鉄道コム

2010/1/15  0:51

22・3ダイヤ改正後の「能登」「ムーンライトえちご」「フェアウェイ」などの動き  マル鉄アーカイブズ
こんばんわ。

昨日早出しのダイヤ情報を買ってきました。その中に、平成22年3月13日ダイヤ改正の記事が載っており、大きくは既に発表のとおりとなりますが、気になっていた部分の車両の動きが掲載されていましたので、ここに思い出を混ぜながら動きをご紹介したいと思います。


まずは大きい動きの中で、一番ショックだった「北陸」と「能登」の廃止。

「北陸」については完全な廃止となり、またブルトレの歴史が一つ幕を閉じることになります。
そして「能登」ですが、489系「能登」が消滅するということであり、取り敢えずは「臨時格下げ」ということのようです。


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全国でも最後まで頑張ってきたボンネット車。とうとう終焉を迎えることになります。既に第2編成も運用を離脱したという情報も入っており、「雷鳥」で余剰車も発生することから、これ以上は動態保存的に残される可能性も相当薄いようです。

ここで一つの情報があり、臨時「能登」については、485系新潟車が充当されるようになるということです。


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「ホームライナー」については、新潟車が大宮に常駐し、そのまま運用に入るということも発表されました。
このボンネット型の「ホームライナー」も、いよいよ過去のものとなってしまういます。


一方、臨時「能登」への新潟車運用を考慮すると、ATS−Pを搭載した車両に不足が想定されるようで、ここに新たに発生した動きが快速「ムーンライトえちご」の183系化です。
183系化にあたっては、幕張車又は大宮車が充当されることになるようです。

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485系だからこそ見られた新潟色も、T18編成の国鉄色化により見ることができなくなってしまいました。そんなに前の話ではないのですが、完全に過去帳入りとなってしまいましたね。


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また、発表に載っていなくて気になったのが週末快速「フェアーウェイ」の存在。
当然、「ムーンライトえちご」に連鎖して183系化されるのではないかと思われますが、一切触れられていません。しかも、設定以来、初めて冬期運転取り止めの措置を取っている最中でもあり、もしかしたらこのまま自然消滅?なんて不吉な予感もするわけです。


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2年前にはこんなシーンも撮影したものですが、まさか、右と左が入れ違ってしまうような時代が来るとは思いもしませんでしたね。
これにより、年に数日実施されていた「フェアーウェイ」の郡山延長運転も物理的に不可能となってしまいます。


最後に、私の勝手な妄想ではありますが、OM編成が「ムーンライトえちご」や「フェアーウェイ」に運用されるようになれば、ヘッドマークのロールが交換される可能性があるのではないかと考えております。
現在の183系OM編成に収まっているヘッドマークの中で、現在は使用されることの無くなった「白根草津」があり、逆に定例化しているのに準備されていない「ほくほく十日町雪祭り」や「新宿あがつま草津」など、ロール自体に変化が起きるのではないかと思うんですよね。
場合によっては、「草津」「水上」のデザインが一新されたり、「フェアーウェイ」もデザイン化されたり、何てことも考えられるのではないかと思っています。

もしこのようなことが実現すれば、逆に臨時列車としての現在設定されている列車自体も、過去帳入りする組み合わせが発生するかもしれません。

※何故かこの記事だけコメントができなくなっているようです。申し訳ありませんが、コメントがありましたら前記↓へお願い致します。

※カテゴリのコメント設定を誤っていました。コメントができるようになりましたのでよろしくお願い致します。
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2010/1/14  0:37

旧型国電:配給電車(クモル23・クモル24・クル29)  旧型国電
こんばんわ。

クモルと言っても天気じゃございません。この辺ではしばらく晴れが続きそうです。

工場から電車区へと、パンタグラフやブレーキシューなど消耗品類を配達する荷物列車。荷台に屋根の無い、国鉄では唯一の形態を持つ電車。人呼んで「クル・クモル」。
行きでも「クル」とはこれ如何に・・・冷え込んできました。


