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2009/8/3

京都観光:C【世界遺産】銀閣寺  旅行

@三十三間堂、A東寺、B金閣寺の次は観光ラストの銀閣寺へ。

金閣寺から銀閣寺へはバスで移動。確かガイドブックには30分くらいと書いてあったが、
もっとかかったような気がする。

銀閣寺(東山慈照寺) http://www.shokoku-ji.or.jp/ginkakuji/

住所:京都府京都市左京区銀閣寺町2 地図はこちら
参拝時間 :夏季(3/1-11/30)8:30〜17:00
      冬季(12/1-2/末日)9:00〜16:30
拝観料:大人・高校生500円 中学・小学生300円
京都市営バス銀閣寺前バス停下車徒歩6分
京都バス・京阪バス銀閣寺道バス停下車徒歩10分
有料駐車場あり(京都市営駐車場使用)

銀閣寺とは:byウィキペディア
正式名は東山慈照寺。山号は東山(とうざん)。
銀閣寺を創建したのは室町幕府8代将軍の足利義政で祖父である足利義満が建てた北山山荘
(金閣寺)を参考に、1482年東山文化の代表東山山荘を造営した。
楼閣建築である観音殿を「銀閣」と通称し、
観音殿を含めた寺院全体を「銀閣寺」と通称している。
金閣寺ほどの規模はないが、銀閣寺にも会所、常御所(つねのごしょ)などの大規模な建物が
建ち並んでいた。しかし、現存するのは銀閣(観音殿)と東求堂(とうぐどう)だけ
義政は東山山荘の完成を待たず1490年1月に死去した。
義政の菩提を弔うため東山殿は寺に改められ、相国寺の末寺として慈照寺が創建された。
銀閣寺は戦国末期に前関白の近衛前久の別荘にもなったこともあったが、
前久の死後再び相国寺の末寺となった。

なお、金閣と通称される鹿苑寺舎利殿には金箔が貼り付けられているのに対し、
銀閣と通称される慈照寺観音殿には銀箔は使用されていないが、
全体に黒漆が塗られていたと考えられている

なお修復に際し、黒漆を再現するべきか、現在の木目をそのまま生かすか
議論が分かれている。
2009.07現在は修復中で骨組みと、屋根の見本は見られる。
1994年には「古都京都の文化財」として 世界遺産に登録されている。

クリックすると元のサイズで表示します 哲学の道(遊歩道)
銀閣寺道バス停からは哲学の道を通って
クリックすると元のサイズで表示します
土産物屋や食堂などが並ぶ通りを歩く
クリックすると元のサイズで表示します 総門
門の向こうに見えるのが銀閣寺垣。
総門から中門までの参道の両脇に、まったく見通しのきかない高い生垣が約50m続いている。
その生垣の下に造られた高さ90cmの竹垣を「銀閣寺垣(ぎんかくじがき)」と呼ぶ。
美しく整えられた銀閣寺垣は、椿が開花する3〜4月が見頃。
本来は防衛のために造られたものだそうだ

クリックすると元のサイズで表示します 拝観券はお札
大きさは縦17.1cm、横6cm。金閣寺のお札より一回り小さい

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 銀閣
銀閣は2層構造で初層は「心空殿」といわれる住宅風様式を取っている。
上層は「潮音閣」といわれる禅宗様(唐様)の仏堂。
現存する唯一の室町期・東山文化を代表する楼閣庭園建築。
金閣寺に貼られた金箔と同じように銀閣寺には銀箔が貼られていたという説もあったが、
銀閣には銀箔を貼った痕跡はなかった。
足利義政が茶道を趣味とし禅宗文化に帰依したわびさび人なので
創建当初から銀箔を貼る計画はしていなかったものと思われる。
2007年1月に行われた科学的な調査でも銀箔は検出されなかったと発表された。

クリックすると元のサイズで表示します 修復中
拝観料半分にしてよという声を聞いたが、
ある意味骨組みが見えるのもめったなことじゃないからラッキーとも思える。

クリックすると元のサイズで表示します
屋根は柿(こけら)葺き、内部は2層

銀閣の前にある錦鏡池(きんきょうち)を中心に池泉回遊式庭園が広がっている。
現在の庭園は江戸時代に改修されたもので創建当時とは異なっている。
この庭園は1952年に特別史跡、特別名勝にも指定されている景勝地である。

クリックすると元のサイズで表示します 向月台
方丈の前庭にある白砂の砂盛り向月台(コウゲツダイ)。
私にはプリンにしか見えないが・・・
向月台の上に座って東山に昇る月を眺めたと言われているが、
現在のような形になったのは江戸後期になってから。

クリックすると元のサイズで表示します 銀沙灘
波紋を表現した銀沙灘(ギンシャダン)
向月台や銀沙灘が月の光を反射して銀閣を照らすという
この砂の中に何故か蜂がたくさん。刺されそうで恐かったよ。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します 国宝 東求堂
足利義政の持仏堂として建てられた。
義政の西方極楽浄土への願いが込められている。
内部は4つに分けられている。阿弥陀如来、義政像を安置する部屋。
茶室と書院造の書斎「同仁斉(どうじんさい)」は4畳半の広さで作られている。
この同仁斉には硯箱などを飾り、違い棚には茶道具が並べられている。
4畳半茶室の発祥の地として言われ、その後の建築に影響を及ぼしている。

クリックすると元のサイズで表示します 展望所からの眺め
境内東側にある高台に上ると展望所

次は伏見へ。「蒼空」という名の日本酒を作っている藤岡酒造さんのBar。
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