鉄道コム

2009/11/23  1:08

懐かしのDD51牽引 小名木川行き貨物列車  国鉄・JR機関車(ディーゼル)
このところ妙にアクセスが2〜3割くらい減っていて、気合が空回りしてしまったのですが、昨日は久しぶりに500件/日をオーバーしたのでホッとしました。まだ見捨てられてはいなかったですか・・・。

遅い時間になってしまいましたので、今日は1枚ネタでご勘弁を。
また?と言われそうですが房総地区の話題です。


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昭和56年12月 平井駅にて DD51625牽引 小名木川行きコンテナ貨物


現在もレール運搬専用路線みたいに残る総武本線越中島支線ですが、かつては途中の小名木川駅で比較的規模の大きいコンテナ扱いが行われていました。
近くに江東区立の体育館があり、高校時代は友人の名を借りてバレーボールの練習に通ったものです。←中学時代は本格的にバレー部に所属した体育会系つばさ少年!

その体育館の直ぐ手前に小名木川駅があり、時折この駅前に掛かる古〜い小名木川の橋梁をコンテナ貨物が渡っていくところに出くわしました。ただ、当時はあまり貨物列車に興味は無く、まして全国的にどこにでもいるようなDD51とか、個性の無いコンテナ列車なんてどうでも良かったんですよね。だから、この路線の貨物列車の写真なんて1枚も撮った記憶はありませんでした。

しかし、時は流れて貨物の大合理化が始まり、小名木川駅もいつの間にか廃止され、もちろん、この支線にコンテナ列車もDD51型も走ることはなくなってしまいました。鉄道遺産にもなりそうな古い橋梁と、コンテナを牽いてゆっくりと橋を渡るDD51。あのシーンを撮っていなかったこと・・・悔やんでも悔やみきれません。

そんな中、先日ネガを整理していたら、平井駅で撮った小名木川貨物の列車写真が出てきました。妙にコントラストが強くて怪しい仕上がりになってしまいましたが、紛れも無く総武線平井駅にて撮影した小名木川行きの貨物列車です。

悔しさが残る記憶だけに、少しは慰められた感触を味わいながら、画像をしばし眺めていました。
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2009/11/22  20:37

111111HIT!  
こんばんわ。

まあ、どうでも良い話なんですけど、こんな画面に出くわしました。

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これだけ1が並ぶと壮観ですね。

クハ111−1111には1桁負けてしまいますが、これを目指して行きましょ。

なんて、あと9年掛かるじゃん!

ムリ、ムリ・・・
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2009/11/22  0:18

懐かしのクモヤ191系  その他電車
こんばんわ。
昨日は「北斗星」や貨物列車の写真を撮りに4回も出動したのですが、遅れや運休で写真を撮ったのはたったの2枚。せっかく天気が良かったのに、メチャクチャ非効率な1日に終わってしまいました。


さて、先日Fe4メンバーのシービーさんがクモヤ191系の記事をアップしていましたので、過去ログでもご紹介したことがありましたが、同じくメンバーのlineさんからの画像提供も受けていましたので、合わせて再編集したいと思います。


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lineさんご提供写真

これは津田沼電車区ですかね。面子的には停留線ではなく留置線のようですね。101系の試運転やクモヤ90も懐かしいです。

クモヤ191は、国鉄初の新性能架線試験車として、昭和47年5月に181系の改造により誕生しました。種車は、クモヤ191−1がサハ180-5、クモヤ190−1がモハシ150−11です。
架線試験のほかにも、ATSや踏切回路・信号回路など、様々な電気系の検測が可能な車輌です。外観は当時流行の特急型に準じた高運転台のスタイルですが、前面はフラットになってやや中途半端な感じがします。おそらく種車が中間車のため、台枠との合わせや車体長を考慮した結果でのことでしょう。

191系も登場して間もない頃でしょうかね。かなりキレイに見えます。


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lineさんご提供写真 クモヤ190−1

写真は元ビュッフェであった窓の特徴を良く残しており、大変貴重な資料となります。
私の認識では、種車にあったセンターのドアが残存していると思っていたのですが、この写真を見る限りでは機材搬出入用の出入り口に改造されてしまっているようです。


