現状の自然栽培からさらに先に進もうとしている私は
問題点を洗い出し、考え、その方策を見つけた。
自分のセミナーでそれを明かし、参加者に協力を求めた。
自分だけではそれを実証する事例が少ないからであり
違う見方からの意見も欲しかったからである。
「俺の教えた自然農とは違う」
「お前は自分の自然農としてやれ」
「あれは自然栽培のセミナーではないとの報告が来ている」
など、厳しく言われた。
事実上の師匠からの決別宣言だ。
冷静に受け止めたのだが、どうも納得がいかない。
しかし、確かに今までの自然栽培の枠からははみ出してきている。
それは自覚している。
だが、そこにとどまっているわけにはいかないのだ。
何故?
次々に出てくるであろう問題は出来うる限り解決していかねばならない。
それは自然の流れであろう。
なんのためにそうする?
もう一回原点に返り考えてみる。
自然栽培に向かったのはなんでだ?
自分が食べたいと思えるようなものを必要とする人に提供できるように。
そこにあった中で一番近いものであったから自然栽培になった。
その先が見える今
ここにとどまってはいられないのだ。
今まで受け継いだものを守ろうとする者と
新しい可能性に賭けようとする者
どちらが正しいのかなんてわからない。
しかし
私は新しい可能性に向かって走り始めたのだ。
今までに無い挑戦を始めている。
改造した古い船を浮かべ、新しい海に出るべく試運転状態だ。
ちゃんと作動するかどうかの確認作業中。
昔聞いてた
吉田拓郎の歌が聞こえる。
「古い船には新しい水夫が乗り込んでいくだろう
古い船を今動かせるのは古い水夫じゃないだろう
なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る
古い水夫は知っているのさ新しい海の怖さを」
(
イメージの詩より抜粋)

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