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2009/8/4  0:43

キハ58秋田色?  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
昨日は大変でしたよ。朝から電車は遅れるし。(どこぞのバカが線路に立ち入ったらしい。)月締めの数字が合わないし・・・間違ったの自分だし・・・。寝不足で頭が回らないから、メチャクチャ時間掛かった・・・。
で、挙句に遅くまで残業・・・クタクタです。

だから・・・1枚で勘弁して!


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平成4年8月18日 奥羽本線 八郎潟〜鯉川間にて

撮った時は良く知らなかったのですが、右側は秋田色らしい。今でもあるのかな?と思ったのですが・・・キハ58って、東日本管内じゃ殆どないらしい。
JRになってから、各地で好き放題に色を塗り替えて色々やってくれたじゃない。
国鉄末期の「塗装合理化」の話はどこえやら・・・民営化されて借金がチャラになったわけじゃないんだから・・・と、元国鉄職員の私ですら憤慨することしきり。

まあ、それはともかくとして。写真を撮るために秋田県内を訪れたのが生涯2回のみ。通過は3度ほどありますが、やはり遠いイメージですね。
なもんで、この塗装の車両を撮ったのも多分これだけ。まあ、貴重な記録ということです。私的に・・・。

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鉄コレのお陰で、私のブログも大騒ぎになってしまいました。これで少しは落ち着くかな・・・でも、ポチ応援は引き続きお願いします
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2009/7/15  0:29

気動車急行「白馬」:大糸線  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
ネタを段々消化してしまって、地味ネタが目立ってきました。
出来るだけ季節モノを・・・と考えると、アップするのも日々悩んでしまいます。


さて、ほんと地味ですけど、知っている人は知っている、急行「白馬」をご紹介いたします。といっても1枚だけなんですけど

急行「白馬」の歴史は古く、昭和29年にも遡るらしいです。この頃の記録は見つかりませんが、おそらくは蒸気機関車が牽く客車だったのでしょう。
その後気動車急行として新宿〜糸魚川間を結んでいました。単独時代もあり、その後、急行「アルプス」や「かわぐち」とも併結されていたようです。

昭和43年10月の改正で一旦廃止となりますが、昭和46年に金沢〜松本間を結ぶ気動車急行として復活(臨時?)。途中、信濃森上止まりなどの変遷がありながらも、昭和57年11月改正で廃止となるまで、大糸線を走る唯一の直通気動車急行として活躍していました。

ちなみに、北陸本線内の金沢〜糸魚川間は、上下とも急行「しらゆき」に併結されていました。


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昭和56年7月22日 大糸線内にて キハ58系 急行「白馬」

撮影地は記録に残っていないのですが、大糸線最後の旧型国電を撮影に行った際に撮ったものです。なのでもちろん電化区間です。
キハ58+キハ28+キハ58の3両編成で、全部の車輌が冷房車の豪華版。中間にキハ28を介することにより、3両分の冷房電源の供給を可能とした合理的な編成です。
大糸線内は3両編成ですが、需要を考えれば適当なセンでしょう。北陸本線内は「しらゆき」と併結されるため、12両の堂々たる編成となります。

ヘッドマークも無く、サボも撮っていなく、なんらインパクトのないキハ58系の写真ですが、大糸線内であるからこそ、急行「白馬」を主張できる1枚です。

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2009/7/4  1:09

函館本線 羊蹄山とキハ40タラコ色  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
今日は早朝から色々な臨時列車が走るんですよね。
それなのに・・・『怨み屋本舗』なんて見てたらこんな時間になってしまった。
これじゃ2時間半くらいしか寝られないや・・・。

そんなことで時間もなくなっちゃったので、今日は1枚だけ。


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昭和63年6月28日 函館本線 倶知安〜小沢間にて
※写真は大〜〜きくなるようにしておきました。

羊蹄山をバックに走るキハ40の普通列車2連。C623「ニセコ」の待ち時間に撮影したものです。
C62の撮影で何回か足を運んだ場所ですが、どうしても雲が掛かってしまうんですよね。どんなに天気が良くても。なかなか理想どおりの姿を見せてくれない、厄介だけど好きな山です。

当時は40系タラコ色か、キハ56系の急行色のみだったローカル色豊かな区間。既に特急「北海」もなく、短編成のローカル気動車のみが走る区間でした。

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さて、起きられるかな・・・。
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2009/5/29  0:31

キハ58系 急行「きのくに」  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
このブログを打っている現在も結構な勢いで雨が降っています。予報では土曜日まで降ったり止んだり、日曜日もあまり天気は良くなさそうです。今度の週末はテツ休みかな。