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昭和51年 京浜東北線 西川口〜蕨間にて クモル23+クル29

毎度ながらこの昭和51年版はオートハーフなんでみんなブレちゃっているんですよね。
配給車は、独特なスタイルに正面の「○配」サボをつけて、軽快に走っておりました。
クモル23は、両側窓がHゴムで、ど真ん中窓は木枠のタイプのようです。


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昭和53年年頃 京浜東北線 西川口〜蕨間にて クモル23+クル29(再掲)

こちらも同じクモル23+クル29のコンビです。
こちらのクモル23は、3枚の窓が全てHゴム化されたタイプですね。
配給電車であるシンボルマークは、「○配」ではなく、「荷物電車」と同じスタイルの「配給電車」という横長タイプのサボを正面に取り付けています。


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昭和52年頃 品川駅にて クモル24007+クル

品川で駅撮りをしているとき、ちょうど臨時ホームに入線してきました。普通の配給電車は、駅で出逢ったとしても通過してしまうため、ジックリと車両を見ることはできません。このときは、川崎方から入線してきて、田町電車区へ入るまでの間、停車していたんですよね。それで、無蓋部分の中身を見たくて、こんな写真を撮ったわけです。
しかし・・・肝心な顔を撮っていないなんて、太っ腹!この当時は、特に貴重とは思っていませんでしたからね。


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昭和47年3月? 津田沼電車区? (lineさん提供)

電車区内で待機中のクル29+クモル24。
どの写真にも共通して言えますが、常磐線への乗り入れを考慮して、防護無線アンテナを立てているのが良く判りますね。
形式写真を撮るなら、やはりこれくらいの判りやすい大きさ、アングルで撮っておきたいですね。

ちなみに、モーター車で両運転台がクモル23。同じく片運転台がクモル24。制御車がクル29です。クル29には両運転台がありません。
アオリ戸の高さには2種類あるようで、特にクルに高さのある枠を設定した車両がいます。また、一部ではアオリ戸が設備されていなく、凸凹の無い車体の車両もいました。


いずれも17mの旧モハ30・31・34と言った戦前型の改造車でしたが、意外にその活躍は長く、山手線・京浜東北線がATC化される直前の昭和56年頃まで使用されていたんですよね。。
ATC化により運用効率が悪くなってしまうため、当時大量に淘汰されていた101系を改造、ATC化したクモル145+クル144に後を譲り、首都圏から全車引退することになりました。
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2010/1/13  0:11

EF66 ブルトレ機の貨物牽引時代の追加画像  国鉄・JR機関車(直流型)
こんばんわ。

先日アップいたしました『EF66 ブルトレ機の貨物牽引時代』で、スキャンしてあった中にもう1枚の対象画像がありましたので、追加させていただきます。


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昭和57年10月4日 山陽本線 瀬野〜八本松間にて EF6643 一般貨物

当時は当たり前の光景であったワムだらけの普通貨物列車。機関車の直後はレムとかレサが繋がっているように見えます。
本来は高速用のEF66ですが、運用の都合上でしょうか、一般貨物を牽くシーンは多く見られました。これとは逆にEF60やEF65一般型がコンテナを牽くシーンも見ることができ、何が基準だか良く分かりませんでしたね。結局10000系の牽引以外はどのカマでも良かったということなのでしょうか(笑)。
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2010/1/12  6:35

485系「つばさ」:12両編成時代(雪景色)  特急型電車(交直流・交流)
おはようございます。
昨夜は疲れて寝てしまったようで、起きたら朝5時になってました。
しかし、寒いし暗いですね。いつになったら「能登」や「北陸」が撮れるようになるのでしょうか・・・。

