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2009/7/21

明日2009.7/22は皆既日食。東京でも見れるのか?  分類なし

皆既日食。見たことない。東京でも見れるのか?

その前にちょっとお勉強。国立天文台のHPより抜き出しています。

国立天文台 皆既日食の情報 http://www.nao.ac.jp/phenomena/20090722/index.html

日食とは
月が太陽の前を横切るために、月によって太陽の一部(または全部)が隠される現象。
太陽が月によって全部隠されるときには「皆既日食」、
太陽の一部しか隠されないときには「部分日食」と呼ばれる。
皆既日食では太陽のコロナが見れる。
また、太陽、月、地球の距離は少し変化するため、月の見かけが太陽より少し小さいこともあり、このときに完全な日食が起きると、太陽の縁だけが見える「金環日食」になる。

とはいっても、見る場所によって、どのくらい欠けるかも、
日食が始まる時や終わる時刻、また一番大きく欠ける時間など全く違うのだ。

今回、日本で皆既日食状態でみれるのは、
奄美大島北部、トカラ列島、屋久島、種子島南部など、
皆既日食帯と呼ばれる細長くのびた地域・海域内


そこに近ければ近いほど深く欠けた日食(部分日食)が見れる。
上海でも皆既日食が見れるってテレビで言ってたなあ。

で、東京では見れるのか?
約4分の3まで月が入り込む部分日食が見られます。三日月みたいな感じかな。
東京で日食が始まる時間: 9時55分33秒
東京で一番大きく欠ける時間: 11時12分58秒
東京で日食が終わる時間: 12時30分20秒

うーん 一番欠けてる時は仕事中で見れそうにないけど、会社の休み時間に見れるかも?
それより天気予報では東京は曇りって言ってるから無理かもしれないね〜
あとはインターネットによるライブ中継か。(沖縄・奄美周辺は晴れだって)

インターネットで中継映像
NHKオンライン→ http://www.nhk.or.jp/live0722/
yahoo!今世紀最大の天体ショー(朝10時〜生中継)→ http://eclipse.yahoo.co.jp/

さて、使用上の注意:専用の日食グラスを使おう!
これ↓をやってはいけません。目を痛めたり、最悪の場合失明したりする危険があります。
赤外線を通しやすいものがあり、気づかないうちに網膜が焼けてしまうんだそうな。

・肉眼で直接太陽を見る(たとえ数秒でもいけません)
望遠鏡や双眼鏡を使う(太陽の光や熱を集めて強くするので肉眼で太陽を見る以上に危険)
サングラスで見る(大丈夫かと思ったんだけど、ダメなんだって)
黒い下敷きで見る(昔こんなことやってた気がするんだけど・・・)
・日食グラスを使って望遠鏡や双眼鏡をのぞく(これもダメなんだって)

全国の日食イベント会場→ http://www.astronomy2009.jp/ja/project/konin/event_list_se.html


ちなみに前回日本で見れた皆既日食は1963年7月21日の北海道東部。(生まれてなかった)

次回は26年後の2035年9月2日の北陸・北関東などで見られるそうな。
おぉ次回に期待だな。多分生きてるでしょう。
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2009/7/21

奈良観光:D垂仁天皇陵  旅行

@法隆寺、A藤ノ木古墳、B薬師寺、C唐招提寺に続いて、垂仁(すいにん)天皇陵へ。

垂任天皇陵 

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近鉄橿原線の尼ヶ辻駅から徒歩5分
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垂仁天皇とは:byウィキペディア
垂仁天皇(すいにんてんのう、崇神天皇29年1月1日(紀元前69年1月26日)誕生〜垂仁天皇99年7月14日(紀元後70年8月8日)は『古事記』・『日本書紀』に伝えられる第11代の天皇(在位:垂仁天皇元年1月2日(紀元前29年)〜垂仁天皇99年7月14日(紀元後70年)。
崇神天皇の第三皇子。母は御間城姫命(みまきひめのみこと)。
活目入彦五十狭茅尊(いくめいりびこいさちのみこと)・活目尊。
『古事記』に伊久米伊理毘古伊佐知命(いくめいりびこいさちのみこと)、『常陸国風土記』に伊久米天皇、『令集解』所引「古記」に生目天皇、『上宮記』逸文に伊久牟尼利比古(いくむにりひこ)大王と見える。
『日本書紀』、『古事記』に見える事績は総じて起源譚の性格が強く、その史実性については多分に疑問である。

御陵:byウィキペディア
垂仁天皇陵『延喜式』諸陵寮に拠れば、菅原伏見東陵(すがわらのふしみのひがしのみささぎ)に葬られた。『古事記』に「御陵は菅原の御立野(みたちの)の中にあり」、『日本書紀』に「菅原伏見陵(すがわらのふしみのみささぎ)」、『続日本紀』には「櫛見山陵」として見える。現在、同陵は奈良県奈良市尼辻西町の宝来山古墳(前方後円墳、全長227m)に比定される。

現在の宝来山古墳の濠の中、南東に田道間守の墓とされる小島がある。
この位置は、かっての濠の堤上に相当し、濠を貯水のため拡張して、島状になったと推測される。しかし、戸田忠至等による文久の修陵図では、この墓らしきものは描かれていない。


ややこしいなあ。
今のところ(なんたって宮内庁だからね)
垂任天皇陵は菅原伏見東陵のことで、宝来山古墳ともいうってこと?
 
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全長227mの前方後円墳 空から見ないとわかんないね


車なので、その他なかなか行けない古墳を見てきました。
いやあ本当にたくさんの古墳が点在してますなあ〜。
といってもいずれも垂任天皇陵と同じように島とか山になってるだけで、
上から見ないとわからないです。しかも車を停めるところもないから素通り。

クリックすると元のサイズで表示します 宇和奈辺陵墓参考地
古墳時代中期の築造。被葬者は不明。
1969年の発掘調査で、二重の濠があったことが明らかになったそうな。

そのすぐ隣にある「小奈辺陵墓参考地」、その他数箇所には行き着けなかった。

次は平城宮址。
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