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昭和52年頃 宇都宮運転所にて クモヤ190−1+クモヤ191−1(再掲)

この写真は、休車中のEF57に逢いに行ったとき、偶然に宇都宮運転所に来ていたところを捕らえました。(配置は田町電車区。)
田町電車区では同車がお休み中のところを何度も見掛けていますが、写真を撮ったのは残念ながらこの時の1回限りでした。


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画像の縮小加工を行ってしまった後からなので不鮮明な写真になってしまいますが、後部のクモヤ190の側面を見てみると、車体センターのところに凹みがあるのが辛うじて判ります。おそらく、こちらのサイドには種車のモハシ時代の客用扉がそのまま残されていたと考えられます。

クモヤ191系が改造により誕生したのが昭和47年で、山手線・京浜東北線のATC化により検測が出来なくなってしまうため、後任にクモヤ193系が新造されています。クモヤ193は、ATC導入前の昭和55年に製造されており、クモヤ191が廃車になったのが昭和58年頭ですから、1年強の間は2編成で同居していたということになります。

種車時代を含めればそれなりの年月を走行したことになりますが、それでも20年強という期間から考えれば、181系自体が比較的短命に終わった形式ということになりますね。
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2009/11/21  1:38

153系 急行「鹿島」  その他電車
こんばんわ。
アップが遅くなってしまいましたので、すみませんが今日も1枚だけのアップです。

過去ログ『165系 急行「鹿島」』でアップいたしました房総急行「鹿島」ですが、他に写真が見当たらないということで完結していたにも拘らず、ここに来て153系「鹿島」のネガが見つかりました。


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昭和52年頃 千葉駅にて 153系「鹿島」

千葉駅の総武・成田線上りホームで撮影した「鹿島」です。
総武本線・成田線の全線電化に際し、それまでの気動車急行「水郷」から独立し、特急「あやめ」とともに新設された愛称の急行列車でした。当時、特急「あやめ」がメインで4本の設定となり、これを補完する目的で2往復の急行「鹿島」が設定されました。
他の房総急行と完全に共通運用であったため、165系に加えて153系も活躍していました。
153系も後年は低窓・高窓あり、原型ライト・シールドビーム車ありと、ある程度のバラエティーがありましたが、「鹿島」自体は有効時間帯における本数が少なかったため、「内房」「外房」「犬吠」と比較すると捉えづらい列車でした。

構図はどうにもならん、ただの記録写真ではありますが、取り敢えずこれで165系・153系が揃ったことになり、ホッとしています。古いネガにも拘わらず、カラーも補正無しで良く再現できました。
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タグ: 153系 急行 鹿島

2009/11/20  7:21

京浜東北線 片目の209系  その他電車
おはようございます。

昨日はインフルエンザの予防接種の副作用らしく、筋肉痛があまりにも酷くてダウンしてしまいました。接種した腕は相当厳しい痛みで、触れないくらいに痛くなってしまいましたよ。通勤ラッシュが過酷です。


さて、18日水曜日、天気が良いので貨物列車の写真を撮りに近所へ行ったのですが、遠くから白熱灯の1灯が見えたので「?」ってことになったのですが・・・


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平成21年11月18日 京浜東北線 西川口〜蕨間にて

209系でした。
ヘッドライトが球切れらしく、片方しか点いていません。

私が駅に勤務していた頃は、こうした車両を見かけると、電車区の所在する駅の信号所(例えば、与野駅時代は南浦和又は赤羽←スパンが東十条までないため)に連絡するんですよね。「南行○○A、前照灯右側球切れ」って感じで。

昔はどんな閑散時間でも各駅ホームには立番が居て、ホームでの列車監視や遺失物の取り扱いをしたものですが、国鉄末期の合理化で車掌用の監視モニタが設置され、極特定の駅を除いては、監視員がいなくなってしまいました。なので、こうした不備に対する連絡体制も無くなってしまったんでしょうね。

209系は、朝のラッシュ対でさえも殆ど見掛ける機会がなくなってきました。もう終焉という感じがします。

昨日はコメントを沢山いただきましたが、時間がなくなってしまいましたので「マル鉄コレクション館」も含めてお返しが遅れます。コメントいただきました皆様には大変申し訳ございません。
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2009/11/19  0:56

