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2007/3/29  0:23

ローカルな風景 第9回 (天北線:急行「天北」)  ローカルな風景
こんばんわ。

このところチョットご無沙汰の「ローカルな風景」シリーズをお届けいたします。
第9回は、今は廃止となってしまった、「天北線」です。

「天北線」は、宗谷本線「音威子府」からオホーツク海側にある「浜頓別」を経由して、宗谷本線の「南稚内」に再び合流する、北海道最北の路線の1つでした。
同線には、急行「天北」という優等列車がかなり古くから定期運転されていましたが、私が乗った普通列車での様子からすれば、長大な路線であるにも拘らず「ローカル」としか表現のしようのない路線でした。
同線は、ただローカルな路線というだけではなく、宗谷本線か天北線がどちらか不通になった場合でも、お互いに迂回ルートとして稚内と名寄・旭川・札幌のアクセスを確保できるという、重要な役割を持っていました。現実、私が昭和55年3月に初めて稚内に行ったとき、猛吹雪で丸24時間以上足止めを喰いましたが、この日(というか翌日なんですけど)の初列車として動いたのが急行「天北」で、宗谷本線経由として運転されました。おそらくこの逆パターンで、急行「宗谷」を天北線経由で運転したこともあったのだろうと思います。

私が同線に乗ったのは、昭和56年に興浜北線に乗るために一部区間に乗ったときと、ここにある写真を撮るために訪れただけの2回のみでした。

では、写真をご覧ください。

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昭和56年3月14日 天北線 浜頓別駅にて
写真のキハ22は天北線ではなく、興浜北線の運用車輌です。この頃は既にキハ40系が導入されていましたが、標準色や首都圏色のキハ22などもまだまだ見ることができました。

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昭和63年6月25日 天北線 曲淵駅にて 時間調整中のキハ22首都圏色車

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昭和63年6月25日 天北線 曲淵駅を通過する上り急行「天北」
腕木式信号がローカルな雰囲気にピッタリですね。

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昭和63年6月25日 天北線 小石〜曲淵間を行く下り急行「天北」
この時はヘッドライトを点灯していなかったのですが、私たち(2人)の存在に気付くと、機関士さんがヘッドライトを点灯してくれました。感謝の気持ちを込め手を振ると、機関士さんも窓から手を出して応えてくれました。

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昭和63年6月26日 天北線 芦野〜猿払を行く上り急行「天北」
撮影2日目。この日はレンタカーで移動しました。前日の徒歩に比べれば天国です。

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昭和63年6月26日 天北線 撮影地不詳
「北海道といえば牧場」というようなイメージがあったので、モーモーちゃんたちをいれてパチリ。実はココをレンタカーで走っていったら、ビックリした牛たちが怒涛の如く逃げて行ってしまい、落ち着くのを待つまで大変だったんです。モーモーちゃんたち、驚かせてゴメンネ!


この撮影の目的は、元々稚内方面の14系客車の急行運用がなくなるということで訪れたのですが、気動車化されてから以降はこの地域を訪れることはなく、結局そうしている間に「天北線」は廃止されてしまいました。
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