2008/11/23

速記を書こう  歌声喫茶

通勤 投稿者:sokkikakuo 投稿日:2008年11月23日(日)04時18分34秒

 女性専用車は、車両の最前部か最後部にある。
 女性の方は最前部か最後部まで歩かなければならない。
 時間待ちのときは良いが、ホームにたどり着いた途端にスタートというときもある。
 そんなとき、女性客は一目散に女性専用車両を目指して駆けていく。
 これが本当に女性優遇と言えるのだろうか。
 私は、女性専用車なんかなくした方がよいと思う。
 女性専用車の一番の設置理由は、妊婦さんの体の保護なのだろうか。
 それとも、男子校や女子校を出た人の男女分け思想が電車にも反映されたのだろうか。
 私は、子供に、男子校を受けることは勧めなかった。
 幼稚園から大学まで、共学で過ごしてきた私としては、学校の男女分け、女性専用車両に反対である。
 女性専用車の登場は、男女を差別し、男女の間に溝を作ってしまったと思う。
 今はかなり電車の混雑が緩和している。
 車両が増え、便数が増え、複複線化や駅の改造によりスピードがアップした。
 そんな恵まれた状況になってからの女性専用車登場には、疑問を感じた。
 また、終電が遅くまであるのに「居酒屋タクシー」があったのにはびっくりした。
 個人でタクシーに乗るのは勝手だけれども、官費で賄われていたのにはびっくりした。
 終電に間に合わないほど遅くまで残って仕事をしている人がいることにもびっくりした。
 私の場合、勤務が午後11時までに終了すれば、電車で家に帰ることができる。
 もっと言うなら、午前零時でも、ぎりぎり間に合うかもしれない。
 帰れないときは、カプセルホテルで、2000円を出して泊まる。
 夜勤でもないのに、終電に間に合わないほど仕事をしている人がいる。
 そういう人は、午前8時に出勤し、午後12時まで1日16時間も働いているのだろう。そんな時間まで仕事をさせる方に責任がある。
 私は、本来、仕事は、休憩時間を含めて1日8時間、睡眠が1日8時間、通勤その他で1日8時間、合計24時間というのが正しい生活習慣だと思う。
 仮に勤務時間が8時間だったとしても、通勤に片道1時間かかるとすれば、1日最低10時間の拘束になる。
 居酒屋タクシーのせいなのだろうか、ここ4か月、私の超過勤務はゼロに等しい。
 詳しく言うと、4か月で2時間である。こんなことは就職以来、初めてのことである。
 ことしの目標だった「無遅刻無欠勤」は早々に失敗したが、年休消化は2日である。私が休んだからといって人が生き返るわけではないから、次からは無視しようかなとも思う。


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速記とは 投稿者:sokkikakuo 投稿日:2008年11月23日(日)03時55分48秒

 速記とは、人の話を瞬時に文字化して記録することです。
 人の話を書き取ることのできるスピード文字を速記文字と言います。
 人の話を書き取るために使う文字は、漢字、ひらがな、カタカナ、alphabet、数字(012)といった通常使われる文字ではなくて、1音1画で書けるスピード文字です。
 スピード文字とは、具体的に言うと、点、直線、円、円弧、楕円、楕円弧等の数学的な文字です。形や長さや角度の違い、流す・はねる・止めるの違い、書く位置、加点の有無等によっていろいろと書き分け、読み分けをします。

 まず、原稿用紙1枚に、400字を何分で書けるか調べてみましょう。
 速記検定の6級では、10分間800字のスピードで5分間朗読します。
 すなわち、5分間で400字、朗読される文章を聞きながら書き取ります。
 朗読される文章を書き取ることをdictationと言います。
 仮名でも、5分間に400字、聞き取って書くことは不可能ではないようです。
 ただし、その5分間は、死に物狂いで字を書くことになると思います。そして、こんなきつい思いをして字を書くのは2度と嫌だと思うでしょう。
 これでは、仮にカタカナ、ひらがなを使って6級に合格したとしても、次に5級に挑戦しようという意欲は湧いてきません。

