2006/6/6

帯津良一というお医者  がんになっちゃった



◇先週末、長野の山の中で行われた、ホリスティック医療(従来の体だけの治療だけではなく、こころ、いのち、も含めた人間をまるごとを診てゆこう、というもの)での第一人者、帯津良一先生の養生合宿に参加した。

医療従事者が著する沢山のガン関係の書物の中で、やはり、群を抜いて、帯津良一流が輝いている。
そう思わない人もいるだろうけど、おいらはそう思うのだ。

西洋医学を尊重し、さらに、代替療法などの必要性を説き、なにより、患者一人一人の立場を尊重する。
そおいう、本来そうであるべく、お医者さんスタイルが帯津良一流だ。

おいらはすごく、帯津先生に会ってみたかった。

そんな折、帯津先生を囲んで二泊三日の養生合宿!
参加しない手は無い。


今回の合宿参加者はガン患者さんとそのご家族、他に帯津ファンの数名の看護士さんもいて、約40名。

合宿は帯津先生による講演、気功講習、座談会(といっても、実際の治療法などの質問や悩みを、全員が、皆の前で、先生とやりとりできる公開問診みたいな感じ)などがゆったりとしたカリキュラムで組まれていた。

こおいう集まりって、おいら、初めての経験で、なんだか雰囲気、渋いんじゃないかなあ〜ってちょいと思っていたりしたのだが、実わ、とおんでもない間違いだった。
皆、ガンになっちゃったよお〜って悲壮感など微塵もなく、なっちゃったけど、なっちゃったもんは仕方ないんで、何とかするぞ〜的な「まえのめり」感。
会場はめちゃめちゃなごやかで明るく、んでもって、なによりも、あらゆる場での思いやりが感じられたのだ。
帯津先生の言葉で言えば、ほんとうによい「場」であった。


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んで、その、よい「場」の中心、帯津先生はなにがなんでも、素晴らしかった!!


帯津先生のガン治療はある意味、とてつもなく、パワフルなんだなあ〜と思う。
先生は今年で70歳になられるそうなのだが、ご自分の病院での診療、気功講座をはじめ、全国での講演、セミナー、執筆活動など、それはそれはエネルギッシュに動きまくっておられる。
そのパワーをまじかで感じるだけで、ともかく、気力がわいてくるってなもんだ。


ともかく、ガンはわからないのだ。良い意味でも悪い意味でも。
なおったり、なおらなかったり。
帯津先生だってそこのところははっきりしている。
ただ、他のお医者と違うのは患者の気持ちを萎えさせない。
代替療法にしても帯津流だと修行的な感はない。
食事療法ひとつをみても、まあ、たまにははめを外しましょう!と、ゆるい。
抗癌剤投与、放射線治療は良い方向への可能性がある場合、それをよしと判断する。
サプリメントや漢方、レメディー(ホメオパシーの丸薬)に関しては特効薬などあるものではない、としながらも、それでも、現状より一歩前進の兆しを求め、患者一人一人に自ら処方を施し、その追求を怠らない。

お医者が患者に最後まであきらめない方がいいとその意向を示すこと、たとえ、そのお医者自身が何も施す術がなくても、それが全てではないはずだ、と、あきらめない意向を示すことは悪いことだろうか?

おいらは絶対そうは思わない。


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でも、現状の医療現場ではほとんどの場合、まるで、それが悪いことのように、その意向は示されない。
「残念ながら」「何もすることは無い」「もって半年です」うんぬん。
全てにおいてなおざりの一般論でくくる意味があるのだろうか?
お医者が患者の気力をそいでしまうことに何の意味があるのだろうか?

勿論、お医者は治療に全力を注いでくれる。
が、そこで力尽きたそのお医者の限界が、すべての患者の限界であるとお医者自らが判断することは絶対に間違ってるぞ、って思うのだ。
だって、多くの患者には最後まで限界など無いのだから。

そして、帯津流には、そこから、が、ある。

主体はあくまでも自分自身だ、という、考えが、そこには、ある。
帯津流はお医者と患者はそこからをそれぞれで診ていこう、という考え方なのだ。

気持ちだけで病気が治るなんて思っちゃいない。
でも、病人の気持ちがふさいでしまうことは、病人にとって、悪いことに決まっている。
お医者は、患者の気持ちを、気力を、萎えさせるようなことを絶対にしてはいけない、と、おいらは思う。
とても単純なことだと思うのに。
お医者は気力をそぐ以外の方法を患者に語ったとて、何のリスクもあるまいし。
そのお医者自身はこれ以上何も出来ないけれど、世の中にはまだまだ別の方法論からして自らの治療を自ら施す術はまったく無いわけでもない、と、語ることに、何のリスクがあるというのだ。


あらためてこの合宿で、おいら、帯津流のホリスティック医療に、計り知れない人間の「ゆるさ」を基盤とした、そして、とてつもなくパワフルな「気力」を感じた。

ガンは治ったり、治らなかったり。

それは仕方の無いことだ。

でも、病気の「こころ」はかならず、治る。
患者自身がそれを治癒することは、出来るのだ。
病気を治す、という一面には、そおいうことも在るのだと、思った。
そして、時として、それが、何より大事なことなのだ、と、思った。

今回の合宿でおいらはそう確信した。
帯津良一先生のやさしい笑顔の中で、そう、確信した。

きっと、みんな、そう、確信したに、違いない。
そう思うとほんとうに、嬉しくて楽しくなるから、なんだか不思議だ。





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