精神修養しなければならない人間の特徴は、本音と建前が大きく食い違うことである。あるいは、心の中に葛藤を抱えていて、それが意図しない場面において現れ、支障を来してしまうようなことがあることだ。これは、簡単に言えば、「意識」の世界における事象と「無意識」における事象とが食い違うことによって生じると考えてよい。ここでわれわれは「意識」と「無意識」の構造と性質を、つまり人間の心の構造と性質を知る必要に迫られる。
6.人間の心の構造と性質
人間の心は「意識」と呼ばれる認知能力と「無意識」と呼ばれる種々の癖の集合体からなる。意識の世界の大きさを「1」とすれば「無意識」の世界の大きさはその「10万倍」程度もあることが知れている。この広大な無意識の世界には、我々が人間として行動することが自然にできるような種々の「癖」…行動パターン…が蓄積されていると考えられるのだ。
この行動パターンの癖すなわち無意識のうちの特に性格と呼ばれる部分は、子が条件母性反射が成立している対象へ甘えたくても甘えられない状態が継続することによって生じると考えられる。たとえば、子が母に甘えるとき、母を父が奪ってしまうような生活様式(西洋の生活様式)ではエディプス・コンプレックスが、母が女に変身するときだけ子が甘えられなくなるとき(日本の生活様式)ではアジャセ・コンプレックスが、第一子が第二子に母をとられてしまうような場合には同胞コンプレックスが、といった具合である。このようにして形成される性格が個性として日常生活に機能するときは良いが、余りにもこだわりがひどくなると問題を生じるようになる。問題が発生したときの解決法としては、原因は甘えたくても甘えられないことであるから、「正しく甘えさせる」ということとなる。
正しく甘えさせるというひとつの方法は、幼児期以来、甘えることの障害となっていたことを取り除いて甘えることである。このことが、実は、男系男子継承にあって、長男、次男、…、が継承において異なってくることの原点である。次の図に基づいてこれを考えてみよう。
○1 ○2 ○3
●1 ●2 ●3
◎1 ◎2 ◎3
○nは、n=1が長男、n=2が次男、n=3が三男をあらわし、●nは、○1の長男、次男、三男、…、で、◎nは●1の長男、次男、三男、…、である。ここで、どの世代にも共通していることとして、
(1)長男(第一子)は、その親と直接の関係を持つ。
(2)次男(第二子)は、長男の存在の元に、間接的に親との関係を持つ。
(3)三男(第三子)は、長男、次男の存在の元に、間接的に親との関係を持つ。
ということがある。
以上のような状況の中で、長男、次男、三男、…、を精神修養する、すなわち、甘えることの障害となっていたものを除去して甘えさせる、ということを考えると、それぞれを究極の幼児時代に戻した関係をまず実現することとなる。究極の幼児時代とは、長男にとっては、親を独占することであり、次男、三男にとっては、兄の存在の元に、親との関係を特に持つ、ということになる。
続く

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