アクセス数が減っているところで輪を掛けてしまいそうな地味ネタですが、今日は紀勢本線の急行「きのくに」のキハ58系DC時代の写真をアップいたします。

紀勢本線が電化したのは昭和53年9月だそうです。それまでは全線に渡って気動車王国であり、また、普通列車は客車列車が多かったようです。一部区間ではDF50も運用されており、キハ81・82系「くろしお」の存在と合わせて大変魅力のある線区だったと思います。

ただ、関東に住む私にとってはあまり便の良い場所ではありませんでしたし、昭和53年と言えば未だ中学生ですから、とてもロケに遠出するような場所ではありませんでした。

特急の「くろしお」については、縁あって天王寺駅や名古屋駅で撮影したことがありましたが、基本的には全く縁の無い場所です。

そんな紀勢本線でしたが、友人の誘いで、1度だけEF58の末期に写真を撮りに行ったことがありました。もちろん目的は、全国的にも最後になったEF58牽引の客車列車と、巡り合わせ良ければ遭えるかもしれないEF15だけでした。

そんな状況の中、現地に撮影に行って意外と目立っていたのが急行「きのくに」の存在です。電化直後から客車列車として残った普通列車を除き、特急は381系100番代や485系化され、普通列車には111系・113系が運用される様になります。
しかし、当時急行形車両は余剰がなかったためでしょうか、急行「きのくに」だけはキハ58系DCのまま残っていたんですね。しかも観光路線を抱える区間であり、編成もそこそこ長かったため。急行列車としての貫禄を保っていたように思います。

枚数はありませんが、ご覧下さい。

※撮影は、全て昭和59年7月6日です。


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紀勢本線 見老津〜周参見間にて


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紀勢本線 南部〜岩代間にて


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紀勢本線 白浜〜朝来間にて

私の撮る写真としては珍しく、やや夏らしさが表現できているような気がします。
昔は各地で7両編成以上の急行列車が走っていましたから、この時点においても決して珍しいとまでは言えませんでした。強いて言えば、関東では見ることが出来ないキハ65形が混結されていたことでしょうか。特に夏は暑い地域ですから、冷房車必須の優等列車と考えれば、馬力を落とさないで冷房電源を供給できるキハ65は重宝されたことと思います。

この頃の撮影は殆ど徒歩でしたので、本数が少ない分、来る列車は殆ど撮影していたように思います。そんなことで、何とか3枚だけですが、急行「きのくに」という個人的には縁の無かった列車の記録を残すことが出来たのは幸いでした。

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※列車名を間違えて打ち込んでいたので訂正しました。
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2009/4/15  0:54

国鉄 武豊線 キハ58&キハ65の春  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
先程までの激しい雨も、この時間になって少し落ち着いたようです。

今日はローカルネタですが、国鉄時代の武豊線に1度だけ行ったことがありますので、このときの写真をアップしたいと思います。
「ローカルな風景」として扱っても良かったのですが、写っている車両が急行形ばかりなので、気動車として扱います。

※撮影は、全て昭和61年4月22日、撮影場所は不明です。


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みんな同じような写真になってしまいました。
当時の武豊線は、非電化のローカル線と言えども名古屋地区の近郊区間を形成する地域を走っているためか、車両は全て急行形のキハ58系が使われていたようです。
来る列車来る列車、みんな急行列車のような4連で、冷房化率も100%化しているのか、キハ58系が2両に、冷房電源を供給できるようにキハ28又はキハ65を2両挿入した編成を保っていました。

当時としては何の面白みも無い編成ですが、今こんな編成が堂々と走っていれば、テツの聖地になるような線区なんでしょうね。
キハ65も寒冷地仕様の500番代が存在しますが、長野から北日本に配置はあったものの、幹線が電化区間ばかり、冷房の需要も少ないということで能力を発揮することが出来ず、早期に西日本へ散らばってしまった車両です。そういった意味では、殆どキハ65を見たこともなかったので、私的には貴重な記録となってしまいました。

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2009/3/1  10:58

新潟 キハ58系 カーペット車 国鉄色時代  気動車(急行・その他)
こんにちわ。
昨日は寝不足のまま早朝から撮影に出掛けたので、家に帰るなり夕食を摂ってダウン。
アクセスもポイントも惨憺たる状態だったので、更新するのもなんか面倒になってしまった・・・。

という状況で遅くなりましたが、朝からの天気の悪さで気持ちも高ぶらず、ダラダラと過ごしております。

さて、今日は忘れ去られた存在という気がする、新潟のカーペット車をご紹介したいと思います。


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昭和62年6月14日 磐越西線 会津若松〜塩川間にて

詳細な撮影地は不明ですが、DD51の写真を撮りに行った際、DJ予報でたまたま運転時間に当たったので撮りました。

カーペット車は、当時はまだ珍しい存在で、お座敷列車よりもリーズナブルな料金で乗れるために、一部の間で人気があったようです。昭和の頃はかなり限定的でありましたが、その後、津軽海峡線快速「海峡」号や快速「ミッドナイト」など、若干形態は変わりますが「サンライズエクスプレス」ののびのび座席など、夜行客の確保の手段として用いられております。