今日は時間も無いので1枚だけ。12両編成、食堂車も連結していた、東北・上越新幹線開業前に特急「つばさ」の勇姿です。


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昭和56年1月5日 東北本線 豊原〜白坂間にて

「つばさ」は、昭和51年にキハ181系から電車化され、当初は485系1000番代の製造が間に合わず、貫通型の車両が使用されたりしていました。
1日2往復しか設定がありませんでしたが、上野8時04分発と12時04分発という良い時間帯であったにも拘わらず、何故か写真を殆ど撮っていませんでした。1000番代と言うまるで個性の無い485系に魅力が無かったのか、その割には「やまばと」の写真は残っているんですけどね。

そんな訳で、雪の中を行く12両編成時代に撮影した「つばさ」も、この1枚が唯一のものとなります。

字幕時代は何枚も撮ってありますんで、過去ログ『485系1000番代:登場間もない頃の「つばさ」』をご覧ください。
あた、雪景色は、『485系「つばさ」:冬の板谷峠篇』からどうぞ。
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2010/1/11  1:03

10/01/10 カシガマ「北斗星」&EH500  写真撮影
こんばんわ。

昨日は女房の子供会の仕事に引き摺られて超睡眠不足。それでも、貨物列車がほぼ平常で動いているようなので、フワフワした身体にムチ入れて撮影してきました。ちょっとだけ・・・。

※ 撮影は、全て平成22年1月10日、蕨〜西川口間にて。


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EF8179牽引 上り「北斗星」

時間を見誤って、「カシオペア」は目の前で行かれてしまいました。
いつもの場所にテツが1名張り付いていたようなので、蕨駅寄りに行ってみました。光線も明るさも万全なドピーカン。しかし、そこには落とし穴が・・・。
シャッターに力を込めた瞬間、正面にビームの影が落ち込んできました・・・せっかく1年振りのカシガマだったのに・・・。

トボトボと一旦家に帰り、朝食と僅かな仮眠を取って再出場。

3日には運休されてしまってスカされたEH500。今年初めて捕らえることが出来ました。


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EH500−39牽引 3086レ

久々のEH500でしたが、残念ながら初期車ではありませんでした。なかなか逢えないな〜。


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EF651089牽引 富山行 2071レ

コイツは3086レの直後にやってくるので、タイミングによっては撮れないことがあります。残念ながら原色ではありませんでした。


午後も3054レを撮ろうと思って目覚ましは掛けておいたのですが、娘に食事の支度をしたりとかしてたら疲れてしまって、起きることが出来ませんでした。貴重な天気とEH500をムダにしてしまいました。あ〜ぁ、何が牽いてきたんだろうなぁ〜。
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2010/1/10  2:22

EF8196牽引 14系臨時急行「十和田」  国鉄・JR機関車(交流・交直両用型)
こんばんわ。

突然ですが、なんか、イヤになります。
テツ的に何も無かった年末年始の連休が終わり、久々の仕事で疲れ、やっとテツ活動再開!

・・・と思っていたのですが・・・。

写真を撮りに行ったら、何一つ目的のものが通らない・・・。

多少のダイヤ乱れは覚悟ですが、運休のようですね。貨物列車。
年末年始も悪天候による大幅な遅れと運休。毎日、JR貨物のサイトでダイヤ乱れをチェックしていましたが、大変だったようですね。

そんな年末年始、そしてこの3連休。ネタの仕入れが「0」で、過去ネタの構成ばかり考えて疲れちゃいました。DJ見ても、これと言って面白いネタもないし、「北陸」に田端のEF81が運用に入ったような情報がありましたが、撮影に行っても真っ暗ですしね。このままあと1週間、またネタがないと思うと憂鬱です。


まあ、愚痴ってばかりいても仕方が無いのですが、こうネタが無くなってしまうとね、休業も考えなきゃいけないかな。


今日は取り敢えずのパッとしないネタですが、客車列車と言う意味ではもう貴重の部類に入ってしまうかもしれませんね。


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平成元年5月5日 常磐線 荒川沖〜土浦間にて EF81+14系「十和田」