 字を死に物狂いで書くことはしんどいことです。
 カタカナでいいから6級を受けてみないかと言って6級を受けさせると、もうこりごりだという気持ちになって、速記が嫌になるかもしれません。
 だから、速記をきちんと勉強して、速記が書けるようになった上で6級を受ければ、そんなにしんどい思いはしないので、次は5級に挑戦しようという気持ちになることができると思います。

 速記は字を速く書くのだからしんどいことだと思われるかもしれませんが、それは誤解です。普通の文字で書くよりも速記文字で書く方が、「画数」すなわち「書く数」が何倍も少ないので、遙かに簡単に楽に書けるのです。楽に字を書く能力を身につけるのが速記の勉強です。

 速記は、速く楽に書けるので、持久性に優れています。
 慣れれば、長時間にわたって連続して速記を書くことができます。
 速記は、足で走るのではなくて自転車に乗って走るようなものだと考えてください。自転車のスピードで走ることはとてもしんどいことですが、自転車に乗って走ることはとても楽です。

 次に、普通文字の手書きよりも速く書けるのが、タイピング入力です。
 400字を入力するのにどのくらいの時間がかかるか調べてみましょう。
 ワープロ検定の3級が10分間400字、2級が10分間600字、1級が10分間800字だったと思います。
 ワープロ検定が文書を見ながら入力していくのに対して、速記検定はdictationで、朗読を聞きながら書き取っていきます。やり方は違いますが、速記検定の6級とワープロ検定の1級のスピードがちょうど同じだったと思います。

 ワープロは和製パソコンだったと言えるでしょう。
 ワープロが家電売り場の一角を占拠していた1995年、MicrosoftのWindows95が登場しました。途端に世界がWindowsパソコン一色になって、それまで日本のメーカーが独自に開発していた書院とかルポとかオアシスとか文豪とかが、ふがいなく全滅してしまいました。日本のワープロメーカーがWindows95の前に完敗宣言をして製造販売の完全撤退をしてしまいました。
 ワープロが買えなくなり、ワープロを使う人も減って、ワープロ検定もなくなってしまいました。
 先日、ビックカメラのパソコン売り場に行って、ワープロは使いやすくて便利だったということを言いましたら、1日に1人は、パソコンではなくワープロを買いたいというお客さんが来ると言っていました。ワープロファンは私だけではないのです。
 何千万台売れたのか知りませんが、随分とひどいことをしたものです。
 ワープロは、どこにでも持ち運べて、いつでもすぐに印刷することができます。日本人向きにできているので、人に応じていろんな創作活動ができました。自分で本を作ることも簡単にできました。
 パソコンは、何となく、仕事のために職場に置いてあるものという感じがします。日本メーカーも、ワープロから完全撤退しないで、パソコンと平行してワープロの製造販売を続けてほしいと思います。
 データの互換性や記憶容量の問題を解決できれば、何とかなるのではないでしょうか。
 地デジも、随分テレビで宣伝されています。良いテレビが出てきたことは認めますが、まだまだ故障していないブラウン管テレビを日本人全員が捨ててしまうことになるので、物を粗末に扱う風潮に拍車をかけるのではないかと心配しています。
 日本のテレビを総取り替えすると言っても過言ではありません。捨てられたブラウン管テレビの山を想像すると、胸が痛くなります。ブラウン管テレビで富士山をもう一つ作れるのではないでしょうか。
 私の友達に、液晶テレビを買ったけれどもブラウン管の方が見やすいので、ブラウン管テレビをまだ見ているという人もいます。私も、今はまだブラウン管テレビを見ています。
 地デジは、アナログ放送が終了してから対応しても遅くはないと思います。チューナーを安く提供することで、無用な買い換えは避けたいものです。

