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2007/2/26  12:02

485系1500番台  特急型電車(交直流・交流)
こんばんわ。
今日のお題は「485系1500番台」をお届けいたします。

皆さんご存知のことと思いますが、1500番台は、函館本線の小樽〜札幌〜旭川の交流電化区間に誕生する電車特急用「耐寒耐雪仕様」として製作された車輌です。
当時の485系は、クハ481 0番台(ボンネット型)、100番台(ボンネット型MG床下搭載車)、200番台(貫通型)、300番台(非貫通型)があり、これに続く番台形式として誕生しました。このあと奥羽線「つばさ」電化用として1000番台(非貫通、耐寒耐雪仕様)が登場しますが、番台区分的には順序が違いました。おそらく、昔から北海道向け車輌を500番台としていた経緯によるものと想像がつきます。

本当は昭和49年に北海道初の電車特急が誕生する予定でしたが、車輌の技術的な問題(PCB機器搭載)や労使問題などが影響したらしく、昭和50年7月までずれ込むことになりました。昭和49年に完成した1500番台車は、このずれた1年間は青森区に配置され、大阪〜青森間の特急「白鳥」として走っていたことが知られています。

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昭和49年8月 大阪駅にて 出発に向け回送で入線する1500番台「白鳥」
これは初めて大阪に行った際、偶然捉えた1500番台「白鳥」の姿。写真を撮った当時は1500番台の存在は知りませんでした。遠くて判り難いですが、アタマ2灯のヘッドライトが1500番台を主張しています。「白鳥」のヘッドマークが用意されていなかったので、シールを貼って対応したという逸話が残っています。


その後、やっと運転のメドがついた北海道初の電車特急は「いしかり」と名前を付けられ、正式に渡道、運転されることになりました。が、所詮本州型を基本として設計された同車は、北海道の厳しい環境に対抗できずにダウンを繰り返し、711系の使用実績・経験を生かした781系という後輩に道を譲ることになりました。

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昭和55年3月 札幌駅にて 485系1500番台「いしかり」
暗すぎて分かりにくいのですが、ストロボ禁止の精神を叩き込んだ頃でしたのでご勘弁ください。大阪に続き、奇しくも初めての北海道で最後の年にキャッチした485系1500番台。この翌年に781系となり、「いしかり」という名称までなくなってしまうとは、思いもよりませんでした。キハ82系ばかり追わないで、もっと撮っておけばよかったと後悔しました。


781系に道を譲った1500番台は、再び本州へ戻ることとなりましたが、新製当時と違っていたのはテールランプが大きく外に突き出た感じに改造されたことです。アタマ2灯に加え2つの特徴を持つ顔となりました。これは、他の番台では一切見られない大きな特徴でありました。

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昭和56年頃 蕨〜南浦和間にて 盛岡を目指す1500番台「やまびこ」

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昭和56年頃 上野にて 583系「はつかり」と顔を揃えた1500番台「ひばり」
青森運転所の配置となった1500番台は、「やまびこ」の他にも「はつかり」「ひばり」に使用されるようになりました。


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平成4年8月18日 奥羽本線 八郎潟〜犀川間にて 上沼垂色1500番台「白鳥」

本1500番台についても、新幹線の開業や輸送体系の見直し等に伴い、他の車輌と同じく流転の人生を歩むことになりますが、同車は東北(JR東日本)管内を離れることはありませんでした。その関係で、少数派でありながらも、「いなほ」「つばさ」「たざわ」などバラエティーに富んだ特急列車として使用され、そして再び「白鳥」使用されることになったことは特筆すべきことでしょう。
同車が他の用途・型式(番台)に改造されつつも、現在活躍中であることをうれしく思います。
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