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2007/5/7

江戸城見物 つまり現在の皇居周辺見物  旅行

東京に住んでいるのに初めて皇居周辺に足を踏み入れた。
いつでも行けると思うとなかなか行かないものなのだな。

きっかけはあまりに満腹だったからお堀沿いを歩こうというものだった。
満腹満足したお店は「赤坂四川飯店
*赤坂四川飯店については→ http://diary.jp.aol.com/tabizuki-naho/527.html

そういうわけで永田町界隈からお堀沿いを歩き、桜田門から入門。


桜田門


二重橋 奥のほうに見える建物は伏見櫓
皇居外苑の皇居前広場から正門を通って宮殿にいたる濠には、2つの橋がかかっている。手前がめがね橋として親しまれている正門石橋。
奥がかつて橋が二重構造であったためにもとは二重橋とよばれていた正門鉄橋。
現在ではこの2つの橋を総称して二重橋とよんでいる。


正門
ちょうどロンドンの衛兵交代式のような警備の交代の模様を見学できた。
写真では遠すぎて見えないかな。警備の4人(常時2人体制らしい)が見えるかしら?

皇居東御苑」に入る。
旧江戸城の本丸、二の丸、三の丸の一部を一般に公開している。
出入りできる門は大手門・平川門・北桔橋門(きたはねばしもん)の3つ。
(当然だが天皇のお住まいである御所他、皇居の大部分は公開していない)


皇居東御苑の中にある現存する建築 百人番所
江戸城の正門だった大手門から本丸に入るときの最大の検問所。
甲賀組・根来(ねごろ)組・伊賀組・二十五騎組の4組が護りを固め、
各組には同心(下に注あり)百人ずつが配属されていたところから百人番所の名が生まれた。

甲賀、伊賀と忍者の世界だね。
伊賀組同心を支配していたのが服部半蔵。
江戸城の半蔵門は、伊賀者が警護してたので服部半蔵の名に因んでその名が付いたそうな。


石垣を最近修理したんだって


現存する建築 大番所
他の番所より格上で、位の高い与力・同心が詰めて警護にあたっていたところ。
与力とは: 徳川幕府の警察組織。
  200石取りの武家で、10名で編成されていた。
同心とは: 
  与力の下に置かれ、与力1名に5名の同心が付けられていた。
  同心は、下級武士であり、その下に2〜3名の岡っ引きがいた。


天守閣跡
天守閣は慶長12年(1607年)に完成。
44m四方、高さ18mの石積みに金色のシャチをいただく5層の天守がそびえていたという。
1657年(明暦3)の大火(振袖火事)で焼失したまま、現在は基礎の石積みが残っているだけ。
現在の石垣の高さは約10メートル。 石垣、焼けてます。

振袖火事 とは
明暦3年(1657年)1月18日に本郷の本妙寺から出火し、折からの強風で江戸8百8町に燃え広がり、江戸城本丸・天守閣・二の丸を焼き尽くし、焼死者10万8千人にも上るといわれる江戸の大火のこと。

天守閣跡すぐ裏の北桔橋門から出て東京メトロ竹橋駅から家路へ。

いやあ、色々勉強になったね〜。なかなか楽しかったぞ。
日本人ですもの、京都もいいけど、こちらも一度は行っておきましょうね。

さらにご興味ある方は宮内庁のHPへどうぞ→ http://sankan.kunaicho.go.jp/guide/koukyo.html
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