともに交流電化の第3セクター鉄道として完成し、現在に至ります。


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昭和62年8月に訪れたときの阿武隈急行線の写真です。
天気が悪くて全く映りが良くありませんでした。

専用塗装のキハ22が運用されていると思っていたのですが、どうも廃車になってしまったらしく、運用されていたのはキハ40形でした。おそらく、キハ22は国鉄からの貸し出し車輌でしたので、JRに引き継ぐことなく廃車としてしまい、キハ40形を充てていたのでしょう。

この写真を撮った11ヵ月後の昭和63年7月に電化開業となっています。写真でお判りのとおり、既に架線柱はおろか架線の設備さえも工事が終っています。
キハ40形には「JR」マークシールも貼付してあり、昭和62年4月にJR化されて以来、1年3ヶ月と言う短い間だけ存在したシチュエーションと言うことになります。

今ではキレイな車輌を走らせている阿武隈急行線。過渡期にはこんな風景もあったのですね。

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