 さて、話は戻りますが、普通の文字を手書きで書いた場合のスピード、タイピングによって入力した場合のスピードがどの程度のものであるかがわかったと思います。
 この普通の文字を手書きで書いた場合のスピードやタイピングのスピードが、人の話のスピードと同じであれば、問題ないのですが、人の話は途方もなく速くて、普通の文字やタイピングでは、人の話にとても追い着きません。
 人の話は、ゆっくりで10分間2000字、速ければ10分間4000字を超えるのです。
 したがって、人の話を瞬時に文字化しようとすれば、10分間に3600字以上のスピードで書く速記能力が求められるわけです。
 一旦、人の話を速記文字の形にしてしまえば、それをパソコンのデータに変換していくことは、難しいことではありません。あわてることも焦ることもありません。速やかに速記録の作成を行うことができます。
 普通の文字で書くスピードと話のスピードの間にある何倍もの大きなギャップを埋めるのが速記だと言えるでしょう。
 このギャップがある以上、幾ら録音・録画があっても、いつでもどこでも人の話を正確迅速に文章化するためには、速記が書けることが必要です。
 正確迅速な速記録を作成するためには、高度な速記能力が必要です。
 録音・録画があれば速記は必要ないという考え方は間違いです。
 速記は、今後も、人間にとって必要不可欠な特技です。

 速記は時代遅れなどというのは、間違いです。
 人にマイクやカメラを向けることは簡単ではありません。録音・録画がいつも万全に取れるわけではありません。
 これからも、速記を覚えておいて良かったと思う場面は、幾らでもあると思います。速記が書けないと仕事にならないという人も少なくないと思います。

 教養を高めるために、人生を豊かにするために、ぜひ速記の勉強に取り組んでいただきたいと思います。
 部長の報告や課長の報告も、速記が書けるからスムーズに情報の伝達ができるわけです。
 聞いただけでは、聞き落としたり、すぐに忘れたり、誤解したりすることになります。頭の中にあるハードディスクはいい加減で頼りになりません。
 ワープロ・パソコンの発達によって、速記したものをデジタルデータに変換することは、手書き反訳時代に比べて相当速くなりました。話を直にパソコンで打つのは無理がありますが、単語登録やいろいろな創意工夫によってどんどん入力速度を上げていくことができます。パソコンの変換能力も格段に良くなりましたので、速記とパソコンを組み合わせれば、相当速く正確な速記録を作成することができます。

 それ以上を望むなら、速記を読み返して音声入力ソフトを使って読み返し反訳すれば、理論上は、読み返しのスピードで速記反訳ができるということになります。
 速記しないで機械が音声認識したものを修正するという発想は、速記者を受け身でだめなものにすると思うので、反対です。
 また、速記しないで、最初から最後まで録音・録画から起こすことも、速記者をだめにすると思うので反対です。速記者の仕事を受け身で消極的、後ろ向きな仕事にしてしまっては、この先、この業界に優秀な後輩が入ってきませんし、優秀な速記者を育てることもできません。

 注意しなければならないのは、機械が発達したからといって、何もかも機械任せにして、速記者を養成する努力をしなくなったり、速記の練習を怠ったり、現場で速記を書くことを省いてしまって、録音・録画やコンピューターソフトに完全に依存してしまうことです。
 機械を利用するのならいいのですが、機械に利用されたり、完全に機械に依存して、人間の能力をなきものにしてしまうことは感心しません。

 録音・録画や音声認識ソフトは、速記者が主体的に利用してこそ、その存在が生きるのです。何もかも機械任せにして、速記者の養成や速記の練習をやめ、現場で速記することもできなくなってしまっては、近い将来、責任ある良質な速記録を正確迅速に仕上げることはできなくなってしまうと思います。
 主役はあくまで人間である速記者です。録音も録画もパソコンもパソコンソフトも、私たちの援助者であるということを忘れてはなりません。
 機械に振り回されて阿呆にならないためにも、速記者の養成、速記の練習、現場の速記に今後とも真面目に取り組んでいかなければならないと思います。