編成はキハ58+キハ28+キハ58で、中間車にキハ28を連結し、前後のキハ58の冷房電源を確保するという、セオリーにハマった編成になっています。

気動車であったこともあり運転範囲が限定的で、殆ど関東には姿を見せておらず、磐越西線を中心とした新潟口での運用が多かったようです。

登場当初からしばらくの間は国鉄急行色で他のキハ58とも区別が付かず、非常に地味な存在でしたが、後のジョイフルトレインの個性化に影響されたか、晩年は白地に濃淡グリーンの帯が配され、『私はジョイフルトレインです』みたいな主張が見えるようになりました。

場所が場所だけに逢う機会もなく、新塗装時代を見ないうちに廃車されてしまったようです。

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2009/1/9  0:17

雪ネタ 冬の北海道 キハ46  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
昨日、一昨日とアクセス数が非常に少なかったのですが、応援ポチを沢山いただきありがとうございました。

今日は雪のようですね。都心に近いところに住んでいると、雪は楽しみでもあります。一方、今日は平日なので、交通機関の乱れが心配。雪が降っていて寒い中を何時間も待たされたんでは体調を崩しかねません。そんなわけで、今日は少し早めに起きようと思っています。

さて、冬の北海道ネタから1枚ものですが、アップいたします。

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昭和56年3月19日 函館本線 銭函駅付近にて キハ46ほか

縁起かつぎで有名な銭函駅の近くの崖上から撮ったものです。
特定の車両を狙っていたわけでもないのですが、あとで確認してみて喜びに変わった写真です。
おそらく、札幌行きの通勤列車だと思いますが、キハ46(首都圏色)+キハ46(標準色)+キハ27ほかと言った地方都市の通勤線区で見られる雑多な車両を連結した編成です。
私が喜んだのは、キハ45の北海道版であるキハ46ということです。
ちなみに、キハ46は片運形で、キハ24が両運形となっています。キハ46はたった6両しか製造されておらず、圧倒的に両数の多いキハ22と共通運用が組まれているため、遭えるかどうかでさえ微妙な車両でした。それが1編成に2両、しかも塗色が2通りともあるので、画材料としては文句無しですね。

北海道では一般型気動車も多数撮影いたしましたが、同車を写真に撮ったのはこのとき限りとなりました。

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2008/12/20  0:56

キハ58系 快速「みえ」  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
風邪が悪化してしまったようで、皆様にご心配お掛けいたしまして誠にすみません。
1日仕事を休んでしまい、会議もすっぽかしてしまったので、結構ショックだったんです。
これだけ調子悪くなったのも久し振りです。

今日は2008ネタはお休みで、過去ネタから1枚モノをアップします。


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平成2年7月24日 撮影場所不明 快速「みえ」

当時、JRになってまだ間もなく、国鉄仕様の形式ばかりでした。
塗色もまだ個性的なものは出回ってはいなく、紀勢本線が通るJR東海の管内でもいわゆる東海色というのはあまり無かったと思います。

そのような中で、いわゆる東海色の走りとなったのがこの気動車ではなかったでしょうか。
快速「みえ」で、急行列車が廃止となってから特急「南紀」を補完する列車として活躍していました。
若干2両編成で、快速列車というのは如何か?と感じたものですが、今では本線系の普通列車でも平気で2両編成が走る時代ですから、需要に合わせた両数の選択としては正しいものだったかもしれません。

当時はこのような新塗色の車両は非常に毛嫌いしていたものですが、それでもヘッドマーク付きということだけでも魅力があったことは間違いありません。
今となっては、この塗色どころか車両すら過去のもになってしまいました。国鉄〜JR初期を支えた主要車両としての栄光を称えたいものです。

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2008/11/20  0:55

訂正記事:「ニセコスキー」???キハ27−1  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
昨夜帰ってきて驚いちゃいました。写真が違うというツッコミが入り、なるほどその通りだったので・・・。
なんで驚いちゃうほどかと言うと、この写真はリバーサルなのですが、おそらく20年位前に雑誌に投稿した時、スライドマウントにちゃんと「遠軽駅」って書いてあるんですよ。
プリントアウトしていなかったので、架線が写っているところは確認していなかったのですが、自身では「遠軽駅」とずっと思い込んでいたので、印象だけで疑う余地が全くなかったのでしょう。そして、今回スキャニングで画像編集までしているのに、それですら全く気が付かなかったのだから呆れ返ります。