急行「十和田」については、過去ログでもEF80牽引の14系20系時代の写真をアップしましたが、今回、EF81が牽引している時代のものが1枚だけで参りました。

急行「十和田」は、私が子供の頃に季節列車を合わせて5往復の時代があり、さらに臨時列車が設定されるほど盛況でした。その後、特急「ゆうづる」への格上げなどで3往復体制(うち1往復は季節列車)となり、上越新幹線の開業に伴う57・11改正で、わずか1往復にまで減ってしまいました。
さらに、新幹線の上野開業である60・3改正では臨時化され、皮肉にも季節列車として長年運用されていた14系座席車による編成が最後まで残りました。

臨時急行となった「十和田」は、平成6年12月のダイヤ改正と比較的遅くまで残り、この間に、牽引機は全廃のEF80からEF81へとバトンタッチしています。

急行列車はヘッドマークもありませんし、当時はまだ希少という感覚もなかったので、わざわざ写真を撮りに行くほどのものでもありませんでした。それが仇となり、結果として殆ど写真には残っていなかった急行「十和田」。しかも、晩年は臨時列車となったため、余計に撮りに行く機会がなくなったんですね。

そんななか、偶然にも撮ってあったEF81牽引の14系「十和田」。しかも、「北斗星」の運転開始から1年を過ぎた頃でしたので、既に星ガマになっています。
あまりマークすることの無かった常磐線の列車でしたので、EF81が牽引する14系座席車の写真は、僅かこの1枚だけとなってしまったみたいです。
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2010/1/9  2:05

国鉄 八高線 惜しい!走行写真ばかり・・・  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
年末年始に撮影を殆どしていなかったので、ネタがなくなってしまいました。どうしようか悩んでしたら、また遅い時間になってしまいましたわ。

さて、今日は懐かしい国鉄時代の八高線の写真を久し振りにアップいたします。
キハ30系が中心なんですが、今になって良く見てみたら、意外とレアな車両がつながっていたりするんですよね。そんなんで、画像が大きくなるようにセッティングしておきます。


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昭和61年2月4日

まあ、これはどうってことの無い3両編成。キハ35+キハ35+キハ30です。


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昭和61年2月4日

これもほぼ同じ場所で撮った写真だったと思いますが、当時は撮影区間を記録していなかったので、どの辺りか判りません。
手前からキハ35+キハ30+キハ35900+キハ30ですね。900番代は好きな形式でしたが、なかなか先頭に立っている写真を撮ることが出来ませんでした。銀色時代に走行写真を撮りたかったんですけどね。昭和52年くらいから塗装化が始まってしまったようです。


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昭和61年10月9日 東飯能〜高麗川間にて

現在は電化区間となってしまった区間です。正面からの写真なので形式は判りませんが、手前はキハ30のようです。
奥はベンチレーターが押し込み形になっているので、寒冷地仕様の500番代であることが判ります。この500番代、まともに撮れた写真が無いようです。もっとも、当時はそのような形態差を知らなかったと思います。DD51を撮りに行っただけであり、キハ30系はあくまでもついででしかありませんでしたからね。


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昭和63年12月6日 高崎線 倉賀野〜新町間にて

高崎線への乗り入れ区間で、もちろん架線下を行く気動車となります。
「オリエント急行」を撮影に行った際についでで撮影したもので、特に気にせずアルバムに貼ってあった写真なんですが、良く見たら、後はキハ20系でしたね。全然知らなかったです。
この時代は全国的にも北海道を除きキハ20系を絶滅状態にあったと思いますので、まさか首都圏に現役でいるとは思っていませんでした。三脚に据え付けていたので後追いを撮っていなかったのが悔やまれます。