ローカルな風景 第40回 (冬の釧網本線:最後尾のオハ62)  ローカルな風景
こんばんわ。

昨日は仕事を休むことが出来ましたので、寒さに備えて灯油を買出しに行ってきました。今日の予報は最高気温が10℃。しかも、雨が降り出すらしいですね。「買っておいて貰ってよかった。」と、女房に珍しく感謝されました。

さて、寒いついでに北の国の写真を久しぶりのローカルシリーズでアップしてみたいと思います。


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昭和56年3月18日 網走駅にて

これから釧網本線を走る普通列車ですが、まだ機関車が連結されていません。
タイトルの「最後尾のオハ62」でピン!と来た方は、古くからのテッちゃんでしょうね(笑)。
本線系統では、殆どの客車列車が緩急車(車掌室:車掌弁を備えた車両)を両端に連結し、非常ブレーキ扱いや列車監視の業務を行うようになっています。
しかし、短編成の列車や配置両数の関係で両端に緩急車を連結できない場合もあります。これらは、客車列車を運行する比較的距離の短いローカル線で見ることが出来ましたが、何故かこの釧網本線では良く見られたようです。釧網本線では混合列車(客車と貨車を併結)が全国でも最後まで見られた路線であり、この写真の1年前には現実に目撃しています。
そんなことで、緩急車を連結しない編成端では後部標識(いわゆるテールランプ:尾灯)を備えていませんので、写真のようなバッテリータイプの標識を引っ掛けて使用していたわけです。関東ではこのようなシーンを見ることはなかなかありませんでしたので、非常に滑稽に感じたものです。


実は、周遊券を持っていたので改札開始時間前にホームに入れてもらったんですが、まだ発車まで1時間くらいはあったのではないかと記憶しています。なので、まだ機関車も連結されていないわけですね。
しかし、北海道でも3月といえば真冬であり、この時間ですと当然氷点下10℃くらいには下がっていたと思います。暖房装置を持たない客車は冷え切ってしまいますよね。でも、実際に乗ってみて驚きました。真夏のような暑さだったんです。(笑)

車内の温度計を見てみると、なんと40℃を指していました。汗だくで列車内にいると、車掌さんが出発前の点検に回っており、「暑いでしょ、まだ発車まで時間があるから、窓を開けていても良いですよ。」って声を掛けられたんです。そんなことで、車両の窓が1箇所だけ開いているんですよね。

到着後、折り返しまでに時間があるローカル線では、機関車の交代も含めて、客車を置いて機関区に逃げてしまいます。しかし、北海道の極寒の中で、乗車してくるお客さんに寒い思いをさせないという配慮から、目一杯の暖房を注入してから逃げ帰るわけですね。発車時間まで冷め切らないように、40℃という想像を超えた温度まで上げていくのでしょう。

北海道という土地柄、人柄がわかる対応に、小さな感動を覚えました。それは、まだ高校生だった私にも伝わってきました。
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2009/11/18  14:55

583系 寝台特急「はくつる」 追加画像  特急型電車(交直流・交流)
こんにちわ。
今日はインフルエンザ(季節型)の予防接種があったため、有給が余っていることもあって1日お休みしました。そんなんで、貨物の写真を撮ったり、スキャニングでネタ作りなどを楽しんでいます。

先般、『583系 寝台特急「はくつる」 総集編』をアップしたところですが、写真の探し物をしていたら、プリントすらしていないネガの中から「はくつる」の写真が出てきました。
総集編で締めくくってしまいましたので、前記事に加筆するとともに、こちらでもご紹介したいと思います。


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昭和53年頃 上野駅にて 583系「はくつる」

上野駅15番線で暗いため、ハッキリしない絵になってしまいましたが、ご覧のとおり、九州から青森運転所にやってきた開放型タイフォンを装備するクハネ583−29か−30のいずれかの車両です。
青森運転所に583系が配置された当初はクハネ581が先頭を務めていましたが、直ぐにコンプレッサを床下に吊架し定員増を図ったクハネ583が誕生し、早々に西日本へ異動してしまいました。クハネ581の当初から暖地向けである開放型タイフォンを装備した583系の配置はありませんでしたので、この姿を見ることが出来たのも、昭和51年から1年或いは2年程度ではなかったかと記憶しています。この写真も、もしかしたら昭和52年の撮影かもしれません。昼間の列車では良く見掛けましたが、「はくつる」での記録はこの写真のみとなっており、危なく貴重な資料を見落としてしまうところでした。
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2009/11/18  0:43