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昭和56年3月

じゃあ、この写真は行った何よ・・・ってことになるわけです。お蔵入りしちゃえば後が楽なんですが、トップナンバーの貴重な写真を捨てるわけにも行きません。
そこで、28年振りに改めて検証してみることにしました。
電化区間で駅撮りしたことがあるのは、ある程度規模のターミナルであることを考えると、札幌・滝川・旭川くらいしか思い浮かばない。

しかし、ここに一つのヒントがあります。

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昨日アップしました「キハ27 1」のナンバーです。
それとこのサボを比較します。

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「ニセコスキー」 サボ

ほぼ同じ色調のスライドがあり、撮影条件が似ていることが判ります。
しかも、このスライドどうしは隣のコマで番号が繋がっているんです。

そして今、ようやく納得できたのです。

この写真は札幌駅。キハ27トップナンバーが連結された列車は、函館本線(山線)の急行「らいでん2号」。そして、季節併結となるのが「ニセコスキー」&「岩内スキー」。
当時の時刻表によると、昭和56年3月29日までの土休日は、「ニセコスキー」(札幌〜蘭越間)と「岩内スキー」(札幌〜小沢間)を「らいでん2号」に併結すると記してあります。

過去この写真を遠軽駅での撮影と記憶していたことで、「ニセコスキー」のサボの写真がつじつまが合わなくて悩んだこともあったのです。長く保存している間に36枚撮り3本のスライドが混じってしまい、時系列が合わなくなってしまったからです。

これらの検証の結果、長年閊えていた疑念がようやく晴れたような気がします。
1つ解からないのは、右側の急行の写真。時刻表によると、同時刻に接している急行列車がないのです。強いて挙げるとすれば、「らいでん2号」の35分前に発車する「えりも2号」か、50分後に発車する季節急行「すずらん2号」ですかね。

いずれにしても、私の思い込みから誤りを記述してしまいましたので、改めましてお詫び申し上げます。m(_ _)m


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2008/11/19  1:14

冬の遠軽駅で 急行「大雪」「天都?」   気動車(急行・その他)
こんばんわ。
北海道ではとうとう雪の季節を迎えるようです。都心でもかなり寒くはなってきましたが、まだコートを着ると会社に付く頃には汗を掻いてしまいますね。
でも、明日辺りから強烈に冷え込んでくるようなので、そろそろ用心が必要かもしれません。

さて、北海道でも雪の便りが聞こえてきそうということですので、今まで温めておいた冬の北海道ネタをアップしてみようと思います。

石北本線といえば、当時日本で唯一のカタカナ特急「オホーツク」と長躯函館〜網走間を往復していた「おおとり」が花形であったわけですが、両列車とも1往復のみの設定で、庶民としてはやはり急行「大雪」がメジャーな優等列車であったと思います。

昭和55年の時刻表を見ると、1日5往復の「大雪」が設定されており、4往復が昼行のディーゼル、1往復が寝台車を連結した夜行急行でした。テツとしては昼間のディーゼル急行よりも夜行列車を多用した、と言いますか、夜行しか乗ったことがない方も多いのではないでしょうか。

急行「大雪」は、その多彩な運用面からも大変興味深い列車です。1往復は釧網本線経由で旭川〜釧路〜札幌を走破し、下りでは名寄本線の興部行き、さらに驚くことは、上りの名寄発〜名寄本線〜遠軽〜札幌なんてとんでもないコースを走破する列車もありました。
さすがに好んで乗るような列車ではありませんが、ちょうど9時間も掛かるこの列車は通しで乗る人なんてまず居なかったのではないでしょうか。


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昭和56年3月 石北本線 遠軽駅にて 急行「天都?」or「大雪」


右側の列車がキハ56とキハ27の2両編成を組んだ急行ですが、遠軽時点における「大雪」でこのようなショボイ編成は無いと思います。すると、急行「天都」の可能性があるのですが、先程お話しましたとおり、名寄から遠軽まで普通列車で来て、網走からの急行と併結して札幌へ向かう「大雪」もありましたので、もしかしたらその片割れの可能性もあります。
今となってはその辺がハッキリしませんので、一応「?」とさせていただきました。

全国的には殆どツートンの気動車標準色がなくなっていましたが、北海道では塗り替えが遅れていた関係で、この昭和56年時点でもかなり見ることが出来ました。

ヘッドマークの無い気動車急行と言うのは、私的には撮影対象外だった筈ですが、北海道と雪景色、極寒の風景は、普通の気動車ですら魅力的に感じさせてしまうんですね。
ですので、本州ではあまり撮影実績の無い一般型車両たちも、たくさん記録に残すことができたのだと思います。

←左側からの検索バーで、過去ログを検索することが出来ます。「狩勝」「ニセコ」なんてのも試しにやってみてください。

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※ 記事及び写真に誤りがありましたので、一部削除させていただきました。m(_ _)m
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