私が違和感を感じていたものや、これは嫌だとか、こんなのがっかりだと思っていたものの正体がわかりました。
なぜ嫌なのか、どうして避けたいのかというのは長年自分でも整理できていなかったのですが、それらがつながったと感じているのです。
例えばね。
歌を習って、色々なミュージシャンや先生から「自分が好きなシンガーや素晴らしいと思う人の歌を真似たらいい」と教わりました。
でも、どうしてもそれをしたくなかった。
YouTubeで色々な演奏を聞いても真似るためではなく、自分の中にある「この歌を歌いたい」という気持ちをくっきりさせるためでした。
あるいは、仕事のこと。
同じ仕事内容なら正社員もそうじゃない雇用形態の人も同じ金額を支払われるべきだという意見に違和感があったこと。
それだと作業になってしまう・・・・と思っていました。
仕事というのを時間や期間だけでぶった切って、作業として捉えたらそれでいいのでしょうけれど、それ以外のたくさんの要素があって、それらが意外に大切なのに・・・・と感じていました。
また、ズーム配信にあるがっかり。
これらの、これは嫌だとか違和感とかがっかりは 私の中の同じところから来ているんだとわかったという意味です。
例えば歌。
誰かのものを真似るというのは、その「テクニックを習う」ということだと思うのですが、その前にどうしても知りたいこと、解明したいこと、身に付けたいことがありました。
それはその歌の奥底にある表現されたいであろう何ものかです。
あるいは、歌うということの中にある道筋です。
絶対にこれだけは無くしてはならないと思う道筋です。
初心者であった私がテクニックのために真似ることをしたら、その道筋を見失うと感じていたようです。
仕事のことは説明した通り。
仕事を作業と捉えたくないし、作業ではないところが結構大切なんだと思っているから。
そしてズーム配信のこと。
コンサートやライブに行くと、ワクワクするのですが、例えば、会場に徐々に人が集まってくるとき、また会場の空気が変わり出します。
徐々に熱を帯び、ただの箱ではなくなっていきます。
その空気感こそがワクワクなのです。
そして、演奏もその演奏だけじゃなく、そこにある空気のすべてこそがライブの醍醐味なのです。
素晴らしい演奏の時、その素晴らしい演奏+お客さんの表情やちょっとした動き、目の輝き、そしてその熱から来る空間の揺らぎのようなもの。
それがワクワクの理由です。
結局私がなんとなく避けていたものは、その物事のどこか一部分しか担っていなかったからなのだと思います。それだと本当には楽しくないし手応えがないと感じているようです。
こう考えてきて、私の考えの傾向がわかりました。
新年早々、いいことがわかったな〜〜と思っているところです。
さ、朝風呂に入って、気合を入れようっと!

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