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2010/1/9  2:05

国鉄 八高線 惜しい!走行写真ばかり・・・  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
年末年始に撮影を殆どしていなかったので、ネタがなくなってしまいました。どうしようか悩んでしたら、また遅い時間になってしまいましたわ。

さて、今日は懐かしい国鉄時代の八高線の写真を久し振りにアップいたします。
キハ30系が中心なんですが、今になって良く見てみたら、意外とレアな車両がつながっていたりするんですよね。そんなんで、画像が大きくなるようにセッティングしておきます。


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昭和61年2月4日

まあ、これはどうってことの無い3両編成。キハ35+キハ35+キハ30です。


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昭和61年2月4日

これもほぼ同じ場所で撮った写真だったと思いますが、当時は撮影区間を記録していなかったので、どの辺りか判りません。
手前からキハ35+キハ30+キハ35900+キハ30ですね。900番代は好きな形式でしたが、なかなか先頭に立っている写真を撮ることが出来ませんでした。銀色時代に走行写真を撮りたかったんですけどね。昭和52年くらいから塗装化が始まってしまったようです。


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昭和61年10月9日 東飯能〜高麗川間にて

現在は電化区間となってしまった区間です。正面からの写真なので形式は判りませんが、手前はキハ30のようです。
奥はベンチレーターが押し込み形になっているので、寒冷地仕様の500番代であることが判ります。この500番代、まともに撮れた写真が無いようです。もっとも、当時はそのような形態差を知らなかったと思います。DD51を撮りに行っただけであり、キハ30系はあくまでもついででしかありませんでしたからね。


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昭和63年12月6日 高崎線 倉賀野〜新町間にて

高崎線への乗り入れ区間で、もちろん架線下を行く気動車となります。
「オリエント急行」を撮影に行った際についでで撮影したもので、特に気にせずアルバムに貼ってあった写真なんですが、良く見たら、後はキハ20系でしたね。全然知らなかったです。
この時代は全国的にも北海道を除きキハ20系を絶滅状態にあったと思いますので、まさか首都圏に現役でいるとは思っていませんでした。三脚に据え付けていたので後追いを撮っていなかったのが悔やまれます。

当時はまだ電化の話など無く、相模線や八高線、房総ローカルなど、まだまだキハ30系の活躍の場があり、全然珍しいと言う感覚がなかったんですよね。だから、あくまでもついででしか撮っていなく、もう少し形式写真も撮っておけば良かったと思います。
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