『組織行動の「まずい!!」学 ――どうして失敗が繰り返されるのか』(樋口晴彦著、祥伝社新書)
・労災の原因としては、いくつかあるが、以下に主要なものを列挙。慣れ(これはベテランに多い)、マニュアルの空洞化(人間の能力は有限)、要らん配慮(グループシンク)、安全費用や余裕の過度の削減。
・万一事故が起こったときは、修羅場だ。その中でベストを尽くすには、入念で具体的で、批判され尽くしたシミュレーションが必要である。
・管理者と行為者は分けなければならない。そして、悪情報は上に横に広がるようにしなければならない。
・現場を支えるシステムを作るが、最後は現場である。
------
p20
現実の事故では、マニュアル違反の行動を意識的に行ったが、当人はまさか事故が起きるとは思ってもいなかったというケースが非常に多い。
p22;チェルノブイリの制御系の欠陥
低出力時に「正」のフィードバック効果が働くという問題である。
p25
「規則を守って原発を運転する」のではなく、「規則違反の状態では原発の運転ができない(=オペレータが規則違反をしようとしてもやれない)」ようにハード面をデザインすべきだったのだ。
p32
実は、我々の身近で起きている事故のほとんどは、この患者取り違え事故のように小さな問題行動の連鎖によって発生したものだ。そして、そのような事故を予防するには、小さな改善活動を積み重ねる以外に方法はない。
p35
逆説的ではあるが、「むしろベテランだからこそ事故を起こす」という状況が生じる。
p40
名前だけのベテランが安全管理上の盲点となり、予想外の事故を引き起こすということになるのである。
「現場尊重という言葉は耳あたりが良い。しかし、現場の実情を把握しようとせず、単にベテランだからという理由で監督を放棄するのは、管理者側の甘えにほかならない。
p41;豪華客船火災について
事件後に三菱重工側が製造部門の課長・係長を対象に実施したアンケートでは、「守るべきルール/マニュアルが多すぎ実情に合わない」という結果が浮かび上がった。
p43;人間の能力は有限である。
もしあなたの会社で、業績が下降しているのに文書ファイルの冊数が年々増えているとしたら、「まずい!!」と感じて早めに手を打つべきだろう。
p45
むしろ「組織の三菱」と言われる三菱グループの代表的企業でさえも、現場管理に失敗してしまったことを、他山の石として重く受けとめるべきだ。
p49;グループシンクの徴候(日本共産党を想起せよ(笑))
・集団の実力に対する過大評価(=無謬神話の形成)
・集団独自の道徳の押し付け(=世間一般の道徳の軽視)
・外部の意見に対するステレオタイプ的な反応(=組織の閉鎖性)
・主流と異なる意見に対する事故検閲
・満場一致を求めるプレッシャー
p50;キューバ危機の乗り切り方
集団がグループシンクに陥ることを防止する最良の策は、議論の場に「けなし役(Devil's Advocate)」を必ず参加させることだ。
p53;スペースシャトル爆発事故の原因の一つ;空気を読むな!
(略)チャレンジャー号の打ち上げも、既に2度にわたって延期されていたため、NASA関係者は相当に焦れていた。その辺りの事情をよく承知していたS社首脳としては、他の何百人という関係者が同意書を提出しているのに、自分のところだけ反対して、打ち上げを再延期させるわけにはいかないというグループシンクに陥ってしまったものと考えられる。
p56
東洋英和女学院大学の岡本浩一教授は、著書『リスク・マネージメントの心理学』(新曜社)の中で、組織の意思決定を誤らせる要因の一つとして「属人的組織風土」を提唱している。
p64
例えば、実際の西郷隆盛は算術に明るく、懐にはいつも算盤を忍ばせていた。
p65
状況に適合していないリーダーシップのスタイルを押し付けられることが、様々な失敗を生み出す背景となっているのである。
p76;雪印・日航は事故を繰り返した
リスク・マネージャーにとっては、危機感を着実に麻痺させていく「忘却」と戦うことが、最初の、そして永遠の課題である。
p79
「慣れ」こそが、コロンビア号事故の本当の原因と言えるのである。
p87
"The last straw breaks the camel's back."
