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2009/7/31

金閣寺近くの蕎麦屋「花巻屋」でランチ  旅行

金閣寺を見終わったころ、ちょうどお昼になりました。
バスで観光していると、所要時間がわからず、どこでお昼時間を向かえるかわからないので、
だいたい金閣寺・銀閣寺周辺のみ、事前に食べログで調べましたが、
ここぞ!というお店は見つかりませんでした。

なので、今回は行き当たりばったり。
金閣寺近くの交差点で見回したところ、手打ちそばの旗が見えた。
まあいいかなと思える蕎麦屋を発見。

京のそば処 花巻屋 

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住所:京都府京都市北区衣笠御所ノ内17-2(西大路通鞍馬口東入ル2軒目)地図はこちら
TEL:075-464-4499
営業時間:11:30〜16:00 夜は予約で
定休日:不定休

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今回いただいたのは
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にしんおろし 1380円

京都に来たらやっぱりにしんそばだよね〜というわけで、冷たいお蕎麦でにしんを。
太めのお蕎麦でした。

行き当たりばったりのわりには良かったと思う。
それにしても超メジャー観光スポットの前だというのに、
食事するところがあんまりないっていうのは寂しいね〜。っていうかガッカリだな。

京のそば処 花巻屋 (そば / 北野白梅町、等持院、竜安寺)



次は銀閣寺。
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タグ: 京都 金閣寺 ランチ

2009/7/30

京都観光:B【世界遺産】光り輝く金閣寺  旅行

@三十三間堂、A東寺 に続いて、言わずと知れた金閣寺へ。
京都の北側にあるので、バスで移動に1時間近くかかった。
ここに来るまでにもう既に疲れていたのだが、
不思議と光り輝く金閣寺を目にしたら疲れがすっ飛んだよ!

光り輝くといっても派手さはなく、なんともやわらかく美しい。

金閣寺(北山鹿苑寺) http://www.shokoku-ji.or.jp/kinkakuji/

住所:京都府京都市北区金閣寺町1 地図はこちら
拝観時間:9:00〜17:00
拝観料:大人400円、小・中学生300円
市バス 金閣寺前 徒歩約1分
市バス 金閣寺道 徒歩約5分

金閣寺とは:byウィキペディア
正式には鹿苑寺(ろくおんじ)。通称金閣寺(きんかくじ)、山号は北山(ほくざん)。
鎌倉時代に藤原一族の藤原公経(西園寺公経)がこの地に西園寺を建立。
鎌倉幕府滅亡後、荒れ果てた西園寺を足利義満が譲り受け、「北山殿(北山第)」と呼ばれる大規模な邸宅を造営。邸宅とはいいながら御所に匹敵する大規模なもので義満はここで政治の実権を握った。
足利義満の死後、遺言により北山山荘は舎利殿(金閣)を残して解体され禅寺となった。
禅寺の名前は義満の法名鹿苑院殿から二次をとって鹿苑寺と名付けられた。
1994年(平成6年)に古都京都の文化財として世界遺産に登録された。
中心となる建築物である舎利殿を「金閣」、寺院全体を「金閣寺」と通称する。

内部非公開の金閣とは:byウィキペディア 
通称「金閣寺」の由来となった金閣は、漆地に金箔を押した三層の建物で正式には舎利殿(お釈迦様の骨が祀られている)と呼ぶ(金箔を貼るのは二・三層のみ。ただし最上層のみとする異説もある)。
初層・二層・三層のそれぞれに異なる様式を採用した特異な建築である。
初層は寝殿造風で「法水院」(ほっすいいん)と称し、中央に宝冠釈迦如来像、
向かって左に法体の足利義満像を安置する(安置仏像を「阿弥陀如来」とする資料もある)。
二層は住宅風(武家造)の「潮音洞」で、岩屋観音像と四天王像を安置する。
三層は禅宗様の仏殿風で仏舎利を安置し「究竟頂」(くっきょうちょう)と称する。
屋根はこけら葺きで上には金箔張りの鳳凰が飾られている。
また、一層目には池に浮かべた船が着けるようになっている。

