『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(今野晴貴著、文春新書=887)
ブラックというより、ヤカラ、あるいはカルトかと。ブラック企業のやる方法が、ヤクザやカルト宗教と被るのだ。奴らは労働者、特に若年労働者を追い込み、短期間で強搾取し、ポイ捨てし、労働力の再生産の社会的費用を、自分たち以外の社会に負担させる、まさに反社会的存在である。
本書はそのやり口のみならず、対処法についても書く。但し、社会的暴力=国家という暴力装置の適正かつ神聖な任務については弱いと思った。この本を読んで、小生が京都総評支援なんかの学生部隊で係わった時に比べたら、何てサヨクは優しくなったんだ!と思った。とある企業経営者の講演を粉砕して、京都新聞の一面を飾ったりしていたんだよ。――余談だが、その時のその経営者の態度を見て、その人が大人物だと感じた、という余禄があったにせよ――。左翼が権威と力を再び得るには、無慈悲で断固とした、徹底非妥協の姿勢を見せることにのみあると感じたのは脱線か。勿論、筆者がスルーした理由に、左翼の体たらくと政治への絶望があるとは思うのだが。
第一章は「ブラック企業の実態」、第二章は「若者を死に至らしめるブラック企業」、第三章は「ブラック企業のパターンと見分け方」と題して。とにかく、大量雇用。そして使い捨て。おぞましい方法論の数々。パワハラ、セクハラ、長時間労働の常態化、試用期間の悪用。研修では自分は無価値であり、価値があると認めてもらうには盲従と目前の金を稼ぐこと。稼いだ金は上に取られ、生活費以下しか渡さず、生活水準を上げたければさらに働け!というわけだ。そして、睡眠時間さえ削り取る生活になる。また、募集の時には残業代込――それが月80時間とか――で広告を打つ。JAROは管轄外のようだ。心身を壊して退職する時も「自己都合」であるように仕向ける。それを拒否すると、裁判闘争に持ち込まれたり。ヤクザやカルト宗教、あるいは自己啓発セミナーのやり口のオンパレード。36協定さえも悪用。例示されている企業は「ウェザーニュース――入社しても予選期間と称して過激な労働を押し付ける」「大庄――上に書いた残業代=月八〇時間込の募集広告」「ワタミ――労災認定を拒否、先日も報道があったばかりだ」「SHOP99――名ばかり店長」。
第四章は「ブラック企業の辞めさせる「技術」」と題して。奴らは労働法を熟知し、利用する。そして自己退職に追い込む。拒否すると失業手当が出ないような嫌がらせをする。辞めさせたい人間は――それは個人の能力などではなく、人数調整で往々にしてなされる――パワハラと人格破壊で鬱に追い込み、就労不能にする。とはいえ、様々な裁判闘争――それはユニオンなどで支援された――により、奴らも「進化」して、ターゲットが職場に居づらくするという方法が取られているようだ。奴らは経済合理性に従う。そのために作られた制度を利用する。「進化」しているということは、戦略的に行動しているということ。ならば。
第五章は「ブラック企業から身を守る」と題して。奴らが戦略的に行動するならば、労働者も戦略的に行動する必要がある。「自分は悪くない」「会社の言うことは疑え」「簡単に諦めない」「労働法を活用せよ」「専門家を活用せよ」。というわけで、地域労組加盟を本書は勧める。企業内組合は経営とべったりの所が多いからだ。そして、記録を取り続ける。発言なども録音しておく。これは、裁判になった時の証拠となる。
第六章は「ブラック企業が日本を食い潰す」と題して。大学卒業までに国家と行政が子供一人に掛ける費用はいくらであろうか。12年×100万円として1200万円だろうか。労働不能とされた労働者を支えるのに要する費用はいくらであろうか。年間、100万円で済まないだろう。それだけのコストを、ブラック企業は己らの数年の利益のために食いつぶしているのだ。右翼ならば、これらの社稷を食いつぶす企業群をこそ、糾弾すべきだろう。カルト宗教まがいの方法で盲従させ、消耗させ、若者をぶっ壊す。その手口がこの章で具体的に描かれる。将来への希望も見えず、バーニングアウトして鬱になる。そして働けなくなったらポイ捨てで、「面倒は社会が見ろ」というわけだ。捨てられる側から見たらロシアンルーレット社会のようである。結婚や子供をもうけることなど絶対に出来ない。余裕のない多忙極まる労働は質の低下を招く。そして、先日ワタミの介護施設で報道されたようなことになる。