 今後も、人生にとって速記の修得はとても大切なこと、意義のあることだと思います。
 速記を知らない人は、録音、録画があるのだから、速記なんて要らないと言いますが、録音・録画だけでは人の話を文章にすることはできません。録音があっても何十年も現場で速記を書き続けてきたのはなぜなのか、録音があるから現場には出ませんという速記者が一人もいなかったのはなぜか、思い起こしていただきたいと思います。
 録音があっても、現場で新鮮な生の声を聞きながら速記を書いた方が、正確迅速な速記録を作成することができるからです。話の内容や会議の様子、発言者の顔や名前の確認も間違いなくできます。声や話し方や物の考え方も自然に理解できるようになります。自分が速記を担当したという責任感も生まれますので、大変な量の反訳業務にも耐えることができるのです。そこには働きがいも生まれます。速記者の心理面も大切してほしいと思います。
 反訳する前に悠長に録音なんか聞いていたら、パートナーの反訳の方が先に終わってしまいます。パートナーに馬鹿にされないためにも、必死に速記せざるを得なかったわけです。お互いに切磋琢磨することで、健全な職場を維持することができてきたのだと思います。


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字数計算 投稿者:sokkikakuo 投稿日:2008年11月23日(日)03時04分6秒

★全力★を尽くして取り組んでまいる所存です。
□どう

の「★」から「う」までをワードでは24字とカウントしました。「★」や「。」は字数にカウントされていますが、改行一字あけは字数にはカウントされていません。
 すなわち、空白は字数にはカウントされていないが、何らかの形をしたものは字数にカウントされています。これが世間一般の常識なのでしょう。
 空白も文字の一種と考えるかどうかですが、文章の中で必要不可欠な意味のある空白は文字の一種と考えるべきではないでしょうか。
 ワードでも、空白のかわりに□を入れると字数にカウントされました。
 問題を作る際も、字数を計算する際も、音数を計算する際も、句読点や改行一字あけを入れないと、まともに読めないし、まともに意味を理解することもできません。
 すなわち、句読点や改行一字あけを抜いてしまうと文章が文章として成り立たなくなります。
 句読点や改行一字あけも文章にとって必要不可欠なものであり、文章の中の大切な要素なので、句読点も一字あけも、□に置き換えた上で、字数計算や音数計算にも加えるようにした方がよいと私は考えます。


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名誉挽回 投稿者:sokkikakuo 投稿日:2008年11月23日(日)02時57分42秒

 それが間違いのない正しいものだったとしても、現場速記を省略して録音、録画から立ち上げた会議録は速記録ではない。
 速記録とは、録音を繰り返し聞いてではなく、現場で一度しか聞けない生の声を聞きながら真剣に速記して仕上げた会議録のことを言う。
 内容が良ければ手法は問わないという立場をとるというのであれば、それはそれで仕方ない。
 しかし、それは残念なことだ。
 125年の速記の伝統を守っていくのが我々速記者の進むべき正しい道だ。
 速記者を養成し、速記の練習をし、いつでも速記が書けるようにしておくというのが、速記者のあるべき姿だ。
 速記者の養成を怠り、速記の練習を怠り、反訳未了や反訳放棄や出場放棄ばかりしていてはいけない。
 名誉挽回だ。来年は100人の速記者が出るかもしれない。これから「あいうえお」を覚えようという人も出るかもしれない。熾烈な戦いが期待できる。


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共存共栄 投稿者:sokkikakuo 投稿日:2008年11月23日(日)02時40分27秒