鹿苑寺金閣は第二次大戦前から(旧)国宝に指定されていたが、
1950年(昭和25年)、学僧(当時21歳)の放火により炎上(金閣寺放火事件)。
学僧は寺の裏山で自殺を図った。彼の母親は事情聴取のために京都に呼ばれ、
その帰りに保津峡で投身自殺。建物は全焼し、国宝の足利義満像も焼失した。
なお、屋上にあった鳳凰は火災以前に取り外されていたため焼失をまぬがれ現存する。
この事件は三島由紀夫の小説『金閣寺』、水上勉の小説『五番町夕霧楼』・『金閣炎上』の題材にもなっている。
現存する金閣は、1955年(昭和30年)に旧建物の資料を基に再建されたものである。(焼失以後、国宝指定されていない)
昭和61〜62年の大改修の際には総工費約7億4000万円が投じられ、
以前の5倍の金箔で覆われた。その純金の総量は約20s
*昭和の大改修の金箔作業についてご興味がある方はこちらへ↓ 
  担当した表具屋さんの記録です。非公開部分(金閣内部)の写真もあります。
  浩悦庵 金閣寺昭和大修復 http://www.koetsuan.jp/kinkaku/index.html
金箔は一部が平成14〜15年に貼り替えられ、更に平成15年には屋根の葺き替えが行われた。

8代将軍足利義政は祖父の義満が建てた舎利殿にならい、造営中の東山山荘に観音殿(近世以降銀閣と通称される)を建てた。

銀閣(慈照寺観音殿)、飛雲閣(西本願寺)と併せて『京の三閣』と呼ばれる。

クリックすると元のサイズで表示します 金閣寺の拝観券 参拝志納料という 
お札になっている 不要な方は途中、ポストのようなもので回収しています
横8.5p、縦25.4p。これは捨てられないね〜
銀閣寺も同じように拝観券がお札になっていますが、これよりちょっと小ぶりです

クリックすると元のサイズで表示します 金閣(舎利殿)
クリックすると元のサイズで表示します

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鏡湖池に映る「逆さ金閣」はちょっと無理があるか・・・
池の中に葦原島、鶴島、亀島など大小の島があり、
室町時代には足利義満に取り入ろうとした諸大名が競って奇岩名石を奉納した。
確か島の配置は日本列島を意味しているとNHKか何かで見たような。。。
庭園は室町時代の代表的な池泉回遊式庭園で国の特別史跡、特別名勝にも指定されている。

クリックすると元のサイズで表示します 金閣寺舎利殿裏側
黄金の鳳凰がよくわかるね

屋根は椹(サワラ)の薄い板を何枚も重ねた柿葺。

クリックすると元のサイズで表示します 陸舟の松
鏡湖池の東側、方丈の北側に建てられている書院の庭にある。
京都三松の一つに数えられている松の木で、船の形をしている
義満の盆栽から移植され、帆掛け船の形に仕立てられたものとされており、
舳先は西の方角を向いている。これは、この船に乗って西方浄土に向かうという
発想からこの形に仕立てられたものだそうな。すごいね〜

全く記憶になかったけれど、境内にはほかに見るものがたくさんあります。
龍門滝と義満縁の泉、安民沢、夕佳亭(茶室)、「手水鉢」と「石灯篭」、不動堂など。
でも金閣にばかり目を奪われて、他の写真を撮るのを忘れてしまった・・・

ここでちょっとお買物ポイント
後で知ったが、金閣寺の境内でしか買えないキティちゃん金閣寺お守りがあるそうな
むむ。ちょっと欲しい。でも実は神社キティお守りって全国あちこちにあるのよね。
また、金閣寺の入口にはあぶらとり紙の老舗「京都よーじや金閣寺店」があります。


次は銀閣寺・・・の前に 金閣寺のすぐ近くでランチ。
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2009/7/29

今週末は江戸川花火大会!  分類なし

毎年恒例 我が家が参加する花火大会。

江戸川をはさんで、江戸川区と市川市が合同で行なっている。

オープニングの5秒間1000発が 特にすごいのだ!

ここ何年も会場の江戸川河川敷まで行って、
シャンパン持って、お弁当広げて、寝転がって楽しんでいる。

エキサイティング花火2009 第34回江戸川区・第25回市川市民納涼花火大会
  http://www.walkerplus.com/hanabi/kanto/detail/fw0471.html

開催日時: 2009年8月1日(土) 19:15〜20:30
 *荒天の場合は8月2日(日)に延期 2日もダメな場合は中止
開催場所: 江戸川河川敷(都立篠崎公園先)
打ち上げ数: 14000発
付近に駐車場なし(篠崎公園の駐車場も使用不可)
17:00〜22:00頃会場周辺をで交通規制あり
都営新宿線篠崎駅より徒歩15分
JR総武線小岩駅または京成線京成江戸川駅より徒歩25分

ちなみに 去年の様子は→ http://red.ap.teacup.com/tabizuki-naho/909.html

来週は江東区の花火大会もあるんだよ。

第28回 江東花火大会  http://city.koto.lg.jp/seikatsu/community/16/67.html

開催日時: 2009年8月4日(火) 19:40〜20:30 小雨決定(荒天の場合は8月5日(水)に延期)
開催場所:荒川・砂町水辺公園
打ち上げ数 4000発
京メトロ東西線南砂町駅より徒歩15分
JR亀戸駅、都営新宿線東大島駅より葛西橋行きバス約15分、葛西橋から徒歩3分
駐車場なし。17:00〜21:30(土手通りは14:00〜21:30まで車両通行止め

