鉄道コム

2011/1/18  1:45

中央東線を走る飯田線80系電車  旧型国電
こんばんわ。

あまりの眠さに、お風呂で気を失ってました。
今のうちに1枚だけアップしておきます。


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昭和58年1月12日 中央本線 川岸〜辰野間にて ※クリックすると画像が大きくなります。

中央東線を行く、80系による飯田線の普通列車です。

飯田線は辰野〜豊橋間ですが、1日に数本が中央本線の岡谷や上諏訪まで乗り入れていました。
当時はまだみどり湖経由の塩嶺ルートは完成していなかったので、この単線区間を特急「あずさ」や急行「アルプス」も走っていました。
それでもここまで来ると閑散とした本数であり、川岸駅では委託の出札窓口氏とのんびり語っていたものです。

飯田線の撮影において同区間を訪れたのは1回だけであり、旧国が廃車されてからは1度も再訪していないと思います。全国的にも貴重になってきたクモハ123も居ることですし、いずれは再訪してみたい場所です。

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2010/12/21  6:38

昭和の配給電車!珍ドコ編成  旧型国電
おはようございます。

変な時間に寝てしまい、5時半からネタを考えているのですが思い浮かびません。
困った時は昭和のアーカイブから・・・

結構強烈です。


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昭和51年 蕨〜西川口間にて

地元チームワラペンのメンバーでも信じられない風景でしょうね(笑)。
バックに写っているのはいつもの自転車橋です。

滅多に見られる光景ではありませんが、新前橋から大井工場への配給列車ですね。
先頭から クモニ13+クモル23+クハ76+クモヤ90です。クハ76は間違いなく新前橋区の車両でしょうが、その他の車両の所属はわかりません。クモル23とクモニ13は品川電車区でしょうけどね。


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こちらは中間を抜いたものです。
当時、クハ76を関東で見ることが出来たのは新前橋区のみでしたから、まだあまり行き来が出来ないチューボーからすると、地元で逢うことができたのは非常にラッキーに思ってました。
今では配給も編成単位での移動が殆どになってしまいましたが、昔は単体やユニット単位でバラバラに動いていたんですよね。ですから、クモヤ90やクモヤ22と言った牽引車が活躍していました。

どこからでも撮ることができた線路際と、有り得ない珍ドコ編成。遠い昭和の思い出です。

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2010/11/5  7:06

飯田線 旧型国電 クハ47009  旧型国電
おはようございます。

今日は時間が無くなってしまったので1枚だけ。

過去ログ『飯田線 旧型国電 クハ47059』でサハ48改造のクハ47をご紹介いたしましたが、今日はオリジナル版のクハ470番代です。


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昭和58年4月19日 伊那松島機関区にて クハ47009

050番代が中間車改造なのに対し、0番代は完全なオリジナル版です。ただし、011は嘘っぱちの車両なのでご注意。
外観はまるで42系のようですが、この車両は32系に属する車両です。

私が知っている頃は常にクモハ53008と手を組んでおり、最後となるさよなら列車まで運用された、昭和1ケタ生まれのつわものでした。

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2010/9/28  7:07

飯田線 旧型国電 クハ47059  旧型国電
おはようございます。

昨日は寝不足もあって、0時を待たずに寝てしまいました。
時間が無いので、取り急ぎアップして出掛けます。

このところ特急ネタが続きましたので、今日は久し振りの旧型国電から、飯田線のクハ47059をご紹介いたします。


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昭和58年8月6日 伊那松島機関区にて

クハ47の基本番代は、元32系(17m車:後のクモハ14)に属する系列の制御車で、省型初の20m級の電車です。当時の技術ではまだ車体の歪みを抑える技術が乏しく、モーターの付いていない軽い制御車及び中間付随車で初めて20m級を可能としたものです。横須賀線で使用されました。

クハ47の050番代は、横須賀線の新性能化による地方転出の際、不足する制御車を補うため、中間付随車のサハ48に運転台を取り付けたものです。この手法は今でも行われています。
飯田線における最期の最期、旧型国電のラストランです。クハ47059は、飯田線の最後を飾るさよなら列車にも使われました。昭和一ケタの老兵は、50年以上にわたって人生をまっとうした訳ですね。


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2010/7/14  0:16

国鉄62系電車の人生と佐久間レールパークの関係  旧型国電
こんばんわ。

突然ですが、佐久間レールパークが閉館になって随分経ちましたね。
昨年のイベント的遠出は佐久間レールパークと中京地区の撮影の旅だったのですが、今年はかなりグレードアップして更なる遠出となる予定です。