過去ログへようこそ! ・・・なんてね、  
こんばんわ。

尾久車両センターの撮影から帰った日。天気も悪かったし、空いた時間でお遊びを作ってみました。

私のブログは、今更ながらですが過去ログへの訪問者で成り立っているようなものです。実際に訪問者の2/3は過去ログです。ログを日記として捉えておらず、わが人生の思い出帳として作成していることを自負している部分とマッチしており、このことを大変嬉しく思います。過去の列車や路線を調べたり、或いは写真を懐かしい情景として見て喜んでいただければ幸いと思います。

このブログを始めて3年弱ですが、途中から訪問いただいている方も多数いらっしゃることと思います。普段は時間の関係で過去ログを探すことを躊躇される方々も多いと思いますので、今日はお遊び感覚で過去ログをご覧いただけたらと思い、企画してみました。

下の画像をクリックしていただきますと、その列車に関係する過去ログへ飛ぶように作ってみました。
時間のある方は、是非1つでも覗いてみてください。










列車別や機関車別などのアーカイブも作成しており、このアーカイブにはFe4メンバーであるlineさん、シービーさん、takeさんの過去ログも織り交ぜて作成してあります。全て健全なサイトですから、安心してご訪問ください。
※アーカイブズは、タイトル下のバナーをクリックしていただくと、索引に飛ぶようになっています。
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2009/11/17  0:33

尾久車両センター ふれあい鉄道フェスティバル(客車篇)  写真撮影
こんばんわ。

今日は眠いです・・・頑張ってアップいたしますです。

今回は客車篇で、これにて一通りのアップとなります。


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毎度の14系「ゆとり」です。この車両は何のために保存されているのか、今もって謎ですね。車内公開もしていませんし、復活の見込みもないし。


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休憩用車両として開放された旧型客車。今回は6両も繋がっていて壮観でした。
列車後と撮りたいところですが、ウロチョロと人が多過ぎて断念しました。
写真にオハニ36だけでもまともに撮ったことが無かったので、こんなアングルで。
オハニ36は60系に属する鋼体化客車ですが、急行用(特急列車にも運用されたことがある)として製造されたため、他の60系とは違ってスハ42系並のシートピッチを確保していました。また、台車も乗り心地を向上させるため、コイルバネ台車を履いているのが特徴です。


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こちらも一般開放された25形編成。ヘッドマークは「さくら」を掲出していました。実際の「さくら」では、25形はおろか、グレードアップ編成も使用されたことが無いので非常に違和感があります。午前中はマークをクルクルと回したらしいですね。見てみたかったです。
あらら、傾きを直すの忘れた・・・。


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「カシオペア」の非常用電源予備車のカヤ27。今年も展示されていました。もう少し窮屈じゃないところに飾って欲しいですね。


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こちらは「夢空間」のデラックススリーパー「オロネ25901」。
他の2両は、今年、安住の地を見つけて旅立ちましたが、オープンスペースに使いづらかったのか、この車両だけは残されてしまいました。どうせだから、定期の「北斗星」に使っちゃえば良いのに・・・なんて思っちゃいます。


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コレはオロネ257ですかね。昨年は群線の中にいましたので、多分。
サボは「出雲」を出していました。この車両も保存するのかな?