こちらも会社帰りに行く予定。
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タグ: 花火 江戸川 市川

2009/7/29

京都観光:A【世界遺産】東寺  旅行

京都観光@三十三間堂 に続いて、新幹線から見える五重塔のある東寺へ。

東寺(教王護国寺) http://www.toji.or.jp/

住所:京都府京都市南区九条町1 地図はこちら
拝観時間:春(3月20日〜)8:30〜17:30
     秋(9月20日〜)8:30〜16:30
拝観料:大人500円 高校生400円 中学生300円
市バス「東寺東門前」下車すぐ
近鉄京都線「東寺駅」下車徒歩10分
JR京都駅下車 徒歩約15分

東寺とは:byウィキペディア
東寺真言宗総本山の寺院。山号は八幡山。本尊は薬師如来。
この寺には「東寺」および「教王護国寺」という2つの名称がある。

8世紀末、平安京の正門にあたる羅城門の東西に「東寺」と「西寺」(さいじ)という2つの寺院の建立が計画された。これら2つの寺院は、それぞれ平安京の左京と右京を守る王城鎮護の寺、さらには東国と西国とを守る国家鎮護の寺という意味合いを持った官立寺院であった。

南北朝時代に成立した、東寺の記録書『東宝記』によれば、東寺は平安京遷都後まもない延暦15年(796年)、藤原伊勢人という人物が造寺長官(建設工事責任者)となって建立したという。藤原伊勢人という人物については、公式の史書や系譜にはその名が見えないことから、実在を疑問視する向きもあるが、東寺では古くからこの796年を創建の年としている。
それから20数年後の弘仁14年(823年)、真言宗の宗祖である弘法大師空海は、嵯峨天皇から東寺を賜った。この時から東寺は国家鎮護の寺院であるとともに、真言密教の根本道場となった。

東寺は平安後期には一時期衰退するが、鎌倉時代からは弘法大師信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として、皇族から庶民まで広く信仰を集めるようになる。
中でも空海に深く帰依したのは後白河法皇の皇女である宣陽門院(1181年 - 1252年)であった。宣陽門院は霊夢のお告げに従い、東寺に莫大な荘園を寄進した。
また、「生身供」(しょうじんく、空海が今も生きているがごとく、毎朝食事を捧げる儀式)や「御影供」(みえく、毎月21日の空海の命日に供養を行う)などの儀式を創始したのも宣陽門院であった。空海(弘法大師)が今も生きているがごとく朝食を捧げる「生身供」の儀式は、21世紀の今日も毎日早朝6時から東寺の西院御影堂で行われており、善男善女が参列している。また、毎月21日の御影供の日には東寺境内に骨董市が立ち「弘法市」「弘法さん」として親しまれている。
平成6年(1994年)12月には「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録された。

ちなみに西寺は早い時期に衰退し、現在は京都市南区唐橋の近隣公園・唐橋西寺公園内に史跡西寺跡の碑があり、付近に西寺の寺名のみを継いだ小寺院が残るのみである。

クリックすると元のサイズで表示します 南大門
明治28年(1895年)、三十三間堂の西門を移築したもの。

クリックすると元のサイズで表示します 骨董市やってました
後ろに見えているのが金堂

クリックすると元のサイズで表示します 重文 講堂
空海が東寺を建てるにあたって最も力を注いだのがこの講堂。
堂内の仏像21体のうち、15体は創建当時のもの。
東寺が空海に下賜された弘仁14年(823年)にはまだ建立されておらず、
天長2年(825年)空海により着工、承和2年(835年)頃完成した。
現在の建物は、室町時代の延徳3年(1491年)の再建。
講堂には大日如来を中心とした密教尊を安置する

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 金堂
東寺の本堂で延暦15年(796年)に創建されたと伝えられる。
文明18年(1486年)に焼失し、豊臣秀頼が慶長8年(1603年)に再建した。
高さ約3mの「薬師三尊像」が本尊として祀られている。

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 五重塔
新幹線の中から見えるやつですね。
高さ54.8メートルで木造塔としては日本一の高さを誇る。
天長3年(826年)、弘法大師が創建時に始まるが、たびたび火災に遭い、失すること4回。
現在の塔は5代目で、寛永21年(1644年)に徳川家光の再建。
空海が在命中は建設中で、空海が亡くなってから約50年後に完成した。
特別公開は毎年正月1日〜5日。

