旧ネーム (まさじぃ)です!

2019/3/4

その昔 可部が瀬戸内海の海岸線だった・・  可部

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河戸帆待川駅(こうどほまちがわえき)

JR可部線の可部駅からの延伸区間一つ目の駅

可部線が三段峡まで伸びていた、旧可部線時代には

駅として存在しなかったが

現在の安芸亀山駅までの延伸に伴って

新しく造られた駅。


以前から有る可部駅自体が、現在の可部の町には

不便な辺地に位置している為

いまや、可部の町中からの利便性はこちらの方が優れ

駅周辺の施設や賑わいも進みつつある。


ところで、この駅前に有るモニュメントは、下の写真の様な帆船

何か意味合いが有るに違いないと調べてみたが

やはり、驚くべきことが見つかった。


古代の縄文時代に遡れば、この可部盆地まで

瀬戸内海の海が入り組んでいたというのは

にわかに信じられるだろうか?

実際、可部の北側の山、綾ケ谷や大文字の辺り

福王寺山山麗には海岸線を表す

汀線や貝塚も見つかっているという。


当時の神武天皇が瀬戸内海を船で航行し

そして、現在も可部の市内ど真ん中を流れる

帆待川(別名 帆巻川)を船で溯り

船山に登ったという伝説が有る。


現在の安佐南区に限らず、旧広島市内は

その頃ほとんどが海の中で

大きな入り江になっていたんでしょうね。

そして、長い年月を得て山から土が流れ込み

平地となり、人々が移り住み始めるようになった。

壮大な歴史のロマンですね。


↓下の帆待川伝承を参考にさせて頂きました。

帆待川伝承

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