鉄道コム

2020/9/21  19:09

緑色の車掌車への想い  貨車
こんばんわ。

こちらではご無沙汰しております。

4連休も3日目が終ろうとしています。
コロナ禍で外出自粛と言いたいところですが、先々週の夜から急性胃腸炎となり、通院により耐えがたい痛みはなくなったものの、膨満感やムカつきが10日ほど経つにもまだ残っています。
中学生の頃から時々胃痛を起こすことはありましたが、大体は胃薬を1〜2回飲めば治るのですが、今回は激痛を伴ったため、やむを得ず内科を受診したところ、検査の結果も細菌が入ったことによる腸炎の可能性があるそうです。
せっかく足のケガが治ったらこれですからね。

そんなことで、写真撮影に行く気などまったくなれず、当ブログを更新できないのも「ネタができない」ことでしかありません。


それでも鉄道趣味を考えずに日々を過ごすこともなく、何かしら頭の中の想いは巡らせています。
家から出ないため、模型ネタが多くなっていますかね。特に近年は「できるだけモノは集めない」「余計な出費はしない」ことにしているので、編成単位で購入することには躊躇しています。そんな中では出費が少なくても楽しめる貨車に関する話題が多いことも、最近の当ブログ記事から推察していただけることと思います。



長くなりましたが本題です・・・

平成生まれの人は、「車掌車」って何?という感じですよね。
今でも現役ヨ8000が何両かおり、シキ輸送や甲種回送の伴走車として使用されているので、なんとなく存在が知れているかもしれません。

昭和60年までは貨物列車としても車掌(列車掛)の乗務が必須であり、運転の管理や途中駅での解結の管理、場合によっては入換の指示も行っていたようです。そのため、混合列車やコキフ・レムフなどの特殊な車両が連結されている場合を除き、必ず車掌車が連結されていました。

私が本格的に写真を撮るようになった昭和50年代は、ヨ5000、ヨ6000、ワフ29500、ワフ35000で大勢を占めていた感じですかね。その後凸型をしたヨ8000も登場し、古い車掌車は淘汰されていったようです。


車掌車の連結廃止までそんな昭和50年代を過ごした訳ですが、多分昭和53年くらいまではワフ21000も多少残っていたようです。


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昭和53年3月 白河駅にて

白河駅副本線で退避するED71牽引の貨物列車。
機関車の次位に繋がっているのがワフ21000。この頃はまだ貨車に興味などなかったので、特に車掌車そのものの写真など撮ることはありませんでした。
この時代にその気になっていれば、あの特徴のある車両の写真を残すことができたと思うと非常に残念です。


さらに遡り、昭和40年代末頃か、或いは昭和50年くらいか、地元の線路で列車を見ていた時、衝撃的な出会いがありました。
それは、元急行便のしんがりを務めたボギー合造車のレムフ100と緑色のヨ5000でした。

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記憶ではいずれも1回ずつの目撃であり、咄嗟の出来事に撮影するに至りませんでしたが、それ以降、いつ来ても撮影できるように、貨物列車が通るたびに目を離さずに各車両を見ていたものです。しかし、それ以降、結局は1度も出会うことなく、記録することは叶いませんでした。


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こんなのが最後尾に繋がっている貨物列車の写真、撮りたかったですね〜。

そんなことを考えていた頃、期間限定のポイントを消化しなければならないため、金額的に購入可能なNゲージを探していた時に偶然見付けたのがこの緑色のヨ5000でした。

ヨ5000は、85km/h運転用として誕生した車両であり、言わば初のコンテナ特急「たから」専用となっていました。その関係で、初期新製車はコンテナ色と同様の緑色となっていた訳です。
NゲージについてはKATOからも発売になっていますが、「たから」登場時のチキ5000に合わせたため、私の目撃した時の印象とはかなり違います。国鉄コンテナ5000形では淡緑色であったため、この色のコンテナは目撃したことがありません。私が写真を撮り始めた頃は既に6000形やC20形が主流になっており、カラーは山手線と同じ黄緑6号になっていました。ヨ5000緑色も晩年は黄緑6号色となっていた筈で、私が目撃した記憶も鮮やかな黄緑色でした。

そこを記念に残したくてTOMIX製のヨ5000をチョイスしたのですが、実物を手にするとどうですかね?発色も模型どおり出ているとは思います。でも、山手線のいわゆるウグイス色に比べると淡く沈着しているように思いますね。ちょっとガッカリでした。


令和になった今、車掌車なんて完全な死語となってしまいました。
しかし、私が大宮操車場で入換をしていた現役時代は、必ず車掌車が連結されており、特に下り9・10番線を担当すると1日中緩急車に乗っている状態でした。
その時代、ワムフ100はもちろん、緑色のヨ5000なんて既に無くなっていたため、遠い記憶の中に生きているだけになっています。

せっかく様々なバリエーションが模型化されていますので、鮮やかなウグイス色のヨ5000やおもちゃっぽくないワムフ100を製品化してもらいたいものです。ねぇ、KATOさん!

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