当時はまだ電化の話など無く、相模線や八高線、房総ローカルなど、まだまだキハ30系の活躍の場があり、全然珍しいと言う感覚がなかったんですよね。だから、あくまでもついででしか撮っていなく、もう少し形式写真も撮っておけば良かったと思います。
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2010/1/8  7:33

EF66 ブルトレ機の貨物牽引時代  国鉄・JR機関車(直流型)
おはようございます。
時間がなくなってしまいましたので、取り急ぎアップしていきます。


昭和60年3月改正より、東海道ブルトレのロビーカー連結に伴い、「出雲」「瀬戸」を除き、貨物専用機であったEF66がブルトレを牽引することになりました。

牽引当初は様々な号機が担当していたようですが、分割民営化に伴ってJR西日本とJR貨物への機関車振り分けが必要になり、ブルトレ牽引用として後期車がJR西日本に残っています。
JRとなってからは、JR西日本に引き継がれたEF66も、客車牽引専用となってしまったため、余程のイレギュラーでもない限りは、貨物を牽引することはなくなってしまいました。

そんなEF66たちが、本来の役目である貨物列車を牽いていた時代の写真を拾ってみました。


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昭和53年頃 田町駅にて EF6653

最後までブルトレ機として残っていた53号機。ピンボケ写真でなんですが、あまり写真に撮ったことはない高速貨車ワキ10000が連結されているカラー写真ということで、私個人としては貴重なアイテムです。本来のEF66の姿ですね。


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昭和56年2月1日 早川〜根府川間にて EF6651

写真がやや不鮮明ですが、コキ50000系を連ねた貨物列車のようです。コキ50000は制限が95km/hだったと思いますので、フル性能発揮とまではいきませんが、東海道の物流の要となっていた貨物列車ですね。


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昭和58年5月15日 瀬野〜八本松間にて EF6646(再掲)

過去ログでご紹介いたしました鮮魚列車牽引のシーンです。パワーと高速を武器に出来たEF66の仕業の中でも花形であったと言えるでしょう。


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昭和57年10月4日 山陽本線 瀬野〜八本松間にて EF6643 一般貨物

当時は当たり前の光景であったワムだらけの普通貨物列車。機関車の直後はレムとかレサが繋がっているように見えます。
本来は高速用のEF66ですが、運用の都合上でしょうか、一般貨物を牽くシーンは多く見られました。これとは逆にEF60やEF65一般型がコンテナを牽くシーンも見ることができ、何が基準だか良く分かりませんでしたね。結局10000系の牽引以外はどのカマでも良かったということなのでしょうか(笑)。※追加記事


現在はブルトレの廃止によりJR貨物に引き継がれ、また貨物列車を牽く姿も見られるようですが、国鉄時代の完全なオリジナルの姿で貨物列車を牽く彼らには、もう二度と逢うことはできません。
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2010/1/7  0:13

幻の国鉄163系「サロ163−1」  その他電車
こんばんわ。

今日はマニアックネタにさせていただきます。

163系・・・って言われても、「そんな形式ねーよ!」と言われるくらい、鉄道界でも耳にしない形式ですね。私も165系の派生形式と思っていたくらいです。
しかし、考えてみりゃ、大体において数字の少ない方から先に出来ている訳ですから、163系という形式が計画されていたことが想像できますね。


交直流型で言うと、451系・471系(MT46)が453系・473系(MT54)に出力アップされ、さらに455系・475系により勾配抑速ブレーキブレーキを設けて形式が発展しています。
これになぞれば、母体となる新性能直流急行形である153系(MT46)が、出力アップにより163系(MT54)となり、さらに勾配抑速ブレーキブレーキを搭載して165系と発展していくことは自然に納得いくものとなります。

そしてその計画は実際のものとなり、当時、非冷房の1等車(グリーン車)であったサロ152の冷房化を目的として、サロ163が新製されることになります。交直流型とは153系の時点で時代差があるため、TR59形→TR69形と足回りに違いがあります。

