宮崎駿が 「僕は紙と鉛筆があれば良い」と発言した事が話題になっているそうですね。iPadへの批判です。
ちょっと「ネットで」調べてみました、インタヴューで起こった事のようですね。

〜〜

〜〜

〜〜

〜〜
「その内に電車の中でその妙な手つきで自慰行為のようにさすっている人間が増えるんでしょうね」と話した。
質問者がiPadは欲しい情報が居ながらにして手に入るなど、先進技術や利便性を説明すると、
「あのね、誰でも手に入るものは、たいしたものじゃないという事なんです。本当に大切なものは、iナントカじゃ手に入らないんです」
・・・・・

・・・・・

・・・・・

・・・・・
このブログでも たまに書くのです,星の王子様の中の言葉。
「大切なものは目には見えないんだ」
その言い方とかぶって 今回はちょっと宮崎氏に味方したくなっています。
iPadって 欲しくなりますよね。
見易そうだし、使い易そうだし、何と言っても 楽しめそうなんですもん。
それに「驚きがある」・・・・・これは大きい。
開発者達自身も 買って使った人も みんなその話しをする時にワクワク生き生きしてますもんね。
でもね、前々から書こうと思っていたのです。
その危なさに付いても。
宮崎駿に質問した人が言っている「iPadは欲しい情報が居ながらにして手に入る」など 危なさの骨頂だと思えるのです。
つまり それで 満足してしまうという事。
情報を得たと思ってしまう事。それが怖い。
その単純な情報だけで分かったと思ってしまったら 世界はどんどんカンタンな薄っぺらな世界になって行ってしまいます。
世界中の人が得る情報が あの小さな箱からだけ・・・・・・・だなんて 怖くないですか?
みんな そこから発されている情報を同じように信じ、そこで議論し、それで社会が形作られるなんて 怖くないですか?
なんだか 大きな編み目で掬ったものだけで 海の生き物を結論づけるみたいでしょう?
昔ね、ランダムハウスという英語の辞書を買った事があります。
重い!!
なにせ 厚みが10cmくらいありましたからね。
それを よっこらしょっと持って来て、英語の文章を訳すのです。
一つの単語の意味が山ほど出てくる。
そして、それらに又 例文が山ほど付いている。
自分が欲しいこの単語の訳はどれだろう・・・・・・と 順に読んで行くうちに 面白い事に気がつくのです。
それは 英語の単語=日本語の意味という図式ではない所で その英語の単語を捉えられる事があるという事。
つまり その言葉を単純に意味として捉えるんじゃなくて その言葉の持っている「イメージ」が 入ってくる事があるのです。
すると その単語がどのように使われていても 何となく分かるようになってきます。
それはそれは楽しい事でした。
「辞書を片手に」なんてこと 決してできない辞書でした。
けれど その重さと ページをめくってて行くときの音と手に戻ってくる感触とともに 「言葉というもの」について 私に教えてくれた辞書なのです。
そうです、意味を教えてくれたんじゃなくて それは文化を教えてくれたんですね。
ネットでばかり情報を得ていると まあ そのようなことは余り起こらない事でしょう。
今日は何が言いたいかというとね、そんな人は特に アートの世界に身と心を預けてみませんか?って事。
ネットって 面白い言葉ですね!!
正しく「ネット」でして おおざっぱな編み目の網でしかなくて
(人と人を結んでいるんじゃなくてね)
その編み目では決して掬えない(救えないもの?)を アートという世界で見つけませんか?・・・・・って 言いたいのです。
今日は
このアートコラボに出かけます。
あなたもいかが?
その前に神戸に行って
TONTONEを楽しんで来るつもり。
お近くの方、いかがですか? 19日までだそうです。
音楽 絵画 彫刻 ダンス クラシカルなもの 新しいもの・・・・・・古今東西 人はカンタンには見えない とても大切なものを手にするために、色々な方法で それに到達しようとし、それを感じてもらおうとして来ました。
そこの中には 時空を飛び越えて つながり合える不思議な世界がありますね。
それを感じられる時 私はとても幸せな気持ちになるのです。
んで、どうして私がランダムハウスなどという辞書を買ったかというと・・・・・・それは ただただ「辞書好き」だからです!
昔の私は ネットサーフィンならぬ「辞書サーフィン」で遊んでいるような引きこもりオタッキーでしたからね。
・・・・・・そうです、iPadが欲しくてならないけれど、私は「買わない」と決めたのです。
もう買っちゃった人!!
ちょっと触らせて〜〜〜〜〜。

0