2010/1/7

伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」 お食事編  ♨伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」に泊まる 2009.12

伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」。
建物編お部屋編お風呂編 に続いてお食事編。

三養荘 http://www.princehotels.co.jp/sanyo-so/
  一休.com→ http://www.ikyu.com/ap/srch/UspW11101.aspx?aid=00000676

夕食も朝食もお部屋でお食事。

@夕食


















温かいものは温かく、冷たいものは冷たくと
一つ一つ出してくれる旅館の会席を食べてしまうと、
テーブルに全部乗っててどうだ!みたいなものは食べられなくなってしまいますね。
こちらの旅館の夕食は、派手さはないものの、美味しかったですよ。
我らのおなかにはちょうどよい量でしたが、若い方には少なめかもしれません。
これはここに泊まるような方に
若い方があまりおられないからかと思います。
ご飯はお代わりできますから、少なく感じた方はそこで調整かな。

A朝食

このほかに朝食にも果物がつきました

三養荘 (旅館 / 伊豆長岡、韮山)



おまけ


帰り、前日は雲がかかってて見えなかった富士山が見えました。
見れるとほっとするから不思議。 にっぽんじん だね〜
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タグ: 伊豆 温泉 旅館

2010/1/6

伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」 お風呂編  ♨伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」に泊まる 2009.12

伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」。
建物編お部屋編 に続いてお風呂編。

三養荘 http://www.princehotels.co.jp/sanyo-so/
  一休.com→ http://www.ikyu.com/ap/srch/UspW11101.aspx?aid=00000676

昭和4年築の本館にはほとんど内湯がありません。
また新館の洋室には内湯があっても温泉ではない沸かし湯の部屋があります。
我らが泊まった「らん」の部屋がまさしくその部屋。
大浴場へ向かいます。

大浴場には手ぶらでOK! タオル類、アメニティが揃っています。

 大浴場
ガラスの向こうは露天風呂 これは女湯ですが男湯も同じ作りのようです
広いわけではないが なかなか気持ちのいい露天風呂でしたよ
 入口入って



次は お食事編。
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2010/1/6

伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」 お部屋編  ♨伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」に泊まる 2009.12

伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」。
建物編に続いてお部屋編。

三養荘 http://www.princehotels.co.jp/sanyo-so/
  一休.com→ http://www.ikyu.com/ap/srch/UspW11101.aspx?aid=00000676

我らが泊まったのは、新館のベッドルーム「らん」。
「らん」のお部屋は上のHPでも紹介されているし、パンフレットにも載っている。

平成5年に完成した洋室タイプのお部屋。
フローリング仕上げのお部屋は、リビングルーム・ベッドルーム・広縁と
すべてに床暖房を完備
広縁はタイルなんだけど、床暖房のおかげで暖かい。

「らん」のお部屋入口
扉が開いた状態です。
 入って左手の中庭

 リビング

 窓は大きい
ほとんど広縁で庭を眺めて過ごしました
この庭はあの広大な日本庭園ではないけれど、プライバシーの関係とか考えると
こちらの方がこじんまりしてて、落ち着きます。
日本庭園に面してる本館なんぞはカーテンなしなので
ほとんどのお部屋が外から丸見え状態ですのでね。
 ベッドルーム
リビングの隣にある ふすまで仕切られている
 洗面所
この部屋は温泉ではないので、内湯は普通。入りませんでした
新館の和室は源泉掛け流し温泉の内湯なんだけどな〜

お茶を飲みながら この部屋はどこじゃ?と見取図を眺めました

 部屋の見取図

本館の方が歴史を感じさせるから1泊の金額も高いと思っていたら
新館の方が高いんですわ。
個人的にはどうせなら本館といつも思うけど(今回は満室だった)、
冬は寒いから床暖房ありの新館の方がいいかも。
それに本館のほとんどの部屋に内湯がないようです

次は 大浴場編。
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2010/1/4

伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」 建物編  ♨伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」に泊まる 2009.12

昨年末に伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」に一泊しました。
年末年始だけれど、ラッキーなことに一休.comで格安プランが出ていたのだ!

三養荘 http://www.princehotels.co.jp/sanyo-so/
  一休.com→ http://www.ikyu.com/ap/srch/UspW11101.aspx?aid=00000676



 東屋からの景色 一望できる

住所:静岡県伊豆の国市ままの上270 地図はこちら
TEL:055-947-1111
チェックイン15:00〜19:00 チェックアウト11:00
伊豆箱根鉄道伊豆長岡駅から車で5分 *駅から送迎サービスあり
駐車場30台