p89
現場を尊重するのは大切だが、現場の「限界」についても意識すべきだろう。
p89
余裕が必要以上に設定されていると、やがて関係者はそれを当てにして行動パターンを変化させるようになり、そのことが新たなリスクを招来する。
p91;主流ではない部門に注意せよ
現実には、このような「傍流」部署で事故が発生するケースが非常に多いのである。その原因としては、
・経営者が関心をもっていないために監督が行き届かない
・主力部門が引き受けたがらない不利な業務を押し付けられる
・組織内の優秀な人材が主力部門に独占されている
・非定常的な業務が多く、ノウハウの蓄積が困難である
・担当者の発言権が弱く、業務上の問題点を指摘しにくい
p93
事故防止の観点から見た場合、日頃軽視されている「傍流」の職場こそ最も注意すべきポイントと考えられるのだ。
p104
「アウトソーシングしたからといって、そのリスクまで一緒に外注先に押し付けることはできない」
p109;ボパール事故の原因;行き過ぎたコスト削減
コスト削減のために熟練工が解雇され、機器の修理や保守点検は後回しにされていた。そのため、何段階もの安全対策が肝心の時に機能せず、大事故につながったものである。
p112
コスト削減の観点から敢えてリスクの高い工場立地を選択したということになる。
これは、何もユニオン・カーバイド社に限った話ではない。多くの企業が規制の緩い発展途上国に危険物質取扱い施設をシフトしているのが実態である。
p115;安全軽視の背景
近年、企業経営のレベルでも成果主義的な発想が広まり、前年度よりもいかに業績を上げるかという短期的な側面ばかりが強調される傾向がある。そして、前述したように、財務諸表の体裁を整えるには、安全関係のコストを切り詰めるのが早道だ。
p118
年功序列も終身雇用も決して日本的な伝統ではなく、戦後に企業側が自らの利益のために構築したシステムだったのである。
p130;成果主義が上手に機能しないことについて
本来であれば、成果主義を導入する際、まず管理職の意識改革から始めるべきであった。
p135
あるシステムについて、平均的な能力を持つ担当者がそれなりに経験を積んでも十分に理解できていないとしたら、それは担当者の責任ではない。そんな小難しいシステムを作ったこと自体に問題があるのだ。
p140
大事故を回避するためのヒントが足下に転がっていても、それを見ようとしない人間にとっては、ただの石ころと変わりないのだ。
p145
緊急時に敏速に対応するには、「ケースバイケース」の問題について日頃から頭の体操を積み重ねておくことが肝要だ。そのために行われるのがシミュレーションである。
p147
担当者の受ける精神的プレッシャーは余人が想像するよりもはるかに強い。そのストレスによって対策業務の能率は大幅に低下し、普段ではあり得ないようなケアレスミスも誘発され、混乱に拍車をかけることになる。
p148;危機の場面は修羅場だ!
「情報は足りず、間に合わず、当てにならず」が危機管理の現実である。
p152
十分な批判に曝されていない危機管理マニュアルは「御守」のようなものだ。それを持っているだけで安心した気持ちにはなれるが、実際には何の役にも立たない気休めにすぎないのである。
p155;初動が大事
危機の徴候を把握した時点で的確な初動措置を実施していれば、危機の発生を未然に防止し、あるいは危機が発生した場合の被害を劇的に軽減することが可能だ。
p156;韓国のデパート崩壊を想起せよ
一般に人間とは「想定される重大な危険」よりも「現実のわずかなコスト」に気を取られてしまう生き物である。
p160
初動措置とは、必ずしも危機が実際に発生してからの対応だけを指すものではない。危機の可能性を示す端緒を把握した時点から、どのような対応を取るべきかを早急に検討しなければならないのである。
p167;日本の軍隊、中国の共産党・・・
陸軍には米国情勢を的確に分析するために必要な情報源も人材も揃っていたが、それを活かすことができなかったということだ。
p172
情報の不足はあくまでも「結果」にすぎず、その「原因」のうちの相当な部分は、情報を求める側に在るということだ。
p182
自分の蛸壺のことしかわからない専門家ばかりになれば、諸分野の狭間で「まずい!!」が頻発する
p185;捨てるべきは捨てろ
「もったいない」とは、少し見方を変えると、「過去に対する執着」にほかならないからだ。
p193
ある意味で、人間は複雑であるが故に思考の迷路に陥るのである。様々な夾雑物を頭の中から閉め出し、筋道に沿ってシンプルに考えることが、リスク管理の基本の一つと言えるだろう。
p197;公認会計士の置かれた矛盾〜腐敗の理由
公認会計士にしてみれば、企業は厳しく監査すべき対象であると同時に、「顧客」でもあるわけだ。
p201
実際に痛い目に合わなければ何も変わらないというのが我が国の体質なのかもしれない。
p207;投資の失敗、隠蔽の背景
日本における企業不祥事の多くは、内部統制システムがなかったために発生したのではなく、何らかの理由で内部統制システムが本来の機能を果たしていなかったことが原因
p213;実行者と監視者が同一などと言う極端な失敗
「油」に「火気」を近づけてはならないように、組織を適切に分割するのはリスク管理上の大原則であるが、それに違背する人事措置を安易に継承したことが、ニューヨーク支店の内部統制システムを空洞化させたと言えよう。
p216;上二つが重なって・・・
社員が有能であればあるほど、万一不祥事が発生した場合の被害が大きくなる。有能な社員に対しては、他の社員よりもむしろ念入りにリスク管理を実施すべき
p220;人間は形状記憶合金のようなもの
口が酸っぱくなるほどに改革の必要性を説き続け、日常のチェックを繰り返す以外に、組織文化を改革する術はないのだ。
p224
どれほどシステムが整備されたとしても、それを運用するのは現場の人間である。
p229;アメリカの偉大さ
自らの過ちを率直に認め、招来のために徹底して議論を重ねるという風土がNASAに形成されていることは高く評価されるべき
p230
人間とは過ちを犯す生き物である。「俺だけはそんなことはない」と本気で言い切れる者がいたとしたら、それはただの愚か者だ。

0