 通勤時間を惜しんでいたのでは仕事ができない。
 9時間の仕事に対して2時間の通勤時間をカットするわけにはいかない。
 10分間の速記に対して、往復20分の行き来も惜しんではならない。
 速記に対する自信を失っては速記録の作成はできない。
 速記反訳業務をきちんとこなしていかなければならない。
 速記の練習もしなければならない。
 人に速記を教える気持ちも持ち続けたいものだ。
 素晴らしいものだと思えるから、人に教えようという気持ちになれる。
 「こんなつまらないもの」と思ってしまったら、人に教えることはできない。
 素晴らしいものだと思い続けるためには、きちんと練習していつでも書けるようにしておかなければならない。
 反訳放棄や反訳未了はしない方がよい。
 養成所廃止、テープレコーダー・カセットテープの処分と、ショックなことばかりだけど、新しい道が開けたようだし、悪いことばかりでもない。気を取り直して頑張ろう。
 もう退路は断たれた。元に戻ることは簡単ではない。
 速記を否定して速記録の作成を継続することはできない。
 新しいシステムと速記が共存共栄できる道を見つけよう。


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速記は便利 投稿者:sokkikakuo 投稿日:2008年11月23日(日)02時26分28秒

 瞬間に消えて待ってくれないものを文字の形に残すのが速記録の作成です。
 速記反訳業務とは、真っ白な紙に3200字を埋め込んでいく作業です。
 速記は、100%正確に書き取れるときもありますし、思うように書けないときもあります。
 いずれにしても、現場で生の声を聞きながら一生懸命速記して、99%ぐらい書き取ったとして、まずは反訳します。
 そして、反訳した後で、穴のあいたところを、録音で補完していきます。
 何度聞いても何を言っているのか分からないところも出てきます。正確に発音できない人もいます。
 そこを問い合わせしたり、調べたりして、とにかく3200字全部正しい文字に当てはめて100%正確な速記録を完成させます。
 速記が書けなかったところを録音で補完するのと、速記を書かないで100%録音に依存するのとでは違います。
 録音を使うことに変わりはありませんが、補完のために使うのと、全面的に依存するのとでは、仕事の能率や正確性がまるで違います。原稿に対する責任感も違います。
 速記を書く場合には、速記を書いた時点で文章はほぼでき上がっています。
 速記とは、速記文字を使ったリアルタイムの作文だと言えます。
 録音のままでは、音声記録であって、文字記録ではありません。
 文字記録は、人間が介在しないと絶対に完成することができません。
 「総理大臣」という呼名があったとして、音のまま書くわけではありません。様式が決まっていて、「○内閣総理大臣(麻生太郎君)□」というふうに書きます。
 話も、機械的に音のまま書くわけではありません。速記者の頭を通すことで、読みやすく、わかりやすく、公文書として通用するきれいな文章にしていきます。
 句読点、改行を入れ、適切な漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベット、数字を当てはめていきます。引用の部分は原文と照合します。
 速記反訳業務とは、人の話をもとに作文していく作業です。
 パズルの穴を全部埋めていくという根気の要る作業です。
 一か所でも不明箇所があると、印刷に回すことも発行することもできません。留め置きになります。印刷ですから、刷り直しになることも、10年に1回はあります。
 会議が始まってから公表するまでの全体の時間をいかに短縮するかが問題です。
 途中経過や部分において若干速くても、最終的な仕上がりが遅くなってしまっては意味がありません。
 速記を書かなければ、議場に足を運ぶ手間は省けるかもしれませんが、会議の様子がさっぱりわかりませんし、情報源が録音、録画だけに限られてしまいますので、不明な点や見逃し、聞き逃し、状況判断の間違いなど、いろいろと問題が出てきて、最終的に発行はとても遅くなると思われます。
 録音に依存する場合、原稿を起こしてみないと話の内容がさっぱりわからないので、暗中模索の中、早く内容を知ろうと無理を重ねることになるかもしれません。急いで仕事をしなければなりませんので、オーバーワークになるかもしれません。
 速記すれば、その場で内容を理解することができます。
 きちんと速記してあれば、反訳が後回しになったとしても、すぐに反訳できる状態にあるわけですから、あわてることはありません。
 必要なときに、いつでも反訳できますので、マイペースで仕事を進めることができます。
 録音に依存していると、何日も何時間もたってから問い合わせを出すというようなこともあると思います。
 参考人が帰るまでに問い合わせを出さなければならないこともあります。問い合わせをしたときには、発言者がもうつかまらないというようなこともありますので、スピードある対応が求められます。
 速記をしていれば話の内容がわかっているので、冷静に対応ができます。録音からでは内容が全くわからないので、緊急に対応できません。
 速記を書く場面はいろいろあって、部長の報告だとか、課長の報告だとか、報告を書き取るには速記が便利です。速記が書けると楽に書き取ることができます。授業のノート取りとか、会議のメモとか、電話のメモとか、とにかく人の話を記録する場面で、速記の活躍は無限です。もし秘書で速記が書けない人がいたら、「あいうえお」だけでも覚えてください。「あいうえお」だけなら、覚えるのに5年もかかりません。
 テレビのニュースを速記すれば、ニュースの内容が正確に頭に入ります。
 速記は記憶術の一種と言ってよいでしょう。
 凡人も速記が書けることによって天才になれると言っても、過言ではありません。
 速記が書ければ10分間3200字の文章も正確に書き取れてしまうのです。常人ではあり得ないことです。
 速記の練習は辛いかもしれませんが、修得すれば書き取ることがうんと楽になります。精神的にも、時間的にも、余裕ができて、一生涯でいっぱい得をすると思います。頑張って速記に取り組んでいただきたいと思います。


