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2011/3/11  2:09

EF5895牽引 宮原スロ81系お座敷列車  EF58のアルバム
こんばんわ。

風呂でウトウトしてしまってとんでも無い時間に・・・。

仕事に支障が出てしまいますので、サックリと1枚だけアップいたします。


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昭和55年8月 神足〜山崎間にて

今となっては懐かしい、スロ81系お座敷客車を牽引するEF58の図。
原形小窓のゴハチが牽く列車、風情がありましたね。東北地区ではHゴム車が多かったので、東海道でも関西圏ならではといった感じです。

この頃はまだ視力もそれほど悪くなく、300mm手持ちで振り回していましたが、それほど失敗したものは少なかったです。そういう意味ではパンタが切れてしまったこの写真、大変勿体無かったですね。


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2011/1/28  6:40

EF58174牽引 急行「鳥海」  EF58のアルバム
おはようございます。

今日はあまり画像が良くないのですが、EF58シリーズの中から最後期型の174号機をご紹介したいと思います。


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昭和55年 西川口〜蕨間にて

174号機牽引の急行「鳥海」編成ですが、残念ながら客車が写っていません。
急行「鳥海」は、上野到着後に推進で尾久客車区へ引き上げ、そのままのカマを付け替えて東大宮操車場へ回送されました。
これは物心ついた頃からずーっと、廃止になるまで変わらなかったと思います。これはその回送シーンですね。


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昭和55年7月23日 蕨〜南浦和間にて

いわゆる「浦電横」です。
こちらは上り「鳥海」となります。夏場なので十分に撮影が可能でした。
編成を見ると、3両目にマニ50が連結されています。マニ36がとうとう廃車か?と思われましたが、マニ36はその後も廃止となる頃まで使用されていましたので、運用の都合により稀に入る感じだったようです。
また、この頃はA寝台が1号車として連結されていますが、最終期には何故か3号車に移動しています。


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昭和56年8月 蕨〜南浦和間にて

前後のコマからの想定になりますが、顔アップなので「鳥海」なのか疑問がある写真です。光線状態が不自然なんで、もしかしたら「鳥海」じゃないかもしれません。
多分、300mmレンズの追い撮りだと思いますが、昔はピント合わせながらここまで追えたんですよね。技量的には今よりずっと良かったようですね。

何故か174号機が多かったですね。あまり特徴が無いカマなので、当時はそれほど貴重ともなんとも思っていませんでしたが・・・あの頃は絶滅するなんて思っていませんでしたから。

174号機は、昭和33年7月25日落成の東洋電機・汽車会社製。新製配置は高崎第二機関区で、生涯最後まで異動が無かったようですね。昭和57年12月23日付で廃車になったようです。

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2011/1/13  0:21

【追加画像】 EF58122牽引 急行「津軽4号」:上野駅にて  EF58のアルバム
こんばんわ。

どうも調子が今ひとつなんで、今日も手抜きします。
でも、ネタとしては結構良い絵だと思うんですけど・・・。


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昭和57年 上野駅にて 急行「津軽4号」を牽引して到着した122号機

新幹線開業間近のようで、グリーン車がなくなり、A寝台がなくなり、わずかにマニ36とB寝台が1両だけ残った寂しい姿です。
それでもリーズナブルな急行の夜行列車はそれなりに需要があったようで、この「津軽」もこの時点までは2往復が設定されていました。

まだ列車が止まり切っていないうちにシャッターを切ったらしく、荷物車の停車位置と思われる場所に大人数の荷扱い主がスタンバっているのが印象的ですね。これから戦争のような荷捌きが行われるのでしょう。

かつては北の便りを乗せてきた夜行列車も、今や片手で数えられるほど。
自分的にはそれほど昔の話とは思っていませんが、30年近くも歳を取ってしまったのかと、別の意味で隔世を感じます。

参考までに、関係する下記過去ログに追加掲載いたしました。

急行「津軽」:EF57〜客車時代

EF58122(生き延びた幸運なカマ)

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2010/11/19  0:10

東京機関区 EF5811  EF58のアルバム
こんばんわ。

今日の現場はいつもより1時間も早く出ないといけないので、早めにアップしておきます。
準備ネタがなくなってしまったので、久し振りにEF58シリーズから引っ張り出してきました。


