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2009/7/16

奈良観光:@【世界遺産】世界最古の木造建築「法隆寺」  旅行

当初この旅行、金曜の夜、京都1泊のつもりで出かけたのだが、
宿「柊家旅館」の夕食でせっかくだからもう1泊して奈良まで行こうということになり
急いで携帯webから奈良ホテルを予約した。
奈良に泊まるなら奈良ホテルと前々から決めてたからよかったが、
(少しでも安くあげるために)携帯webから予約ができるって便利だね〜って思ったよ。

京都駅からレンタカーを借り、奈良観光へ。
法隆寺、藤ノ木古墳、薬師寺、唐招提寺、垂仁(すいにん)天皇陵、
平城宮跡、東大寺
の順に周りました。

奈良は来年の2010年 平城遷都1300年を向かえるというので、
京都も奈良もたくさんの寺院が修復中で見れない部分が結構あります

まずは法隆寺の紹介から。法隆寺は大講堂が修復中でした。

法隆寺 http://www.horyuji.or.jp/ 


住所:奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1 地図はこちら
TEL:0745-75-2555
拝観時間:8:00〜17:00(2/22〜11/3)
     8:00〜16:30(11/4〜2/21)
拝観料金:一般1000円/小学生500円 (西院伽藍内、大宝蔵院、東院伽藍内共通)
JR法隆寺駅より 徒歩約20分 または バス「法隆寺門前」行き、法隆寺門前下車
JR王寺駅より バス「春日大社・奈良」行き、法隆寺前下車
近鉄奈良駅より バス「JR王寺駅」行き・「法隆寺」行き、法隆寺前下車

世界最古の木造建築として、
また聖徳太子が建立された寺院としても有名ですね。
1993年12月には、ユネスコの世界文化遺産のリストに日本で初めて登録された。

由来:通説によれば、推古天皇9年(601年)、聖徳太子は斑鳩の地に斑鳩宮を建て、この近くに建てられたのが法隆寺であるとされる。金堂の「東の間」に安置される銅造薬師如来坐像(国宝)の光背銘には「用明天皇が自らの病気平癒のため伽藍建立を発願したが、用明天皇がほどなく亡くなったため、遺志を継いだ推古天皇と聖徳太子があらためて推古天皇15年(607年)、像と寺を完成した」という趣旨の記述がある。しかし、正史である『日本書紀』には(後述の670年の火災の記事はあるが)法隆寺の創建については何も書かれていない。byウィキペディア

うーむ。謎多き法隆寺
再建・非再建論争、 『隠された十字架』を巡る論争など、学者・研究者の間で
かなりもめているらしいので、興味のある方はウィキペディアを読んでもらおう。
こちらへ→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E9%9A%86%E5%AF%BA

また、法隆寺の謎についてはこちらの本を参考にしてね。
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境内はかなり広く、約187,000u。
塔・金堂のある西院伽藍と夢殿のある東院伽藍に分かれている。
発掘調査や建築用材の伐採年代の科学的な調査から西院伽藍は一度焼失した後に
再建されたものであるということがわかっている(7世紀後半だが正確な時期等は不明)

それでも世界最古の木造建造物群であることは間違いない。
細部の様式などから、金堂がもっとも古く、五重塔がそれに続き、
中門、回廊はやや遅れての建築と見られるようだ。
夢殿含めた東院伽藍は天平10年(738年)頃のもの。

では入口の南大門から紹介。


クリックすると元のサイズで表示します 国宝 南大門
<室町時代> 法隆寺の玄関にあたる総門 
 室町時代(1438年)に、当時の西大門を移築し建立

クリックすると元のサイズで表示します 門をくぐると
距離あるね

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 中門
<飛鳥時代> 西院伽藍の本来の入口 
 日本の寺院の門は正面の柱間が奇数(3間、5間、7間等)になるのが普通だが、
 この門は正面柱間が4間で、真中に柱が立つ点が特異である