(日本経済新聞より転載)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1200Z_S3A110C1CC0000/
ワタミ系の介護施設で74歳女性が溺死 入浴中、警視庁が捜査
2013/1/12 11:33 (2013/1/12 12:19更新)
居酒屋チェーンを展開する「ワタミ」の子会社「ワタミの介護」が運営する介護付き有料老人ホーム「レストヴィラ赤塚」(東京・板橋)で昨年2月、入所者の女性(当時74)が入浴中に溺れて水死する事故があったことが12日、分かった。警視庁高島平署が業務上過失致死容疑で捜査している。
同署やワタミによると、事故は昨年2月16日に発生。女性は午後2時13分に入浴したが、約1時間半後に老人ホーム職員が浴槽内で意識を失いうつぶせになっているのを発見した。女性は病院に搬送されたが死亡が確認され、司法解剖の結果、死因は水死だった。
職員は入浴中に一度も女性の様子を確認しておらず、同署は、入浴中の安全管理などで老人ホーム側に過失がなかったかどうかなど詳しい状況を調べている。
ワタミ広報グループは「警察の捜査に全面的に協力しているが、事故原因についてはコメントできない」としている。
どこからどう見ても、職員の手が足りずに起きた事故だ。
職員のせいにしては絶対にならない。どうしてこんなことが起きたか、p171から事情が書いてある。
そして資本の論理に忠実な奴らは、日本を踏み台にして海外展開、あるいは逃亡を図る。まさに「国滅びてブラック企業あり」。奴らの「成長」は亡国なのだ。ブラック企業は亡国企業であり、その経営者は亡国奴なのだ。
第七章は「日本型雇用が生み出したブラック企業の構造」と題して。日本の企業は大企業を中心として、終身雇用と企業年金と引き換えに、多能工化、遠方配置転換(単身赴任)などを労働者に強要した。生涯設計を考え、労働者はそれを受け入れた。
余談だが、小生が曽野綾子などのある種の自称・保守を心底軽蔑している理由は、この辺の事情に絡む。保守派の一部は、家族制度の解体について日本社会の崩壊と嘆くが、その主要な理由が転勤族によることについて、大企業に大いに責任があるのに、それについては口を噤む。共産主義国家の反人道的システムに口を噤む旧左翼と同類だ。
時代は変わり、就職難。それにつけ込み、従来企業の長所を切り捨て、短所だけを取り入れたブラック企業が発生した。過剰な命令、労働力の再生産のコストをカットした給与や福祉。「競争社会」の効果として、あらゆる企業はブラック企業化する潜在的危険がある。片山さつき類らが蔓延る政界では、シバキ主義による社会のブラック化も進むであろう。しまいには、ブラック企業を支えるブラック士業(弁護士――ここ20年で社会的信用を最も失った職業――)さえ出てくる始末。彼らとて、「規制緩和」の犠牲者と言えなくもない。何しろ、一人あたりの仕事がなくなっているのだから。
第八章は「ブラック企業への社会的対策」と題して。とにかく「自己責任」の問題ではない。キャリア教育の多くは、「世間の厳しさ」を教えると言いながら、実際には企業による法律無視を「耐える」ように教えているようなもの。国家が社会のブラック化を「支援」しているのだ。まずはそこを言う。連続11時間の休息の義務化。トライアル雇用や派遣・紹介予定派遣の見直し。職業訓練の充実。とにかく、ブラック企業がブラックのままでは損をするようにする仕掛けが必要である。
こんな企業が成長しても、日本の成長には絶対につながらない。それを政治家と行政は認識すべきである。 社会的コストは増大するばかりである。普通の人が普通に働いて、労働力の再生産――子供を産み育てることを含む――が十分可能なレベルを確保するべきである。
言外の意を書くと、労働者は団結すること、真っ当な労組に結集すること、ブラック企業が存続できない仕掛けを作ること。そして、そのためには、断固とした、毅然とした、無慈悲な態度が時として必要であろう。
経済問題とは、とどのつまりは階級闘争の問題であり、誰も無関係ではあり得ないのだ。
万国の労働者は団結せよ!

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