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こちらは展示外のオロハネ24552。良く知らないんだけど、このタイプって札幌持ちのでは無かったですかね。東日本のはロイヤルが一方に偏った構造になっていたと思うんですが・・・。


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こちらは毎年無残な姿を晒している「マヤ342004」。何とか整備できないもんですかね。そのうち補修不能になってしまうのではないかと心配しています。
出来れば車内公開してもらいたいですね。子供は入場禁止で。


これで一通りアップが終わりました。細かい部分は時間が無かったので撮っていません。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

ってね、明日はお遊びを用意しようと思っています。
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2009/11/16  0:11

尾久車両センター ふれあい鉄道フェスティバル(機関車篇)  写真撮影
こんばんわ。

初回「尾久車両センター ふれあい鉄道フェスティバル(様子篇)」には多数ご来場いただきありがとうございました。
天気が良くなかったので、今回はパスされてしまった方も多かったかもしれませんね。私もギリギリの入場となってしまったため、あまりゆっくりは見ることが出来なかったんですが、一応全て押さえてきた感じではありました。

今回は続きで「機関車篇」をアップいたします。


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まず最初に出迎えてくれた機関車がDD51842御召機です。別にこのカマに拘らなくても良いと思うんですがね。
そして、付いていたヘッドマークがなんと「エルム」。実際には青函トンネル開通当初、「北斗星」ですら3・4号が季節列車で設定され、一般色時代に「エルム」はまだ無かったのではないかと記憶しているんですが・・・まあ、ヘッドマークも北海道モノではないので、架空ということにはなってしまいますね。
※カマが寒冷地仕様じゃない!というツッコミは無しでね!


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そして、反対側はなんと「ゆうづる」。メチャクチャ古過ぎですね。東北本線が電化前の頃ですから、私はもちろん知らない時代です。20系でナハネフ20が連結されていた頃。知る由もありません。
カメラ前からやっと人が居なくなったとたん、ズケズケのんびりとカメラ前を通ってきた親子連れ。モコモコと太っているのはその神経が原因です!

昨年はいずれもEF81に付けられていたヘッドマーク。2年連続でカブらないように配慮しているところはさすがです!


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お次に姿を見せたのはEF65PFの「あけぼの」さん。こちらは実際にありそうですが、実はこれも架空の組み合わせ。PF時代はクロスパンタ仕様の運用はありませんでしたね。
ただし、ヘッドマークは復活後のPF時代の本物です。


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そして反対側は、なななんと、「ふじぶさ」じゃござんせんか!まぼろしの、というより、EF66の故障でたった1往復だけしたという現実にあった組み合わせ。まさかココで逢えるとは。イベント企画の方に感謝です。


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その隣の線にもEF651118虹ガマが「あさかぜ」のヘッドマークを付けていました。東海道でも「銀河」や「出雲」にはあったかもしれませんが、下関持ちの「あさかぜ」には運用されなかったんではないですかね。


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こちらは転車台に乗せられた召ガマことEF8181。昨年と一緒です。
ちょうど最後の回転実演が始まっており、メチャクチャすごい人出でした。
片側は昨年と同様に御召状態。天皇陛下在位20周年行事直後ですし、タイムリーではありますね。しかし、画像を加工するまで気がつかなかったんですが、日章旗のクロス点には菊の御紋が付く筈ですが、なんと金文字の「JR」になってました。
はぁ〜?って感じですが、こんなの実際には使われてないですよね?


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人だかりの原因はコレ!「はくつる」です。
実際には青森区持ちだったんで、このカマ自体は牽いたことがないんじゃないかな?
つい先日、団体列車で「リバイバルはくつる」が運転されました。夜間ですので、撮れなかった方も多いでしょうし、私なんぞそんな企画があったことさえ知りませんでした。
そんなタイムリーさもあって、「ふじぶさ」と二分するくらい人気があったのでしょう。しかも、実演が終わると「はくつる」は撮ることが出来ない側を向いてしまうので、撮影したい人は必死なんですよね。私も隙間を見つけて必死に撮りました(笑)。


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こちらは番外編で、展示外の車両です。DE111034で、入換専用機。実は、昨年も同じ場所に同じようにいました。スゴク綺麗になっていました。


ヘッドマークの選択も昨年とカブら内容に工夫されており、センターさんの企画には頭が下がります。強いて苦言を言わせていただければ、昨年よりEF81が1台足りない分、少し物足りなさを感じました。廃車が出てしまったので、余裕がなくなってしまったのでしょうか?
あと、EF64にも参加していただけると良いのですがね。高崎の0番代に「北陸」のヘッドマークを付けるだけでも結構ウケると思うんですがね。

残る「客車篇」は次回に!
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