最初、東大門から入ろうとしたら開いてなかった。
東大門は1336年、新田義貞により攻められた足利尊氏がこの門を閉め難を逃れたことにより、不開門(あかずのもん)と呼ばれるようになったそうな。
そこで南大門から入ったが、ぐるっと周って北の方にある食堂(じきどう)の近くに
拝観受付がある。駐車場からの方が近かったよ。
ちょうど骨董市をやっていました。

公式ホームページではまず国宝の御影堂へと書いてあったが、立ち寄らなかった。
御影堂はかつて空海が住房としていた、境内西北部の「西院」と呼ばれる一画に建つ住宅風の仏堂である。現在の建物は明徳元年(1390年)のもので、弘法大師像を安置するために北側に前堂、その西側に中門が増築された。後堂(南側)には空海の念持仏とされる不動明王坐像(国宝、9世紀)を安置する。厳重な秘仏で非公開であるが、日本の不動明王像としては最古の作例の1つである。北側の前堂には弘法大師坐像(国宝)を安置する。
また像の前では、毎朝6時に「お大師様」に朝食を捧げる「生身供」(しょうじんく)が執り行われ、多くの参拝者が集まる。

次は金閣寺。
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タグ: 京都 東寺 世界遺産

2009/7/28

京都観光:@とにかく圧巻「三十三間堂」  旅行

奈良ホテルを早めにチェックアウトして、バスで奈良駅へ。
そして京都駅へ。
奈良観光はレンタカーだったけど、
京都観光は1日観光券(1200円)を使って、バス・地下鉄で周ります。

クリックすると元のサイズで表示します左が1日券、右が2日券

京都観光一日乗車券 http://www.city.kyoto.lg.jp/kotsu/page/0000028378.html

まずは三十三間堂へ。ここの何がすごいって観音様がいーっぱい!

三十三間堂 http://sanjusangendo.jp/

住所:京都府京都市東山区三十三間堂廻町657 地図はこちら
開門時間: 8:00〜17:00(11/16〜3月は9:00〜16:00)受付終了30分前 年中無休
拝観料:大人600円 中高生400円
JR京都駅→市バス206系統で5分「博物館三十三間堂前」下車徒歩すぐ
京阪電気鉄道 七条駅 徒歩5分
駐車場あり

三十三間堂とは:byウィキペディア
建物の正式名称は蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)。
同じ京都市東山区にある天台宗妙法院の境外仏堂であり、同院が所有・管理している。
元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂で、本尊は千手観音である。

「三十三間堂」の名称は、間面記法による表記「三十三間四面」(構造)に由来する。
これは桁行三十三間の周囲四面に一間の庇を巡らせたという意味である。
つまり柱間が33あるのは本堂の内陣(母屋)で、建物外部から見る柱間は35ある。
「33」は観音に縁のある数字で、『法華経』等に観音菩薩が33種の姿に変じて衆生を救うと説かれることによる。
ここで言う「間」(けん)は長さの単位ではなく、社寺建築の柱間の数を表す建築用語である。

江戸時代には各藩の弓術家により本堂西軒下(長さ約121m)で矢を射る「通し矢」の舞台となった。その伝統に因み、現在は「楊枝のお加持」大法要と同日(1月中旬)に、本堂西側の射程60mの特設射場で矢を射る「三十三間堂大的全国大会」が行われる。
弓道をたしなむ女性新成人参加者が振袖袴姿で行射する場面は、しばしばニュース番組等で取り上げられる。一般的には「通し矢」と呼ばれているが、60mは弓道競技の「遠的」の射程であり、かつての通し矢とは似て非なるものである

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 本堂
鎌倉時代再建 入母屋造 本瓦葺 揺れ動くことで免震
クリックすると元のサイズで表示します 本堂
地上16m、奥行22m、南北120mと長大 この中にぎっしり観音様
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します お庭

建物の中の仏像は写真×なので、京都市観光文化情報システムの写真を使わせてもらいます。

本当に圧巻です。

クリックすると元のサイズで表示します 重文 千体千手観音立像
10段の階段上の壇上に等身大の観音様(重文の千体千手観音立像)が1000体!
お顔が皆違います。そのうち半分は作者が残されているそうですよ。

クリックすると元のサイズで表示します 国宝の千手観音坐像
そのお堂の中央に国宝の千手観音坐像
3mもあります。仏師湛慶の作。

その他、観音二十八部衆と言われる国宝の風神・雷神を含めた30体が
1000体の千体千手観音立像の前に並んでいます。

どれも圧倒的な力強さを感じ、今回の京都観光の中で一番印象に残っています。
京都といえば金閣寺・銀閣寺ですが、また違うすごさを体感できますので、
特に修学旅行以来という方には是非立ち寄ってほしいです。

次は東寺。
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