三養荘とは
昭和4年、旧三菱財閥の創始者岩崎弥太郎氏の長男久彌氏の別邸として建設された。
「 三養荘 」とは、岩崎家の家訓とされていた蘇東坡(そとうば)の「三養訓」に
由来するもので、岩崎家の別邸当時から呼ばれていた名称をそのまま継承している。
現在の旅館として営業を始めたのは、昭和22年。
15棟として営業を開始した当館も現在では40棟。
四季の移ろいが美しい庭園は3,000坪
本館(10棟)は、昭和4年築で日本建築伝統を今に伝える重厚な風格。
新館(30棟)は昭和63年築で建築家村野藤吾氏の設計による数奇屋造りとなっている。

 ラウンジ
チェックインの時間まで1時間あったので、ラウンジに案内してくれました。
宿泊中は無料でソフトドリンクが飲めるようです。
 日本庭園
お庭も散策。素敵です!
 本館の老松
客室の名称は「能」に由来 表面が波を打つ昔ながらの「ゆがみガラス」を使用
老松は岩崎氏の時代には、客間として使用されていた。
 本館の木曽(多分)

 ロビー

 長い廊下
一棟一棟建物が建っているが、離れ以外は全部廊下でつながっている
 バー「狩野川」
明治時代の東京市長(都知事)であった後藤新平氏の田舎屋を移築。見学のみ可
 バー「狩野川」

 バー「狩野川」

広大な庭園も建物も素敵でいい宿なんですが、
どうもプリンス系というのが・・・偏見ですかねえ。。

次はお部屋編。我らは新館ベッドルームに泊まりました。
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2010/1/3

国道1号沿いにある国の史跡「山中城跡」  ♨伊豆長岡温泉の旅館「三養荘」に泊まる 2009.12

昨年末に出かけた伊豆長岡温泉
レポが途中で新年を迎えてしまいました。

小田原「かまぼこの里」で正月の買い物を済ませ、
そこから徒歩10分ほどのところにある「友栄」で鰻ランチ。
その後はまっすぐ伊豆長岡温泉の宿「三養荘」へ行く予定でしたが、
国道1号線(東海道)を走らせていると、「山中城跡公園」が目に入り、
立ち寄ることにしました。山中城跡は三島市にあります。

山中城跡 http://www.city.mishima.shizuoka.jp/seseragi/toshikeikan/tyoubou/yamanaka.htm



住所:静岡県三島市山中新田字下ノ沢ほか 地図はこちら
JR・伊豆箱根鉄道三島駅から元箱根方面行きバス(約30分)
なお、「山中城まつり」の際にはシャトルバスが運行される

山中城(やまなかじょう)とは:by ウィキペディア
静岡県三島市山中新田(伊豆国田方郡山中)にある中世の山城跡で、国の史跡に指定されている。
永禄年間(1558年 - 1570年)に北条氏康により築城され、小田原城の支城として位置づけられる。箱根十城のひとつ。
北条氏政の代に豊臣秀吉との関係が悪化すると、山中城は改修し防備を固めることになるが、結局間に合わず未完成のまま豊臣軍を迎える。 1590年(天正18年)、小田原の役で豊臣秀次率いる7万の軍勢が山中城を攻撃、城将松田康長ら4千は奮戦し、豊臣方も部将の一柳直末など多くの戦死者を出すものの、猛烈な力攻めの結果わずか半日で落城し、松田以下城兵はほとんど討死した。戦後、城は廃止された。

1973年(昭和48年)から三島市によって当時を反映した整備改修がなされ、堀や土塁などの遺構は風化を避けるため、盛土による被履の上芝を張って保護し、畝堀や障子堀の構造が明確に把握できるように整備されており北条氏の築城方法を良く知ることのできる城跡となっている。
また、北条氏滅亡と共に廃城となったため、北条氏独特の城郭の構造を多く残していることが注目される。
1930年(昭和5年)に国の史跡に指定された。
2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(40番)に選定され、2007年(平成19年)6月から全国規模の日本100名城スタンプラリーが開始された。
毎年、5月の第三日曜日に山中城まつりが開催される。

 岱崎出丸跡からの景色
市街地と駿河湾が良く見える。
天正17年(1589)北条氏政は、豊臣秀吉の来功に備えて急遽堀や岱崎出丸などの整備、増築を行った。
しかし翌年、未完成の岱崎出丸を豊臣勢に攻められ、半日で落城。
駐車場のある国道1号線(現東海道)を挟んで本丸と岱崎出丸が分かれているが、
実際には旧東海道は岱崎砦の下を沿うように通っていたようです。
出丸とは本城より張り出して築かれた曲輪のこと。

 すりばち曲輪
曲輪(くるわ)とは 防御陣地・建造物を建てる敷地・兵の駐屯施設。
(くるわ)とも書く。江戸時代以降はともいう。

 独特な堀
堀の底には、盛り土で格子状や梯子状になってて、これを畝堀(うねぼりとか障子堀という。
一度掘に落ちると堀の中を移動出来ず、素手でよじのぼることを困難にしている。

山中城は石垣は無く、土塁で築かれていたそうな。

次はいよいよメインの旅館です。
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タグ: 三島 史跡



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