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昭和52年頃 有楽町駅にて

このくらいの時代だと、EF57が引退に追い込まれ、ようやくEF58にも仕方なく目を向けるようになった頃でしょうか。
写真はいわゆる「オクシナ」回送の絵ですが、この時代は上野〜東京の回送線がバリバリに使用されている頃で、このオクシナ回送はもちろんのこと、団体列車や臨時急行「あおもり」などもここをスルーしていました。
まさか、この平成の時代になってから、この回送線が復活することになるとは夢にも思いませんでした。


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昭和56年2月頃 上野駅にて

これもオクシナ回送でしょうか。単機ではあるんですが。
この頃になるとEF58でも状態の悪いものから廃車が進んでいきました。
東京機関区では最若番の10〜14号機が配置され、宇都宮運転所に10号機が転属すると、この11号機が最若番となりました。そういう意味で、希少性をもって撮影していたことに違いありません。
バックには103系山手線が走っていますが、残念なことにモノクロです。


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昭和56年9月頃 品川駅にて

これも比較的に近い時期に撮影しています。
もうちょっとマシなアングルで撮れなかったんですかね。(笑)
まあ、もう贅沢なことは言っていられなくなっていた頃かもしれませんね。


EF5811

昭和23年 7月10日落成 三菱製 長岡第二機関区に新製配置
昭和57年12月23日廃車 最終配置 東京機関区

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2010/10/22  0:30

宇都宮運転所 EF58116  EF58のアルバム
こんばんわ。

今日は久し振りにEF58ネタです。

過去ログでは一度ご紹介したことのある宇都宮運転所所属のEF58116ですが、その後のフィルムスキャンでHゴム化後の写真が見つかりましたので、過去ログの記事内容とあわせてご紹介したいと思います。


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昭和52年3月21日 東北本線 栗橋〜古河間にて 旧客を牽く116号機

横着して原文のまま再掲いたします。
後に続く旧型客車は、普通列車ではなく、ナント修学旅行列車です。この時代、修学旅行といえば155系や167系が一般的であり、地方からの運用の場合でも165系などが使用されていましたが、旧型客車を使用したものは珍しかったと思います。列車のサボ受けに「修学旅行」というサボが入っていたのが今でも目に焼き付いています。ちょうど30年くらい前の話ですが。
余りにも古い写真なため、この時点ではHゴム化されていない原形小窓を保っており、デフロスタも装備されていませんので、非常に美しい顔をしています。惜しむらくは、ピンボケになってしまっていることですね。(T・T)

116号機は、昭和32年3月29日竣工の日本車輌・富士電機製。新製当初は東京区配置で、宮原区→広島区→宇都宮区と、比較的おとなしい動きだったようです。

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昭和55年頃 蕨〜西川口間にて

上の写真は原形窓となっていますが、こちらはHゴム化されています。ただし、デフロスタは施行されていません。かなり印象が変わりますね。
次位にスニ40を連結していますが、手前を165系急行列車にカブられていて、その後ろが見えません。急行「八甲田」かとも思ったのですが、「八甲田」の通過時間に該当する急行列車が見当たりませんので、おそらくは回送列車かな?と思います。

116号機は、昭和32年3月29日竣工の日本車輌・富士電機製。新製当初は東京区配置で、宮原区→広島区→宇都宮区と、比較的おとなしい動きだったようです。

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2010/5/28  0:10

EF5870の特徴について  EF58のアルバム
Fe4のメンバーであるlineさんのブログで『原形小窓で大ひさしのEF5870』というEF5870に関する記事をアップされましたが、今月号(2010年7月号)のレールマガジンに、偶然にもEF5870に関する記事が掲載されておりましたので、実車の写真も交えて記してみたいと思います。


まずはlineさんの写真より。

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懐かしい東北本線121列車の写真です。早朝に上野駅を出発し、6時間強を掛けて郡山まで行く普通列車。