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速記は大切 投稿者:sokkikakuo 投稿日:2008年11月23日(日)01時35分59秒

 速記も書けないのに速記録を作ろうと思う人はいないと思う。
 速記が書けるから速記録を作ってみようと思うのである。
 録音、録画から速記録に似た物を作るのは、速記録模造品の作成である。
 録音、録画があれば誰でも同じ物を作れるというものではない。
 速記録模造品を作るのも、素人より速記者の方が断然うまい。
 だから、速記録の作成をやめて速記録模造品を作ることになっても、やはりそれを作るのは速記者である。
 偽物ばかり作っていては、いずれ、本物を作る能力のある者も偽物しか作れなくなるだろう。速記者も速記反訳業務をしなくなれば、速記の腕前が落ちていって、やがて録音、録画なしには何も作れなくなってしまうだろう。
 速記の読み書きの能力を落とさないためには、まず速記を書いて反訳して、その後で録音と参照するという従来スタイルを守り続けないといけないだろう。
 幾らミスをしても、手書き反訳と違ってパソコン反訳は、挿入・削除が自由自在にできるのだから、思い切って速記して、思い切って反訳すればよい。ミスを恐れて最初から録音にすがる必要はない。
 本物の速記録を作り続けるためには、速記反訳業務と速記の練習を続けることだ。
 そして、何よりも、後継者である本物の速記者の養成を絶やしてはならない。
 人間が力の衰えによって安易な方向に堕落していくのは、やむを得ないことかもしれないが、これからこの道で生きていこうという若い人を最初から堕落させてしまってよいはずがない。
 速記者にとって、速記も書かずに録音、録画から原稿を起こすということは、屈辱的なことだと思うけれども、何とも思わない人もいるかもしれない。仕事をして報酬をもらえればよいという観点からすれば、仕事の手法はどうでもよいことかもしれない。
 しかし、速記に関しては、特殊技術なので、大卒にはできない仕事だから、やはり真剣に速記に向き合っていかないと、とんでもないことになるだろう。
 私たちの地位と給与を守ってきたのは速記力だと思う。
 それは、その上に立ってきた人の地位と給与も守ってきたと思う。
 養成所がなくなった途端、国会手当もなくなったことは、そのことを正直に証明している。
 速記技術を取ってしまえば、ある団体だけ特別待遇する理由がなくなったということである。
 せっかく3500字5000音の高速度なものをノーミスに近い速記をする能力があるのに、何も書き取れない無能な速記者に堕してしまっていいものだろうか。私は、絶対いけないことだと思う。
 目が見えないから、めがねをかける。速記が書けないから、録音に頼る。歩けないから、杖を使う。動けないから、車いすに乗る。これは仕方のないことである。
 しかし、自分に能力のあるうちは、補助に頼らずに自分の力で頑張ってほしい。


