この映画もまたとてもいい映画でした。
この映画には原作があり、
「蜜蜂と遠雷」、それを読んだ人はちょっと違うと思うかもしれません。
なので、頭の中をシンプルにしてみてください。
日本で行われる国際的なピアノコンテストに挑む4人の若者を描いています。
それぞれバックボーンが違い、背負っているものが違い、それぞれに目指す音楽があります。
コンテストですからね、とにかくピアノを弾いている、あるいはオーケストラと演奏しているシーンが多く、音楽好きな私にはたまりません。
しかも、当たり前でしょうけれど、ピアノが私が好きな様な感じにちゃんと調律されている。
だから、ずっと気持ちの良い音楽に包まれています。
4人を演じる人たちも、ピアノのシーンが本当に演奏している様になる様、かなり頑張って練習したのだと思います。そのことにも感動したのかもしれません、私。
何よりも、私のお気に入りは この映画が「映画の素敵さ」を持っているところです。
一つは、片桐はいりさん演じる、クローク係。
この映画に何の影響も与えない役どころです。
ただ、座っているだけ。セリフも全くありません。
彼女はこっそり演奏を聴いています。
オーケストラの音に合わせて指揮をしたりしています。
この人にも、他の人には分からないドラマを背負っているのがわかります。
セリフもない座っているだけの役どころを、彼女は素晴らしく演じていました。
もう一つは、松坂桃李さん演じる最年長出演者。
年齢制限があり、もうチャレンジは今年で最後。
結婚し、子供もいて、仕事もしないといけない。
けれどピアノが好きで好きで

彼が、インタビューを受けるシーンです。
他の3人のチャレンジャーの演奏を聴いて、その後感想を聞かれるシーン。
言葉が出てくるまでに時間が結構あるのです。
その間、彼の表情がいろんな風に変わり、その変化が、言葉ではなく映像で伝わってきます。
そのシーンの長さの間、私たちは彼の表情の変化とともに 感情の変化についていくことになり、やっと出てきた言葉に心打たれることになるのです。
グッと寄って表情が捉えられること、じっと待てること。
映画ならではです。
テンポの良い映画が多くなり、またテレビで上映される場合、その枠の時間やコマーシャルに左右され、ただただ情景を写しているようなシーンや、物語の進行にあまり関係なさそうなシーンはカットされることが多くなって長い年月が経っています。
すると、映画の方もこうしたシーンを撮らなくなっている様に感じます。
けれど、ここが映画の映画たるところ。映画の良さです。
そこにいろんなドラマがあり、いろいろなことが伝わってきます。
それも見る人によって、感じるものが違うかもしれません。
それは俳句と似ているところかもしれない。
音楽って何?と言うこともまたテーマであると思います。
ある審査員は、自分が育てたチャレンジャーに「完璧」であることを求めています。
けれど、そのチャレンジャーはそこからもっと外に出た広がりのある世界を求めてもがいています。
そこに、ピアノすら持っていない、ただただピアノを弾くことが好きでならない、ピアノを弾けることが嬉しくてならない少年の様な人が現れます。
彼には、「ピアノを弾ける喜び」が溢れていました。
何度も書いていると思いますけれど、私もまたそうでありたいのです。
グラインドボーンで「リナルド」と言うオペラを見た時の衝撃

ヤコブ・ヨゼフ・オリンスキーさんが、とんでもなく難しいアリアを 歌っていた時、全身が歌う喜びに溢れていました。
音楽は楽しい。
そのとても単純なことが 意外に忘れられているのを感じることが多々あります。
まず練習は辛いですしね。高みを目指すならなお。
特に歴史のある音楽は、たくさんの演奏家が素晴らしい演奏を残し、正解の様なものが出来上がって行っているのかもしれません。
音楽が生まれた時、それはただただ楽しいものだったと思う。
その後いろんな演奏が登場し、上手い下手ができ、権威が生まれ・・・・と、徐々に変化しますね。
すごい音楽が生まれ すごい演奏家が生まれ、徐々にこうあるべき・・・が登場していきます。
演奏をしたい人たちにとって、音楽がどんどん遠くなっていきます。
この映画は、それぞれの人にあるそれぞれの音楽を肯定している様に思いました。
主人公の女性の記憶の中のお母さんは幼い彼女に教えてくれていました。
「世界は音楽に溢れているのよ。」
この言葉には音楽の喜びがあり、生きる喜びがありますね。
音楽の原点の様に思います。
今年のお盆はstay homeで、良い映画にいろいろ出会っています。
映画もまた、音楽同様、生きる喜びを思い出させてくれるものがいいなあ〜〜
アートは 私にとっては「生きる喜びを思い出させてくれるもの」の様です。
だから、今、質の良いアートが必要だと思っています。

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