しかし、既に勾配抑速ブレーキブレーキを搭載した165系も計画されている段階において平坦線区用の出力アップ車を用意することについては、車両保守や運用管理、さらに広域配転における制約を招くことになるため、形式を165系に絞って増備されることになりました。

このような経緯により、163系は、サロ163が7両製造されたのみに留まり、電動車が存在しないという極めて異質な幻の形式となったわけです。


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昭和54年頃 東京駅にて サロ163−1 急行「東海」

サロ163は、昭和39年に製造され、宮原電車区に配置となります。153系のサロ152を置き換え、153系と共に使用されています。
昭和45年には全車が大垣に転属となり、やはり153系と共に急行「東海」などの優等列車に使用されました。
その後、サロ163−7は113系化によりサロ112−51となっています。

本来ならば165系自体も誕生している時代ですが、サロ163には勾配抑速ブレーキ関係の引通しなどが設備されていないことから、もっぱら153系としか運用できなかったのですね。改造工事を行えば、サロ165としても活用できたのではないかと思われますが、何ら手を加えられることも無く、昭和58年までに全車が廃車されています。

写真は、東京駅に停車中のサロ163トップナンバーを見つけ、喜び勇んで撮ったものです。
当時はまだ詳しい知識は持っていなかったのですが、「サロ163」という車両が存在していることは知っていましたし、163系という形式が空きになっていることも知っていましたので、非常に特殊な存在であったことは自覚していましたね。多分、20系「あさかぜ51・52号」の写真を撮りに行ったときに発見したのだと思います。

同時に計画された165系は東北・上越新幹線の開業後までも残るものが存在しましたが、同じ時代に誕生の経緯を持ちながらたった20年弱で生涯を終えてしまった。163系は、幻かつ不運な形式だった思います。
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2010/1/6  0:58

熱くなるぜ!EH500 (’09 その3完)  国鉄・JR機関車(交流・交直両用型)
こんばんわ。

年末までにアップし損なったEH500の2009年総集編。
年末は運休続出&ダイヤ乱れの影響か?線路際に出掛けるものの、たった1枚しか写真が撮れませんでした。

そんなこともあって、新年3が日は、様子すら見に行かないという堕落振り。「熱くなるぜ!」なんて題名を付けておきながら、スッカリ冷めてしまいました。

まあ、ここでまた写真をアップして、あの頃を思い出し、テンションをあげたいと思います。


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平成21年12月17日 赤羽駅にて EH500−26

仕事を時間で休める年内最後のチャンスだったので、早退して赤羽駅で撮ってみた。さすがにこの時期は暗いです。新幹線の高架に遮られているのがネックですね。初めての場所だったので、緊張してパンタがキレちまったよ。


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平成21年12月20日 蕨〜西川口間にて EH500−18


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平成21年12月20日 蕨〜西川口間にて EH500−4

我が誕生日もお構い無しにせっせと撮影励みます。撮り始めて1ヶ月強。やっと3枚目の2次形。いつも夕方の悪い時間帯に当たるのが不満。


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平成21年12月23日 蕨〜西川口間にて EH500−40


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平成21年12月23日 蕨〜西川口間にて EH500−54


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平成21年12月26日 蕨〜西川口間にて EH500−23


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平成21年12月26日 蕨〜西川口間にて EH500−62


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平成21年12月27日 蕨〜西川口間にて EH500−34


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平成21年12月30日 蕨〜西川口間にて EH500−65

そして、毎週毎週、そして休みごとに出撃しましたが、目標としている901号機、1〜3号機は捕らえられず。
しかも、年内、最終最後にあって、11月22日に撮った65号機と初めてカブっちまった。また1からやり直しといった感じ。

取り敢えず、今年のEH500撮影は今週の3連休から再開予定。
意地でも901号機、1〜3号機を捕まえる、それまでやめないよ。
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