一見してツララ切り付きの元上越型の原形小窓車に見えますが、実は違うことが分かりました。


69〜72号機は、昭和29年に川崎・川重で製作された同次型の車両で、この号機から大きな仕様変更がされたそうです。後期では当たり前であった運転台窓上の「水切り」の設置、誘導添乗のステップ・握り棒を設置したことなどです。
ここから私らの年代の常識的スタイルが始まったわけですね。

そして、これには驚いてしまったのですが、同一ロットで原形小窓として登場することになっていたにも拘らず、69・70号機は見込みで大窓のスタイルで製造してしまったため、そのまま大窓で竣工ということになってしまったらしいのです。
つまり、70号機の原形というのは、正式には「大窓」だったということになります。

では、lineさんの写真で見る原形小窓とはどういうことか・・・となるわけです。

原形大窓で誕生した70号機は、宇都宮機関区(後の宇都宮運転所)に転属後、高崎第二・長岡第二に配属になった他のEF58と共に、ガラスの変更・ツララ切りの追設に合わせ、写真にある原形小窓と酷似したスタイルになったそうです。


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こちらの写真は過去ログでアップした宇都宮運転所の102号機の写真を部分的に拡大したものです。ちょっと画像が荒れていて判りづらいかもしれませんが、原形小窓の下端に注目していただきたいと思います。

通常の原形小窓は上端がR付きで、下端がスパッと角になっているわけですが、lineさんの撮った70号機を見ると、下端にもRが付いていることが判りますね。
この点については、やはり「変形機」であるということです。


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以前にアップいたしました、70号機牽引「おが3号」の写真です。
確か70号機をアップしたけど、特徴のあるような印象がなかったんですよね。それもその筈、私が撮った70号機は、何と、Hゴム化されてしまっていたからなんですね。末期まで残った宇都宮運転所のEF58は、全てHゴム化され、さらに晩年はデフロスタが装着されてしまったんですね。

ここまで記した限りにおいても、この70号機というのはかなり大きな変遷を経てきたカマだったわけです。私もこれといったEF58の資料を持っているわけでもないので、経緯を初めて知り、ただただ驚くばかりです。
しかも、ツララ切りが付いているにも拘わらず、生粋の上越型ではなかったという事実。これには大きなショックを受けました。

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2010/4/26  0:51

生粋の宮原っ子:EF58127  EF58のアルバム
こんばんわ。

昨日も娘の水泳大会があったのですが、2日連続は少々きつかったので、早朝の送りだけしてまったりとボチボチと近所で撮影していました。
最近はネタも無い(無くはないけど気が乗らない)ので、近所で貨物撮影のみといった感じで。

そんなことで新着ネタもありませんので、今日はEF58ネタにしたいと思います。


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昭和57年10月6日 名古屋駅にて EF58127牽引 14系団体列車

山口線・小野田線の撮影の帰り、何故か名古屋に寄っています。理由は覚えていません。
ちょうどEF58の廃車が本格的に始まってきた頃でしょうかね。それでもEF58の特徴というのはそれほど理解していない頃でしたので、臨時列車に偶然出くわしたから撮ったという程度だったとおもいます。

今見てみれば、原形小窓に原形ワイパー、原形テールランプと、かなりオリジナル形態を残したスタイルですね。改造で目立つのはフィルタのヨロイ戸化くらいのものでしょうか。14系との組み合わせも、急客機の貫禄があります。

127号機は、昭和32年3月14日落成の東洋電機・汽車会社製。新製配置は宮原機関区で、詳しいデータはないのですが、最後まで異動が無かったようですね。最後は吹田区において昭和60年10月14日付で廃車になったようです。

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名古屋地区の原色新快速も懐かしいですね。
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2010/4/9  1:00

EF5873:品川駅にて重連単機回送  EF58のアルバム
こんばんわ。

今日もお疲れですので、すみませんが1枚モノです。
EF58・・・久し振りかな。


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昭和55年8月? 品川駅にて

多分ですが、フィルムの時代考証の結果このくらいの時期に撮ったものと思われます。
当時、EF5873は宇都宮運転所に所属しており、廃車になるまで異動していなかったと思います。
普通に考えれば、宇都宮運転所のカマが品川駅を定期でウロチョロしている筈も無いと思うのですが・・・。
当時は未だEF58が珍しい存在ではありませんでしたので、あまり積極的には撮っていませんでしたが、重連単機ということもあり、撮影したのだと思います。残念ながら反対側のカマは撮っておりませんので、同じ宇都宮のカマなのか、それとも東京区のカマだったのかも判りません。

