ライブが終わった次の日、金比羅歌舞伎に向けて出発。
長年の夢でした。
離婚後、一人で子供達を育てるのにキューキューしていました。
仕事も慣れない事ばかりで、仕事と家事の往復で、睡眠も取れない状態が長く続きました。
やっと子供達が育ってしばらくは、故障した家電品を取り替えたり買い替えたり・・・。
結構掛かりますね〜〜。
そして、昨年辺りから、やっとやっと、私はお相撲と歌舞伎等に自分の時間をお金をかけるようになりました。
そうです、やっと、自分の楽しみのためにそれらを使うようになったのです。
ライブ後に、長年の夢だった金比羅歌舞伎を見に行きました。
芝居小屋の
金丸座は1835年に建てられ栄えてはいたものの、一時は小屋の周りも雑草だらけになるほど衰退。
それを、30年ほど掛かって移築し、保全した人達が居るのです。
それから十数年後 ようやく今のように歌舞伎が上演されるようになったそうです。
今年は31回目。
坂道を上って行くと太鼓の音と上りが私達を迎えます。
古い小屋の風情は 私達を笑顔にしました。
中ではこうしてお茶子さん達が笑顔で元気よく迎えてくれて、お席まで案内をしてくれます。
細長く横に通っている木の板の上を歩いて、お席まで行くのです!!
天井はぶどう棚と言うそうです。
窓を開け放った時には風でこの提灯が揺れて とても美しい。
赤い提灯にはワクワクします。
この写真では分かりにくいのですが、1階2階3階の全ての窓を開け放ってしまうと、自然光と春の風が入って来て、それはそれは気持ちがいいのです。
自然光の中で演じられた道行きが どんなに気持ちよかった事か!
金丸座は昔の通り、全てが人力です。
舞台の回転も、下で大勢の人が回しています。
セリやスッポンも 人力で挙げるのです。
だから、全ての人と、役者の息が合わないと上手く行きません。
灯りも「照明」ではないので、昔のろうそくのようにぼんやりしています。
私達はお芝居を楽しむと同時に 昔の人達と一緒にそのワクワク感を味わうのです。
歌舞伎やいろんな事が素晴らしかったのですが、それらは又今度。
今日は これだけのものが残った事、そして 今でもこうして使われている事に対する感動と、それには 沢山の人のあり得ないほどの熱意と努力があった事を 書き留めておきたいのです。
町は 私達で守りましょう。
そのためには 国や自治体を説得して行かなくてはなりません。
この人達は30人ほどの年月を費やしました。
中之島の公会堂もまた、沢山の方々のご尽力で残りました。
建物は「物」ではありません。
そこにあるのは人々の「心意気」です。
沢山の人の「情熱」と「愛」です。
もし古い建物を壊すとしたら、その「心意気」と「情熱」と「愛」に見合うだけの物がなければなりません。
でなければ、自分たちの「誇り」さえ 見えなくなってしまいます。
歌舞伎も本当に良かったし、色々良い事があったのですが長くなります、今日はこの辺で。
大阪は 都構想問題があります。
「町」について、「歴史」について、「人の営み」について、「誇り」について考えてみなくちゃね。
もちろん私は 反対しています。
長くなるのでこの辺で!

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