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2010/3/12  7:06

惜別 急行「能登」の足跡  マル鉄アーカイブズ
おはようございます。

いよいよダイヤ改正前日となってしまいました。この間、天気が悪くて撮り納めが出来なかったことが悔やまれます。
今日は、あまり枚数がありませんが、私が写真を撮り始めてからの急行「能登」の記録を並べて見たいと思います。


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昭和55年7月23日 南浦和〜蕨間にて

訳あって非常に写りが悪いのですが、旧型客車時代の急行「能登」で、まだEF58が牽引していた頃です。
急行「能登」が誕生したのは昭和50年3月の改正からとなりますが、早朝の列車のため、殆ど記録が残っていませんでした。当時は夜行急行列車も多数あり、EF58牽引が当たり前でしたから、希少価値は全くありませんでした。


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昭和55年10月頃 蕨〜西川口間にて

上の写真を撮影して間もなく、さらに早朝撮影をした際、やってきた「能登」は新鋭EF641000番代に変わっていました。どうもこの日辺りが初日だったらしく、直ぐに発売された鉄道雑誌でも話題になっていましたね。


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昭和57年9月6日 水上駅にて

上越新幹線開業に向け、夜行列車が廃止になる前にと水上駅バルブに挑戦したことがありました。急行「能登」もスジそのものが廃止になる予想を裏切り、信越本線経由の急行「越前」を乗っ取るかたちで存続することに違和感を覚えました。事実上は「能登」が廃止になったと思っていました。


昭和57年1月からは旧型客車が全廃。信越本線経由となった急行「能登」は14系寝台+座席車に変更されましたが、この頃から近所の区間に金網が張り巡らされ、夜行列車など撮る機会を失うことになります。したがって、この間、碓氷峠が廃止となり、電車化されて上越線経由として正調「能登」が復活するも、写真を撮る機会は全くありませんでした。


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平成20年5月18日 蕨駅付近にて

あれから20年を過ぎ、ブログを始めるようになって急に写真を撮る回数が多くなりました。デジカメ使用により早朝撮影も簡易になってきたため、積極的に写真を撮るようになりました。
ネタを探す楽しみもでき、益々活動が増えてきましたね。写真は、浦和駅高架工事の影響によって貨物線経由で運転された急行「能登」。
早朝のためまともに写っている「能登」の写真が少ない中、唯一まともに撮れた写真でした。


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平成21年6月23日 蕨駅にて

夏場の明るい時期に何度も挑戦はしましたが、それでも早朝の「能登」の撮影は厳しいものでした。性能の良いデジイチでもあれば良かったんですが。
これからの夏場を楽しみにしていた矢先の廃止発表。残念でなりません。


私的にはそれほど付き合いの長かった列車と言うイメージがなかった急行「能登」ですが、気が付けば誕生からもう30年を超えていたんですね。
臨時列車として残ることにはなっていますが、このような流れで大成した列車はありませんから、今後も見守っていきたいと思います。

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タグ: 急行 能登 夜行列車


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