旧ネーム (まさじぃ)です!

2018/7/10

市民防災講座〜豪雨・土砂災害に備える  生活

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平成30年7月豪雨が去り

JR可部線が運行を始めて乗車した初日

何気なくその電車の広告を見上げていると

ふと、或る広告に目が止まった。


〜市民防災講座〜

豪雨、土砂災害に備える



と題した防災講座の案内が天井から垂れ下がっていた。

日付を見ると

2018年7月20日(金)14:00~17:15


惜しいね!

本年が第16回とある、この講座は、そんなに短期間で

準備できるものではない

長い期間を掛けて定期的に計画して

準備されているものだと思うが

せめて、開催が二週間早かったら、この度の災害に対して

絶大な効果をもたらし

世間から、絶賛されたかもしれない。

惜しいね!!


いや、むしろ災害が起きる前には見向きもされなかった

講座が、災害が起きた為に受講者が殺到する?

みなさん、参加費は無料らしいのでしっかり

勉強しましょう。


しかし、くれぐれも「遅いわい!」という

クレームは無しという事で・・

今後の為の災害防止対策として!

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2018/7/10

幼い頃の追想・・  自然

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JR可部線の中島口から広島方面の電車に乗ると

まもなく、太田川を鉄橋で渡っていく。

その電車から眺めると太田川の流域は広い。

左側の可部南から右側の八木の土手まで

100mは有ろうかという広さだ。

普段はその中心部分の僅かの部分しか

水は流れていないのだが・・


豪雨が去った数日後、その川を眺めてみると

平成30年7月豪雨と名づけられた期間には

その100mの川幅を全て使って水が流れた事が

両岸の草の倒れ方で判る。

ものすごい川の水量が流れていったのが

この事で判る。


この太田川の水は、この先

可部東の方面から流れてくる“根の谷川”と

深川の方面から流れてくる“三篠川”と合流し

大きく右側に方向を変える。


この太田川の凄い水量が、減速して一旦滞留するせいか

堰き止められるような形になって川が増水するのは

むしろ、この先で合流する根の谷川と三篠川の方だ。

先日の警戒警報で、一番先に川の警戒水域を超え

注意報が出されたのは、三篠川そして根の谷川だった。


幼い頃、下深川の地区に住んでいて

周囲の田んぼよりは1m位、家の敷地が

盛り土されていたのにも関わらず

毎年、ほぼ一回以上は床上浸水し

周囲が田んぼに囲まれていた為、“湖の上に立つ家”

のようになっていたのを想い出す。

周囲で見えるのは、JR芸備線の土手だけだった。

役所の方の安否伺いも、普段は車か歩いていくしかない所を

点々と残った家を目指して

木造の川船を漕ぎながらのものだった。


以前の我が家は藁ぶきの平屋だったが

普段居住しない2階の屋根裏部屋が有って

水害の時には退去場所になっていて

婆ちゃんの掛け声で、子供達は2階に避難し

水が引くのを待った。

当時、その地域に建つ家は全て周囲の田んぼから

1~2m盛り土して石垣の上に建てられていた。

田んぼに水は上がってくるものという前提で

建てられていたようだ。

そして、ちゃんと避難の方法まで考えられている。

なぜか、当時子供心ながら不安は無く

毎年の恒例行事のようになっていた。

昔からの知恵で、防災対策は出来ていた訳だ。


水が増水する原因は、前述した太田川の水かさで

三篠川流域の水路が逆流してしまい増水するものだったが

その後公費でポンプ排水の設備が設けられ

増水することはまれになってきた。

親とその想い出の家を離れて数十年経った

最近、再びその地を訪れてみたが

田んぼが埋め立てられ盛り土されていない低地に

沢山家が立ち並んでいた。

この度の豪雨で被害が出ていなければいいが?


他の地域で、テレビ放送で昔経験したような

川船で安否を訪ねる光景を見かけた。

いつになっても同じことが繰り返されているんだな

と思いにふけった。


しかし、自然を責めてはいけない。

後から人類が創った構造物はいつかは崩壊するものと

思わなくてはならない。

人間は自分の責任で安全を確保しながら生存するしかない。

自然に立ち向かい、戦いを挑んでも勝てっこないというのが

幼い頃から学んだ、私の持論だ。

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