さて、そんなこともあって、ふと思い出したことがありました。過去ログで『身延線 旧型国電 モハ62系』というのをアップしたことがあったのですが、この記事をご覧になった読者の方から、「画像を提供していただきたい」との依頼があったのです。ビデオの制作で使用したいとのことだったんですね。もちろんOKいたしました。

その後、ビデオが完成したとのご連絡をいただいていたのですが、ご紹介するのがすっかり遅れてしまいました。
そんなことで、遅ればせながらYou Tubeから探して参りましたので、是非ご覧いただきたいと思います。大変面白く、そして感動的に作られています。




ハリボテ車はあまり興味が湧かないので、写真すら撮ってこなかったのですが、意外なところに歴史があったのですね。まだまだ目配り・気配りが足りません。

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2010/5/8  1:12

飯田線 旧型国電 渡らずの橋を行くクモハユニ64  旧型国電
こんばんわ。

GW中くたばっていたので、ちょっとネタ切れです。というわけで、昭和の風景から!


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昭和58年4月17日 飯田線 向市場〜城西間にて ※大〜きくなります。

飯田線のロケーションでもチョー有名な橋梁です。
写真では分かりづらいと思いますが、川の向かって右側から左へ向かって進み、対岸に渡る前に折り返してしまい、また元の右側に戻ると言う奇妙な鉄橋です。

元々は向かって右側の山の中をトンネルで突き抜けていたのですが、激しい地殻変動でトンネルが動いてしまい、著しく危険な状態に(というか使い物にならない)なってしまったことから、鉄橋で川側に逃げたと言うからくりらしいです。元々が川沿いのため逃げられる場所が川の上しか無かったってことですね。

本来であれば、法定河川である以上、このような橋梁の架け方は許可が下りないのですが、国鉄が河川管理と同じ国の権限であったこと、公益を守るための緊急避難であることなどから、特別に許可が下りたのではないかと推測します。

飯田線へはかなりの回数を通っていますが、ここで撮影したのはこの列車1本だけでした。富山の撮影の帰途に寄り道したと記憶していますが、悲しいことに雨だし。雨の中を1人で撮影しているのは、列車本数も極端に少ないだけに、非常に寂しく、心細かったのを覚えています。川も濁って、とても良い雰囲気とは言えませんね。

ただ、ラッキーだったとすれば、この1発チャンスのときにクモハユニ64000という1形式1両の貴重な車両が通ってくれたということに終始するでしょう。

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2010/4/13  7:18

飯田線 旧型国電 クモハ43013  旧型国電
おはようございます。

昨夜はいつの間に寝てしまったのか記憶がありません。
時間がなくなってしまったので、取り急ぎアップいたします。

飯田線は単独路線としても相当な回数の撮影を重ねていますが、段々ネタも終わりに近づいてきた感じがします。
今日は、結果的に1枚モノになってしまいますが、クモハ43013です。


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昭和58年4月17日 豊橋駅にて

私が旧型国電に興味を持つようになったのは、おそらくGMキットのクモハ43を見たときからだったのではないかと思います。それまで、旧型国電としては73系や70系・80系という戦中・戦後型しか知らなかったのですが、キットで見た小窓がズラリと並び、ドアが片側2つしかないまるで優等列車の車両のような姿に一目惚れしてしまったんですね。高校に入って鉄道雑誌を毎月買えるようになり、飯田線が最後を迎えるという情報により、現物が未だ走っていることを知りました。高校の友人たちと飯田線を初めて訪れたのは、昭和56年のことです。

同系には出力アップしたクモハ53、制御車のクハ47など、形態的にも実際の車両も複数が存在していましたが、オリジナルのクモハ43は013の1両しか残っておらず、なかなか逢う機会がありませんでした。この写真は北陸経由で帰り道に飯田線に寄り、やっと撮影することが出来た写真なのです。

個人的には貫通路に幌枠が付いた形態が好きなのですが、飯田線では撤去されてしまった形態ばかりだったのが残念です。

この写真を撮った時には、既に80系は全て引退となり、変わりにその場凌ぎの165系が使われたり、やっと119系が誕生してきた頃だったと思います。

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2010/4/3  1:17

飯田線 旧型国電 クハユニ56001  旧型国電
こんばんわ。
やっと長い長い1週間が終りました。
先週、先々週辺りは、時間との戦いがあったので、毎日の残業もあっという間に時間が過ぎてしまった感があったのですが、今週はメチャメチャ長く感じました。
今日はサクラの写真を撮りに行きたかったですが、なんとなくグロッキーになりそうな予感がします。