何となくの記憶なのですが、品川駅で撮影していて、このような重連回送を時折見ていたような気がするんですよね。品川客車区のお座敷81系もありましたので、そのような臨時列車充当のために回送されてきた可能性が高いと思います。

小窓原形、デフロスタ未設置、PS14パンタグラフ、原形フィルタなど、かなりオリジナルに近い、好ましいスタイルをしています。EF58はブレてナンバーの判別ができない写真が多くありますが、はっきり73号機と判る写真はこの1枚だけとなっています。

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なんだか、明日の土曜日もサクラは大丈夫そうですね。もう1回、トライしてみようかな・・・。
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2009/12/10  0:12

EF5836牽引 荷物列車 (七つ窓変形機)  EF58のアルバム
こんばんわ。

シービーさんがEF5835(長岡二区)の写真をアップしていたので、釣られて久々のEF58ネタを出しちゃいます。

今日のネタは、私的に大好きな七つ窓変形機の36号機です。


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昭和54年12月 浜川崎駅付近にて EF5836牽引 荷物列車

画質が良くないのですが、大きくなるように設定しておきました。

これは鶴見線の旧型国電を撮りに行った時でしょうか。浜川崎支線のクモハ11の写真を撮っている時、突然に現れた荷物列車で、窓数が多いことに瞬時に気付き、とっさに撮影したものです。
ちょうど鉄道雑誌を定期的に買い始めた頃で、ちょうどEF58が注目され始めた頃でもあり、36号機が七つ窓の変形機であることは知っていました。滅多に東海道方面へ写真を撮りに行くこともなかったので、この偶然を非常に嬉しく思っていたことを覚えています。

地元では長岡二区の35号機も見ることが出来た筈なのですが、長岡二区のカマはこの近辺で昼間の運用が無いため、夜行列車の上りを狙うしかなかったんですね。ただ、まだ写真代がかさむ時代でしたから、闇雲に撮ることもなかったため、35号機の写真は見つかりませんでした。

そういった意味では、私的に大変貴重な写真となってしまったわけです。

比較的末期に近いところの写真であるため、フィルタのヨロイ戸化、米原区特有の白Hゴム、外バメ式テールライトなど、改造箇所が多いです。
一方、上越仕様であるツララ切りや、ちらっと見えるホイッスルカバーなど、いじられずに残っていたようです。PS14パンタもそのままのようですね。

一番の特徴である七つ窓は存置されたまま。EF18に形式替えされてしまった32〜34号機も同様の形態をしており、デッキ付きとして製造している途中で設計変更により後の標準型となる流線型に顔を付け替えたという曰くつきの車両で、形状としての流線型第1陣となった車両です。(それ以外の車体載せ替え車および新製車37号機〜は流線型車体全体が新製。)


35号機 → 昭和27年3月9日落成 東芝製 初期配置は高崎二区
        最終配置は長岡二区 昭和56年6月9日廃車

36号機 → 昭和27年3月29日落成 東芝製 初期配置は高崎二区
        後年の配置は米原区 EF62切替前の暫定使用で下関区に移動 その後廃車

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2009/11/11  6:48

EF5861牽引「オリエント急行」  EF58のアルバム
おはようございます。
今日は西武ネタをちょっとお休み。
先般アップいたしました『EF651000番代牽引「オリエント急行」』に関連して、EF5861が牽引した「オリエント急行」の画像をアップいたします。


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昭和63年12月24日 高崎線にて

撮影区間を忘れてしまいました。
この日の前日、D51498が本線復活して大フィーバーしました。翌日には折り返しでEF5861が単独牽引して高崎線を戻ってきています。詳細な記憶はありませんが、この日を最後に、一連の「オリエント急行」の写真撮影にピリオドを打っています。
日本全国を駆け巡った外国の列車。おそらく、今後2度とこのような大イベントが行われることは無いのでは?と思います。
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