クリックすると元のサイズで表示します 中門の金剛力士像 阿形像
クリックすると元のサイズで表示します 吽形像
日本最古(8世紀初)

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 五重塔
<飛鳥時代>釈尊の遺骨を奉安するためのもの 仏教寺院において最も重要な建物
 高さは約31.5m(基壇上より)で、木造塔として世界最古のもの
 この最下層の内陣には、奈良時代のはじめに造られた塑像群があり、
 東面は維摩居士と文殊菩薩の問答、北面は釈尊の入滅(涅槃)、
 西面は釈尊遺骨(舎利)の分割、南面は弥勒菩薩の説法が表現されている

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 金堂
<飛鳥時代> ご本尊を安置する聖なる殿堂
 金堂の壁画は日本の仏教絵画の代表作として国際的に著名なものであったが、
 1949年、壁画模写作業中の火災により、初層内陣の壁と柱を焼損した。
 黒こげになった旧壁画(重文)と柱は現存しており、
 寺内大宝蔵院東側の収蔵庫に保管されているが、非公開である
 このことがきっかけとなって、文化財保護法が制定された。

クリックすると元のサイズで表示します  燈籠(後は大講堂)
 元禄四年(1691)。徳川家の家紋「三つ葉葵」と桂昌院の実家・本庄家の家紋「九目結紋」

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 大講堂
<平安時代> 修復中
 仏教の学問を研鑽したり、法要を行う施設として建立されたが、鐘楼とともに
 延長3年(925)に落雷によって焼失し、正暦元年(990)に再建された

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 回廊
 <奈良時代> 金堂などとほぼ同時期の建立。
 廊下であるとともに聖域を区切る障壁でもある。
 ただし、大講堂寄りの折れ曲がり部分より北は平安時代の建立である。
 当初の回廊は大講堂前で閉じており、大講堂は回廊外にあった。
 エンタシスの柱→柱の上部が一番細く、
 下部から三分の一くらい上がったところが一番太くなっている

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 聖霊院
 <鎌倉時代> 聖徳太子を祀る堂
 太子の命日の旧暦2月22日を中心に(現在は3月22日〜24日)、
 法隆寺最大の行事であるお会式(おえしき)が行われる。

クリックすると元のサイズで表示します 大宝蔵院
 百済観音像をはじめとする寺宝を公開している。冷暖房完備。
 百済観音堂および東宝殿、西宝殿からなる建物で1998年(平成10年)完成した。
 玉虫厨子(国宝)(装飾に玉虫の羽を使用していることからこの名がある)など興味深い。

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 東大門
 <奈良時代> 「中ノ門」ともよばれるこの門は、西院と東院の間に建っている。
 かつては鏡池の東側に南向きに建っていたようだが、平安時代ごろに
 現在の場所に移されたといわれている。
 この門は珍しい三棟造りという奈良時代を代表する建物の一つ

クリックすると元のサイズで表示します 広い!

クリックすると元のサイズで表示します 東院通用門

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 夢殿
 <奈良時代> 八角円堂
 聖徳太子が住まわれた斑鳩宮跡に、行信僧都という高僧が、
 聖徳太子の遺徳を偲んで天平11年(739)に建てた伽藍を
 上宮王院(東院伽藍)という。その中心となる建物がこの夢殿。
 堂内に聖徳太子の等身像とされる救世観音像を安置する。

その他の宝物:1878年(明治11年)、廃仏毀釈の影響で民衆による破壊にさらされ、寺の維持が困難となり、管長千早定朝の決断で、聖徳太子画像(唐本御影)をはじめとする300件余の宝物を当時の皇室に献納し、金一万円を下賜された。
これらの宝物は「法隆寺献納宝物」と呼ばれ、そ第二次大戦後、その大部分は東京国立博物館の法隆寺宝物館の所蔵となり、ごく一部(有名な「聖徳太子及び二王子像」や「法華義疏」など)が皇室御物および宮内庁保管となっている。


次はこの近くにある藤ノ木古墳。
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