2005/10/14

おいらの思い  



何であの時、あんな気持ちになったんだろう。

病院で先生と話した時。


おいらは昔美容師だった。
B級の講師もしていたので、全国あちこちで講習とかもやっていていろいろな美容師さんとも話をした。

良い美容師ってなんなのか?

(B級ってのは一流の講師の先生が都合で行けれなくなったり、ギャラの問題でお安くないと困る、っていった場合、登場できるのである。)

美容師は一応、プロの資格である。
であるから、誰もが出来ないことをする。

お客様は自分では出来ないので希望のスタイルを美容師さんにある程度委ねる事になる。
そこで起こる問題は決まっている。

全然思ったのと違う。
短すぎる。
イメージと違う。

美容師はプロであるが故に自分の感性を持ってしてお客様のスタイルを考える。
それぞれのお客様にはどんな長さがフォルムがイメージが良いのか、考える。
基本的には『お客様の立場になって』考える。
仮にお客様が長さを切りたくないと思っても、いや、あなたは短いのが絶対お似合いですよ、と、美容師さんの感性を押し付けることもある。
場合によってはさっさと切ってしまう。

お客様は自分でその技術が無いゆえ、プロに委ねるわけだがすべて感性もなにもかもを委ねる人ばかりではなかろうに。

プロ意識をはきちがえるとそおいう事がまま、ある。

おいらはそおいう美容師の在り方に不満があった。
自分の技術を持ってして個々のお客様を満足させてこそ、プロじゃないかと思っていた。
自分の感性に合わないからといってじゃあ他所へ行きなさい、おいらは出来ません、というのも嫌だし、こんなはずじゃなかったと涙を浮かべられる(本当に泣きますからね、みなさん)のはもっと嫌だった。

たかがヘアースタイルである。
2ヶ月もすればもう、全然、なんでもなくなる。

そんなヘアーに関してでさえ、そんなもんだ。

おいらにはあの時のお医者の言葉がそおいうプロ意識をはきちがえた高慢な態度として感じられたのだろう、と思う。


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たかがネコの生きる、死ぬ、である。
実際、そう思う人だって世の中にはどっちゃりいるし、好むと好まざるに係わらず、そういう状況になる時だってある。
それ以外、そうではないと思える人がいて、その中でもこうしたい、ああしたいと考える人がいて、でも、ネコがお病気になって自分ではどうすることも出来なくて、プロのお医者先生に治療を委ねるのである。

お医者先生のひとつの感性によってのみ、全ての飼い主の感情がひとつの方向に向いて丸く収まると思うのは、まったくの思い上がりであり、あまりにも思慮が足りないと、思う。
私のいう事がわからなければ他所へ行け、というのならば、もってのほかだ。
お医者先生はおいらたちの出来ない素晴らしい技術と知識を持っているからである。
その技術と知識をひとつの感性だけで放棄するというのは稚拙だ。


おいらは自分の手の中でマクさんが死んでいくのを望む。
勝手だけど、自分勝手だけど、そう思う。

もし、病院で死んでしまっておいらがそばにいられなかったら、それは先生の感性が言わしめる、よかったでしょ?病院で苦しまずに死ねてよかったでしょ?家で苦しい顔を見ずにすんだでしょ?ネコは帰りたくなかったんだよ。って1億回言われても、一生後悔するだろう。

おいらはそんなふうに思った。




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