2008/12/22

ピアノを奏でる技に  


◇おいら、自慢じゃないが、なんでもかんでもが中途半端な人生である。
これ以上、中途半端はないくらいの、中途半端、だと、思っていただいても、多分、まちがいわない。

でも、このことを素直な気持ちで人に言ったりすると
「いや、ご謙遜を」
「なにをおっしゃる。それは、柔軟性に満ち満ちているという意味ではありませんか」
「いや、サルだって木から落ちることもあるじゃないか」

ってな具合に、慰めの言葉やわけのわからん言葉などを投げかけてくれるのだけれども、真実、謙遜でも、柔軟性があるわけでも、サルでも、ない。


  ****


ま、だいたい、小さい頃から習い事が続いたためしがない。
まま、たいした習い事をさせてもらったわけでわないけれど、例えば、

そろばん。
3級。
ああ、中途半端代表選手の基本。

日本拳法を学ぶも、初試合で骨折。
んで、以後、学ばず。


だいたい、人から教わることが、まず、なにより、苦手。

じゃ独学で、と。

で、フォークギター。
ハイコード、覚えず。
B♭が、びびる。

で、三線。
弦が切れてそのまま。

で、英会話。
仕入れの値切りだけ。



あげくわ
扇風機。
未だに出しっぱなし。


ままま、こんなことをいいだせば枚挙に遑がない。
中途半端の国の王位継承権争奪戦に名乗りをあげたいくらいだ。



どの道、才能たるものにも、縁がないのであろう。
いや、ある意味、中途半端な才能だけわ、人三倍、なんだけど。


*****


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磯村奈々さんは小学校がたまたま同じであったピアニストである。
まさに、おいらとは対極にあって、何十年も継続して、より良きピアニストであるべく努力を積み重ねてきた才人だ。

21日、いろいろなご縁があって、奈々さんの演奏会のお招きに与った。
本番前のゲネプロも特別に見せて頂いた。


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なんだか、やっぱりなあ。
やっぱり、こおいうものなんだなあ。
こう、なんか、こお、凄いのだ。全部。


おいらは写真を撮りながらずっとドキドキしていた。
自分は絶対出来ないけど、いや、むしろ、できないからだけれど、こうして、ひとつことにひたすら打ち込んで創りあげる秀逸したエネルギーを傍から感じる時、その想いは、何も纏わず風雪を受ける如きの凛烈たるものだ。
それは、自分が、最高に良い場に在るという、ドキドキである。
自分がいかに平凡であって、中途半端であって、でも、そのことがあるからこそ、非凡な現象を遮るものが何も無い状態で、満身に、グサグサと感じ得る喜悦感。

ああ
おいらはなんて幸せものなんだ。
自分がずっと中途半端であった分、なのに、その分を、何れも優れた方々が卓越し、最高に良い場を供与してくださる。


なんだか、中途半端であった自分が誇らしげに思えた今日、併せて、オードリーが笑い飯より面白かったという判定に、果たして、そこんとこ、どうですか?と、つっこんで、ああ、なにやってんだろ?おいら。





↓磯村奈々さんのCD『J.S.BACH INVENTIONS & SINFONIAS』より
2声インヴェンション第10番のト長調BWV781
(録音 2007年8月8日電気文化会館 ザ・コンサートホール)



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