さて、休みを迎えてやっと気が抜けたので、なんとなく気持ちが休まりました。でも、実は引継ぎ書類を未だ作っていないので、この土日も仕事をするようになっちゃうんですけど。
そんな状況ですので、今日は1枚ネタです。


もう1年半近く前になってしまうのですが、飯田線ネタで『飯田線 旧型国電 クハユニ56 0番代篇』というのをアップいたしました。
この記事の中で、「クハユニ56の0番代は、リベット付き、シル・ヘッダー車の001(元クハニ67001)と、ノーシル・ノーヘッダー車の002〜004(元クハニ67003〜005)の計4両が存在し、少数の中でも差異があり、興味深い車両でした。
しかし、残念ながら、001の写真は見当たらないようでした。」

というご案内をしたのですが、実は、これがそうだったとは知らず、ずっとアップを保留していた写真がありました。


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昭和56年7月21日 為栗〜温田間にて

正面3枚窓の非貫通型で、ずっとクハ47だと思っていたのですが、サイドを見たときにクハユニ56であることにやっと気がつきました。
そして、前述の説明にあるように、元クハニ67改造のクハユニ56の中で、この001だけが唯一シルヘッダーをつけていたんですね。

せっかくの希少車種ではあった訳ですが、撮る角度が良くなかったため、あまり車両写真としてはいただけないものになってしまったのが残念です。それでも、無いと思っていた車両の写真が見つかっただけ、まだ救われたかもしれません。

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2010/3/17  6:17

昭和52年 両毛線のクモユニ74  旧型国電
おはようございます。

また0時を待たずに寝てしまったようで。このところ、疲労がたまっているみたいです。

先日の改正で荷物専用電車が廃止されてしまいましたが、荷物電車と言いましても旅客電車の運用によるもので、昭和の時代を知っているものからすれば、正調な荷物電車とはとても思えません。その昔、誰がどう見ても「荷物電車」と言える車両がゴロゴロといたんですね。


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昭和52年 高崎駅にて

この頃、たまたま立ち寄った高崎で信越線の80系を知り、2度ほど連続で訪れています。メインは80系の写真でしたが、この頃は両毛線にも本数は少なくなっていましたが、70系電車が走っていたのでやはり何枚か撮っています。

その中でも、偶然居合わせていたのがこの列車で、高崎寄りにクモユニ74を連結しています。おそらく寒冷地仕様の200番代で、後期改造のシールドビームとなっていますが、車体角にRが付いているのが特徴です。ホイッスルカバーが付いているのが判りますね。

次位にはサロ85改造の両毛線名物クハ77も見えて、如何にも両毛線らしい編成となっています。

もう35年近くも経ってしまったこの風景。時代はもう戻りません。

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2010/3/2  0:42

飯田線 旧型国電 51系 (その6)  旧型国電
こんばんわ。

またウダウダな1週間が始まってしまいました。週の初日から疲れてしまったので、今日はズラッと並べて大きくなるようにしておきます。

自分で言うのもなんですが、ほんと、飯田線は良く撮りましたね。まだまだあるんですよ。今日は冬に撮影した中から51系をお楽しみください。


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昭和58年1月12日 辰野〜宮木間にて

珍しく辰野近辺で撮った写真です。ロケーションはあまり良くありません。


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昭和58年1月12日 川岸〜辰野間にて

こちらも珍しく中央本線内で撮った飯田線の写真。一部の列車は上諏訪駅まで乗入していました。


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昭和58年1月12日 沢渡(さわんど)駅にて

モノクロだと駅撮りでも味が出ます。この頃は、あちらこちらの駅で貨物扱いがありました。現在では皆無になってしまいましたね。


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昭和58年2月9日 七久保〜大沢信号場間にて

飯田線でもバックに雪山という風景には出くわしましたが、撮影中に吹雪にあったのは珍しいです。この辺りだとそれほど雪が積もるようなことも無かったですから、結構厳しい撮影でした。


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昭和58年2月9日 伊那本郷〜飯島間にて

3両目に合いの子流電クモハ53007を挟んだ編成。先頭に立って貰いたいというのがファンの夢でしたが、末期の頃は殆ど先頭に立つことはありませんでした。

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