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速記検定 投稿者:sokkikakuo 投稿日:2008年11月23日(日)01時11分6秒

 平成20年8月31日(日)に行われた第165回速記技能検定の結果が出た。
 1級は、13人受験し、合格者は1人だった。
 2級は、18人受験し、合格者は1人だった。
 3級は、13人受験し、合格者はいなかった。
 これは1受験場の結果ではない。日本全体、トータルの結果である。
 問題が難し過ぎるのかもしれないが、背筋の凍るような結果である。
 速記者が録音を併用して速記録を作るのと、速記の書けない人が録音だけを頼りに速記録を作るのとでは、意味が全然違う。
 速記者は、発言と同時に発言を文字化する能力を持っている。
 速記録原稿作成の際に、録音を繰り返し続けて聞く必要はない。
 速記文字を見ながら反訳していくのであり、録音を聞く必要はない。
 速記者にとって、録音は、原稿の補完のためにあるのであり、原稿を作成した後で確認のために録音を聞く。
 速記を書けない人が速記録を作成しようとすれば、発言を瞬時に文字化する能力がないので、原稿作成中、ずっと録音を聞き続けなければならない。
 速記すれば、話の内容が頭に入るので、全体の内容を把握した上で原稿を作成していくことになる。
 速記の書けない人は、原稿を作成し終えて初めて内容を把握することになる。そして、原稿を作成し終えてから内容を確認したり点検したりする作業に入ることになる。
 速記者は、速記すると同時に内容を把握し、問い合わせや、調査や、照合や、原稿や資料の請求といった作業を機敏に要領よく進めることができる。
 最初から最後まで録音に依存していると、仕事が後手、後手になり、問い合わせや原稿・資料の請求が間に合わなくなるような場合も出てくる。原稿の仕上がりが遅くなり、内容が不正確になりがちである。
 速記を書かない場合、あるいは速記が書けない場合、録音で失敗すると、速記録を作成することはできない。想像で原稿を書くことはできないので、録音の失敗は許されない。
 録音に失敗なんかあり得ないと思う人もいるかもしれないが、録音もなかなか難しい。会議は予想どおり動かないから、思わぬミスをすることもある。機材がきちんと調達できなくて、満足のいく録音がとれないときもある。
 速記も録音もうまくいかない場合もあるが、速記者が介在すれば何とか原稿になるものである。機械だけに任せたのでは、機械が故障した場合に、どうしようもない結果になる。
 速記を書けば、先手、先手で仕事を進めていくことができる。原稿の仕上がりが正確で速い。
 速記を書かない場合、原稿の仕上げは遅くなるし、内容的にも問題が残る場合が多い。
 録音があるからといって油断して速記をないがしろにしていると、そのうちとんでもないことになる。
 国会はもとより、全国の議会の速記録の作成が、このままでは危うい。
 1級合格者、2級合格者が全国でただ1人という状況は誠に深刻である。


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県立岐阜商は名門 投稿者:sokkiniichan 投稿日:2008年10月28日(火)21時14分32秒
 県立岐阜商は速記の名門高校です。
 速記記念日に速記の名門高校である県立岐阜商を卒業された高橋尚子選手が引退されることになるとは、不思議な偶然です。
 オリンピックで活躍された選手が議員になられることはよくあることです。いつでも皇居を走れます。
 またジョギングされている姿に会えることを期待しています。

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